帰らぬ隣人と曇り空
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隣人がここ最近帰っていないようだ。
自分も常に家にいる訳じゃないから、確実にそうだとは言えない。姿を目にしないことは今までもあった。けれど、明かりも付かなければ物音も気配もしない隣の部屋は、もしかしたらここに住むようになってから初めてかもしれない。
最初はタイミングが合わないのかな、くらいに思っていた。数日経って、これはなんだかおかしいぞ、と不安を覚えた。
「我妻さんの連絡先、聞いとけばよかったなぁ」
どうせ隣の部屋だからとあえて連絡先は聞かなかったことを、今更悔やむがどうしようも無い。壁をコンコンと叩けばすぐにベランダで会える距離感に甘えてしまっていたのかもしれない。
引越すなんて話は聞いていないし、そんな素振りも無かったと思う。もしかしたら急に入院したとか、事件に巻き込まれたとか……不安が不安を呼んで、悪い想像ばかりしてしまった。
不安だし心配だけれど、家族でもなければ恋人でもない隣人のために仕事を休めるほど社会人は甘くない……我妻さんとは、隣に住むだけの、少し仲のいい他人なのだ。だから今日も会社へ行き、集中は出来ないなりに仕事はこなす。定時を少しすぎてあがると、同僚からの食事の誘いは断って家路へとついた。
帰ってもひとりだし、何か買ってある訳でもない。けれど正直、誰かと外食するような気分じゃない。
我妻さん、どうしたんだろう。胸を閉めるのはそればかりだ。知らず知らずのうちに、あの人は私の生活の一部になっていたみたいだ。
重たい気分を映したかのような曇り空、心が晴れるはずもなく体も重い。自然と引きずるような足取りになりながら、自宅のアパート前まで来た時。
「……うそ」
私の視界には、久しぶりに明かりのついた隣の部屋が見える。それはつまり隣人、我妻さんがいるということだ。
さっきまでの重い足取りが嘘のように駆け出して、自分のあまりの現金さに苦笑する。さすがに隣の部屋の玄関を開ける訳にはいかないから自分の部屋に飛び込んで、荷物を放り出すとベランダの窓を開けた。
ああ、合図を忘れた。壁をノックしなきゃ、そう思って部屋に戻ろうとすると、隣からカラリと窓を開ける音がする。
「お、こんばんは春野ちゃん、おかえり!久しぶりだねぇ」
「あ……我妻さん!!」
「うわっ、なに?どしたの?」
ほぼ叫ぶように隣人の名を呼んだ。慌ててベランダに戻って、隣を覗き込むように手すりから身を乗り出す。危ないよと心配してくれるのは、夜の暗さの中でも目立つ金髪。隣人の我妻さんだ。少し前に見た時より、なんだか疲れているように見える。彼も帰ってきたばかりなのか、すこしくたびれたワイシャツには緩めたネクタイがぐったりと巻かれている。
「最近、家に居なかった、みたいなので……」
我妻さんはきょとりと目を瞬かせて私を見ている。その目の下には、暗くて見えづらいけれど隈が出来ているようだ。
「え、えぇえ!?もしかして心配してくれたの?」
「しますよ!普段どれだけ会ってると思ってるんですか!」
言ってから、はっとする。自分が我妻さんの何だというのか。ちょっと図々しすぎる私の言葉に、我妻さんは「そっかぁ」となんだか嬉しそうに、へにゃりと笑った。
「ねぇ春野ちゃん、よかったらさ。どっか飯食いにいかない?」
「でも我妻さん、疲れてるんじゃないですか?」
「んー……けど腹減ったし、」
我妻さんがこちらに手を伸ばしてきて、手すりを握ったままだった私の手をするりと絡めとる。
「きみと、もっと話したいし」
行こう?と首を傾げられ、一拍遅れて状況を把握した心臓が跳ねるのと、私が頷いたのは同時だった。
ほんのついさっきまで、誰かと外食するような気分じゃ無かったけれど。我妻さんとなら話は別だし、あんなに重たかった気分も、嘘みたいにどこかへ行った。
私たちを見下ろす曇り空は、いつの間にかきらりと星の晴れ間を覗かせていた。
自分も常に家にいる訳じゃないから、確実にそうだとは言えない。姿を目にしないことは今までもあった。けれど、明かりも付かなければ物音も気配もしない隣の部屋は、もしかしたらここに住むようになってから初めてかもしれない。
最初はタイミングが合わないのかな、くらいに思っていた。数日経って、これはなんだかおかしいぞ、と不安を覚えた。
「我妻さんの連絡先、聞いとけばよかったなぁ」
どうせ隣の部屋だからとあえて連絡先は聞かなかったことを、今更悔やむがどうしようも無い。壁をコンコンと叩けばすぐにベランダで会える距離感に甘えてしまっていたのかもしれない。
引越すなんて話は聞いていないし、そんな素振りも無かったと思う。もしかしたら急に入院したとか、事件に巻き込まれたとか……不安が不安を呼んで、悪い想像ばかりしてしまった。
不安だし心配だけれど、家族でもなければ恋人でもない隣人のために仕事を休めるほど社会人は甘くない……我妻さんとは、隣に住むだけの、少し仲のいい他人なのだ。だから今日も会社へ行き、集中は出来ないなりに仕事はこなす。定時を少しすぎてあがると、同僚からの食事の誘いは断って家路へとついた。
帰ってもひとりだし、何か買ってある訳でもない。けれど正直、誰かと外食するような気分じゃない。
我妻さん、どうしたんだろう。胸を閉めるのはそればかりだ。知らず知らずのうちに、あの人は私の生活の一部になっていたみたいだ。
重たい気分を映したかのような曇り空、心が晴れるはずもなく体も重い。自然と引きずるような足取りになりながら、自宅のアパート前まで来た時。
「……うそ」
私の視界には、久しぶりに明かりのついた隣の部屋が見える。それはつまり隣人、我妻さんがいるということだ。
さっきまでの重い足取りが嘘のように駆け出して、自分のあまりの現金さに苦笑する。さすがに隣の部屋の玄関を開ける訳にはいかないから自分の部屋に飛び込んで、荷物を放り出すとベランダの窓を開けた。
ああ、合図を忘れた。壁をノックしなきゃ、そう思って部屋に戻ろうとすると、隣からカラリと窓を開ける音がする。
「お、こんばんは春野ちゃん、おかえり!久しぶりだねぇ」
「あ……我妻さん!!」
「うわっ、なに?どしたの?」
ほぼ叫ぶように隣人の名を呼んだ。慌ててベランダに戻って、隣を覗き込むように手すりから身を乗り出す。危ないよと心配してくれるのは、夜の暗さの中でも目立つ金髪。隣人の我妻さんだ。少し前に見た時より、なんだか疲れているように見える。彼も帰ってきたばかりなのか、すこしくたびれたワイシャツには緩めたネクタイがぐったりと巻かれている。
「最近、家に居なかった、みたいなので……」
我妻さんはきょとりと目を瞬かせて私を見ている。その目の下には、暗くて見えづらいけれど隈が出来ているようだ。
「え、えぇえ!?もしかして心配してくれたの?」
「しますよ!普段どれだけ会ってると思ってるんですか!」
言ってから、はっとする。自分が我妻さんの何だというのか。ちょっと図々しすぎる私の言葉に、我妻さんは「そっかぁ」となんだか嬉しそうに、へにゃりと笑った。
「ねぇ春野ちゃん、よかったらさ。どっか飯食いにいかない?」
「でも我妻さん、疲れてるんじゃないですか?」
「んー……けど腹減ったし、」
我妻さんがこちらに手を伸ばしてきて、手すりを握ったままだった私の手をするりと絡めとる。
「きみと、もっと話したいし」
行こう?と首を傾げられ、一拍遅れて状況を把握した心臓が跳ねるのと、私が頷いたのは同時だった。
ほんのついさっきまで、誰かと外食するような気分じゃ無かったけれど。我妻さんとなら話は別だし、あんなに重たかった気分も、嘘みたいにどこかへ行った。
私たちを見下ろす曇り空は、いつの間にかきらりと星の晴れ間を覗かせていた。
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