小噺やネタもどき
手折る花の名前※BL
2018/03/30 22:31ホウプとアダム
一輪.
細い指がページを捲る。
青い瞳にかかる陰が酷く綺麗だ。昏い青の見せるほの甘い情景に乱されそうになり、組んでいた腕に力がこもった。
強い日差しが部屋に差し込む。光源があまり確保されていないせいで、昼間だというのに薄暗い。光が鋭いナイフのように幾重も差し込み、陰影の差が激しすぎて余計に部屋の暗さを自覚してしまった。
部屋の僅かな光を受けただけで、銀色の髪がか細く輝く様に辟易とする。自覚してしまうのは、目の前の存在が同等の存在ではないということ。
「何を考えているんですか」
声につられて顔をあげれば、作り物のように精緻な青い瞳が此方を見つめていた。
俺は吐き出すような笑みを漏らし、先程まで読まれていた本に業とらしく手を付く。
それを咎めることもせず、銀色の神様は綺麗な笑みを浮かべた。
「駄目だよ」
綺麗な笑みで、繊細な指先で、残酷な言葉を吐く神様は緩やかに朽ちゆくだけの存在でしかなかった。
指先に力がこもり、紙がか細く悲鳴をあげる。
「アンタは昔からそうだ」
伸ばした手が白い輪郭をなぞる。
青が此方を見上げる。
何れ程焦がれて身を焼きつくせば良いのだろうか。
ただ、その青に焦がれた。それだけのはずなのに。
「僕は、君の隣にいるべき存在じゃない」
触れていた手から逃れるように顎を引き、昔と同じ言葉でたしなめられる。
狡くて酷い、だからこそ、徒に綺麗だ。
机に身体を乗り出す。手を付いていた本が、何かを引っ掛けながら床へ落ちた。
椅子の背凭れを掴み、今にも触れそうな距離で、
『蕾にも成れず朽ちていく華』
二輪.
無防備に寝ている姿を見ると、飢餓にも似た感覚に襲われる。
蒼い髪が真っ白なシーツに広がっていて、まるで華が咲いているようだ。青い花ならば、彼は薔薇だろうか。青い薔薇。自然には咲かない色。
彼の青い空のような髪もそうだ。手をくわえなければ、決して色付くことはない。自然に咲かないのは、生きにくいからだろうか。あまりにも綺麗だから、手折ってしまいたくなる。だからきっと、この世界を生きるにはこの色は向いていないのだ。(実際、彼にとってこの世界は少しばかり生きにくいだろう)
「なにかんがえてんの」
うっすらと目を開けた彼が、眠そうに問ってくる。
僕は「何でもないよ」と笑って彼の頭を撫でた。引き込まれそうな彼の翡翠が僕を見つめて、熱を感じさせない瞳の奥を透かす。
「昔みたいに一緒に寝てみるか」
「ふふ、あの時は路地で寝たこともありましたよね」
昔を思い出す。
あの頃は楽しかった。ただ、彼といられることが楽しかった。傍で寄り添うだけで満足できたのに。いまはきっとそれだけでは満足できない。
変わることは恐ろしい。あのままの僕らだったら、きっと何も疑うことなく隣にいられたのに。
どうして変わってしまうのだろう。想いの形さえ。
彼の唇が僕の名を落とす。きっと、顔をあげたらまた一つ崩れる。
『そして僕らはまた罪の華を咲かす』
三輪.
読んでいた本を閉じる。
改めて読むような本でもなかった。そのはずなのに、先ほどまで指は頁を繰り続けていた。
子供の頃はこの主人公を嘲っていたような気がするが、今は自分の影を見いだすようで辟易とする。
記憶の中の想い人を夢想するその姿は自分とよく似ていた。実際、俺はあの神様の不完全さを知る故に、その生命として完全無欠な幻影を抱いている節がある。それは、いっそ悪癖といってもいいほどに。そうしていつしか、幼い憧憬は、歪んだ渇仰に貌を変えてしまった。
もし、背徳の果てを乗り越えて隣に立つことを望んだ時、ほの暗く甘美な夢想を抱いたまま死に絶えるのだとしたら。それは、とてつもなく美しく甘美な陶酔を含んで腰骨を震わせた。
倒錯、してる。
馬鹿みてぇと笑い飛ばすことができないほど、その倒錯的な夢想の快楽は心に重く澱んで停滞した。
目の前に横たわる白線を見つめる。越えたら駄目だ、戻れなくなる。けれど、渇愛するほど膨らんだ恋慕が静かに背中を押す。その二律背反は、いつしかきっと傾いて呆気ないほど全てを崩すのだろう。
その前にいっそ世界が終わればいいなんて嘯いた。
『悪徳の華を君へと供える』
アダムが読んでる本は、
三島由紀夫の『仮面の告白』です。
一輪.
細い指がページを捲る。
青い瞳にかかる陰が酷く綺麗だ。昏い青の見せるほの甘い情景に乱されそうになり、組んでいた腕に力がこもった。
強い日差しが部屋に差し込む。光源があまり確保されていないせいで、昼間だというのに薄暗い。光が鋭いナイフのように幾重も差し込み、陰影の差が激しすぎて余計に部屋の暗さを自覚してしまった。
部屋の僅かな光を受けただけで、銀色の髪がか細く輝く様に辟易とする。自覚してしまうのは、目の前の存在が同等の存在ではないということ。
「何を考えているんですか」
声につられて顔をあげれば、作り物のように精緻な青い瞳が此方を見つめていた。
俺は吐き出すような笑みを漏らし、先程まで読まれていた本に業とらしく手を付く。
それを咎めることもせず、銀色の神様は綺麗な笑みを浮かべた。
「駄目だよ」
綺麗な笑みで、繊細な指先で、残酷な言葉を吐く神様は緩やかに朽ちゆくだけの存在でしかなかった。
指先に力がこもり、紙がか細く悲鳴をあげる。
「アンタは昔からそうだ」
伸ばした手が白い輪郭をなぞる。
青が此方を見上げる。
何れ程焦がれて身を焼きつくせば良いのだろうか。
ただ、その青に焦がれた。それだけのはずなのに。
「僕は、君の隣にいるべき存在じゃない」
触れていた手から逃れるように顎を引き、昔と同じ言葉でたしなめられる。
狡くて酷い、だからこそ、徒に綺麗だ。
机に身体を乗り出す。手を付いていた本が、何かを引っ掛けながら床へ落ちた。
椅子の背凭れを掴み、今にも触れそうな距離で、
『蕾にも成れず朽ちていく華』
二輪.
無防備に寝ている姿を見ると、飢餓にも似た感覚に襲われる。
蒼い髪が真っ白なシーツに広がっていて、まるで華が咲いているようだ。青い花ならば、彼は薔薇だろうか。青い薔薇。自然には咲かない色。
彼の青い空のような髪もそうだ。手をくわえなければ、決して色付くことはない。自然に咲かないのは、生きにくいからだろうか。あまりにも綺麗だから、手折ってしまいたくなる。だからきっと、この世界を生きるにはこの色は向いていないのだ。(実際、彼にとってこの世界は少しばかり生きにくいだろう)
「なにかんがえてんの」
うっすらと目を開けた彼が、眠そうに問ってくる。
僕は「何でもないよ」と笑って彼の頭を撫でた。引き込まれそうな彼の翡翠が僕を見つめて、熱を感じさせない瞳の奥を透かす。
「昔みたいに一緒に寝てみるか」
「ふふ、あの時は路地で寝たこともありましたよね」
昔を思い出す。
あの頃は楽しかった。ただ、彼といられることが楽しかった。傍で寄り添うだけで満足できたのに。いまはきっとそれだけでは満足できない。
変わることは恐ろしい。あのままの僕らだったら、きっと何も疑うことなく隣にいられたのに。
どうして変わってしまうのだろう。想いの形さえ。
彼の唇が僕の名を落とす。きっと、顔をあげたらまた一つ崩れる。
『そして僕らはまた罪の華を咲かす』
三輪.
読んでいた本を閉じる。
改めて読むような本でもなかった。そのはずなのに、先ほどまで指は頁を繰り続けていた。
子供の頃はこの主人公を嘲っていたような気がするが、今は自分の影を見いだすようで辟易とする。
記憶の中の想い人を夢想するその姿は自分とよく似ていた。実際、俺はあの神様の不完全さを知る故に、その生命として完全無欠な幻影を抱いている節がある。それは、いっそ悪癖といってもいいほどに。そうしていつしか、幼い憧憬は、歪んだ渇仰に貌を変えてしまった。
もし、背徳の果てを乗り越えて隣に立つことを望んだ時、ほの暗く甘美な夢想を抱いたまま死に絶えるのだとしたら。それは、とてつもなく美しく甘美な陶酔を含んで腰骨を震わせた。
倒錯、してる。
馬鹿みてぇと笑い飛ばすことができないほど、その倒錯的な夢想の快楽は心に重く澱んで停滞した。
目の前に横たわる白線を見つめる。越えたら駄目だ、戻れなくなる。けれど、渇愛するほど膨らんだ恋慕が静かに背中を押す。その二律背反は、いつしかきっと傾いて呆気ないほど全てを崩すのだろう。
その前にいっそ世界が終わればいいなんて嘯いた。
『悪徳の華を君へと供える』
アダムが読んでる本は、
三島由紀夫の『仮面の告白』です。