鬼滅短編
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美味しい菓子を売ってる店だった。この菓子屋のまんじゅうは特に絶品で、薄い皮にしっとりずっしり詰まったこしあんは口の中でさらさらと溶けていくような舌触り。あっさりしているのに頬に染み込むような絶妙な甘さは、濃いめのお茶とよく合って美味しい。
けれど、俺がこの店の常連になったのはそれだけが理由じゃない。
「ナオちゃん!うわぁこんな所で会うなんて偶然だねぇ!」
「あら、我妻さん」
背後から声をかけた俺に、くるりと振り返った女の子は件の菓子屋の子だ。と言っても店主の娘ではなく、身寄りのない子供達の中から奉公人として引き取られたらしいけれど。
お使いを頼まれたというナオちゃんの隣に当然のように並んで歩き出すと、彼女も気にした様子はなく俺に笑いかけながら隣を歩いている。可愛い。何度か通ううちに顔見知りになり、今ではこうして一緒に歩くことを疑問にも思わなくなったらしい彼女こそが、俺があの菓子屋の常連になった理由だ。
「結構たくさん買うものあったんだねぇ」
「ふふ、持っていただいてありがとうございますね」
菓子屋の主人である旦那様に頼まれたものをひとつひとつ買い揃えていくと、卵や牛乳なんかもあってずしりと重い。俺が偶然ナオちゃんを見つけたのも、荷物持ちをしろという神様お釈迦様のお告げかもしれない。何者か知らないけどありがとう、こんな重いものを彼女ひとりに持たせることにならなくて良かった。
「明日は上町のお茶の先生がお誕生日だそうで、お茶会があるんですって。そのためのお菓子の材料なんです」
「あー、あの有名な茶道教室ねぇ」
誕生日ならお茶の先生が正客なんだろうか。じゃあ誰が亭主?疑問が浮かんだけれど、まあいいやと放り出す。どうせ俺が呼ばれてる訳じゃないから関係ねえわ。
しかし、誕生日。そう言われてみると誕生日は祝うもので、なにか贈り物をするのに都合のいい理由である。俺は自他共に認めるほどに貢ぎ癖の強い方で、もちろんこの子にも根付けやスカアフ、洋菓子なんかをあげようとしたことがある。けれど決まって「貰う理由がない」と断られてしまっていた。
いつも頑なに贈り物を受け取っては貰えないこの子も、誕生日なら、あるいは。
「ね、ナオちゃんの誕生日っていつ?」
「私の誕生日、ですか」
きょとりと目を瞬かせた彼女はほんの僅かに首を傾げ、微かな戸惑いの音を立てて少し考え込んでる。まずい話題だったろうか、嫌な思い出でもあったのかな、そう心配する俺の前で、彼女はいつも通りのふんわりとした笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日にします」
「……へ?今日……今日!?誕生日!?いや待って、じゃあってどういうことぉ!?」
あの戸惑いの音と考え込む様子から察するに、実際今日が誕生日なわけではないのだろうとは思うけど、「じゃあ」と頭に置いて発した言葉に嘘はない。それは音でわかる。けど言われた言葉はよくわからない。
「あ、ええと……私は自分の誕生日を知らなくて。なら今日でいいかなと」
「良くないからねぇ!?ごめん、もしかして聞かれたくなかった?」
誕生日を知らない、なんてのは親のいない子供には珍しくない。けれどこの子は良い家に貰われたからそんなことは、誕生日を知ってるはずだと無意識に決めつけてしまっていた。
嫌なことを聞いたかと不安になる俺に、ナオちゃんは嘘偽りない音と笑顔で言った。
「いえ、いいんですよ。気にかけて頂いただけで嬉しいので」
なんて、なんていい子なんだろう。あまりにも無欲で、心が綺麗すぎてつい拝みたくなる。いや拝んでる場合じゃない、そもそも俺はこの子に誕生日にかこつけた贈り物をしたいわけで、それが今日だってんなら、さすがに準備が間に合わないかもしれない。ほんとに今日なら頑張るしかないけれど、今回はそうではないなら。
「ねえ!誕生日、別の日にしない!?」
「は、え……?」
驚くナオちゃんの手を、荷物を持ってるから両手では握れないけど片手で握って。それでも小さな手だから俺の手にすっぽりと収まる。少し荒れた手の感触に、なにか手入れするようなものをあげようと思った。お金を入れてた巾着も、もっと可愛くて丈夫なのを買ってあげる。髪をまとめてる簪だって、おさがりだという塗の剥げたものじゃなく、もっとこの子に似合うものをつけて欲しい。それに一緒に甘いものを食べたりしたい。やっぱり今日じゃだめだ。準備するのに時間が足りない。
「俺、きみの誕生日を祝いたい。俺がそうしたいから、時間をくれない?」
握った手を自分の額にくっつけて、神に祈るように懇願する。そんな俺のめちゃくちゃなお願いに驚いていた彼女が、くすくすと笑いだした。
「じゃあ、明日」
「それ大して変わりませんよねぇえ!?明日って明日だよ!?寝て起きたら明日じゃん無理!!もう一声、お願いだよぉお!!」
「ふ、ふふ……!必死すぎませんか」
必死にもなる。だって俺はこの子が好きで、この子の初めての誕生日祝いをする機会が目の前にぶら下げられてるんだから。
「頼むよぉ……」
「そうですねぇ……じゃあ、」
彼女の口から告げられたのは今日から数日後の日付で、「この日はお休みを貰ってるんですよ」なんて言うから。
「一日中、全力でお祝いするから。覚悟しててよね」
俺もなんとか休みをもらおう。そんで朝から夜までずっと、俺に出来る限りの全てを使ってとびきり楽しませてあげる。絶対に忘れられない、最高の誕生日にしてあげるんだ!
けれど、俺がこの店の常連になったのはそれだけが理由じゃない。
「ナオちゃん!うわぁこんな所で会うなんて偶然だねぇ!」
「あら、我妻さん」
背後から声をかけた俺に、くるりと振り返った女の子は件の菓子屋の子だ。と言っても店主の娘ではなく、身寄りのない子供達の中から奉公人として引き取られたらしいけれど。
お使いを頼まれたというナオちゃんの隣に当然のように並んで歩き出すと、彼女も気にした様子はなく俺に笑いかけながら隣を歩いている。可愛い。何度か通ううちに顔見知りになり、今ではこうして一緒に歩くことを疑問にも思わなくなったらしい彼女こそが、俺があの菓子屋の常連になった理由だ。
「結構たくさん買うものあったんだねぇ」
「ふふ、持っていただいてありがとうございますね」
菓子屋の主人である旦那様に頼まれたものをひとつひとつ買い揃えていくと、卵や牛乳なんかもあってずしりと重い。俺が偶然ナオちゃんを見つけたのも、荷物持ちをしろという神様お釈迦様のお告げかもしれない。何者か知らないけどありがとう、こんな重いものを彼女ひとりに持たせることにならなくて良かった。
「明日は上町のお茶の先生がお誕生日だそうで、お茶会があるんですって。そのためのお菓子の材料なんです」
「あー、あの有名な茶道教室ねぇ」
誕生日ならお茶の先生が正客なんだろうか。じゃあ誰が亭主?疑問が浮かんだけれど、まあいいやと放り出す。どうせ俺が呼ばれてる訳じゃないから関係ねえわ。
しかし、誕生日。そう言われてみると誕生日は祝うもので、なにか贈り物をするのに都合のいい理由である。俺は自他共に認めるほどに貢ぎ癖の強い方で、もちろんこの子にも根付けやスカアフ、洋菓子なんかをあげようとしたことがある。けれど決まって「貰う理由がない」と断られてしまっていた。
いつも頑なに贈り物を受け取っては貰えないこの子も、誕生日なら、あるいは。
「ね、ナオちゃんの誕生日っていつ?」
「私の誕生日、ですか」
きょとりと目を瞬かせた彼女はほんの僅かに首を傾げ、微かな戸惑いの音を立てて少し考え込んでる。まずい話題だったろうか、嫌な思い出でもあったのかな、そう心配する俺の前で、彼女はいつも通りのふんわりとした笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日にします」
「……へ?今日……今日!?誕生日!?いや待って、じゃあってどういうことぉ!?」
あの戸惑いの音と考え込む様子から察するに、実際今日が誕生日なわけではないのだろうとは思うけど、「じゃあ」と頭に置いて発した言葉に嘘はない。それは音でわかる。けど言われた言葉はよくわからない。
「あ、ええと……私は自分の誕生日を知らなくて。なら今日でいいかなと」
「良くないからねぇ!?ごめん、もしかして聞かれたくなかった?」
誕生日を知らない、なんてのは親のいない子供には珍しくない。けれどこの子は良い家に貰われたからそんなことは、誕生日を知ってるはずだと無意識に決めつけてしまっていた。
嫌なことを聞いたかと不安になる俺に、ナオちゃんは嘘偽りない音と笑顔で言った。
「いえ、いいんですよ。気にかけて頂いただけで嬉しいので」
なんて、なんていい子なんだろう。あまりにも無欲で、心が綺麗すぎてつい拝みたくなる。いや拝んでる場合じゃない、そもそも俺はこの子に誕生日にかこつけた贈り物をしたいわけで、それが今日だってんなら、さすがに準備が間に合わないかもしれない。ほんとに今日なら頑張るしかないけれど、今回はそうではないなら。
「ねえ!誕生日、別の日にしない!?」
「は、え……?」
驚くナオちゃんの手を、荷物を持ってるから両手では握れないけど片手で握って。それでも小さな手だから俺の手にすっぽりと収まる。少し荒れた手の感触に、なにか手入れするようなものをあげようと思った。お金を入れてた巾着も、もっと可愛くて丈夫なのを買ってあげる。髪をまとめてる簪だって、おさがりだという塗の剥げたものじゃなく、もっとこの子に似合うものをつけて欲しい。それに一緒に甘いものを食べたりしたい。やっぱり今日じゃだめだ。準備するのに時間が足りない。
「俺、きみの誕生日を祝いたい。俺がそうしたいから、時間をくれない?」
握った手を自分の額にくっつけて、神に祈るように懇願する。そんな俺のめちゃくちゃなお願いに驚いていた彼女が、くすくすと笑いだした。
「じゃあ、明日」
「それ大して変わりませんよねぇえ!?明日って明日だよ!?寝て起きたら明日じゃん無理!!もう一声、お願いだよぉお!!」
「ふ、ふふ……!必死すぎませんか」
必死にもなる。だって俺はこの子が好きで、この子の初めての誕生日祝いをする機会が目の前にぶら下げられてるんだから。
「頼むよぉ……」
「そうですねぇ……じゃあ、」
彼女の口から告げられたのは今日から数日後の日付で、「この日はお休みを貰ってるんですよ」なんて言うから。
「一日中、全力でお祝いするから。覚悟しててよね」
俺もなんとか休みをもらおう。そんで朝から夜までずっと、俺に出来る限りの全てを使ってとびきり楽しませてあげる。絶対に忘れられない、最高の誕生日にしてあげるんだ!
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