鬼滅短編
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ぼんやりと目を開ける。
隣にあったはずの温もりは既になくて、急に襲う寂しさに空いたスペースを手を探るとまだほんのり暖かい。耳をすませると微かに水道を使う音が聞こえる。あ、まだいる。起きなきゃ。彼の仕事は朝早いから、寝てたらこのまま行ってしまう。
重たい瞼をいっそ一度閉じてぐっと瞑り、身体に力を込める。そのまま猫のように伸びをして大きく息を吸う。
「…………あ、たんじろの、におい……」
目覚めるために行った深呼吸は薄れゆく温もりの主を残り香として取り込み、肺を満たす幸福感はまた眠気を誘う。だめだ、寝ている場合じゃない。残り香で満足してないで本人にいってらっしゃいを言わないと。そう思うのに、腕は枕を抱きしめて顔を埋め、彼の残り香をより取り込もうとしてしまう。
胸を満たす幸せの香り。でも少し薄れてて、温もりも遠のいていくし、寂しい。ぎゅうと抱きしめた枕は柔らかくて、彼のがっしりした身体とは違う。寂しい。さみしい。
「たんじろ……」
「……ナオ、起きたのか?」
胸を焦がす寂しさに愛しい彼の名を呟くと、優しく甘い控えめな声が返ってきた。どくんと心臓がひと鳴りして、寂寥感が溢れる。枕に埋めていた顔を上げると、部屋の入り口からこちらを見ている彼の姿が見える。腕を上げて伸ばすと、すたすたと近づいてきて指を絡め、ベッドに横たわるままの私を抱きしめてくれる。ぶわりと包まれる彼の香りと、力強い腕とがっしりした胸板の感触。
寂しさが吹き飛んで、幸福感で満たされる。
「たんじろぉ」
「ふふ、甘えただな」
彼の腕の中で胸板に顔を擦り付けると、ゆるりと頭を撫でられる。幸せだ。
「仕事、行ってくるから。まだ寝てていいぞ」
「うん……いってらっしゃい」
「ああ」
する、と抱きしめてくれていた腕が抜けていき身体が離れる。部屋を出ていく彼を見送ると、今度こそしっかりと伸びをして起きた。
さて、今日はどうしよう。軽く朝ごはんを食べてから掃除、洗濯。昼には一度彼が帰ってくるから、昼食の支度。午後は病院と買い物と、彼の職場であり実家であるパン屋さんに顔を出そうか。そんな一日の予定を立てながら、私はようやく残り香に包まれたベッドから抜け出した。
◆◇
意識が浮上するのは、朝方と言うよりは深夜にまだ近いこの時間。実家がパン屋であるために、もうすっかり身体に馴染んだ起床時間だ。隣には愛しい彼女の姿があって、自分の周りを満たす彼女の匂いに幸せだなぁと起きて一番に思う。
眠る彼女を起こさぬようにそろりとベッドを抜けると、フローリングの床が冷たい空気を直に伝えてきた。眠気を弾き飛ばすような冷たさを踏みしめ、そのまま部屋を出る。歯を磨き、顔を洗い、身支度を整えた。
ふと鼻から吸い込んだ空気に、寂しさの匂いが混じった事に気がつく。この家には今は俺と彼女しかいない。ならこの寂しさの主は一人しかいない。
「たんじろ……」
部屋に戻れば、俺の代わりに枕を抱いた彼女が俺の名を呼ぶ。単純にも枕に嫉妬した俺は、すぐさま彼女の意識を自分に取り戻すために声をかける。
「……ナオ、起きたのか?」
すぐに枕から上げられた顔はまだ目がとろりとしていて、かわいい。すいと上げられた腕と強く香る寂しさの匂いに、走り出さないようにしながらも足早に引き寄せられる。手を握って抱きしめるとぐりぐりと顔を擦りつけてくる、猫のような動作にどくりと心臓が跳ねた。彼女の香りが一気に幸せの匂いに変わったのも、たまらない。かわいい。
溢れる想いのままに頭を撫でると、こちらを見上げてふにゃりと笑った。何故ナオはこんなにも俺のツボを心得ているのだろうか。このまま抱いてしまいたい。いやダメだ、彼女の体調的にも、時間的にも。
「仕事、行ってくるから。まだ寝てていいぞ」
煩悩を振り払うように仕事という単語を出し、腕の力を緩める。
「うん……いってらっしゃい」
「ああ」
最後にひと撫でして腕を離すと、途端に香る寂しさの匂いに後ろ髪を引かれながら部屋を出た。少し家を出るのが遅くなってしまっただろうか。職場は実家だから、少しくらい遅れてもパンの仕込みなんかは代わりに始めててくれるだろう。昼は一旦家に帰らせてもらって、ナオの様子を見ながら一緒に食事をとろう。今日は午後から病院だと言っていたっけ、母さんに事情を話して彼女に付き添っていこうか。そんな一日の予定を立てながら、俺はまだ夜の闇が抜けきらない早朝の街を抜けて仕事へと向かった。
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