かみさま、私の神様
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
得体の知れない化け物に追いかけられている。急にアイスが食べたくなった私は、夕暮れ時の街を近所のコンビニへと向かっていたのだ。まだ明るいから大丈夫だと思ったのに。私のよく当たる直感的には、最近は率先して守ってくれるようになった善逸がいつも通り居ればなんてことはない化け物のはずだ。それでもこうして必死に走っているのは、その善逸がいないからに他ならない。
神様というのは案外忙しく、いくら寂れているとはいえ神社に参拝客が居れば祭神として社殿に戻らなければいけないそうだ。今日も珍しく、という言い方は失礼かもしれないけれど、参拝客が来たと言って善逸は神社に戻っている。
だから私はひとり、化け物から逃れるために必死で走っていた。
「はぁ、も……なんで、こんな時にいないのよ……!」
言ってみれば仕事みたいなものだし、善逸が今いないのは仕方ないことなんだけれど、助けて欲しい気持ちと、いつもなら傍にいてくれるのにという憤りが混ざって愚痴のように零れてしまった。
ここからなら善逸の神社より炭治郎の神社の方が近い。あれ以来時々話を聞いてもらいに行っているけれど、いつも優しく親身になってくれる炭治郎のことだから、駆け込めばきっと助けてくれる。そう少し希望が見えた時だった。背中からお腹へ、熱が貫き走る。
「い゙……っ、く、ぁ……」
熱いと思ったのは一瞬で、すぐに経験したことの無い痛みが襲ってきた。そりゃそうだ、お腹を貫通する穴が空いた経験なんてない。あまりの痛みに足がもつれてそのまま転んでしまう。地面に広がる血はどんどん領土を広げ、私の周りを侵略していった。倒れた私の体を上から押さえつけるのは、この怪我を負わせた原因、追いかけてきていた化け物だ。
どうしよう、痛さもあるけど、すごい力で押さえつけられて動けない。今度こそ本当に死んでしまうのかな。いやだなぁ。せっかく好きなひとができたのに。
「……ぜ、…いつ……」
守るって、言ったのに。理不尽な怒りと、最後に一目会いたいなという寂しさを込めて彼の名を呼んだ。ごぷりと口から何かが溢れる。視界が黒く染まっていって、その何かは見えないけれど。きっと血だろうなぁと他人事のように思った。
◆◇
名前を呼ばれた気がした。けれどここにいるのは散歩ついでに立ち寄ったらしいじーさんひとりで、神社まわり一帯に他に人はいない。一応参拝客ではあるけれど、このじーさんがいるから社殿を離れられない。特に願い祈りがあるわけでなくただ休憩してるじーさん。俺は今すぐにでも俺の花嫁のところに行ってイチャイチャしたいんだから悪いけど早く帰ってくんないかな、と神様に有るまじきことを思いながら欠伸を噛み殺す。
「善逸さーーーん!!!!」
「ウワーーー!?!?」
急に聞こえた爆音に体も心臓も飛び上がってぶわぶわと逆毛で尻尾が膨らむ。急だからびっくりしたけれど、声自体は聞き覚えのある声だ。
「禰豆子ちゃぁぁん!?ちょ、びっくりしたんだけどねぇぇええ!?急に現れて大声出すのやめてね!!」
「すみません!!今はそれどころじゃないんです!!」
「なんなのいきなり!?」
耳を伏せて低く尻尾を振る禰豆子ちゃんの姿は、なにかに怒っているのか不機嫌なのか。分からないけれど、炭治郎と同じくらい信仰を集める禰豆子ちゃんの不穏な神気は、正直おっかない。
「説明は後で!うちの神社に行ってください!」
「ええぇでも参拝客が」
「私がみておきますから!早く!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
常ならばにこにこ笑っていることが多い禰豆子ちゃんの、その凄みのある勢いに押されて駆け出した。何があったんだろう。ふと、さっき聞こえたような気がした、俺を呼ぶ声を思い出す。あれは気のせいかと思ったけれど、どうにも心に引っかかって胸がざわざわする。
炭治郎の神社に近づくにつれて、胸のざわつきはどんどん酷くなって、ふわりと漂った香りが確証となる。これは、俺の花嫁……ナオちゃんの。
「血の匂い……!」
幸せが壊れる時にはいつも血の匂いがする、そう言ったのは誰だったか。じりりと項を焦がすような焦燥感に焼かれながら炭治郎の神社に飛び込む。
「炭治郎!」
そこに、いたのは。俺が髪の毛の一本から血の一滴まで愛してやまない俺の花嫁。その愛しい愛しい彼女の赤が、溢れて、零れて。勿体ないと、以前は思ったっけ。今はそんなことを思う余裕はなかった。
「っ、なにが、あったんだよ……!」
近寄ると急いで近寄ると、弱々しいながらも彼女の生命の力を感じる。まだ、生きてる。まだってなんだ、生きるんだ。死なせるもんか。この子は、俺の。
「……善逸?やめろ、そんなことしたら……!」
「うるさい、これしかないだろ!?」
俺がしようとしていることに気がついた炭治郎が止めてくるけど、やめられるもんか。もうこれしか方法がない。ずぷりと彼女の体に腕を埋めこんだけれど、もちろん傷なんて付けちゃいない。俺自身を彼女に溶かしこんで、身体を同化させて神力でもって傷を治すためだ。
腹に信じられないくらいの痛みを感じる。これは彼女が受けた痛みだ。涙が溢れてくるけど、痛いからだけじゃない。普通の人間の女の子が、こんな痛みを受けたなんて。俺がついてればこんな思いは、こんな怪我なんてさせなかったのに。
「…………ナオちゃん、ごめんねぇ」
呟いた声は、愛しい愛しい子の声をしていた。
◆◇
ここは、どこだろう。何も無い空間に私だけがひとりぽつんと居た。確か私は追われお腹を貫かれ、倒れて意識を手放したはずだ。私は死んでしまったのだろうかと思う。化け物や神様なんてものが実在することが分かったし、死後の世界だってあっても不思議じゃない。
『怪我の具合はどうだ?』
声がしてそちらを見ると、まるで映画のスクリーンのように映像が浮かんでいた。炭治郎だ。いつもニコニコと明るく笑っている顔は表情を落とし、赤い瞳は不思議な光を持ちこちらを見ている。
『うん、大方治った。元々俺の神気で包んでたからな、馴染みが早いよ』
善逸の声だ。映像に映る炭治郎と違って、善逸は声はするのに姿が見えない。
『馴染ませすぎるのも良くない、人ではなくなってしまうだろう』
『そうだけどよ……今戻してもまだ痛いだろうから』
ほわ、とお腹が触れられたように温かくなる。見えるわけじゃないけれど、これはきっと善逸の手だと思った。あの貫かれた部分を労わるみたいに、優しくさすられた感触。
よくわからないけれど、どうやら善逸が助けてくれたみたいだ。ありがとう神様、私のかみさま。有言実行、きちんと私を守ってくれたんだ。
『それに、』
善逸の声がとろりとした甘みを帯びた。時々私に向けられるその甘さが、くらくらするくらい気持ちいい。目の前に浮かぶ映像が上下に狭くなり、その中の炭治郎が呆れたような困ったような顔でこちらを見ている。
『人の子じゃなくなるのが少し早くなっただけだよ。俺の花嫁なんだから、ねぇ?』
ああきっと、いつものあの妖しい笑みを浮かべているのだろう。見えないはずの善逸の顔が、目が。きゅうと細く、綺麗な弧を描いているのだろうと思った。
人じゃなくなるなんてとんでもないことを言われているのに、私の身をぞくぞくと震わせたのは、善逸からの好意、執着。それを感じて湧き上がった歓喜だった。彼に好かれていることがこんなにも嬉しい。それほど私は善逸が好きなんだ。
善逸を好きになってから、ずっと考えていたことがある。人間と神様、きっと生きる時間が違うだろう。善逸は私をそばに置いておくつもりかもしれないけれど、それは家族や友達と別れなければいけないということだ。普通の人としての時を過ごして死んでいく皆を見送り続ける、私はそれに耐えられるのだろうか。
頼んで人間のままでいさせてもらう、それも考えた。なんだかんだ言いながらも、本気で望めば私の神様はきっと叶えてくれる。けれど叶えてくれたら、好きだ好きだと言葉でも行動でも示してくれる善逸を置いて、私は人間として生きて、死ぬ。……考えただけで辛い。善逸を置いていくのも、辛い思いをさせるのも、嫌だ。それに、善逸と最初に出会ったあの時、助けてくれなければもう死んでいたんだと思えば、この命は善逸のものだ。
「……ずっと、一緒にいてよね。私の神様」
だって私は、あなたの花嫁なんだから。
◆◇
気がつくと、というより目が覚めると自分の部屋で自分のベッドにいた。毎朝のクセで枕元に手を伸ばすと、ちゃんとスマホもそこにある。画面に表示されたのは、朝起きるには遅い時間だけれど、学校は休みの曜日だ。ふう、と息を吐く。伸ばした腕はちゃんと見慣れたパジャマに包まれていて、あれは夢だったのかしらと思いながら体を起こした。その瞬間、お腹に引き攣るような違和感を感じる。そこは化け物に貫かれた場所だ。裾を捲って見てみると、つるりとした皮が張ったような、よくよく見ないとわからないくらいの薄く大きな傷跡があった。
「夢じゃ、ないの……?」
いやでも、あんな大怪我をしたにしては綺麗に治りすぎていると思う。そっと撫でて見るけど痛みは感じられない、けれど今までになかった傷跡が、あれは夢じゃないと告げていた。
呆然としていると、部屋の外からお母さんが呼ぶ声がした。
「なーにー?」
「いいからちょっと来なさい」
「……はーい」
理由を言わずに呼びつけるお母さんにムッとしながらも返事を返し、パジャマの上にカーディガンを羽織って部屋を出た。人の気配を頼りにリビングを覗くと、そこには私を呼んだお母さんと、今日は会社が休みだから居るお父さんと、善逸がいた。
「………………え?」
「おはよ♡」
「あんたまだそんな格好なの?」
いつも和服姿の善逸の、見慣れないカジュアルなスーツ姿だ。キラキラの髪色はそのままに短くなっていて、なにより感情を反映するあの狐耳や尻尾がない。普通の男の人みたいだ。
この子ったらごめんなさいね。なんてお母さんが声をかけていてギョッとする。構いませんよ、とにこやかに返事をする善逸の前にはお茶が出されていて、私にだけ見えていた善逸がお母さんやお父さんにも見えているみたいだ。
「え?善逸!?なんで!?」
「まず着替えてきなさい!」
お母さんにリビングから追い立てられ、たしかにこの格好はどうかと思うので大人しく部屋に戻る。着替える間もなんで、どうしてと考えるけれど答えは出るわけがない。慌ただしく着替え、鏡を覗いて髪を整える。こんな状況でも好きなひとの前に出るんだから、今更だけどちゃんとしたい。
リビングに戻ると善逸はお茶のおかわりを貰っているところだった。馴染んでる。座りなさいと言うお父さんに従って自分の定位置に座ると、善逸と並んで座る形になった。ちらりと顔を見ると、こちらを見ていた善逸と目が合う。
「……なんでうちにいるの?」
「うん、それは今からね」
にこりと、どこかよそ行きの笑顔を浮かべて善逸が私から視線を逸らした。正面に座るのは、私のお父さんとお母さん。
「じゃあ、揃いましたので早速」
口火を切ったのは善逸だった。なんで善逸がこんな格好でうちに来たのかも、両親に見えているのかもわからない私はそのまま聞くしかない。お父さんお母さんも同じなのか、何も言うことなく続きを促すように善逸を見ていた。その視線を受けながら、にこやかな笑みを絶やすことはなく口を開く。
「俺は、この子が欲しい」
どくんと、言葉に反応して心臓が跳ねる。柔らかい表情に似合わない、真剣な響きだった。
「心も体も、これからの人生も。魂に至るまで全部、俺のものにしたい」
「善逸っ……!?なに、言って、」
「俺は本気。もう離してあげるつもりは無いんだけど、一応ご両親に挨拶するのが筋かと思って」
善逸は柔らかに微笑んだまま、ちらりと私を見てから正面の両親に視線を戻して。
「娘さんを俺にください」
そう、いつか見たドラマや映画のワンシーンのようなセリフを口にした。
「……私、物じゃないんですけど」
「えっ俺今決めゼリフだったんですけど!?いや確かに物じゃねえけど!こういうの決まり文句でしょお!?」
「時代に合いませんやりなおし」
「えぇ……」
真剣な響きにどきりとしたけれど、なんだか気恥しくて誤魔化すようにこんな言い方をしてしまった。善逸もにやにやと笑っているから、きっと私の気持ちなんてバレバレなんだろう。
「……我妻くん」
正面に座るお父さんが口を開いた。名前を知っているのは、私が起きてくる前か着替えている間に自己紹介でもしていたのかもしれない。
「失礼なことを言うが、君は人間じゃないだろう」
急にそんなことを言われても、善逸は驚いた様子もない。私も驚きはしなかった。私のよく当たる直感はお父さん譲りのものだから、きっとお父さんも直感的に気づいたのだろう。唯一お母さんだけがあらまあと少し驚いたような反応をしている。
「人間同士だから幸せになれるとは言わないが、君は。うちの子を幸せに出来るのか?必ず幸せにすると誓えるのか?」
思いがけず真剣なお父さんに、私もピンと背筋が伸びる。私をこんなに想ってくれる事に心が暖かくなった。
私の横の善逸が、ふっと笑った気配がした。
「愛されてんねぇ……」
ふわ、と急に手が握られる。私の手に重なるのはもちろん隣に座る善逸の手だ。何事かと隣を見ると、その姿がゆらりと一瞬揺らいだ。次の瞬間には、淡く光る着物と長い金の髪、ふわふわの耳と尻尾を持つ見慣れたいつも通りの善逸がそこにいた。
驚いた顔のお母さんと、少し顔を顰めたお父さん。二人の視線をしっかりと受け止めて善逸が口を開く。
「神威にかけて」
神威、それが何を示すのかは知らない。けれど、急にパリッと電気のような音を立てて空気が張り詰めたから、きっと何かとんでもないものなんだ。どきどきする気持ちのままに善逸の手をぎゅうと握ると、少し力を込めて握り返してくれた。
「……ああもう、こんな時に……」
「善逸?」
微かに唸るような声にその顔を見上げると、善逸は少し眉を寄せている。
「ごめん、参拝客だ」
参拝客。善逸の神社に誰かが来たのだろう。この間もそう言って善逸が離れた時に、私は化け物に襲われた。まあ出歩いた私が悪いといえば悪いのだけれど、あの時の怖い、痛い思いが少し蘇る。
「そんな不安そうな顔しないの。すぐ戻るよ」
「……うん」
私が頷くと、バチッ!と光が弾けて一瞬のうちに善逸の姿は消えていた。こういうところ、本当に神様なんだなぁと思う。これにはさすがにお父さんも驚いた顔をしている。
「……お前、とんでもない男に好かれたんだなぁ」
「……あはは」
もう笑って誤魔化すしかない。私だってなんで善逸に、神様に好かれたのかわからない。それで私も好きになってしまったんだから、もうどうしようも無い。
「正直不安ではあるが……我妻くんはきっとお前を幸せにするだろうな」
「お父さんが言うなら、そうね」
「そうかな」
「ああ」
お父さんの直感はよく当たるんだ、と困ったように笑いながら言った。知ってる、私にもお父さん譲りの直感があるから。お父さんが言うならきっと、善逸は私を幸せにしてくれるだろう。
どうやら、お父さんもお母さんも、善逸とのことは認めてくれるみたいだ。なんだかくすぐったい。
「でもしばらくは駄目だからな!まだ結婚は早い!」
急にぷんぷん!と擬音がつきそうな勢いで怒り始めたお父さんに、お母さんと目を合わせて笑ってしまった。大丈夫、まだ学生だし、少しくらい善逸だって待ってくれるし。宥めてはみるけれど、ダメだこりゃ。しばらくは落ち着かなそう。私の直感は当たるのだ。
ああでも、いつか。そんなに遠くない未来に、私は私の神様の花嫁になる。
1/1ページ