鬼滅短編
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逢ふことは雲居はるかに鳴神の
音に聞きつつ恋ひ渡るかな
(古今和歌集四八二番)
◆◇
剣士にはなれなかった。
家族を鬼に食われた私は当然のように復讐の一念を持ち、助けてくれた剣士様に頼み込んで育手を紹介してもらった。けれど、私には才能がなかった。師範は根気強く優しく厳しく指導してくれたけれど、どうにもならないものはならなかったのだ。体力も体術も剣術もダメ。師範に褒められたのは家事くらいだ。
「ナオには、いい嫁入り先を探してやるからな……諦めなさい……」
「嫌です」
私は諦めきれなかった。
最終選別へ行くことを認められなかった私は、それでも復讐心を捨てられずに刀を持って夜を彷徨った。そして当然のように鬼に襲われ、いとも簡単にねじ伏せられ食われようとしていたその時。
目の前に雷が、落ちた。
私が全く歯が立たなかった鬼を、電光石火、目にも止まらぬ速さで一撃で持って討ち取ったのだ。稲光の色の剣士様に、私は心まで撃たれたように、ビリビリと痺れて動けなかった。こんなに強いひとがいるなんて、あんなに鮮やかに鬼を倒すなんて。
何故か寝ていた剣士様を起こしお礼を言うと、真っ赤になって「俺は倒してない」と謙遜されていたけれど、握られた手の硬さやしっかりとした体つきから、やはり凄腕なのだろうと思う。なんて、素敵。もっとお話したかったのに、雀につつかれて手を振りながら去ってしまった。お名前も聞けなかった。
後からやってきた隠と名乗る黒装束の人達に聞いてみたら、あの剣士様は最近鬼殺の剣士になったらしい。あんなに強いのに、最終選別を終えたばかりだなんて。それを聞いてようやく、私は剣士の道を諦めた。
「私、隠になります!」
隠には、なるだけならなれた。
私は運動神経も体力もてんでダメで、だから剣士にはなれなかったけれど、隠には様々な仕事があるから私のように体を動かすのが苦手でも出来る仕事はたくさんあった。
これで、間接的にでも鬼を倒す手助けができる。そう思うと少しだけ、私の復讐心が慰められる気がした。それになにより、隠の仕事は隊士の、あの剣士様の役にたつこともあるだろう。
「……雷の、剣士様」
名前は、隠の間で囁かれる噂で聞いた。雷の呼吸を使う、雷光色の髪をした隊士。……我妻、善逸さん。怖いと泣いて、弱いと駄々をこね、けどいざその時になると目にも止まらぬ速さで鬼を狩る。最初のあの時以来お姿を見たことは無い、けれど最初の一回だけでも、私があの人を想うには十分だった。
私は、あの人をお慕いしている。
「……で、何を話しゃあいいんだよ」
「なんでも、どんなことでも、全て」
「めんどくせぇ!」
「お願いします!ほら、鶏肉を揚げましたから、ね?」
面倒だと吐き捨てて寝転がってしまったのは、イノシシ頭の少年。料理を頼まれ訪れた蝶屋敷の勝手場で、隅に蹲るイノシシ頭を見て「今日の食材はイノシシですか、捌けるかしら」と頭を鷲掴みにした時からの付き合いだ。
このイノシシ頭の少年、嘴平伊之助は、我妻さんと親しいらしい。なので時折食べ物で釣ってあの人の話を聞き出すようになった。伊之助が教えてくれた情報はたくさんある。
曰く、我妻さんは双六がお好きらしい。度々新しいものを仕入れては、伊之助や仲のいい隊士と遊んでいるのだとか。
曰く、甘いものがお好きらしい。以前には蝶屋敷で買っておいた来客用の大福をくすねて食べていたという。
曰く、仲のいい隊士の妹さんが、お好きらしい。
他にもたくさん教えて貰ったけれど、そのお好きだという子へ花を贈ったとか、任務帰りにその子への土産を買いすぎて兄に怒られたとか。想いを寄せる身としては少し寂しいけれど、あの人が幸せになるならそれは、嬉しいもの。
「我妻さん、そのお嬢さんと上手くいくといいですねぇ」
「ナオはそれでいいのかよ」
「ええ、もちろん」
少し寂しいだけだ。辛くない。辛くなんて、ない。
「そーかよ」
「色々教えていただいてありがとうございますね」
ふん、と鼻を鳴らした伊之助は、イノシシ頭を頭上にずらしてガツガツと揚げ物を食べている。その大皿の中身もそろそろ終わりだ。今回の情報収集はこれでお開きだろう。
「……好いた相手には、幸せになってもらいたいと思いません?」
「あ?知るか、俺にんなこと言ってどうしろってんだ」
「別に、どうもしなくていいですよ」
そう、別に何もしてくれなくていい。これは独り言だから。
「我妻さんには幸せになってもらいたいんですよ、お慕いしているからこそ」
どうもしなくていいと言っておいた言葉の通り、伊之助は特に何も言わなかった。ただ、聞いてくれた。
「……お料理、なくなりましたね。お話ありがとうございました」
空の皿を持ちサッと立ち上がると、軽く頭を下げてその場を去る。スタスタと足を進めながら、ああ食後のお茶を出してあげれば良かったかな、とは思ったけれどもう戻れなくて、両手が塞がっているから何故か傷む胸を押さえることも出来なくて。私は足早に屋敷の奥へと戻って行った。
だから、私のいなくなった場所でどんなことがあったかなんて、知らない。
◆◇
「おい聞こえてんだろ?」
「わー!ばか!声かけるんじゃないよ!あの子に聞こえちゃうだろ!?」
「聞こえるかばーか!あいつはお前みてーな耳してねえ!」
「わかったから静かにして!?」
一人残された伊之助が誰にともなく声をかける。姿は見せないようにしていたのに、やっぱり気づいていたらしい。
「どーすんだよ」
「どうするって……あの子、……ナオちゃんは、俺が禰豆子ちゃんを好きだと思ってるんだろ?」
確かに可愛い女の子は好きだけど、友達の妹だから、命より大事な家族だって言うから俺も大事だなって思ってる。今のところそれ以上ではない。それに、女の子にあんなに純粋な好意を向けられるのは、正直嬉しいし、意識だってしてしまうというもの。
けれど、たしかあの子は。
「俺が炭治郎と会った任務に向かってた時、鬼に襲われてた子だと思うんだよねぇ……」
助けてくれてありがとうと言った女の子は、反射的に手を握ったら顔を真っ赤にしてドキドキと胸を鳴らしていた。きっとこの子は俺の事が好きなんだ、結婚しよう。そう思ったのにチュン太郎がつつくからすぐに行かなきゃいけなかった。
「あの子、俺に助けられたと思ってるけどさ……それ絶対俺じゃないよ。俺は弱いんだから」
今さらその誤解を解いたら、じゃあ好きじゃありませんなんて言われたら?そう思って声もかけれないまま、何故か伊之助があの子と仲良くなってしまうのを眺めるしかなかった。
「……伊之助はいいよなぁ、あの子の料理を食べさせてもらえてさ」
「はぁん?食いたかったらナオに言えばいいだろうが」
伊之助の言う通りだ。せっかく向けられる好意を無くしたくなくて、誤解を解くのが怖いからあの子の前に現れない。俺がそうしてるから伊之助だけがあの子と仲良くなって、手料理を食べさせてもらえてる。何度も会う機会はあったのに。
「……めんどくせぇな、お前ら」
俺も、そう思う。
◆◇
伊之助が任務に発つと聞いたから、ならお弁当でも持たせてあげようかとおにぎりを握ってたら本人が来た。
「あれ、もう発ちますか?おにぎり作ってますけど」
「足りねぇぞ子分!もっと作れ」
「はいはい、子分じゃないですけど」
普段からよく食べるから一つ二つじゃ足りないのだろう。荷物になるかと思って控えめにしたけれど、お米も具もまだあるからたくさん握ろう。多くなったから包みも分けよう。
「はい、できました。こっちが天むすとそぼろ、こっちに鮭と梅干しが入ってますよ」
そう言って差し出したのに、伊之助は包みをひとつだけ取るとさっさと勝手場から出ていってしまう。
「ちょっと、伊之助?こっちはどうするんです!?」
慌てて追いかけ勝手場を出た私は、目に飛び込む鮮やかな黄色にぴたりと足を止め、息まで止めてしまった。そろりと黄色の主を見ると、ああやはり。我妻さんだ。
「紋逸!置いてくぞ!」
少し先で伊之助が叫んでいる。置いていく、ということは一緒の任務なのだろうか。今から我妻さんも任務に行くのだとしたら。
「っあの、これどうぞ!おにぎりです!」
詰めていた息を何とか吐き出し、大きく吸って。勇気を出すより先に勢いに乗せて叫ぶと、手に持ったままのおにぎりの包みを差し出した。
「ん、うえぇ!?いいの?」
「任務に行かれるんですよ、ね……?」
「あ、うん。そう、だけど……」
「ご武運を、お祈りします」
顔が熱い、きっと赤いのだろうと思う。変に思われてはいないだろうか、いきなりこんなことをして迷惑ではないかしら。ぐるぐる考えても差し出した手はもう引っ込められない。
差し出していた包みが、私の手ごとそうっと握られて、そこからするりと包みを抜いていった。
「……ありがとねぇ」
ふわりと柔らかく笑った顔と、初めて会った時以来の久しぶりに触れた硬い手の感触に、もう胸が苦しくて、でも全身にじわりと喜びが広がっていく。
「おっせーーーぞ紋逸!!」
「あーもう!待てよ伊之助!!」
くるりと踵を返して駆け出す、鮮やかな羽織を翻す後ろ姿に叫んだ。
「……いってらっしゃいませ!」
器用にも走りながら振り返った我妻さんは、大きく手を振ってくれて。光を受けて輝く金糸と、それに負けない輝く笑顔で。返された言葉は、距離が空いていたのに、雷鳴のように空気を割いて耳に届いた。
「いってきます!!」
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