かみさま、結婚は致しません
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午後の眠たい授業中、ぼんやりと黒板を眺める私に声がかけられた。
「ごめん、消しゴム貸してくんね?」
「いいよー」
隣の席の男子の声に応じて消しゴムを手に持ち渡そうとすると、バチッと音がして受け取ろうとした手が弾かれた。
「いって!何今の、静電気?」
伸ばしていた手を引っ込めて、痛みの名残を飛ばすように手を払う。そんなに痛かったのだろうか、私はと言えばちっとも痛くない。なぜなら、その静電気は私に取り憑いた狐耳の化け物の仕業だからだ。
狐耳に尻尾を生やした黄金色の髪を持つ男性。我妻善逸と名乗ったその狐は、数日前の夜に正体不明の化け物に襲われた所を助けてくれて以来、私を花嫁と呼んでずっとそばに居る。今も、私の後ろに。私以外には見えないらしい彼は、化け物か、神様か。どちらにせよ取り憑かれてしまった私は、化け物や近づく男性から必要以上に守られてしまっている。
そう、今のように。
「ごめん、最近帯電してて。ここに置くね」
隣の机の端に消しゴムを置いてからそっと背後に視線をやると、取り憑いた狐はまだ尻尾の毛を逆立てて隣の男子を威嚇している。
あの時化け物から助けてくれたのは本当に感謝しているけれど、今の状況は正直面倒くさい。こっそりため息をついたのに聞こえたらしい彼が、くるりとこちらに向き直りへにゃりと笑った。
「善逸、ああいうことはやめてくれない?」
「ああいうことって?」
放課後の帰り道、隣を歩く狐の彼に話しかける。これ、傍から見たら私が一人で喋っているように見えるんだろうか。
「私の周りの人に危害を加えないで」
「ええ〜?」
「ええ〜じゃない!周りから孤立したらどうしてくれるの!?」
キッと睨みつけるけれど、そんなことはどこ吹く風できょとりと見つめ返してくる。ぴくぴくと動く耳につい目が吸い寄せられるけれど、ここは強い意志を込めて目を逸らさない。けれど善逸はえへへと、頬まで染めて嬉しそうに笑う。
「そしたら俺と結婚するしかないよね」
……この男は。まさかそれが狙いなのだろうか。善逸は片手で狐を形作って私の唇に口付けるようにツンとつつく。その手をぱしんと叩き落としてキッパリと告げた。
「……っ、結婚なんてしないから!」
「えっ嘘でしょ結婚するって言ったでしょ!?いやあああぁぁぁ!!結婚してくれよおおお!!」
とたんに目に涙の膜を張りながら叫んでぎゅうと抱きしめてくる。素直に煩くて耳が痛い。私以外に聞こえないこの声が私にも聞こえなければいいのに。
「ともかく!結婚はしないから花嫁って呼ばないでくれる!?」
「うぅ、ぐす……じゃあ名前を教えてくれよぉ……」
そしたら花嫁じゃなく名前で呼べるよ。鼻をすすりながら善逸はそう言った。確かに名前をちゃんと教えてはいない、だからといって結婚を了承もしてないのに花嫁と呼ぶのは如何なものか。
しかし、名前。なぜだか私はこの男に名前を教えてはいけないような気がしている。私のこういう直感は結構当たるのだ。そもそも知ろうと思えば学校や家で、持ち物に書かれていたり呼ばれたりしているのだから知ることはできるはずなのに、なぜわざわざ私の口から聞きたがるのか。
「……教えない」
「……やっぱ、きみはイイねぇ……」
善逸の瞳孔がきゅうと細まり、うっとりと呟やく。その目と視線が交わりぞくりと背筋を這うのは畏怖。きっと名前を教えたら、取り返しのつかないことになるのだろうと思った。
「いつか教えてね、俺の花嫁」
首筋に頭を擦りつけるように擦り寄られ、ふわふわの毛が生えた耳を避けるようにその頭を撫でたのは、本当に、完全に無意識だった。