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コキアの枯れる前に【朽木白哉生誕祭2019】



「―――恋次」
「ッ、あー、はい」

 一瞬不自然に跳ね上がった肩を慌てて宥めつつ、恋次は慌てていつも通りの返事を返す。しかし、そのまま自分の名を呼んだ上官を見やると、案の定白哉の眉はわずかに不審げに寄せられていた。

「………」
「……職務中に何ぼんやりしてたんだコイツって顔すんのやめてもらっていっスかね」
「…まだ何も言っておらぬが」
「はっきり目が言ってます。や、まあ、確かにぼけっとしてた俺が悪いんですけど。すいません、何スか?」

 ぼけっとしていた理由を尋ねられでもしたら困ると、恋次はそうそうに話を切り替える。白哉も仕事の話がしたくて声をかけたのだろう、恋次とくだらない雑談に興じるつもりはないはずだ。

 恋次の問いに対し、白哉はかすかにため息をついた。

「……そのような状態で、鍛錬に身が入るのか」

 意外にも振られた話は仕事のものではなく、恋次が白哉にあらかじめ伝えていた仕事が終わったあとの予定についてだった。

 もちろん、例に漏れず鍛錬というのは嘘の話だ。ルキアに鬼道の鍛錬に付き合ってもらうという名目のもと、明日の料理の下拵えをするのが恋次の目的だった。ちなみに今回もしっかりと泊まる許可を得ている。少々調子に乗っていることは否めないが、今回ばかりは泊まり込みの方が好都合だったのだ。

 明日は睦月の三十日。誕生日当日は、白哉は朽木家の当主として一日中祝辞を述べにやって来る貴族の相手をしなければならないそうなので、それならばと、誕生日会は前日に執り行うことになったのである。

 しかし、確かにそわそわとはしているが、先ほどからずっと上の空だったのはその下拵えのことを考えていたからではない。

「そんなぼーっとしてましたかね、俺」

 がしがしと困ったように頭を掻きながら恋次が尋ねると、白哉は呆れたような眼差しをこちらへ向けてきた。

「私が何度、兄を呼んだと思っている」
「えっ?! 隊長、何度も呼んでたんスか?!」

 予想外の言葉に、恋次は慌てたように腰を浮かす。すぐに謝罪の言葉を口にしようとしたが、しかし、それを白哉が手で制した。

「構わぬ。放念しろ」

 そう言って、何事もなかったかのように仕事の書類を示して本来の用件を話し始める白哉に、恋次は申し訳なさを抱きながらその声に耳を傾けた。

 ―――…ったく……何やってんだよ俺は……

 考えごとをして上官の呼びかけに答えないなど、本来ならばありえないことだ。まったく、特に怒ることもせず流した白哉の寛大さには感謝しかない。……恋次が思い耽っていた内容について知ったら、その寛大さも一瞬にして消え失せてしまうだろうが。

『何故だ? いわゆる独占欲というやつだろう? 貴様の言っていることは。ならばそうなのではないのか?』

 ルキアに、当然のように告げられた言葉に悩まされること早数日。未だに答えは出なかった。

 自分の中にもやもやと居座る不可思議な感情について彼女に尋ねれば、返ってきたのは、それは「好いた相手」だろうという言葉。未だ好きだという感情すらわからずにいるというのに、恋次の頭の中は余計に混乱を極めていた。

 「好き」ってなんだ。

 一般的な知識はある。実際にそれを胸に秘めている人物から、色々な話も聞いている。だから、目を盗むように白哉を眺めてみて、彼らが好いた相手にしたいと思うことを自分も彼にしたいのかどうか、何度も考えてみた。

 ―――しかし。

 結論としては、わからん、というのが正直なところだった。

 だいたいにして、この人を目の前にしてもなお、そんな俗っぽいことを考えられる人物が果たしてこの世に何人いるだろうか。彼を幼少の頃から知っている浮竹や京楽あたりならば余裕があるのかもしれないが、こちとらまだ彼の副官になってからわずかな時間しか経っていないのだ、情けないと言われようが何だろうが無茶である。

 名前を呼ばれたり、声をかけられたり、稽古や相談など自分に時間を割いてくれたり。そんなことで一々舞い上がるような調子だというのに、それ以上を想像してみろと言うのが土台無理な話なのだ。

 白哉の話を聞きながら、恋次はちらちらとその顔を窺い見る。

 ―――まあ、

 確かに、自分の心の中をこの人以上に占める誰かがこの先現れるなんて、微塵も想像できないのだけれど。

『なんか、恋より朽木隊長って感じですね』
『むしろ朽木隊長に夢中ですよね』
『ほんと、朽木隊長しか眼中にない感じ』

 呆れたような苦笑とともに告げられた部下たちの言葉は、思い返してみればなかなかに正鵠を射ていた。

 そうそう、恋より朽木隊長。恋より―――…

 ―――ああもう! だからその「恋」ってのも何なんだよ?!

 結局何も解決しないまま、恋次は白哉にこれ以上怪しまれないよう相槌を打つので精一杯で、ここ数日と何も変わらずもやもやとしたまま何とか仕事を終えると、朽木邸へと向かったのだった。
 
 
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