鬼滅短編
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暑い、暑くてなあんにもする気になれない。湿度の高い空気を裂くように、少しひんやりとした風が通り抜けていく。すれ違いざまにぶつかられた風鈴がチリンと音を立てた。けれど夏の抜けるような青空のむせ返る匂いはそんなことでは涼ませてくれなくて、暑くてあつくて汗がじとりと滲んだ。テーブルの上には申し訳程度に広げられた宿題、それにスイカと麦茶。よく冷えたものが出されたけれど、どっちももうぬるくなってるだろう。やっぱりこんなに暑くちゃなにもする気にはなれない。
「どうせ休みだし、少しくらいダラダラしたっていいだろ」
「う〜ん、背徳的……」
「っはは、なんだよそれぇ」
まだ宿題は残っているのに、罪深き提案をした善照が窓の外に見える向日葵を背景に背負って明るく笑った。座った体勢からばたんと後ろに倒れると、私の横に座っていた善照も同じように寝転ぶ。
いつもなら燈子ちゃんやカナタ、炭彦も一緒に幼馴染みんなで集まって宿題をするのに、今日は私と善照だけだ。燈子ちゃんとカナタは今日は二人で図書館に行ったらしい。炭彦は……出かけるカナタが放置してったからまだ寝てるんだろう、多分。
燈子ちゃんとカナタは、この間から付き合っている。あれは今年初めての蝉が鳴いた日だった。もともと付き合ってるのと変わらないくらいお互い好き同士だった二人が、改めて告白をしてちゃんと恋人になったのは。もともと良かった仲がさらに良くなって幸せそうで、あの二人を見ているとドラマや映画を見ているかのような気分になる。幼い頃からずっと一緒にいた幼馴染と、お互い好きになって恋人同士になる。
「……いいなぁ」
「なにがぁ?」
思わず零れた呟きを蝉の声の中から拾い上げた善照が聞き返す。別に言うつもりはなかったけれど、聞かれたし、隠すことでもないからぼんやりと天井を見たまま話し始めた。
「燈子ちゃんとカナタ見てるとさぁ、映画みたいで憧れるなぁって」
「映画ー?」
「ただの幼馴染から恋人になるの。ロマンチックじゃない?」
「は?あいつらが付き合うのなんて今更すぎて面白くもなんともないわ」
「ロマンをわかってないねー善照は!」
私が貸した少女マンガとか結構読んでるはずなのに、なんでこの良さが理解できないのかなぁ。いくらお互い好きなのがわかっていても、ちゃんと告白をしてちゃんと恋人同士になったのがいいんだ。今までみたいにみんなで集まれなくなったのは寂しいけれど、夏!青春!みたいに楽しそうにしてる二人を見ると、正直羨ましい。
「あー私も恋したい、青春真っ盛りの夏にしたい」
「春なの夏なの」
「揚げ足とらないでよ!要するに恋がしたいの!」
「したいならすれば?」
「簡単に言うけどさ、相手がいないもん」
「俺がいるじゃん」
「えー?うーん善照かぁ」
幼馴染からの唐突な恋愛対象への立候補に思わず笑った。もともと女好きで誰彼構わず、みたいな所があったけれど、ついに家族みたいな私にもそういうことを言うのか。笑ったまま近くに寝転ぶ善照を見ると、予想外に真面目な顔をしていてちょっとびっくりした。
「あのさぁ、冗談で言ってるわけじゃねえからな?」
「え……えー?まじ?」
「まじだよ大真面目だよ」
そこまで言ってからごろんと寝返りをうつように、少し空いた距離を詰めてくる。昔は私とそんなに変わらなかった身長は、今は善照の方がずっと高くて、その体格分多めに詰められた距離は、近い。
「ナオが恋愛に興味を持つの、ずっと待ってたんだぜ?」
「なに、それ……」
「そんで、もう待ち疲れたんだけど、」
顔の横に投げ出したままだった手が、しっとりと熱い手に包まれる。小さい頃よく繋いだ、最近じゃ触れることもなかった善照の手。記憶のよりもずっと大きくて、固くて、指も太くなっていて……男のひとの手だった。
「俺と恋、するのとか。どう、ですか……」
いつも思ったことをするすると口にする善照が珍しく、何故か敬語で、少しつかえながら私に言ったのは告白みたいな言葉で。ずっと逸らされない視線は強く私を捉えて離さなくて、急に顔に熱が集まって汗が吹き出て、また風鈴がチリンと音を鳴らして風を届けてくれるけれど、ちっとも涼しくならなくて、あつい。
「…………まじ?」
「だから、まじだって。大真面目」
ずっと一緒にいた幼馴染の、見たことの無い真剣な顔。どきどきと蝉の声よりうるさいのは私の心臓。握られた手にぐっと力が入り僅かに音を立てたのが、運命の赤い糸で繋がれたみたいで。
「……映画みたい、だね」
「でも、映画じゃないから」
そう言ったくせに、俺たちの夏だよ、そんな映画みたいなセリフを続けるなんて、ずるい。この状況だけじゃなく、目の前の幼馴染にどきどきしてることに気づいてしまったから、これは。
これは、私の恋だ。
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