ベランダスモーカー
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ごめん、別れようか。あっさりと告げられた言葉に、そうねと私もあっさり返したものだから、彼氏彼女の関係だった年上の彼との繋がりもあっさりとなくなってしまった。喧嘩したとかそういうことはない。嫌いだった訳でもない、むしろ好きだったし、別れたくなんてなかったのに。
アパートに帰って一人になってから、急に悲しくて寂しくて涙が溢れる。この涙が別れの言葉の直後に出ていたのなら、泣いて縋るくらいの可愛げがあったのなら。もしかしたら今も恋人同士だったのかな。なんて。今更どうにもならないタラレバは考えるだけ無駄だ。夜も早い時間に帰った暗い部屋で、独りだというのに声を殺して。しゃくりあげるのも押さえつけて静かに泣いた。
泣いて、泣いて。疲れた身体と脳が強制的に意識を落としてくれて。ふと気がつけば、真っ暗だった部屋は夜明け前のひんやりとした明るさが染みてきている。一度寝たことで少し落ち着いた私は、涙の残滓を振り払いたくて、朝の空気でも吸おうかとベランダの窓を開けた。
「あ、」
「…………え?」
カラリと窓を開けたと同時に、ふわりと香る、嗅いだことのある気がするにおい。これは、煙草?においを追いかけるようにどこからともなく声がして、ベランダを見回すけれど人の姿はない。じゃあ今の声とこのにおいはどこから?と疑問に思う間もなく、その答えは当人が自己申告をしてきた。
「あーすみません、隣の者ですけど。煙草。吸ってました」
声のした方を見ると、「非常時はここを破って隣家へ避難できます」と書かれた隣の部屋のベランダとを区切る薄い隔壁がある。その端からキラキラと、日の出前の空気より明るい金髪がひょこりと現れてこちらを見ていた。
「ハジメマシテ、お隣さん」
「……はじめまして」
片手に煙草、片手に携帯灰皿を持ったその金髪のお隣さんは、私が挨拶を返すとふにゃりと笑った。向けられた笑顔に、なんとなく気まずくて視線を逸らしてしまう。
そう言われてみれば、隣に誰か住んでるのは知っていたけれど、生活のリズムが違うのか実際に見たのは初めてだ。こんな人だったんだなぁ。歳の近そうな男の人。ベランダで煙草を吸うのは部屋ににおいを付けないようにするためかしら。洗濯物を干してなくて良かった、においがついちゃう……ああそうか、嗅いだことがあると思えばこの煙草、彼氏と――元彼と同じやつなんだ。
「……え、ちょっ…大丈夫!?」
急に焦った声をかけられて何事かと隣人を見ると、ベランダから乗り出すようにこちらを覗き込んでいた。
「な、なんで泣いて……あ、煙草!?そんなに嫌いだった!?ごめんなさいねぇ!!」
そう言われて、やっと自分がまた泣いてる事に気がついた。昨日から泣きすぎて、涙の感覚に鈍感だったのかもしれない。元彼と同じ煙草のにおいで泣き出すなんて、隣人には何の非もないことで心配させてしまった。その上慌てて煙草を消しているし、ほんと申し訳ない。
「ちが、わないけど。あなたのせいじゃ、ないです」
「ああ擦らないで……ほんと女の子泣かせるとか最低だ俺もう一生煙草吸わない……」
「……ふ、なんですか、それ」
思わず笑ってしまった私に、隣人はぱっと明るい顔をする。
「友達に鼻のいいやつがいてさ、煙草やめろってずーっと言われてたんだよねぇ。すんげぇ顔して臭い臭いって言われんの」
「においって残りますもんね……」
「そう!そいつの前では吸わないようにしても言われるからさぁ……あ、まだ臭う?」
「いえ。大丈夫です」
「なら良かった」
そう言って笑う隣人の顔がぼやけずに見えるから、私の涙はいつの間にか止まったらしい。昨日から壊れっぱなしだった涙腺が、初めて会う隣人と話していただけで簡単に修理されてしまった。
「ねぇ、俺煙草やめるからさ」
「え、いいですよ別に……」
話の流れからすると、私のために煙草をやめる、みたいに聞こえる。確かに煙草のにおいを引き金に泣いてしまったけれど、煙草をやめるなんて。この人にそこまでしてもらう義理はない。
すぐに断ったのに、隣人はまだ中身が残っていたであろう煙草の箱をくしゃりと握りつぶしてしまった。
「うんにゃ、やめる。でもやめたら口寂しいからさ、」
急に視界が明るくなって目を細める。どうやら朝日が登ったらしい。太陽はちょうど隣人の部屋側から登ったから、朝日を浴びて明るい金髪が透き通るように輝いていた。
「だから……こんなふうに。俺の話し相手にならない?」
たまにでいいよ、柔らかい口調でそう続けられる。逆光でよく見えない顔は、多分だけど笑顔だ。きっとその笑顔はふにゃりと、口調と同じく柔らかいのだろう。少し話しただけだけれど、いい人だなと思う。この人の話を聞くのは、楽しい。
「……いいですよ」
「え、ほんと?やった!」
ただ話をするというだけなのに、ガッツポーズでもしそうなくらい喜ぶ姿を見て頬が緩んだ。昨日ふられたばっかりで、さっきまで泣いていたのに。私はちゃんと笑えていた。
「我妻善逸、だよ。俺の名前」
「我妻さん……」
流れで私の名前も教えると、一度ナオと呼んだあと、照れたように苗字で呼び直した。
「これからよろしくねぇ、春野ちゃん」
街を染めていく朝日の中で、こうして顔も知らなかった隣人は、偶然会えば挨拶を交わし、時々ベランダで話をする知り合いへと変わったのだった。
アパートに帰って一人になってから、急に悲しくて寂しくて涙が溢れる。この涙が別れの言葉の直後に出ていたのなら、泣いて縋るくらいの可愛げがあったのなら。もしかしたら今も恋人同士だったのかな。なんて。今更どうにもならないタラレバは考えるだけ無駄だ。夜も早い時間に帰った暗い部屋で、独りだというのに声を殺して。しゃくりあげるのも押さえつけて静かに泣いた。
泣いて、泣いて。疲れた身体と脳が強制的に意識を落としてくれて。ふと気がつけば、真っ暗だった部屋は夜明け前のひんやりとした明るさが染みてきている。一度寝たことで少し落ち着いた私は、涙の残滓を振り払いたくて、朝の空気でも吸おうかとベランダの窓を開けた。
「あ、」
「…………え?」
カラリと窓を開けたと同時に、ふわりと香る、嗅いだことのある気がするにおい。これは、煙草?においを追いかけるようにどこからともなく声がして、ベランダを見回すけれど人の姿はない。じゃあ今の声とこのにおいはどこから?と疑問に思う間もなく、その答えは当人が自己申告をしてきた。
「あーすみません、隣の者ですけど。煙草。吸ってました」
声のした方を見ると、「非常時はここを破って隣家へ避難できます」と書かれた隣の部屋のベランダとを区切る薄い隔壁がある。その端からキラキラと、日の出前の空気より明るい金髪がひょこりと現れてこちらを見ていた。
「ハジメマシテ、お隣さん」
「……はじめまして」
片手に煙草、片手に携帯灰皿を持ったその金髪のお隣さんは、私が挨拶を返すとふにゃりと笑った。向けられた笑顔に、なんとなく気まずくて視線を逸らしてしまう。
そう言われてみれば、隣に誰か住んでるのは知っていたけれど、生活のリズムが違うのか実際に見たのは初めてだ。こんな人だったんだなぁ。歳の近そうな男の人。ベランダで煙草を吸うのは部屋ににおいを付けないようにするためかしら。洗濯物を干してなくて良かった、においがついちゃう……ああそうか、嗅いだことがあると思えばこの煙草、彼氏と――元彼と同じやつなんだ。
「……え、ちょっ…大丈夫!?」
急に焦った声をかけられて何事かと隣人を見ると、ベランダから乗り出すようにこちらを覗き込んでいた。
「な、なんで泣いて……あ、煙草!?そんなに嫌いだった!?ごめんなさいねぇ!!」
そう言われて、やっと自分がまた泣いてる事に気がついた。昨日から泣きすぎて、涙の感覚に鈍感だったのかもしれない。元彼と同じ煙草のにおいで泣き出すなんて、隣人には何の非もないことで心配させてしまった。その上慌てて煙草を消しているし、ほんと申し訳ない。
「ちが、わないけど。あなたのせいじゃ、ないです」
「ああ擦らないで……ほんと女の子泣かせるとか最低だ俺もう一生煙草吸わない……」
「……ふ、なんですか、それ」
思わず笑ってしまった私に、隣人はぱっと明るい顔をする。
「友達に鼻のいいやつがいてさ、煙草やめろってずーっと言われてたんだよねぇ。すんげぇ顔して臭い臭いって言われんの」
「においって残りますもんね……」
「そう!そいつの前では吸わないようにしても言われるからさぁ……あ、まだ臭う?」
「いえ。大丈夫です」
「なら良かった」
そう言って笑う隣人の顔がぼやけずに見えるから、私の涙はいつの間にか止まったらしい。昨日から壊れっぱなしだった涙腺が、初めて会う隣人と話していただけで簡単に修理されてしまった。
「ねぇ、俺煙草やめるからさ」
「え、いいですよ別に……」
話の流れからすると、私のために煙草をやめる、みたいに聞こえる。確かに煙草のにおいを引き金に泣いてしまったけれど、煙草をやめるなんて。この人にそこまでしてもらう義理はない。
すぐに断ったのに、隣人はまだ中身が残っていたであろう煙草の箱をくしゃりと握りつぶしてしまった。
「うんにゃ、やめる。でもやめたら口寂しいからさ、」
急に視界が明るくなって目を細める。どうやら朝日が登ったらしい。太陽はちょうど隣人の部屋側から登ったから、朝日を浴びて明るい金髪が透き通るように輝いていた。
「だから……こんなふうに。俺の話し相手にならない?」
たまにでいいよ、柔らかい口調でそう続けられる。逆光でよく見えない顔は、多分だけど笑顔だ。きっとその笑顔はふにゃりと、口調と同じく柔らかいのだろう。少し話しただけだけれど、いい人だなと思う。この人の話を聞くのは、楽しい。
「……いいですよ」
「え、ほんと?やった!」
ただ話をするというだけなのに、ガッツポーズでもしそうなくらい喜ぶ姿を見て頬が緩んだ。昨日ふられたばっかりで、さっきまで泣いていたのに。私はちゃんと笑えていた。
「我妻善逸、だよ。俺の名前」
「我妻さん……」
流れで私の名前も教えると、一度ナオと呼んだあと、照れたように苗字で呼び直した。
「これからよろしくねぇ、春野ちゃん」
街を染めていく朝日の中で、こうして顔も知らなかった隣人は、偶然会えば挨拶を交わし、時々ベランダで話をする知り合いへと変わったのだった。
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