鬼滅短編
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平々凡々、すごい美人でもなければ、頭がいいわけでも身体能力が高い訳でもない。それなのに、ああそれなのに。家族も周りのみんなも自分自身でさえβだと信じて疑わない中で受けた健康診断の項目で、私は正真正銘間違いなくαだと診断された。
学校で受けた健診は国民の義務とかで、同じく受けた同級生たちはβばかり。ひとり、αだったよと言って周りをざわつかせたのは別のクラスのハイスペック人気者男子だった。頭も良くてかっこよくて、運動部のエース。やっぱりね、そうだと思った、すごいね。そうもてはやされる男子を見て、私はαである事を隠そうと決めた。
「どうみても同じαじゃないでしょ私……!」
ひとり零した呟きは誰にも拾われることは無く。家族にだけは本当のことを告げたけれど、落ちこぼれαの私はβとして生きていくことにしたのだ。
そう、あの時までは。
月日が流れて社会人となり、私は相変わらずβと偽って生きていた。Ωのフェロモンも、私があまりαっぽくないせいなのか、ヒート時に近づかなければ大丈夫だった。このまま隠し続けて生きていこうと思っていたのに、運命ってやつは助走をつけて殴りかかってくるみたいで、ものすごい勢いで私の決意を破壊していった。
いつも通りの仕事の帰り道だった。慣れた道を歩きながら、晩御飯はどうしようかなとかぼんやり考えていた私は、急にぞくぞくと全身を震わすような感覚に襲われた。遅れて漂ってきた甘ったるい香りに、ぶわりと汗が滲む。これは、Ωのフェロモンだ。
「なん、で……!こんなとこで!」
この香りの強さ、ヒートなのかもしれない。というか私がこんなに反応するなんて、何度か遭遇したヒート時のΩのどれよりも強い。頭が一瞬で沸騰したようにグラグラする。喉がカラカラになって、耐え凌ぐようにごくりと唾を飲み込んだ。香りが強すぎて出処がわからない、なのに足は勝手に歩き始めていた。
迷いなくたどり着いたのは、煌々と輝くコンビニの裏手。暗がりの中で僅かな光を受けて輝く金髪の人が蹲っていた。
「…………みつけた」
自分の声とは思えないほど、まとわりつくような甘ったるい声が出た。普段ならば我ながら気持ち悪い、とか思ったろうけど、今はそんなの気にしている余裕は無かった。
金色の髪が揺れ、ゆっくりと頭が持ち上がる。暗くても分かるくらいに上気していて、頬と言わず顔全体が真っ赤だ。きっと、全身の肌が染まっていて綺麗なんだろう。浅く荒く吐かれる息、一呼吸ごとに密度を増していくような甘い香りに痺れるような気さえする。つるりと濡れたお月様みたいな瞳からボロボロと零れる涙、それさえきっと甘いのだろうと思った。
今すぐに、このひとを食べたい。飢餓感にも似た興奮が全身を満たしている。体が熱い。目の前のΩと見つめあっていると、このフェロモンに気づいたのか周りがざわつきはじめた。出処を探すかのような声が聞こえてきて、急に怒りが湧いてきた。
私が最初にみつけた。探すまでもなくたどり着いた。このひとは、私の。
「おいで」
手を差し出すと縋るように握られた。引っ張りあげるとふらつきながらも立ち上がって、ぐす、と鼻を鳴らして私の方によろよろ寄ってくる。相変わらず荒い息と、近づいた事でより強くなった香りに胸が痛いくらいにドキドキしている。
家まで、耐えられない。手を引けば大人しくついてくるのをいい事に、私は手近なホテルへと連れ込んだのだった。
◆◇
結論から言うと、めちゃくちゃ抱いた。
私は女で彼は男であったけれど、αとΩであれば問題ない。そんなの本当かよと思っていたけれど、学生時代に学んだ保健の授業の通りなんの問題も滞りもなく、なんなら本能のままに激しくしつこく抱いてしまった。
隣に眠る金髪の男の人。散々喘がせたせいで涙とか涎の跡が残っている。ちょっと罪悪感が込み上げた。そういえば名前も聞いてない。あどけない顔をして寝ているけれど、着ていたのはスーツだったから社会人なのかもしれない。願わくば法律的にまずい年齢じゃないことを祈る。
それにしても、こんなことになるなんで。未だ隣で眠る男の人にそろりと手を伸ばし、こめかみに張り付く髪の毛を取ってあげた。
「……まさか、抱かれるより先に抱くことになるなんて、ねぇ」
ほんと、まさかである。何から何までαらしくない私は、プライドもそんなに高くないし、いずれかっこいい人と付き合いたい、結婚したい、なんて夢を持ってたりした。まあこんな秘密を隠しているせいもあって、誰かと付き合ったりも出来なかったんだけれど。
「あー……これからどうしよ」
名前も知らない男の人とひとつのベッドの上で、顔を覆ってため息を吐く。寝ているうちに帰るのもどうかと思うし、起きたら起きたでどうしていいかわからない。簡単にはいさようならと別れるのは、αとして、というより人間としてどうかと思うし……うだうだ考えていると、私の体に暖かいものがするりと巻きついた。
何か、なんて考えるまでもない。隣で寝ているはずの男の人、その腕だ。
「……起きたんですか」
そう問えば、肩口に額を擦り付けるようにして頷いた。散々抱いておいてアレだけれど、男性経験のない私にはこの状況は刺激が強い。一刻も早く離れていただきたい。ぐ、と体を押しのけてみるけれど、力が違いすぎてびくともしない。
「俺、さ」
ぽつり、と呟かれた声は、肩口に顔を埋めたままなのによく聞こえた。
「Ωなの、隠してたから。今まで彼女とか出来たことないんだ」
……急に何を語り始めたのだろう。そうは思うけれど、その語り始めた内容は私と似たところがあって耳を傾けてしまう。
「自慢じゃないけど、同期の中じゃすこぶる仕事も出来たし?『ほんとはαなんじゃないんですか?』とか言われたりしてさぁ」
よくよく見れば、整った顔をしている。昨日は気づく余裕が無かったけれど、背だってそこそこ高いしスタイルもいい。その上仕事も出来たとなれば、なるほど高スペックである。
「……いつか、可愛い彼女ができたらなって、思ってたんだけど……」
その気持ちは、痛いほどわかる。αであることを隠している私より、Ωの彼の方が厳しい願いだったことだろう。
「……まさか、抱くより先に抱かれることになるなんて、ねぇ?」
その言い回しを聞いて、ぞくりと背筋が震える。それは、その言葉は、ついさっき私が言った台詞とほぼ同じだ。少し含みを持たせて言っているということは、起きていたのか。私に抱きついているこの男の人が、縋っているのかと思っていたけれど、これは。
「それで、提案なんだけど。折角こうして出会ったんだから、抱かせてくれない?」
すい、と金髪の頭が持ち上げられて、今は涙の気配のない瞳と目が合う。お月様みたいだと思ったその瞳は、夜が明けても満月のように綺麗だった。
「ね、頼むよぉ」
甘えるような声音と、整っているなと思った顔での上目遣い。散々鳴かせ抱いた罪悪感。それに、私の夢。かっこいい人と付き合いたいとか、結婚したいとか。そういうもろもろが、彼からのお願いを断ることを躊躇させた。
でも、よく考えてみたら、私も彼もお互いに第二の性を相手に秘密にすることなく付き合える。今も私を見つめる彼の顔は、うん。好みだ。それに、あの時感じた独占欲。今までに会ったΩには感じなかった感情は、もしかしたら運命の番だからかもしれない。
抱かれる前に抱いてしまったけれど、彼が運命の番なら、それすらも運命だったのかもしれない。
「……いい、ですけど」
「へ?……ほん、と?えええほんとに!?」
急にがばりと起き上がられて、当然布団は持ち上がり二人の間に隙間ができる。反射的に腕で体を隠すけれど、目の前の彼は隠すつもりは無いようで綺麗に鍛えられた体が惜しげも無く晒されていた。心臓に悪い。
「え、今更隠すの?昨日散々見たけど……」
「状況が!違うから!」
ぶわっと熱くなった顔は赤くなっているのかもしれない。彼は私を見てきょとんとした後に、うっとりと目を細めて笑った。
「んひ、かぁわいいねぇ……」
昨日はあんなに喘いで鳴いてたくせに、私なんかよりよっぽと可愛かったくせに。雄の顔で私を見下ろす姿は、もうどっちがαかわからない。頬をするりと撫でられ、ゆっくりと降りてくる顔。キスされる、そう思ったら反射的に口を塞ぐようにして止めた。
「ま、まって!」
「ちょ、ここまでしてお預けぇえ!?それは無いでしょ俺泣くよ!?」
泣く、という言葉の通りに一瞬にして目に涙を溜めた彼は、男の人にしては涙脆すぎなのではと思う。けれどそれと同時に可愛いな、とも思ってしまったから、私はもう絆されてしまっているのだろう。
「ちが、するのが嫌とかじゃなくて」
「じゃあなに!?」
私の手のひらに口を付けたま喋るから擽ったい。その手を移動させて頬に添えると、大人しく擦り寄ってくる。
「名前、知りたいなと思って」
「……なまえ?」
お互い名前も知らない、そんな状況で抱いたのは私だけれど、このまま抱かれてしまうのはなんだか嫌だった。
じぃ、とお月様みたいな瞳を見つめると、私の視線から逃れるように少し目を泳がせてから伏せた。
「……我妻、善逸です……」
ほんのりと頬を染めて、なぜか今更照れたようにそう言った。
「えぇ……可愛い……」
「っ可愛いとか言われても!俺男ですけど!?」
不満を叫ぶその顔はやっぱり赤くて、どうしても可愛いと思ってしまう。うん、仕方ない。認めてしまおう、私は落ちこぼれでもαだし。運命の番が可愛くてなにが悪いの。
「きみの、名前は?」
「ナオ、です」
やることやっといて改めて名乗るのは、なるほど恥ずかしい。善逸はさっきの私のセリフをなぞるように「可愛い」と語尾にハートマークが付きそうな甘さで言う。なんとなく、さっきの善逸の気持ちがわかった。
「よろしくね、善逸」
「……よろしくねぇ、ナオちゃん」
お互いに今更すぎる挨拶を交わし、ゆっくり降りてくる唇を、今度は首に腕を回して私の方から引き寄せた。
学校で受けた健診は国民の義務とかで、同じく受けた同級生たちはβばかり。ひとり、αだったよと言って周りをざわつかせたのは別のクラスのハイスペック人気者男子だった。頭も良くてかっこよくて、運動部のエース。やっぱりね、そうだと思った、すごいね。そうもてはやされる男子を見て、私はαである事を隠そうと決めた。
「どうみても同じαじゃないでしょ私……!」
ひとり零した呟きは誰にも拾われることは無く。家族にだけは本当のことを告げたけれど、落ちこぼれαの私はβとして生きていくことにしたのだ。
そう、あの時までは。
月日が流れて社会人となり、私は相変わらずβと偽って生きていた。Ωのフェロモンも、私があまりαっぽくないせいなのか、ヒート時に近づかなければ大丈夫だった。このまま隠し続けて生きていこうと思っていたのに、運命ってやつは助走をつけて殴りかかってくるみたいで、ものすごい勢いで私の決意を破壊していった。
いつも通りの仕事の帰り道だった。慣れた道を歩きながら、晩御飯はどうしようかなとかぼんやり考えていた私は、急にぞくぞくと全身を震わすような感覚に襲われた。遅れて漂ってきた甘ったるい香りに、ぶわりと汗が滲む。これは、Ωのフェロモンだ。
「なん、で……!こんなとこで!」
この香りの強さ、ヒートなのかもしれない。というか私がこんなに反応するなんて、何度か遭遇したヒート時のΩのどれよりも強い。頭が一瞬で沸騰したようにグラグラする。喉がカラカラになって、耐え凌ぐようにごくりと唾を飲み込んだ。香りが強すぎて出処がわからない、なのに足は勝手に歩き始めていた。
迷いなくたどり着いたのは、煌々と輝くコンビニの裏手。暗がりの中で僅かな光を受けて輝く金髪の人が蹲っていた。
「…………みつけた」
自分の声とは思えないほど、まとわりつくような甘ったるい声が出た。普段ならば我ながら気持ち悪い、とか思ったろうけど、今はそんなの気にしている余裕は無かった。
金色の髪が揺れ、ゆっくりと頭が持ち上がる。暗くても分かるくらいに上気していて、頬と言わず顔全体が真っ赤だ。きっと、全身の肌が染まっていて綺麗なんだろう。浅く荒く吐かれる息、一呼吸ごとに密度を増していくような甘い香りに痺れるような気さえする。つるりと濡れたお月様みたいな瞳からボロボロと零れる涙、それさえきっと甘いのだろうと思った。
今すぐに、このひとを食べたい。飢餓感にも似た興奮が全身を満たしている。体が熱い。目の前のΩと見つめあっていると、このフェロモンに気づいたのか周りがざわつきはじめた。出処を探すかのような声が聞こえてきて、急に怒りが湧いてきた。
私が最初にみつけた。探すまでもなくたどり着いた。このひとは、私の。
「おいで」
手を差し出すと縋るように握られた。引っ張りあげるとふらつきながらも立ち上がって、ぐす、と鼻を鳴らして私の方によろよろ寄ってくる。相変わらず荒い息と、近づいた事でより強くなった香りに胸が痛いくらいにドキドキしている。
家まで、耐えられない。手を引けば大人しくついてくるのをいい事に、私は手近なホテルへと連れ込んだのだった。
◆◇
結論から言うと、めちゃくちゃ抱いた。
私は女で彼は男であったけれど、αとΩであれば問題ない。そんなの本当かよと思っていたけれど、学生時代に学んだ保健の授業の通りなんの問題も滞りもなく、なんなら本能のままに激しくしつこく抱いてしまった。
隣に眠る金髪の男の人。散々喘がせたせいで涙とか涎の跡が残っている。ちょっと罪悪感が込み上げた。そういえば名前も聞いてない。あどけない顔をして寝ているけれど、着ていたのはスーツだったから社会人なのかもしれない。願わくば法律的にまずい年齢じゃないことを祈る。
それにしても、こんなことになるなんで。未だ隣で眠る男の人にそろりと手を伸ばし、こめかみに張り付く髪の毛を取ってあげた。
「……まさか、抱かれるより先に抱くことになるなんて、ねぇ」
ほんと、まさかである。何から何までαらしくない私は、プライドもそんなに高くないし、いずれかっこいい人と付き合いたい、結婚したい、なんて夢を持ってたりした。まあこんな秘密を隠しているせいもあって、誰かと付き合ったりも出来なかったんだけれど。
「あー……これからどうしよ」
名前も知らない男の人とひとつのベッドの上で、顔を覆ってため息を吐く。寝ているうちに帰るのもどうかと思うし、起きたら起きたでどうしていいかわからない。簡単にはいさようならと別れるのは、αとして、というより人間としてどうかと思うし……うだうだ考えていると、私の体に暖かいものがするりと巻きついた。
何か、なんて考えるまでもない。隣で寝ているはずの男の人、その腕だ。
「……起きたんですか」
そう問えば、肩口に額を擦り付けるようにして頷いた。散々抱いておいてアレだけれど、男性経験のない私にはこの状況は刺激が強い。一刻も早く離れていただきたい。ぐ、と体を押しのけてみるけれど、力が違いすぎてびくともしない。
「俺、さ」
ぽつり、と呟かれた声は、肩口に顔を埋めたままなのによく聞こえた。
「Ωなの、隠してたから。今まで彼女とか出来たことないんだ」
……急に何を語り始めたのだろう。そうは思うけれど、その語り始めた内容は私と似たところがあって耳を傾けてしまう。
「自慢じゃないけど、同期の中じゃすこぶる仕事も出来たし?『ほんとはαなんじゃないんですか?』とか言われたりしてさぁ」
よくよく見れば、整った顔をしている。昨日は気づく余裕が無かったけれど、背だってそこそこ高いしスタイルもいい。その上仕事も出来たとなれば、なるほど高スペックである。
「……いつか、可愛い彼女ができたらなって、思ってたんだけど……」
その気持ちは、痛いほどわかる。αであることを隠している私より、Ωの彼の方が厳しい願いだったことだろう。
「……まさか、抱くより先に抱かれることになるなんて、ねぇ?」
その言い回しを聞いて、ぞくりと背筋が震える。それは、その言葉は、ついさっき私が言った台詞とほぼ同じだ。少し含みを持たせて言っているということは、起きていたのか。私に抱きついているこの男の人が、縋っているのかと思っていたけれど、これは。
「それで、提案なんだけど。折角こうして出会ったんだから、抱かせてくれない?」
すい、と金髪の頭が持ち上げられて、今は涙の気配のない瞳と目が合う。お月様みたいだと思ったその瞳は、夜が明けても満月のように綺麗だった。
「ね、頼むよぉ」
甘えるような声音と、整っているなと思った顔での上目遣い。散々鳴かせ抱いた罪悪感。それに、私の夢。かっこいい人と付き合いたいとか、結婚したいとか。そういうもろもろが、彼からのお願いを断ることを躊躇させた。
でも、よく考えてみたら、私も彼もお互いに第二の性を相手に秘密にすることなく付き合える。今も私を見つめる彼の顔は、うん。好みだ。それに、あの時感じた独占欲。今までに会ったΩには感じなかった感情は、もしかしたら運命の番だからかもしれない。
抱かれる前に抱いてしまったけれど、彼が運命の番なら、それすらも運命だったのかもしれない。
「……いい、ですけど」
「へ?……ほん、と?えええほんとに!?」
急にがばりと起き上がられて、当然布団は持ち上がり二人の間に隙間ができる。反射的に腕で体を隠すけれど、目の前の彼は隠すつもりは無いようで綺麗に鍛えられた体が惜しげも無く晒されていた。心臓に悪い。
「え、今更隠すの?昨日散々見たけど……」
「状況が!違うから!」
ぶわっと熱くなった顔は赤くなっているのかもしれない。彼は私を見てきょとんとした後に、うっとりと目を細めて笑った。
「んひ、かぁわいいねぇ……」
昨日はあんなに喘いで鳴いてたくせに、私なんかよりよっぽと可愛かったくせに。雄の顔で私を見下ろす姿は、もうどっちがαかわからない。頬をするりと撫でられ、ゆっくりと降りてくる顔。キスされる、そう思ったら反射的に口を塞ぐようにして止めた。
「ま、まって!」
「ちょ、ここまでしてお預けぇえ!?それは無いでしょ俺泣くよ!?」
泣く、という言葉の通りに一瞬にして目に涙を溜めた彼は、男の人にしては涙脆すぎなのではと思う。けれどそれと同時に可愛いな、とも思ってしまったから、私はもう絆されてしまっているのだろう。
「ちが、するのが嫌とかじゃなくて」
「じゃあなに!?」
私の手のひらに口を付けたま喋るから擽ったい。その手を移動させて頬に添えると、大人しく擦り寄ってくる。
「名前、知りたいなと思って」
「……なまえ?」
お互い名前も知らない、そんな状況で抱いたのは私だけれど、このまま抱かれてしまうのはなんだか嫌だった。
じぃ、とお月様みたいな瞳を見つめると、私の視線から逃れるように少し目を泳がせてから伏せた。
「……我妻、善逸です……」
ほんのりと頬を染めて、なぜか今更照れたようにそう言った。
「えぇ……可愛い……」
「っ可愛いとか言われても!俺男ですけど!?」
不満を叫ぶその顔はやっぱり赤くて、どうしても可愛いと思ってしまう。うん、仕方ない。認めてしまおう、私は落ちこぼれでもαだし。運命の番が可愛くてなにが悪いの。
「きみの、名前は?」
「ナオ、です」
やることやっといて改めて名乗るのは、なるほど恥ずかしい。善逸はさっきの私のセリフをなぞるように「可愛い」と語尾にハートマークが付きそうな甘さで言う。なんとなく、さっきの善逸の気持ちがわかった。
「よろしくね、善逸」
「……よろしくねぇ、ナオちゃん」
お互いに今更すぎる挨拶を交わし、ゆっくり降りてくる唇を、今度は首に腕を回して私の方から引き寄せた。
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