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コキアの枯れる前に【朽木白哉生誕祭2019】

 
 
 度重なる浮竹や京楽との話し合いもしっかりと済ませ、ルキアの根回し―――もとい、恋次の鬼道の特訓という名目での朽木邸への招待も無事に許可を取りつけることに成功し、現在恋次は朽木邸へとやって来ていた。

 最初は屋敷内の道場へと案内され、本当にルキアから鬼道の指南を受ける。問い質されてもしっかりとその事実があれば、会話にも挙動不審な部分が出ず露見する可能性も低くなるだろう、という企みだ。

 そして何とも好都合なことに、朽木邸の中にある道場のひとつは、厨房―――と呼んで良いのかもはやわからない大きさの棟だが、そこと実に近い距離にあったので、霊圧で位置を把握されるにしても疑われにくいだろう、とルキアが得意げ言っていた。

 いそいそと厨房に移動してからしばらく。だいたい形になった当日の食事メニューに二人で満足そうにうなずいていたところに、屋敷内にふらりと白哉の霊圧が戻って来たのを揃って感じる。今日は貴族の方で会合があると聞いていたが、どうやら終わって帰宅したようだ。

「恋次。ちょうど切りもよいことだし、兄様にご挨拶してこい」
「おー」
「きちんと手を洗ってから行くのだぞ!」
「へいへい」

 袂を縛っていた襷をぱっと解くと、恋次は言われた通り流し台に向かう。蛇口を捻って水を出し、その中に素早く手を突っ込んだ。冬にこの冷たさは凶器じみていると肩を震わせながら、そばに置かれた手巾で水滴を拭う。

「あ〜〜つめてえ〜〜」
「情けない声を上げるな、みっともない」
「んだと〜じゃあテメーもこのクソ冷てえ水に手ぇ突っ込んでみろよ」
「はっ! 断る」

 いつも通りの掛け合いをしながら、恋次はがらりと引き戸を開けて外に出る。すっかり雪景色な中庭を足早に通り抜けると、霊圧を辿って白哉の方向を特定すると、両腕を擦りながらそそくさと回廊を進んだ。

 ―――えーと……こっち、かな

 何度か招きを受けたことはあるとはいえ、やはりこの屋敷は広すぎて慣れない。くねくねと縦横無尽に張り巡らされた回廊を進んでは曲がるを繰り返していると、やがて白哉の霊圧をすぐそこに感じられるようになった。

 そして、それと同時に空気に溶けて鼻を擽った独特の香りに、恋次はふと足を止める。

 ―――ここって……

 開け放たれた襖からそっと中を覗くと、そこには静かに火の灯る蝋燭と、置かれた写真の横に丁寧に飾られた供花が、その存在を主張していた。

 ―――仏前……

 どうやら、彼が帰宅して一番に向かったのは、亡き奥方の元だったらしい。こちらに背を向けるようにして座っている白哉を見やった恋次は、不意に、言いようのない感覚に襲われる。なぜか、こちらに向けられている白哉の背に、ひどく落ち着かない気分になった。

「……た―――」

 焼香中なら声をかけるのは失礼だろうか、とも思ったが、恋次は思わず口を開く。しかし、押し出そうとしたはずの声は、どうしたことか途中でぶつりと途切れてしまった。

 しかし、それでも白哉を振り返らせるには十分だったようで。くるりと首を回し顔をこちらに向けた白哉に、恋次はほっと息をついた。……そもそも、霊圧探知のずば抜けているこの人のことだ、恋次が近づいて来ていることくらい先刻承知のはずだろう。

「―――恋次か」
「あ、はい、あの、すいません。焼香中でしたか?」
「……いや」

 ちらりと白哉のやった視線の先には、すでに落とされた焼香の姿。どうやらもう済んでいたようだ。

「よかった、中断させちまったかと」
「構わぬ。日課だ」

 あっさりとそう言って、白哉は立ち上がる。そして、仏壇に背を向ける前、最後にわずか、ちらりと妻の遺影に視線をやった。

 そこには、幼馴染によく似た、けれどルキアよりもずっと儚げな顔で微笑む、ひとりの女性の姿。

 それは、寡夫が先立った妻に想いを馳せる、ごくごく自然な光景だ。なにも疑問に思うようなことはない。

 ―――それなのに。

 なぜか、恋次は焦ったように目の前の人を呼んだ。

「ッ、…たい、ちょう」

 まるで、いまにも、この人が消えてしまいそうな気がして。
 写真の中のあの人に、この人がとられてしまうような気がして。

 柄にもなく、引きとめるように、彼を呼んだ。

 そして、咄嗟に自分の心に湧いて出た気持ちに、恋次は自分でも意味がわからず首を傾げる。

 ―――とられる、って、なんだ

 別に、この人は、俺のものじゃない。
 というか、そもそも、ものでもないのだけれど。

 強いて言うなら、この人はいまでもずっと奥さんのものだ。
 いまの光景のどこに、慌てる要素があったのだろう。

「何だ」

 呼びかけに応じるように、白哉は恋次に尋ねてくる。しかし、恋次にこれといって伝えなければならない用件はない。困惑の覚めやらぬまま、恋次はここまで来た目的をその用件として口にすることにした。

「あー…いえ。一応、お邪魔してるんで、挨拶に来たんスけど……」

 すると、白哉の瞳には、まるで「なんだ、そんなことか」とでも言いたげな色が浮かぶので、何となく恋次は意外に思って目を瞬く。礼節には厳しい人だから、そんな顔をされるとは思っていなかったのだ。

「ルキアに招かれたのだろう。私には構わずともよい」
「いやあ、でも、一応ここ隊長の家ですし、ルキアにも行ってこいって言われましたし」
「すでに話は聞いている。鬼道の鍛錬だそうだな」
「そうなんスよ。霊術院じゃ俺の方が特進クラスだったのに、鬼道は未だに全然あいつの方が上なんスよねー」

 しっかり思い違いをしてくれていることによしよしと満足げに笑みを浮かべながら、恋次は軽い調子で相槌を打つ。あの兄様至上主義のルキアが、よくこの人にしっかりと嘘をつけたものだ。まあ、隠れてやることも結局はこの人のためのものだからなのだろうが。

「それじゃ、早く戻らねえとルキアに怒られちまうんで、これで」
「ああ」
「帰りにまた寄ります」
「………」
「隊長?」

 ふつりと黙った白哉に、恋次は首を傾げる。

 白哉は、わずかに間を挟んで、少し小さな声で言った。

「…もう間もなく日も暮れる。隊舎まで戻るのも手間だろう」
「はい?」
「……客間を用意させる故、泊まってゆけと、言っている」
「えっ、いいんスか?」

 意外な申し出に恋次が驚いていると、白哉は続けて納得の言葉を口にする。

「……食事は、ルキアとともに取ればよい」
「…ああ! はい」

 妹のためか、と理解すると、恋次は微笑ましくなって思わず頬を緩めた。この兄妹の仲の良さを見て喜ぶのは、何も自分だけではないだろう。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 ゴチになります、と笑いながら礼を述べると、恋次は白哉にさっと一礼して、ルキアのいる厨房に戻るべく踵を返す。

 そして、不自然に思われない程度の早さで回廊を進むと、白哉からすっかり離れたところで、恋次は大きく息を吐いた。思わずそっと押さえた心臓は、いつもよりわずかに乱れた音を発している。

 ―――なんだったんだ、さっきの

 自分の中に湧き起こった感情が何なのかわからないなんて、そんな経験は初めてで、恋次はひたすらに困惑する。ひとまず落ち着けるように深呼吸を繰り返しながら、恋次はルキアの待つ厨房へと戻って来た。

「ああ、おかえり」

 恋次を出迎えたルキアは、先ほど一緒に作った食膳を綺麗にテーブルへと並べ、試食の用意を整えていた。もちろん、すでに味見は完璧だし、これより前に一護にも頼んで味を見てもらっている。これは単に、きちんとすべて無事に作り終えたあとの、片付けの意味も込めた食事だ。

 夕食は用意する、と白哉は言っていたが、果たしてきちんと腹に収まるだろうか。並べられた品目はなかなかに多い。

「恋次? 何をぼさっとしておるのだ、冷めてしまうぞ」
「あ、ああ。悪い。そうだな」

 加えて、このあとに夕食も控えているのだから、早く食べてしまうに限るだろう。恋次はうなずき、ルキアとともに席につく。一応この屋敷を訪れてからしばらくは本当に鬼道の鍛錬をしていたため、そこそこ腹は空いている。

 しかし、いただきます、と手を合わせても、箸を手に取っても、料理を口に運んでいても、恋次の思考は先ほどの得体の知れぬ感情に向けられていた。無意識のうちに寄っていた眉に、ルキアが訝しげな顔をしていることにも気づかず、恋次は心の中でううむと唸る。

「……恋次」
「え? なんだ?」
「それはこちらの台詞だ。何なのだ先ほどから」

 むっと不満げな顔をしているルキアに、恋次はしまったと反省した。彼女を前にして物思いに耽るなど、事情を聞いてくれと言っているようなものだ。

 しかし同時に、恋次は、彼女になら聞いても構わないかと思って、先ほどから首を傾げている感情の正体を知ろうと尋ねてみた。

「……なあ、ルキア。その……誰かに対して、とられたくねえなって思うのって、何でだと思う?」
「…………」

 瞬間、ルキアは、ただでさえ大きな目をこれでもかというほどに見開き、驚愕を顕にまじまじと恋次を凝視した。あまりの眼力の強さに、尋ねた恋次の方が気圧されたじろいでしまう。

「……貴様……まさか、好いた相手ができたのか…?!」
「はっ?」

 あまりに予想外の言葉が飛んできて、思わず恋次はぽかんとして間抜けな声を漏らしてしまう。……なんで、隊長のこと聞いたのに、そんな見当はずれな言葉が出てくるんだ?

「なんだよ、いきなり」
「何って、貴様、いま自分で言ったのではないか! とられたくない相手がいると! それはつまり、その、相手のことを好いているということだろう」
「……そうなのか?」

 そりゃあ確かに、何があってもあの人の副官でいると心に決めるくらいには好きだけど、と恋次が困惑を含んだ様子で本気で首を傾げていると、ルキアは困ったように眉を下げる。そして、しばらく言いづらそうに唸ったあと、ぼそぼそと言った。

「…その、だな……私も、そうだったから」
「そう、って?」
「だから! …い、一護をだな、その……井上にとられるのではないかと、そんな風に思ってしまって……それで気づいたのだ」

 彼奴が、特別な存在であると。

 珍しく顔を赤くしながら早口にそう言ったルキアに、恋次は驚きに目を瞠る。二人が少し前から付き合っていることは知っていたが、それがどのような経緯を経てのことであるのか、こうして直接話を聞くのは初めてであったし、何より―――その内容に。

「も、もちろん、井上のことは友人として大切に思っておるのだが、それとこれとは話が別というか……」
「………」

 もごもごと告げるルキアの言葉に、恋次は黙り込む。

 ―――…好き……?

 それはあれか、少し前に、覗いていた部下たちに揶揄われた、あの告白をしてきた女性隊士が自分に向けていたものと同じものということか。

 家族や、友人に向けるものではなく。
 ただ唯一の存在に向けるという、恋次がずっとわからずにいるもの。

 ―――俺が、隊長を?

 いや、おかしいだろ、とまず思った。

 あの人は男で、直属の上官で、目標で、憧れの人で―――…
 そんなこと、思う余地もない人……のはずだ。

 そこまで考えててから、でも、と恋次は自分で自分に反論する。

 あのとき、とられたくないと、そう思った相手は……

 ―――あの人の、奥さん、だ……

 あの人が生涯をともにすると誓った、唯一の相手。

 まさか、と恋次はわずかに首を振った。

「………恋次?」

 ひとりで悶々と考えていた恋次に、ルキアの訝しげな声が届く。恋次はゆっくりと顔を上げると、何でもない、と安心させるように笑った。

「それで、相手は誰なのだ」
「いや、そういうんじゃねえから。ほんとに」
「何故だ? いわゆる独占欲というやつだろう? 貴様の言っていることは。ならばそうなのではないのか?」

 ルキアが何気なく口にした言葉に、恋次は先日自分が言ったばかりの言葉を思い出す。

『…ああ! 独占欲ってヤツっスか?』

 いやいや、まさか、と恋次は慌てて脳裏からそのときの会話を打ち消した。このよくわからない感情がそうだと決まったわけではない。だいたい、独占欲と言うならば、他にもあるではないか。例えば―――…

「いや、ほら……おまえだって、誰かに隊長とられたら、妬けたりするだろ? だったら、一概にそういうもんだってわけじゃねえだろ」
「む…、いやしかし、それとこれとは別な気もするが……」

 そうは言いつつも否定はできないのか、今度はルキアが黙り込む。

 互いに箸が止まった状態で、二人はしばらく沈黙の中でそれぞれ意識を彼方へ飛ばしていた。

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