鬼滅短編
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ここは都会のど真ん中、オフィス街からもほど近くて駅近の物件。海外で修行してきたパティシエが作るケーキがメインのパティスリー。味は勿論、映えだって保証する。だって俺めっちゃ修行したもん。どう考えたって流行るでしょ?毎日女の子が列をなして俺の作ったケーキをキラキラした笑顔で買ったり食べたりしてくれるはずでしょ?それが現実は、営業周り中のおっさんが代わる代わるやって来ては手軽に食べられるシュークリームやらエクレアやらを買って、持ち帰るでもなく店内のイートインスペースで満面の笑みで食べてる。いや、食べた人の笑顔を見れるのはいいんだよ、いいんだけどさ……
「シュークリームひとつください!」
「おっちゃんここケーキ屋なんですけど!?百二十円ですいつもありがとうね!!」
「わはは!今度定時で上がれたら買って帰るよ」
「ええ……永遠に買わねぇつもりかよ……」
「労基の抜き打ち監査でも来ないと無理かもなぁ。また来るよ」
「はいはい無理すんじゃねえよ」
この有様だ。まあ疲れた顔した人が俺の作ったもん食って元気になるならそれは嬉しい。でも出来れば、自信作揃いのケーキを食べて欲しい。俺が女の子の楽園を作るためにめっちゃおっかない師匠のとこで死ぬ気で修行したケーキなんだよ……!見た目にも気を使ってるけど、本当に美味いんだよ。食ってくれ。もうこの際常連のおっちゃん達が手軽に食えるようにプチガトーでも作るか……?いやいや何考えてんだ俺は。俺がパティシエになった目的を忘れるな、この店はいずれ綺麗なマダムや美人のOLさんや流行に敏感なインスタ女子に大人気のパティスリーになるんだ……!
決意も新たに拳を握る俺の耳に、店の前で止まる足音。続いて僅かな金属音を立ててドアが開き、来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませぇー……っ」
反射で声をかけてから、思わず息を飲んだ。来客は俺が常日頃から渇望する女性客だった。けれど喜ぶより先に驚いてしまった。彼女は、言ってしまえば酷く疲れた顔をしている。それはブラック企業に務めているであろうさっきのおっちゃんより色濃い疲労で、今にも倒れそうだ。
「あの、大丈夫……ですか?」
俺の問いかけにぽかんとした顔で暫く見つめ……いや、見つめたまま動かない。え?生きてる?この人生きてるよね??あまりに酷い顔色と反応の薄さにビビり散らかしていると、小さな声で「大丈夫です」と返ってきた。生きてた。けどセリフと裏腹に全然大丈夫そうじゃない。
「ええと……夜勤明けなもので……」
「今昼過ぎですけど!?」
思わず突っ込んだけど、それに対しても反応は薄くてぼんやりとこっちを見ている。夜勤明けでこの時間。人によってはおやつを楽しむ時間だろう。ブラック企業通り越してブラックホール企業?漆黒深淵企業?地獄ででも働いてんのこの人。彼女は未だぼんやりと俺を見ている。そんなに見つめられると恋に落ち……てる場合じゃない、今にもぶっ倒れそうなこの人、俺の店に来たってことは意識的にしろ無意識にしろ甘いものを求めてるはずだ。だってあんなに疲れた顔をしてる。疲れた時には甘いもの。昔からそう決まってる。
「ええと、ケーキ。どれにします?」
俺の言葉で彼女はようやく俺から視線を外し、ショーケースへと目を向けた。さて、何を選ぶだろう。基本のショートケーキはもちろん、チーズケーキもガトーショコラもモンブランも自信作だ。特に季節のフルーツタルトは良いフルーツが手に入ったからめちゃくちゃ美味しくできた。どれも、おすすめだ。そんなことを考えながら待つこと数秒。数十秒。一分が過ぎても彼女は言葉を発さず視線も動かず。いやほんとに大丈夫この人……起きてる?生きてる?まさか今ぶっ倒れたりしないよねぇ!?少しでもふらついたらこのレジカウンターを飛び越えて支えよう。そう誓った所で彼女の頭がくらりと揺れた。思わずカウンターに手をかけた所で、ぱちりと視線が合った。こちらを見ようとして揺れただけで、倒れる訳じゃないらしい。ほっとした。
「あの」
「は、い!どれにします!?」
注文が決まったのだろうか、そう思って聞いたけれど、返ってきたのは思っていたのとは違う言葉だった。
「おすすめ、みっつくらい、ください」
みっつ、くらい?くらいって何だ、ふたつでもよっつでもいいのか?いやそもそもおすすめって、俺としてはどれだって自信作だからおすすめなんだけど、そうなるとみっつじゃ済まないんだけど……いやそもそもみっつ、この人が全部食べるのか?いや詮索はいい、接客だ。なるべくいい感じに接客して気に入ってもらえば、また来てくれるかもしれないじゃん?女の子のお客さんは貴重なんだ。にしても相当疲れた感じのこの人、なんかこう、癒される感じのケーキを食べさせてあげたい……あ、あれなんてどうだろう。
「フォンダンショコラとか、どうですか?」
「……チョコのとけるやつ、ですよね」
チョコが溶けだすようにあっためて、それにバニラアイスを添えて。
「お姉さん疲れてそうだし、あったかいの食べたらちょっと癒されるかなって。うちイートインスペースあるんで!良かったら今出しますよ!」
うっかりまくし立ててから、しまったと思う。目の前の彼女は相変わらずぼんやりと俺を見てる。反応が薄すぎてよく分からないけど、引かれてない?そんな心配に追い討ちをかけるように、彼女の口から「いいえ」と零れた。どくり、嫌な感じに心臓が弾む。やらかした。これは良くない対応だった。
焦る俺に、彼女はぼそぼそと言葉を続けた。
「座ると……たぶん……すぐ寝ちゃう、ので」
「いやきみどんだけ疲れてんの!?」
もはやこうして意識を保って買い物に来てるのも奇跡なのかもしれない。こうなりゃまた来て欲しいとか常連になって欲しいとか、そういうやましい願望はさておきだ。一刻も早くケーキを持たせて、家に返してあげよう。それが彼女にとって、きっと最善だ。ケーキは、ええとショートケーキ、フルーツタルト、あとオペラにしよう。テイスト違いで三種だ。これがいい。
おすすめのみっつです。そう言って箱を渡すと、彼女は財布から一万円札を出してトレーに乗せた。ちらっと見えた財布の中には千円札も小銭もいっぱい入っているようだけど、きっともう面倒なのだろう。これはちょっとわかる。黙って一万円札を受け取りお釣りを渡すと、財布に無造作に詰め込んで鞄に入れた。ケーキの箱を受け取った彼女がふらりと出口に向かうのを、先回りしてドアを開けてやる。かくん、とやはり心配になるような動作で頭を下げると、彼女はふらふらと店から出た。一歩、二歩。歩いたところで立ち止まり、ぐらりとこちらを振り返る。動き方が倒れそうに見えて心臓に悪い。
「今度、食べます」
何を?今持ってるそのケーキを?賞味期限的に今度じゃなく可能な限り早く食べてほしい生菓子だぞケーキは。言われた言葉が理解出来ずにいたら、彼女の口がまたゆっくりと動いた。
「……フォンダンショコラ」
「……へ?」
それだけ言うと、彼女はもう一度かくんと頭を下げてふらふら歩き出す。フォンダンショコラ。それはさっきイートインを勧めたやつだ。今彼女が持ってる箱には入っていない。それはつまり、今度店に食べに来てくれるってこと……?
「ありがとう、ございました!」
ゆっくり遠ざかる背中に声をかけた。もう振り返ることは無かったけれど、なんとなく、彼女は今言った通りまた来てくれそうな気がした。その時は腕によりをかけたプレートを出させてもらおう。疲れた彼女の心も癒せるように、最高に映えるデコレーションもしちゃおう。それよりなにより。
「……あの人、家まで無事に帰れますように……」
正直一人で歩かせるのも怖いくらいの疲れようだった。送っていけば良かったのか?……いや、初対面の俺が店をほっぽり出して送っていくとか言い出しても怖いだろ。無事を祈るしかない。そしてその無事を確かめるために、はやく。
「……また、おこしくださいませ」
本来ならありがとうございます、のすぐあとに続けなければならなかった言葉を、遅くなったけれど、心を込めて呟いた。
「シュークリームひとつください!」
「おっちゃんここケーキ屋なんですけど!?百二十円ですいつもありがとうね!!」
「わはは!今度定時で上がれたら買って帰るよ」
「ええ……永遠に買わねぇつもりかよ……」
「労基の抜き打ち監査でも来ないと無理かもなぁ。また来るよ」
「はいはい無理すんじゃねえよ」
この有様だ。まあ疲れた顔した人が俺の作ったもん食って元気になるならそれは嬉しい。でも出来れば、自信作揃いのケーキを食べて欲しい。俺が女の子の楽園を作るためにめっちゃおっかない師匠のとこで死ぬ気で修行したケーキなんだよ……!見た目にも気を使ってるけど、本当に美味いんだよ。食ってくれ。もうこの際常連のおっちゃん達が手軽に食えるようにプチガトーでも作るか……?いやいや何考えてんだ俺は。俺がパティシエになった目的を忘れるな、この店はいずれ綺麗なマダムや美人のOLさんや流行に敏感なインスタ女子に大人気のパティスリーになるんだ……!
決意も新たに拳を握る俺の耳に、店の前で止まる足音。続いて僅かな金属音を立ててドアが開き、来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませぇー……っ」
反射で声をかけてから、思わず息を飲んだ。来客は俺が常日頃から渇望する女性客だった。けれど喜ぶより先に驚いてしまった。彼女は、言ってしまえば酷く疲れた顔をしている。それはブラック企業に務めているであろうさっきのおっちゃんより色濃い疲労で、今にも倒れそうだ。
「あの、大丈夫……ですか?」
俺の問いかけにぽかんとした顔で暫く見つめ……いや、見つめたまま動かない。え?生きてる?この人生きてるよね??あまりに酷い顔色と反応の薄さにビビり散らかしていると、小さな声で「大丈夫です」と返ってきた。生きてた。けどセリフと裏腹に全然大丈夫そうじゃない。
「ええと……夜勤明けなもので……」
「今昼過ぎですけど!?」
思わず突っ込んだけど、それに対しても反応は薄くてぼんやりとこっちを見ている。夜勤明けでこの時間。人によってはおやつを楽しむ時間だろう。ブラック企業通り越してブラックホール企業?漆黒深淵企業?地獄ででも働いてんのこの人。彼女は未だぼんやりと俺を見ている。そんなに見つめられると恋に落ち……てる場合じゃない、今にもぶっ倒れそうなこの人、俺の店に来たってことは意識的にしろ無意識にしろ甘いものを求めてるはずだ。だってあんなに疲れた顔をしてる。疲れた時には甘いもの。昔からそう決まってる。
「ええと、ケーキ。どれにします?」
俺の言葉で彼女はようやく俺から視線を外し、ショーケースへと目を向けた。さて、何を選ぶだろう。基本のショートケーキはもちろん、チーズケーキもガトーショコラもモンブランも自信作だ。特に季節のフルーツタルトは良いフルーツが手に入ったからめちゃくちゃ美味しくできた。どれも、おすすめだ。そんなことを考えながら待つこと数秒。数十秒。一分が過ぎても彼女は言葉を発さず視線も動かず。いやほんとに大丈夫この人……起きてる?生きてる?まさか今ぶっ倒れたりしないよねぇ!?少しでもふらついたらこのレジカウンターを飛び越えて支えよう。そう誓った所で彼女の頭がくらりと揺れた。思わずカウンターに手をかけた所で、ぱちりと視線が合った。こちらを見ようとして揺れただけで、倒れる訳じゃないらしい。ほっとした。
「あの」
「は、い!どれにします!?」
注文が決まったのだろうか、そう思って聞いたけれど、返ってきたのは思っていたのとは違う言葉だった。
「おすすめ、みっつくらい、ください」
みっつ、くらい?くらいって何だ、ふたつでもよっつでもいいのか?いやそもそもおすすめって、俺としてはどれだって自信作だからおすすめなんだけど、そうなるとみっつじゃ済まないんだけど……いやそもそもみっつ、この人が全部食べるのか?いや詮索はいい、接客だ。なるべくいい感じに接客して気に入ってもらえば、また来てくれるかもしれないじゃん?女の子のお客さんは貴重なんだ。にしても相当疲れた感じのこの人、なんかこう、癒される感じのケーキを食べさせてあげたい……あ、あれなんてどうだろう。
「フォンダンショコラとか、どうですか?」
「……チョコのとけるやつ、ですよね」
チョコが溶けだすようにあっためて、それにバニラアイスを添えて。
「お姉さん疲れてそうだし、あったかいの食べたらちょっと癒されるかなって。うちイートインスペースあるんで!良かったら今出しますよ!」
うっかりまくし立ててから、しまったと思う。目の前の彼女は相変わらずぼんやりと俺を見てる。反応が薄すぎてよく分からないけど、引かれてない?そんな心配に追い討ちをかけるように、彼女の口から「いいえ」と零れた。どくり、嫌な感じに心臓が弾む。やらかした。これは良くない対応だった。
焦る俺に、彼女はぼそぼそと言葉を続けた。
「座ると……たぶん……すぐ寝ちゃう、ので」
「いやきみどんだけ疲れてんの!?」
もはやこうして意識を保って買い物に来てるのも奇跡なのかもしれない。こうなりゃまた来て欲しいとか常連になって欲しいとか、そういうやましい願望はさておきだ。一刻も早くケーキを持たせて、家に返してあげよう。それが彼女にとって、きっと最善だ。ケーキは、ええとショートケーキ、フルーツタルト、あとオペラにしよう。テイスト違いで三種だ。これがいい。
おすすめのみっつです。そう言って箱を渡すと、彼女は財布から一万円札を出してトレーに乗せた。ちらっと見えた財布の中には千円札も小銭もいっぱい入っているようだけど、きっともう面倒なのだろう。これはちょっとわかる。黙って一万円札を受け取りお釣りを渡すと、財布に無造作に詰め込んで鞄に入れた。ケーキの箱を受け取った彼女がふらりと出口に向かうのを、先回りしてドアを開けてやる。かくん、とやはり心配になるような動作で頭を下げると、彼女はふらふらと店から出た。一歩、二歩。歩いたところで立ち止まり、ぐらりとこちらを振り返る。動き方が倒れそうに見えて心臓に悪い。
「今度、食べます」
何を?今持ってるそのケーキを?賞味期限的に今度じゃなく可能な限り早く食べてほしい生菓子だぞケーキは。言われた言葉が理解出来ずにいたら、彼女の口がまたゆっくりと動いた。
「……フォンダンショコラ」
「……へ?」
それだけ言うと、彼女はもう一度かくんと頭を下げてふらふら歩き出す。フォンダンショコラ。それはさっきイートインを勧めたやつだ。今彼女が持ってる箱には入っていない。それはつまり、今度店に食べに来てくれるってこと……?
「ありがとう、ございました!」
ゆっくり遠ざかる背中に声をかけた。もう振り返ることは無かったけれど、なんとなく、彼女は今言った通りまた来てくれそうな気がした。その時は腕によりをかけたプレートを出させてもらおう。疲れた彼女の心も癒せるように、最高に映えるデコレーションもしちゃおう。それよりなにより。
「……あの人、家まで無事に帰れますように……」
正直一人で歩かせるのも怖いくらいの疲れようだった。送っていけば良かったのか?……いや、初対面の俺が店をほっぽり出して送っていくとか言い出しても怖いだろ。無事を祈るしかない。そしてその無事を確かめるために、はやく。
「……また、おこしくださいませ」
本来ならありがとうございます、のすぐあとに続けなければならなかった言葉を、遅くなったけれど、心を込めて呟いた。
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