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アザレアに祈む



 朽木白哉は、護廷隊隊長格の中でも特に仕事の鬼と有名だが、しかしその評価は彼の取る非番の数とは必ずしも比例しない。それは、勤務体制の日誌を見れば誰にでもわかることだ。他所の隊長と比べてみても、実は白哉の非番の数自体はそれほど少なくはない。

 しかしそれは、あくまでも前提として、非番の日は休むという常識があの人にあった場合の話である。

 ―――…隊長、また十二番隊にいるのかよ

 霊圧を探って見れば、非番のはずなのになぜか他所の隊舎にいる模様の上官に、恋次はひとりため息をつく。如何に霊圧探知の不得手な恋次とて、白哉が意図して霊圧を消さない限り、あの抑えていても強大さの隠せない霊圧を見失うことはない。彼の副官になってから、自然と身についた癖のひとつだった。

 そうして気づいたのが、白哉は非番の日になるとたびたび十二番隊を訪れている、ということだった。この、あまり接点のなさそうな組み合わせに、恋次は毎度首を傾げている。あの涅マユリが研究以外に興味を示すとも思えず、また、白哉の方もマユリの研究などに興味がありそうには見えない。まさか二人仲良くお茶を片手に他愛ない雑談を楽しむような性格でもないだろう。

 何をしているのかは知らないが、しかし、どう考えても休息ではないことくらいはわかる。ただでさえあの人は非番の日のほとんどを貴族の方の仕事に費やしているというのに、この上他所の隊舎にまで足を伸ばすとは。果たしてあの人は非番の意味をちゃんと知っているのだろうか、と恋次は再び深いため息をついた。明日の昼休みは少し長めに取ることにして、ひとまず様子を見よう、と勝手に決めると、恋次は再び手元の書類に意識を戻す。

 そして、長のいない執務室というのは、やはり何度経験しても慣れるものではないな、と独り言ちた。
 
 
 


  * * *
 
 


「……ふむ。今回はこんなものかネ」

 霊圧の分析結果を眺め、満足した風でも不満足な風でもない、微妙な声でそうつぶやいたマユリに、白哉はちらりと視線をやった。そして、腕に装着していた霊圧の計測器を勝手に外す。それを見ても、マユリは何も言わなかった。

 白哉を横目に、マユリは大きすぎる独り言をこぼす。

「駄目だネ。まだまだ駄目だ。相変わらず効かないネ」

 言葉こそ悔しげに見えるが、その口調はむしろ何かを楽しんでいる様子にも聞こえて、骨の髄まで研究のことしか頭にない彼の酔狂さを感じさせた。同僚でなければあまり関わり合いたくはない人種だ。

 しかし、白哉はこうして空いている非番の日を利用し、たびたびマユリの元を訪れている。それは、平たく言ってしまえば、彼の毒物実験の実験体を務めるためであった。

 四大貴族の筆頭、朽木家の次期当主として、白哉は幼少期より毒物には耐性をつけている。その方法は至極単純なもので、わざと我が身に死なぬ程度の毒を取り込み、それに身体を馴染ませ耐えさせることで耐性をつくるのだ。そうして、少しずつ量を多くしていけばするほど耐性は強くなる。結果、それを繰り返してきたいまの白哉には、毒物と名のつくほとんどのものが効かない。

 そんな白哉に通じる毒を作り出そうと、現在マユリは熱心になっているのだ。実験体を頼まれた白哉の方も、たとえ自分に効く毒があったとしても、それを少量ずつ取り込むことによって更なる耐性を得られるのだから、決して損というわけではない。あくまでも、両者の合意によって成り立っている実験だった。

「おいネム。今回のデータもちゃんと保管しておくんだヨ」
「はい、マユリ様」

 そばに控えていたネムにデータの保管と共に詳細な解析を命じ、マユリは白哉から霊圧の計測器を受け取る。

「まあ、今回は霊圧の揺れ幅が多少大きかったからネ、そこだけを見れば進歩と言えるかもしれないが。これならあと1グラム…いや、0.7グラムほどアレを上げて、それから摂取量ももう少し増やすと、もっと目に見える変化になって出るかもしれないネ…。ああ、それと……」

 聞いてもいないことをぺらぺらと語り始める根っからの研究者気質なマユリに、白哉はいつものことだというようにその話を軽く流す。しばらく好き勝手に喋らせておけばそのうち満足すると、これまでの経験からわかっているのだ。特に相槌を求められているわけでもない。

「それじゃ阿近。あとは任せるヨ」

 白哉の想定通り、マユリはしばらくすると喋り尽くして満足したのか白哉から視線を外し、己の助手にあとを任せると、ネムのあとを追うようにして研究室の奥へと消えていった。これもいつものことだ。

「お疲れさまです。いつもすいませんね、朽木隊長。ウチの隊長、見送りもしないで引っ込んじまって」
「そのような性格ではなかろう」
「まあ、そうなんですけど」

 十二番隊唯一の常識人、と呼ばれているらしい阿近の真面目な謝罪に対し、あっさりと気にしていないと伝えると、白哉は踵を返してわずかに薄暗いマユリの研究室をあとにする。阿近は、その半歩後ろを黙ってついて来た。いつも白哉を門の外まで見送るのは彼の役目らしい。必要ないと言っても、彼なりに拘りがあるのか譲る気配を見せなかったので、いまは好きにさせている。

 加えて、この男が決して寡黙ではない質であることを、マユリは上手く利用しているようだった。

「今回のは抜けるまでにちょっと時間がかかるやつなんで、いくら効いてないとはいえ、数日は気をつけてくださいね。隊長、量も割と多めにしてたし。刺激物とか食べないでくださいよ」

 辛党である白哉の味覚を知ってのことなのか、まるで負傷して内臓を傷めたときのような進言を受ける。無用の心配だとは思ったが、純粋に白哉を思っての言葉であることはわかったため、白哉はわずかにうなずき了承を返した。

「あと、霊圧が不安定になるようなこともしないでください。万が一にも、それでこっちの予想を超える勢いで効いたりしたら、さすがにちょっと危ないんで。まあ、朽木隊長ならいつも霊圧安定してるし平気だと思いますけど」

 隊長格ともなれば、そのような霊圧の操作くらいわけないことだ。感情に左右されやすい霊圧だが、白哉は感情を抑える術もきちんと心得ている。阿近も事務的に言っただけだろう。気にせず流していた白哉だが、しかしまだ阿近の話は終わらないようだった。

「それとですねぇ…」

 マユリのときと同様、相槌を求められているわけではないことはわかっているため、白哉はただ黙って聞いているだけだったのだが、そこで阿近がわずかに口ごもったことに何となく違和感を覚える。そういった白哉の勘とも呼べる感覚は、往々にして合っていることが多かった。

「ウチに来てる理由、阿散井には話しといてもいいんじゃないですか?」

 ぴくりと、わずかに瞼を揺らした白哉は、その仕草を隠すようにひとつ瞬きをすると、すっと細めた目を阿近へと向ける。

「なぜ」

 問いには鋭さが混じっていたが、阿近は気にしていないようだった。

「いや、この前の副隊長会議のあとにちらっと聞かれたんで。たぶん、霊圧探って朽木隊長がどこにいるのか気づいたんじゃないですか? まあ、ウチに来てて休んでるわけがねえってことくらい、誰でも簡単にわかるでしょうし」
「教えたか」
「いいえ? 言ってませんよ。朽木隊長が言ってないのに、俺が勝手に言うわけにもいかんでしょうよ。来てるのは知ってるけど、何してんのかは知らないって返してあります」
「……そうか」

 なるほど、よくできた部下だ。

 自分の副官にはない鮮やかな処世術に、白哉はあの気難しいマユリが彼を部下として重用する理由を察する。……もっとも、そういったことができないからこそ、白哉は恋次を評価しそばに置いているのだが。

 しかし、だからと言って、阿近の行動に不快を覚えることはない。白哉は確かに嘘を嫌うが、それは主に誠意のない、悪意がこもったものを忌み嫌うのであって、誰かを慮ったものまで見境なしに侮蔑するほど愚かではなかった。

「あー、気にしないでくださいよ。朽木隊長と違って、俺は嘘ついても罪悪感とか全然ないタイプなんで。ていうか、そうじゃなきゃあの人の部下なんてやってられませんよ」
「…違いない」

 それでも、嘘をつかせたことについては済まなかった、と思っていた白哉に、阿近はあっさりと告げる。茶化したような物言いは少しだけ恋次に似ているようにも見えて、白哉はわずかに目元をやわらげて応えた。

「それじゃ、お疲れさまでした。お気をつけて。あ、それとこれ。解毒薬です。今回は、とりあえず三日くらいは持っててください」
「ああ」

 懐から万が一のための解毒薬を取り出し、いつも通り差し出してくる阿近からそれを受け取ると、白哉はさっと羽織を翻して帰路についた。
 
 
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