歌仙兼定
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歌仙が刀に戻ってしまった。
本丸の他のみんなはなんともないのに、初期刀で近侍の歌仙だけが刀に戻ってしまい、励起しなおそうとしてもうんともすんとも言わない。困り果てて政府に相談し検査のために役人が来て見たところ、「霊力パスが上手く繋がっていない」との診断だった。
「なんなのよ霊力パスって……!」
「まあ落ち着いてください主はん、怒っても解決しませんやろ?」
頭を掻きむしる私を、近侍でもないのに執務室に入り浸る明石が宥めてくる。
「わかってるけど!ていうか明石はなんでここにいるの!?内番入ってるでしょ!?」
「えぇ……主はんが俺を注意するのなんて久しぶりですやん……はあ歌仙はんには早々に戻ってもらわな」
そう言われてみれば、普段執務室でダラダラしていても放置していた。だって歌仙が先に注意するし。今はなぜ注意をしたかって、それはやはり歌仙がいないからだ。ぜんぶ歌仙のせいだ。
「もう……!いったいなんなのよ……」
苛立ちを含んだ声をぶつけても、私の手の中の歌仙兼定は物言わぬ美しい刀のまま、ひやりとそこにあるだけだった。
「ま、しばらく様子見で任務も免除してもらいましたし、少し休んだらええんちゃいます?」
のろのろと立ち上がり、私のあたまをポンと撫でて明石は執務室を出ていく。その瞬間、ほんの少しだけ歌仙がカタ、と動いたような気がした。
「ほんとになんなの……歌仙……」
手の中の刀は応えることはなく、長く一緒にいた分返事が返らない非日常に不安が募る。もし、もしもこのまま二度と励起できなければ。もう歌仙に会えないのだろうか。
「そうなったら、私の墓に入れてもらうしかないかなぁ」
励起できなくても、刀のままでも。私の初期刀はこの歌仙兼定ただ一振だから。別の歌仙ではだめなのだ。ならもう黄泉路まで共に来てもらう他ない。そのくらい、私は歌仙が共にいるのを当たり前だと思っていた。
「ああでも、やっぱり歌仙と話したいな」
顕現したての頃はいろいろと喧嘩もしたし、歌仙の好む雅だの風流だの分からないことが多くて呆れられたりしたけれど。でも言われたその言葉の一つひとつが、今思えば愛おしい。ああ、私は歌仙が好きなんだなあ。こうなってから気づくなんて。自覚した途端に好きという気持ちが溢れてきて、刀の姿でも愛しいと思ってしまう。
「歌仙、聞こえてる?」
そっと撫でながら言う。聞こえてなくても、溢れるこの気持ちは伝えなければ。私の中にとどめておくには、強すぎる。
「私ね、歌仙が好きだよ。大好き。結婚したいくらい。あなたの子供が欲しいくらい」
思えば、初期刀として選んだ時から好きだったのかもしれない。優しく蕩けるような笑みと、低くて柔らかい声が好きだと思ったんだ。
だから、ねえ、その声を聞かせて。
夜空のような鞘に収まる刀身をぎゅっと抱きしめる。相変わらず温度のない刀が、ふるりと震えたと思った瞬間。目の前が薄紅色の嵐に染められ、突然のことに目を閉じた私の鼻に嗅ぎなれた香りが届く。これは、優しく香るこのにおいは。
「……かせん?」
刀を抱いていたはずの腕の中に、急に体積の大きなものが現れて腕が回らなくなる。手のひらや頬に触れる上等な布の触り心地も、薄く開いた目から見えるその色も、ぜんぶ知っている。歌仙だ。
「き、みは……!僕がどれだけ悩んでいたと……!」
「歌仙!よかったぁ……!」
腕の中に現れたのをいいことに、しっかりと体格の良い体をぎゅうぎゅうに抱きしめた。けれど肩をがしっと掴まれて引き剥がされる。
「主、さっきの、もう一度言ってくれないか」
「……子供が欲しいくらい?」
「それじゃない!」
顔を真っ赤にさせて叫ぶ歌仙は、それでも歓喜の桜吹雪をやませることなくちゃんと目の前にいる。嬉しくて、引き剥がされた力に抗ってぎゅうと抱きついて言った。
「好き。歌仙が大好き」
歌仙はぷるぷる震えながら顔をうつ向けていて、どんな表情をしているのかわからない。けれど部屋を埋め尽くすように舞う桜は間違いなく歌仙のもので、少なくとも嫌がってはいないらしい。
急に低く深いため息をついた歌仙が顔を上げる。まだ真っ赤なままの顔は、いつも私に呆れたり怒ったりしている時と違ってどきりとした。
「主、僕はね。きみの初期刀として近侍として、完璧であろうと思っているんだ」
「……ん?うん」
急になんだと思うけど、こう語りだした歌仙の話は止めずに聞いた方がいいと経験が告げている。伊達に五年も一緒に過ごしていない。
「だから、僕の気持ちは、心は邪魔だろうと思って蓋をしたよ。余計なことを考えないようにと」
「うん」
「けれど人の心は複雑だね、抑えても抑えても溢れてくる。さらに抑えつければ苦しくなる。……もう僕にはどうすることもできなくて、いっそ人の身を捨てられたら、と」
「……それで、刀に?」
「結局それでは本末転倒だったね、すまない」
謝られたけれど、ちゃんと戻ってきてくれたのだからそれでいい。本丸は他に近侍が出来る子もいるし、みんな良い意味でベテランだから自分たちでなんでもできる。歌仙がいなくても上手く回るだろう。回らないのは私の心くらいだ。
「いざ、言葉にしようと思うとだめだな……恋の歌ひとつ浮かばない。引用はしたくないから、雅ではないけれど言わせておくれ」
少し赤みの引いた顔の歌仙と目を合わせると、私の好きな蕩けるような笑みを浮かべて、私の大好きな低くて柔らかい声で、言った。
「きみが好きだ」
心が幸せで跳ねる。私の歓喜が桜に現れるのなら、今この部屋は埋まって溢れて大変なことになっていることだろう。私が人間でよかった。審神者になってよかった。歌仙を、最初の一振に選んで良かった。
私も歌仙が、好き。
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