死せる者達の幸福享受
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義勇が来たよ。そう真菰から聞いた私は山の中から急いで鱗滝さんの家に向かう。弟弟子の義勇は滅多に帰ってこないから、以前に見てからどれだけ経っただろう。誇らしいことに水柱に就任している彼は忙しいのだろうが、この山から離れられない私たちにしてみれば、もっと頻繁に帰ってきて欲しい。
鱗滝さんの家に着くと、錆兎が先に来ていた。
「錆兎!義勇が来てるって聞いたけど、いる?」
「ああ、今鱗滝さんと家に入っていったところだ」
「家に上がったの?珍しいね」
義勇はごく稀に帰ってきても、家の前で少しだけ鱗滝さんと話すとすぐに行ってしまう事が多かった。だから今も急いで来たのだ。のんびりしてたら義勇は発ってしまうから。
錆兎と連れ立って戸板をすり抜けて中に入ると、鱗滝さんと錆兎が座っているのが見えた。久しぶりに見る弟弟子は、可愛かった面影を残しながらも随分と成長している。
「わ、義勇こんな大きかったっけ?久しぶりだなぁ」
「以前に来たのはいつだったか。もっと頻繁に帰ってくればいいものを」
「ほんとにねぇ。全然帰ってこないから私の中で未だに小さい弟弟子の感じが抜けない……」
「本人に言ったら傷つくぞ」
「あはは、言えたら言いたいくらいだよ」
鱗滝さんや義勇には私たちは見えない。この間弟弟子を鍛錬するために姿を見せたのは、すごい頑張った。生きている人に姿を見せるのはすごく疲れるのだ。
鱗滝さんと義勇の会話に耳を傾けると、一人の少年の話をしている。この間までここで修行していて、無事に鬼殺隊へと入り最初の任務に旅立って言った弟弟子。鬼を連れた隊士、炭治郎の話だ。
「……義勇、わかっているな?」
「はい……もしもの時は腹を切ります」
「それでいい。儂も腹を切ろう」
鱗滝さんはそう言って懐から紙を取り出す。どうやら手紙のようだ。義勇はそれを開いて目を通すようなので、その肩越しに錆兎と二人覗き込む。それは鬼殺隊の御館様への手紙だった。炭治郎と禰豆子を認めてもらうための手紙だ。今話していたように、もしもの時は腹を切ると、鱗滝さんの署名がある。
義勇は用意されていた筆をとる。
「私だって、炭治郎のためになにかしてあげたいのに……二人にだけ背負わせたくない」
「……体がないというのは、辛いな」
「せめて、」
筆を持つ義勇の手に重ねるように私は手を伸ばした。その上から錆兎も手を重ねてくる。義勇が自身の名を綴るのに合わせて、少し動きはずらして、それぞれ自分の名前を書いた。
見えなくても、生きていなくても。思いだけは一緒に。
「……ふふ」
「どうした?」
「義勇の手、前より随分逞しくなったなあと思って。男らしいねぇ」
少しムッとしたらしい錆兎は何も言わない。いつも男らしく、男なら、とはっきりした性格の錆兎だけど、たまにこういう反応をするからずるい。可愛い。思わず笑みが零れてしまう。
「ナオ、揶揄っているだろう」
「そんなことない、愛されてるなぁって思ってた」
「それはそうだ。俺よりナオを想っている奴はいない」
「わあ男らしい!」
私と錆兎は、この前恋心を伝えあったばかりだ。まさか死んでから恋が実るなんて思ってもみなかった。さっき重ねた手を錆兎が絡めてきたので、ゆっくり力を込めて握り返す。
死んだ後なのに、こんなにも幸せだ。
◆◇
「私、ナオは錆兎の気持ちに気付いてないのかと思ってた」
山の中を散歩していると、一緒に来ていた真菰がそう言った。
「まあねー、生きてた頃から気付いてはいたよ」
「わあ、錆兎かわいそう。それなのにあんな態度だったの?」
あんな態度とは……?他の兄弟弟子達にも同じように接してたつもりだけど。傍から見ると違ったのだろうか。
「あなた、義勇の事は目に見えて可愛がってたよ。よく一緒にいた錆兎は私たちと同じ態度だったけど」
「それは……確かにそうかも」
義勇は可愛かった。弟みが強い。でも錆兎は可愛いだけじゃなかったから、逆に義勇みたいな可愛がり方ができなかった。
私は生きてた頃から、年下で弟弟子の、錆兎の事が好きだった。
「だって、あんまり構ったらもっと好きになっちゃうと思って」
「それ今付き合ってるんだし言ってあげたら?」
「うーん、来世で覚えてたら言うね」
「わあ、錆兎かわいそう」
真菰がふわふわと笑う。私も一緒に笑った。