鶯丸
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「主、茶を淹れてくれ」
今日も我が物顔で執務室にずかずか上がり込み、私の都合なんかお構い無しにお茶を要求する男。そう、鶯丸だ。ちなみに近侍ではない。今日の近侍は内番の進捗を確認しについさっき執務室から出ていったところだ。
「ねぇ鶯丸、私仕事してるんだけど」
「見ればわかるさ」
机に向かったまま振り返らずに応えると、あっさりわかるとの返事。わかっているのに邪魔をするのか。最初の頃こそ呆れはしたものの、これが鶯丸という刀なんだなと思えばいちいち呆れるのも疲れてしまう。そしてお茶を淹れてやるまで同じ要求を繰り返すのもいつもの事だから、さっさと淹れてやるに限るのだ。
「平野に頼めばもっと美味しく淹れてくれるでしょうに」
「なに、主の淹れる茶の方が美味いぞ」
私はお茶の淹れ方なんてよく知らない。ただ急須に茶葉をえいやっと放りお湯を入れてそそぐ。それだけだ。けれど鶯丸は湯呑みを両手で大事そうに持っておっとりと微笑んでいつも言うのだ。
「やはり、主の茶が一番美味いな」
「それはどうも」
「本当だぞ」
「はいはい」
大した手間ではないし、お世辞でも褒められるのは嬉しい。これも甘えのうちかしらなんて思いながら、私は今日も今日とてお茶を淹れ、ぽつりと呟いた。
「たまには鶯丸が淹れてくれてもいいのに」
「俺は飲む専門だが」
「はいはい」
このやり取りも何度目かわからない。実はこの刀はお茶すら淹れられないのかもしれない。そんな失礼なことを考えつつ、ふたりでお茶を飲むこの時間はなんだかんだで私のお気に入りでもあった。
◆◇
「主、茶を淹れるぞ」
「今仕事中……って、え?」
いつものように勝手に執務室に入ってきた鶯丸に、いつものように返そうとしてピタリと止まってしまった。淹れてくれじゃなく、淹れると聞こえた気がする。思わずがばりと振り返ると、小さな箱のようなものを持った鶯丸。その箱の上には小さな急須や小さな湯呑みみたいな細い器、盃のような器が乗っている。見たことがある。普段私が使うものとは違うけれど、茶器だ。
「え、え?鶯丸が?淹れてくれるの?」
「湯を貰うぞ」
私の問いかけには答えずにてきぱきと手を動かし、執務室のポットからお湯を出す。刀を握る男士にしては細く長い指を持て余しそうなくらい小さな急須……茶壺と言うんだっけ。そこにそそいだお湯を大きめの器に移し、そこから小さな器へと移していく。きっと器を温めているんだ。聞いたことはあるけれど、面倒で私はいつもやらない。
空になったらしい茶壺へ茶葉を入れると、軽く揺すって量を見ている。少し足りなかったのか、ほんの僅かだけ茶葉を足した。普段、細かいことは気にするななんて言うくせに。
再び茶壺に、今度は高い位置から勢いをつけてお湯をそそぐと、かちりと小さな音を立てて蓋をした。その上からお湯をかけ始めて少し驚いたけれど、下の箱はすのこのようになっていてお湯を零しても大丈夫なようだ。
茶壺の注ぎ口で、中のお茶が溢れそうになったり、引っ込んだり。まるで茶壺が呼吸をしているみたいに、生きているように見える。
やがて鶯丸の指が茶壺にかかり、ふわりと重さを感じさせない動作で持ち上げられた。そこから大きめの器に移し、さらに細い器へとお茶を移した。
かち、その軽い音すら閉じ込めるように、細い器に盃が被せられる。キノコのような形に重なったふたつの器を、鶯丸は流れるようにくるりとひっくり返した。あっ、と思ったけれど一滴も零れることはなく、吸い寄せられるように見つめていた私の眼前にその器が差し出される。
「そら、茶が入ったぞ」
「あ、りがと……」
差し出されたから思わず受け取ったけれど、これをどうしたらいいのだろう。普段飲むお茶と様相が違いすぎて勝手がわからない。
手からじんわり伝わる熱が、持っているには熱い。少し慌てた私を見てふふんと笑った鶯丸が、一緒に淹れていたもうひとつの器を持った。そのままひょいと細長い器を持ち上げてしまった。
「あっ」
溢れる、そう思ったけれど、中のお茶は絶妙な量で下の盃に収まった。長い指でつまみ上げた器を眼前に、長いまつげを伏せ、どうやら香りを楽しんでいるらしい。その姿は、見慣れたはずの鶯丸だというのにとんでもなく優雅で綺麗だった。そういえば彼も神だったなと改めて思う。
ちら、とこちらに視線を寄越した鶯丸が私に促していることに気がついて、恐る恐る真似をする。お茶を移し終えた細長い器は、濃く深く爽やかで、でもどこかつかみどころのないような感じがした。まるで鶯丸みたいだなと思った。
やがて鶯丸が香る器をことりと置いて、なみなみと溢れんばかりの盃に口を付ける。私も真似をしてそっと明るい緑色に口を寄せた。
「……美味しい」
鶯丸が流れるような美しい所作で淹れたお茶は、ちょっと信じられないくらいに美味しい。これがお茶なら、私が普段淹れているのはお茶風味のお湯だ。味の深みが違いすぎる。すごい。鶯丸がお茶を淹れられないのかも、なんて思った数日前の自分を張り飛ばしたい。
「こんなに美味しいお茶を飲んだの、初めて」
「それはそれは。淹れたかいがあるというものだ」
「どうして急に淹れてくれたの?」
もう一口。やはり美味しい。口当たりも柔らかで、二口目だというのに香りの良さは衰えない。
ほう、と息を吐く私に鶯丸が目を細める。
「今日はきみの誕生日だろう」
俺に淹れてほしいと言っていたからな、と。覚えていたんだ。そしてこんな美味しいお茶を淹れてくれるなんて。感動する私を他所に、鶯丸はため息をひとつ。
「やはり、主の茶の方が美味いな」
「いやいやいや、断然こっちの方が美味しいでしょ!?」
香りも味も、淹れ方の所作すらなにもかも鶯丸の方が上だ。本丸の誰に聞いても、いや世界中誰に聞いてもそう言うに違いない。
それなのに、鶯丸はせっかくの美味しいお茶を一息に呷るとことりと盃を置いて、いつものように。
「きみのがいい。主、茶を淹れてくれ」
「……今日、私の誕生日なのに?」
「まぁ、気にするな」
口を笑みの形に歪めて言うから、私も釣られて笑ってしまう。きっと淹れてやるまで同じ要求を繰り返すのだろうから、仕方ないから。私はいつも通りの適当なお茶を淹れるために立ち上がった。
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