かみさま、きいて
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今まで初詣くらいしか行ったことがなかったけれど、神社に少し興味が湧いたのは狐の神様に取り憑かれたからだ。神様は本当にいるんだなぁと知って、それならたまたま通りかかったこの立派な神社にも神様がいるのかもしれない。神様がいるのならちょっとお参りしてもいいかなぁと、そう考えたのはただの気まぐれだった。だから、まさか。少し急な石段を登った先に、犬のような耳と尻尾を生やした男の人がいるなんて思わないじゃないか。
ばっちり目が会ってしまった私に少し驚いたようで、赤みがかった目をまあるく開いてこちらを見ている。見た目もそうだけど、直感的にこの人も善逸と同じように人ではないなというのがわかってしまう。このひとはきっと。
「…………神様?」
「これは、驚いたな……」
否定をしないのは当たりだということだろう。このひとは、この神社の神様のようだ。
「人の子にしては随分神気がべったりだな……このにおい、君が善逸の花嫁か」
「善逸を知ってるんですか?」
知ってる名前が出たことで知らずに張っていた気が緩む。そんな私の様子に気づいたのか、神様は太陽のように明るい笑顔を見せてくれた。
「ああ!善逸は昔馴染みなんだ」
君の事はよく聞いている。そう言われて、人のいない所でどんなことを触れ回っているのか少し気になる。けれどそんなことよりなにより。
「私、花嫁じゃないんで……」
これだけは訂正しておきたい。なんで初対面の人にまで花嫁とか言われないといけないのか。いや人じゃなくて神様なんだけど、そんなことはどうでもいい。
「結婚する気はないんです!善逸が勝手にそう言ってるだけなので!」
「そうなのか?」
きょとんとした顔で首を傾げると、犬がにおいを嗅ぐときのように鼻をすんと鳴らした。耳も尻尾も犬のようだし、この神様は犬の神様なのだろうか。
すん、すん、と数回においを嗅いでまた首を傾げると、心底不思議そうに言った。
「でも君は善逸が好きだろう?」
ぐっ、と喉の奥に何かが詰まったように苦しい。善逸の名前を出したら恋をしているにおいがした、なんて。まったく含みのない笑顔で言われてしまい、これは嘘でもはったりでもなさそうだ。
目の前の神様が言う通り、私は善逸に恋をしてしまっている。けれどこれは、私の意思じゃない。言霊で縛られた偽物の恋だから。自分でも自覚するくらい好きなのに、言霊で作られた感情だと思うと悲しい。
「俺でよければ話を聞くが……」
私の感情を読んだかのように、神様は心配そうに言ってくれた。善逸という他の人には見えない存在の事だったから、友達や家族にも話せなかった。聞いてくれるのは嬉しい。優しい声に誘われるように、私は溜め込んだ感情や悩みを打ち明けた。
「私、善逸のことが好きですけど。それは善逸の言霊で作られた感情なのかなと思うと……」
「言霊?」
「善逸がそう言ってました」
だんだんと傾いていく気持ちが、善逸の口から「俺の花嫁」と聞いた事で完全に落ちてしまった。自分の意思じゃないみたいで、どきどきしたりする度に嫌になる。
優しい神様は私の話をしっかり最後まで聞いてから、うん、とひとつ頷いた。
「その気持ちは君自身の気持ちだから、安心して恋をするといい」
「えぇ……?私の話聞いてました?」
「ちゃんと聞いていたぞ!」
むん、と胸を張る神様。なんというか、善逸が特殊なのかと思っていたけど、神様というのはみんなこうなのだろうか。私のイメージでは神様はもっと神々しくて威厳のあるものだと思っていたのに。思わずじとりとした目で見てしまっていたのは、神様に対して失礼だったろうか。
「善逸が言霊と言ったらしいが、俺達は言霊なんて使えないぞ」
「え、」
「そんなものが使えるのはもっと高位の神だけだ」
言霊が、使えない?じゃあ言霊だと善逸が言ったのはなんだったの?だんだん好きになったのは、今こんなに好きなのは、全て。思い至る答えは一つだけなのに、信じられないというか認めたくないというか、なかなかその答えを受け入れることが出来ない。
「君の恋は本物だぞ!」
「ひとが認めたくない事をずばっと言いますね!?」
「す、すまない……悩みが解決するかと思って」
「いやまあ……解決するといえば、たしかに……」
「そうだろう?」
たしかにそうなんだけど。満足気に笑って尻尾を振るこの神様は、ちょっと正直すぎやしないか。いつもにやにやと笑い大事なことは何も言わない善逸とはまた違う。
そうして善逸の事を思い出すとまた、とくりと心臓が正直に音を立てる。受け入れてしまえばそれは甘く温かい感情だった。苦しくない。神様はイメージと違ってもやはり神様で、私の悩みを見事に解決してくれたのだ。優しい笑顔でこちらを見ている犬耳の神様に、私もふわりと笑みを返した。笑い合いホワホワした空気に浸っていると急に後ろに引っ張られた。
「ちょっとちょっとぉ!俺の花嫁と何してるワケぇ!?」
聞こえた声、体に回る着物を纏う腕、それに顔の横に見える黄金色の髪。善逸だ。
私を抱きしめて犬耳の神様を威嚇する姿はいつも通り、学校で隣の席の男子を遠ざけようとしたのと同じだ。なのに、いつもより意識してしまうのは私の認識の変化のせいだろう。
「俺の花嫁!俺の!はなよめ!炭治郎といえどやらねえからな!?」
「善逸。いつ来たんだ?」
「今だよ!!」
ぎゅうと抱きしめられる力と包み込まれる温度、近くから、頭上から響くように聞こえる声。自分の正直な気持ちだと自覚した恋心には刺激が強すぎる。どきどきと自分の耳にもうるさい音は、耳がいい善逸にはきっと聞こえてしまってる。けれどもうどうしたって抑えることなんて出来なかった。
「んぇ?どしたの俺の花嫁。音すっごい、け、ど…………!?」
ひょいと上から覗き込んできた善逸の目が真ん丸になって、その綺麗な黄金色の瞳に私が映る。さすがに瞳の中に映っている私の顔色まではよく見えないけれど、きっとこれ以上ないくらいに真っ赤な顔をしている気がする。
「えぇ……なにその反応……」
そう呟いた善逸の顔がみるみる赤くなっていくから、その言葉はそっくり返したい。それは私のセリフだ。
お互い顔を真っ赤にして見つめ合う私たちに犬耳の神様がにこやかに告げた。
「二人とも両想いだな!」
「炭治郎ぉおおお!?お前俺の花嫁に何言ったの!?言うんじゃないよ余計なことを!!」
「む、本当のことしか言ってないぞ!善逸はもう少し素直になった方がいい。使えもしない言霊だなんていうから彼女は苦しんだんだぞ」
それを相談したのはたしかに私だけれど、なんでそれを本人に言っちゃうんですか神様。善逸の言葉通りだ、言うんじゃない余計なことを。
ちゃんと二人で話すんだ、そう言って、善逸が炭治郎と呼んだ神様は立派な社殿の中へと入っていった。残されたのは善逸と、彼に後ろから抱きしめられたままの私。気まずさに目を逸らして下を向くと私を抱きしめている手が視界に入る。あ、指が結構長い。
「…………ねぇ、俺の花嫁?」
「…………なぁに」
私が視線を落としていた指が持ち上がり、顎をすくい上げられてせっかく逸らした視線がまた合わせられる。
「あー……素直に、素直にか……うん」
一度視線を外され、ぼそぼそと独り言を呟いてから再び視線がぶつかり合う。
「俺はさ、……ほんとにきみが好きだよ」
いつも笑顔で、たまに泣きわめいてる善逸の表情がすとんと落ちて、いっそ冷たい印象すら受ける。けれど怖いとかそういう感情は湧いてこなくて、結構まつ毛長いんだな、とか他人事のように考えていた。正直許容量オーバーで、余所事を考えてないと意識を保っていられる自信が無い。
「言霊なんかじゃないけどさ、言い続けたら本当になったりしないかなって」
「ぜんいつ、」
「ねぇ、俺を好きになって。愛してよ」
善逸は神様なのに、ただの人間の私に祈るような声で言う。私の気持ちなんて、ご自慢の耳やこの反応で分かりそうなものなのに。どうやら私の神様は愛されてることに不安なようだから、恥ずかしくても直接伝えないとダメらしい。
「……善逸、ねえ聞いて」
「……うん」
「私はね、好きって気持ちはちょっと前からあったの」
それは言霊だと告げられる前から。
少し思うところがあったのか、私を抱きしめる腕に僅かに力がこもる。決して苦しくはない強さで閉じ込められるのは、むしろ安心ができる。
「言霊でそうなったのかと思ったら苦しかったけど、そうじゃないと思ったら嬉しかった」
「……っごめん」
「酷いよね、すごく悩んだんだからね?」
「ほんと、ごめん」
「でもこれが本当の気持ちだってわかったから。……好きだよ、善逸」
声に出すと胸の内側から温かい感情が湧いてくる。あんなに悩んだのが嘘みたいでちょっとおかしい。
「だから……名前、呼んでくれる?」
そういうと、腕の中でくるりと反転させられて向かい合う。そうして正面から見つめ合うと、善逸はいつもみたいに目をきゅうと細めて笑った。今までに見た神様然とした怪しい笑みと同じような表情なのに、想いが通じた欲目か、とても幸せそうに笑うなぁと思う。
「……俺でいいなら。きみの名前を教えて?」
するりと首元に擦り寄る善逸のその狐の耳に、ささやかな声で私の名前を、魂を告げた。