怪8
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嫌なことがあった時、気持ちが落ち込んだ時、イライラした時。私は決まってこの部屋の扉を開ける。それも些か乱暴に、部屋の主に私の存在をアピールするように。今日もバン!と音を立てて扉を開けば予想通り部屋の中は暗くて、その中でぼんやり光るモニターを目印に散らかった部屋を奥へと進む。大切そうな物は落ちてない。けれど一応物を踏まないように気をつけて、一歩、一歩。
たどり着いた目的地には、こんもりとした布団の山がある。私は迷わずその端っこを持ち上げて、もそもそと潜り込んだ。
「おい」
布団の山の中から声がした。けど、無視だ。潜り込んだ布団の中で声の主に抱きつくと、頭上から舌打ちが聞こえる。どうせ邪魔だとか言うのだろう。別になんて言われたっていい。そんな風に言いながらもこの男は、恋人である鳴海は私を追い出したりしない事を知ってるから。
「邪魔だぞ」
予想通りの言葉にちょっとだけ気分が良くなる。けれど本当に邪魔だったらしくて、鳴海の肘が私を除けるように頭を小突いてきたから、私は反抗するように抱きつく腕に力を込めた。
「……はぁ、好きにしろ。腕には触るなよ」
腕。触るなと言われたその先にはコントローラーが握られているのだろう。さっきから途切れることなくカチカチと音が聞こえる。画面は確認しなかったからなんのゲームをしているかは分からないけれど、この忙しない感じはまたFPSかなぁ。仕事でも戦って遊びでも戦うなんて、鳴海は戦闘狂なんだろうか。
ぴたりと耳をつけた背中からは、規則正しく鼓動が聞こえる。伝わってくる体温は私より高くてあったかい。ゲームの対戦相手に対してだろうか、たまに小さく悪態をついているのが聞こえる。対戦相手の姿なんか見えないのに「このハゲ!」だって。ちょっと笑えた。こうしてくっついてるだけで、落ち込んでたりささくれだってたりする私の心が癒されていくのだ。恋人の癒し効果ってすごい。
しばらくそうしていて、気持ちが落ち着いて。鳴海から移った体温であったかくて、おあつらえ向きに今は布団の中で。瞼がうとうとと落ちてくるのは当然だ。
「おい」
さっきまでのゲームへの悪態とは違う、はっきりとした声がする。はて、私に呼びかけているんだろうか。そういえばコントローラーを叩くカチカチという音も聞こえない。
「ナオ、なに寝ようとしているんだ」
「だって、ねむい……」
なんとか返事を返しているけれど、私の瞼はもう上と下とでくっついてしまってる。ぎゅうと鳴海に抱きついていた腕も、力なくゆるりと巻きついているだけになっていた。
「おまえ、男の布団にいてそれは無いだろう!?」
「んー……?」
「起きろ、こら寝るな!」
腕を掴まれたかと思ったら、ぐいっと引かれてあっという間に体勢が変わった。背中が床についた感覚がするから仰向けにされたみたい。重たい瞼をなんとか持ち上げて見ると、私に覆いかぶさり覗き込む鳴海と目が合う。今日この部屋に来てから初めて目が合った。ようやくゲーム画面じゃなく私を見てくれたけれど、ちょっと遅かった。私の眠気は限界だ。
「……おやすみぃ」
「だーかーら!寝るんじゃない!」
鳴海の声が遠く感じる。もう眠りに落ちかけてる私に鳴海も諦めたのか、大きなため息をついてどさりと横に寝転んだ気配がする。そうそう、鳴海も一緒に寝たらいいんだ。
「おまえはいつもタイミングが悪いんだ。こっちがその気になったっていうのに」
それは鳴海が悪いと思う。恋人が部屋に来た段階で相手してくれたらいいんだよ。そもそもこっちはその気で来てないし、そっちがその気になったからって文句を言うのはお門違いだよ。我儘な恋人の腕に収まり胸に擦り寄り、私の意識はすうっと落ちていった。
「……起きたら、覚悟しろよ」
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