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小噺やネタもどき

珈琲の話

2018/03/16 16:39
「珈琲淹れてきます」
手持無沙汰に弄んでいた珈琲カップに直ぐ様気づいた神様は、嫌な顔一つせず俺の珈琲カップを掴んで台所へと姿を消した。
甲斐甲斐しいというか、至れり尽くせりというか。
今度こそ本当に手持無沙汰になり、向かいで聖書を片手に珈琲を傾ける聖職者を見遣る。青い髪が僅かに陰を落とし、翠の瞳に青が滲む光景は確かに木々の間から覗く青空を彷彿とさせた。あの神様が綺麗だと寵愛する光景。
確かに、絵になる子だと思う。
目を引く色彩に整った顔立ち。愁いを孕んで伏せられる双眸は、彼の凄惨な生い立ちを表すよう。綺麗な絵画にぶちまけられたその陰鬱さは、確かに芸術と称されるのかもしれない。
しかし、彼の中身は雰囲気から漂う危うさなど感じさせないほど停滞した泥に満たされている。その一片を垣間見ただけで、血の気が引いたのは最早トラウマとなり記憶に刻まれている。そんな停滞して澱んだ鬱屈の全てをあの神様は軽やかに笑って受け入れてしまうのだから、いよいよ手遅れだ。あの親子の世界は遂に二人だけで完結してしまう。もし、あのイカれた自己犠牲型ヒーロー志望の神様が自らの役割を忘れ、記憶を失ったら…なんていう大前提が果たされないから、未だあの二人の世界は閉ざされず、笑顔で身を投げる神様を子供は泣きそうな顔で見詰めている。
あの神様の幸福も、この子供の幸福も一生叶わず果たされないから、見ていてとても愉快だ。仕方ない、俺って根っからの悪魔だし。死に物狂いで足掻いて幸せになりたいと掴んだものさえ、相手を突き刺すナイフに早変わりするあの二人の関係はとても良い娯楽なのだ。
あの二人の幸福はそれこそ世界が二人だけで完結すれば、完全無欠の永久幸福論となる。なんて不毛なのだろう。
コツンとわざと音を立てて置かれた珈琲カップが、思考の海に投げられたロープとなり垂れ下がる。仕方なくそれに掴まり、そのまま思考の海から引き上げられた。
「悩み事ですか」
若干心配そうな面持ちでこちらを見てくるマスターに向けてわざとらしく肩を竦め、淹れたての珈琲に口をつける。
「いやぁ、マスターったらインスタントの珈琲淹れるだけなのに随分遅いなぁって」
マスターが俺の手から珈琲をむしり取った。そのまま珈琲を一口で呷ったマスターは、再び台所へ向かう。
訳がわからず固まる俺を見て、似非聖職者くんが馬鹿にするように此方を一瞥し、鼻で笑ってきた。相変わらず素敵な性格をしていらっしゃる。
先程と違い、直ぐに戻ってきたマスターは俺の前に珈琲を置いた。不思議に思いながら、珈琲に口をつける。
なんだろう、なんかこう、いつも淹れてくれる珈琲と違う。不味いわけじゃないけど、いつもの方が美味しい。インスタントなのに何が違うのか。
「ねぇ、俺、いっつも淹れてくれる珈琲のが好きだよ」
「なら遅いとか文句言わないで下さい」
軽口が返ってくることに安堵しながら、珈琲を淹れ直してくれる気配がないので、仕方なく不味い珈琲を啜る。
後日、マスターが毎度毎度若干手間のかかる珈琲の淹れ方をしていた事と、その理由が、美味しい俺が珍しく本音で褒めたからだということが判明した。

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