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小噺やネタもどき

天使に捧ぐ

2018/03/19 00:15
ホウプとルシファー

天界で一番美しい天使だった。
彼が天使だった頃の話を聞けば、大概の天使と悪魔はそう答える。冷徹で冷静。怠惰などとは無縁で、隙など一分も感じさせない完璧さを至極当然のようにやってのける。最高神の片腕にして、天界の管理者。天使の中の天使。艶やかな長い黒髪を靡かせる、それはそれは大変美しい天使だったらしい。
その頃は呪縛のように身体に這い回る刺青もなく、美しい貌で微笑まれた相手は皆彼に恋慕した。だが、その冷徹さ故、同時に恐れられていたらしい。
そう言われても、いつもヘラヘラと笑っていて、胡散臭くて軽薄で、女の子が大好きで、そのくせ踏み込まれると距離を置いて、本音を隠してしまうような、面倒くさく厄介な悪魔である印象が強すぎて、話に聞く彼と上手く重ならない。
僕を利用しようと近づいてきて、無理矢理契約を結んだくせに、いざ契約してしまえば、気まぐれに情のようなものを向けてくる。それに気がついて手を伸ばせば、慌てて手を振りほどき、自分が信じられないと言わんばかりに僕の事を苦手だと宣ってみせる。それでも追い縋れば、勘弁してくれと嫌そうに顔を背けられた。
彼にとって信頼や信用は唾棄すべきものでしかない。吐いて捨てておしまいに出来る関係を望んでいるのだと理解している。しかし、彼が望むものを易々と差し出すほど僕はお人好しではない。だから、いつでも彼の隣で笑ってやるのだ。残念ながら、貴方はまだ僕の信用に足る相手だと知らせるように。彼はそんな僕を見て、嫌そうな顔をする。けれど、顔を背ける刹那、酷く安堵したように息を吐くから、僕はいつまでたっても彼から離れることも近づくことも出来ず、背中合わせに時を刻んでいる。
天界で忌み子として嫌悪され、独りでいた僕に声をかけてきた一人。そんな彼もまた独りで、望んだ存在は決してお互いでないから、ふたりぼっちのまま、ずっと。それでもその距離感が心地好くて、ついつい甘えて辛く当たっても笑って彼は流してしまうから。この関係に救われていたのは僕だった。悪魔であるからこそ、彼は僕にとって天使のような存在だった。だから、

「逃げて、ルシさん。僕を置いて、逃げて」

だから、初めて分かりやすく差し伸べられた手を振りほどいた。
絶望に見開かれる双眸。命令が彼の足を地面に縛り付ける。そのまま後ろに向こうとする身体を無理矢理こちらへ進めてきた。けれど、長くは持たない。
悔しさに咆哮する彼は、命令のままこの場から消えた。
ごめんなさい。どうやら僕は、思っていたより貴方が好きで、甘えていた。だから、どうしても貴方が死ぬ瞬間なんて見たくなかった。
出来れば次は、僕の事なんて忘れて、貴方が望んだ人の隣で笑えていますように。

さようなら、僕の天使。

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