それが大人になるということ

最近のあかねは、昔と比べて大人しくなった。いや、はっきり言えば女らしくなった。もう昔みたいに殴らない。可愛げのないヤキモチも焼かない。

「ねえ、あたしのどこが好き?」

「……素直で可愛いところ」

「昨日、告白されちゃった」

「誰だよそいつ、ぶっ飛ばしてやる」

最近のあかねは、殴らない変わりに、ヤキモチの変わりに、俺を試すかのようなことを言うようになった。わざと俺から「俺がどれほどあかねを愛してるか」という事実を明確な言葉で引き出そうとしているみたいだ。

そういう時のあかねはすっげー可愛くて、……いや、すっげー色っぽくて、なんて言うか「女」って感じがする。
……正直そんなあかねは嫌いではない。

昔はめんどくさい女だなと思ってた。すぐ殴るわ。人の話は聞かないわ。俺のことを全く信用していない。だけど、あの頃の耳を塞ぎたくなるよう口喧しさとか、打てば直球で返ってくる色気のカケラもないストレートな物言いの数々も懐かしいなあと思ったりもする。

でも思うだけ。本当に思うだけ。それはぜったい口には出さない。



今日もあかねは、大人びた表情で、艶っぽい声を出して、女という性をむき出しにしてくる。

「あたしの好きなとこ、10個言って!」

…正直これはこれで少しめんどくさい。

でも、そういう時の俺も、分かった風な顔をして、何食わぬ顔でスマートにあかねの欲しがる答えを出してやる。
一人の女の顔をするあかねの前では、俺も一人の男の顔をしているのだろう。まるで、キザなトレンディドラマのワンシーンでも演じてるようで、ムズムズすることもある。

たまにふと、もうきっとあの頃のような関係に戻れることはないんだろうなと寂しくなる時がある。投げれば打ち返してくるような、あの全力でぶつかりあってたあの頃。もう今の俺たちには戻れないだろうなと思う。俺から「好きだ」と伝えたあの日から、あかねからその答えをもらったあの日から、俺たちは、確実に新しい道を歩み始めたのだから。

だから、時々一人で思い返しては懐かしむだけに留めるのだ。決して、それを取り戻そうとはしてはいけない。求めてはいけない。


あかねは1人の女になって、俺は1人の男になった。
それはもはや変えられない事実。
過ぎていった時は巻き戻せない。
俺たちはただただ今目の前にある現実を、この先にある未来を、時の流れに沿って進んでいくしかないのだ。



ーーそれが、大人になるということ
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