コキアの枯れる前に【朽木白哉生誕祭2019】
「誕生日会?」
「うむ」
戸惑いを含んだ恋次の問いかけに、対面するルキアは大きくうなずいた。がやがやと騒がしい食事処の中、そら、と示された壁にかけられた暦によれば、確かにもう間もなく睦月の末日を迎える頃。
なるほど、と恋次は納得した。
つい先日迎えた己の誕生日のことはすっかり忘れていたくせに、大好きな兄様のこととなると一転、実に用意周到である。
「その、隊長の誕生日会の準備を、俺も手伝えってか」
「貴様は日頃から兄様に多大なお世話になっているだろう! 手伝うなどと言わず、己が主催するくらいの気持ちでおらんか!」
「いや、うん。やるのは俺も賛成だぜ。面白そうだし、楽しそうだ。頼まれなくたって混ぜてもらうけど。ちなみに本物の主催者は誰なんだ?」
「浮竹隊長と京楽隊長だ」
「ああ〜やりそう」
白哉を溺愛してやまない年長組二人の名前に、恋次はふっと笑った。彼らが主催ならば、それはもう盛大な宴になるのだろう。
「そこでなんだがな、恋次」
「おう? なんだ?」
「実は、今年は料亭などは取らず、ゆっくり寛いでいただけるよう、敢えて兄様のご自宅で祝おうという話になっているのだが」
いや、おまえの家でもあるだろ、とルキアの朽木邸に対する物言いにはやや違和感を覚えたものの、決してそこの居心地が悪いとか、そういった理由から出ている言葉でないことは十分に理解しているため、恋次は何も言わず聞き流す。
「私は、兄様に隠れてあまり動けん」
「ああ。いいぜ。で、おまえの代わりに、俺は何すりゃいいんだ?」
「話が早くて助かるな」
「まあな。長い付き合いだし?」
ニッと恋次が笑うと、ルキアも少し嬉しそうに笑った。
その笑顔に、ふと、恋次はしみじみと思う。
心が隔絶されていた何十年もの時間が嘘のように、いまではこんな風に彼女と再びそんな風に笑い合えるようになって。
幸せだよな、と改めて恋次は自問自答する。
あれから、恋次はずっと白哉の言葉が引っかかっていた。
『……――――愚かな、ことではないのか』
あのときの言葉が、声が、顔が。
なぜか妙に頭に残っている。
「……恋次?」
「え? あ、ああ悪い」
訝しげに声をかけられ、恋次はぱっと我に返る。いかんいかん、ついうっかり考え込んでいたらしい。思い耽っていた内容が知られたら、大笑いされること間違いなしだ。
「何をぼうっとしておったのだ」
「悪り」
「まあよいが。それでな」
「おう」
特に気にする様子もなく話を再開したルキアのさっぱりとした性格に感謝しつつ、恋次は続きに耳を傾ける。
「兄様は非常に潤沢な資産と優れた目をお持ちゆえ、我々がどのような品をご用意してもやはり品格に欠けよう。そこで、此度のお祝いの品には、私と貴様を中心に手製の食膳を用意しようという話になったのだ」
「ああ〜…、なるほどな」
流魂街時代は酷すぎてあわや殺されかけたほどのルキアの料理だが、ここ数十年特訓したのかその腕は何とか改善されたらしい。得意、というほどではないが、恋次も料理は好んでする傾向にある。よい人選だろう。
しかし、そこでふと、恋次の中にある疑問が浮上する。
「…ん? けどルキア、隊長は辛党だろ? 味見どうすんだよ。朽木家の使用人に頼むのか?」
「莫迦者。そのようなことに時間を割いてもらうわけがなかろう。頼むのは最後の確認のときだけだ」
「じゃー練習は?」
「案ずるな。適任を用意してある」
そう言って、ルキアはにやりと不敵な笑みを浮かべるので、恋次はすぐになんとなく相手に検討がついた。
「ああ、一護か?」
「そうだ! よくわかったな」
おまえの目がいつもより輝いてたからな、とは、もちろん言わない。そんなことを迂闊に口にしようものなら鳩尾に一発は必至である。
「彼奴の好物は甘味と辛子明太子と聞いた。辛党である兄様の舌に合ったものを吟味しつつ、甘党である私たちも食べられる程度のものを模索するにはちょうどよかろう」
「いや〜……おまえはともかく俺は辛いの相当苦手だからなあ…、料理の種類は同じでも、味付けは別に作った方が早いような気もすっけど」
「そのときはそのときだ。それで、その料理の練習にな、おまえの家を借りたいのだが」
「そりゃ別に構わねえけど……おまえ、俺が六番隊舎寮に住んでるってこと、忘れてねえだろうな?」
白哉が長を務める隊の隊舎など、気づいてくださいと言わんばかりの場所ではないか。ルキアが出入りするだけで絶対にあの人の耳に入る。
「むしろ一護ん家を借りた方が……」
「あそこには妹御たちもいる。あまり迷惑はかけられん」
「……つーかさあ、あれだけ広い屋敷の中で、ちょっと厨房借りるくらい、隊長にバレやしねえと思うんだけど」
だいたい、その厨房だって果たしていくつあるのやら。いや、いくつとかいう話ではないか。おそらく、庶民から見た家ひとつ分くらいの建物すべてが厨房とか、もはやそういう域なのだろう。
「隊長の場合、おまえが十三番隊舎か朽木邸にいない方が心配して、却ってバレる可能性高くなると思うぜ?」
「む…」
困ったことにあまり自覚のないルキアだが、妹である彼女に対する白哉の過保護さは、いまや恋次のみならず護廷隊中に認知されている。
「貴様のところなら大丈夫だと思うのだが……」
「ええ〜…俺そんなに隊長から信頼あったっけ……」
何を根拠に、と恋次はルキアに呆れて見せるが、しかしルキアは何が不満なのか急に頬を膨らませ、信じられないとばかりに言った。
「貴様、あれほど兄様に目をかけていただいているというのに、まったくの無自覚とは何事だ」
「いや、それは副官としてな。そうじゃなくて…」
「? 何が違うというのだ」
本気で首を傾げるルキアに、恋次は苦笑する。……まあ、自分も、部下たちの言葉がなければちっとも気づかなかっただろうから、人のことは言えないのだけれど。
「あのなあ、おまえ、いまでさえ色んな奴らに勘違いされてんのに、この上俺の部屋にまで入り浸るようになったら、おまえの付き合ってる相手、確実に俺だと思われるだろ」
「……なんだそれは」
ぽかんとしたルキアの不思議そうな顔に、恋次は予想通りだと軽くため息をつく。やはり二人揃ってこの手のことには疎い。
「そんな風に言われているのか、私たちは」
「そうなんだよなあ、なぜか。昨日も、告白断ったのはやっぱりおまえのことが好きだからなんじゃねえかってしつこく問い詰められたし」
「なに? 貴様、また告白されておったのか?」
「え? ああ、まあ…」
「はあ…、理解に苦しむな。この面白マユゲのどこが良いのだ?」
「おまえいい加減その呼び方やめろよな」
軽口を叩き合いながらも、ルキアが拗ねたように唇を尖らせているのを目に留め、恋次は気づかれないように笑う。……大方、自分に負けたような気がしているのだろう。四大貴族の朽木の名と、保護者である兄の存在ゆえに、彼女に恋慕しながらも想いを伝えられずにいる隊士が多くいることを、ルキア自身は知らない。
けれど、これを言うとあちこちから怒られそうなため言わずにいるが…―――好きでも何でもない相手からの告白なんて、そんなもの、されない方がいいに決まっている。いつもいつも、断るのにどれだけの労力を要していることか。断りを入れたあと数日は、申し訳なさが心の中にぐるぐると居座っている。それが、ひどく憂鬱だ。
そんな気分を吹き飛ばしてくれるのが、いつも白哉の存在で。
彼がふと見せてくれる気遣いや、言葉や、それから稽古の相手を了承してくれたときなどは、喜びが身体中を駆け巡ってあっという間に立ち直れる。
現金だよなあ、と恋次は自分の単純さに笑った。
「なにを笑っておるのだ、気持ち悪い」
「ん? ああいや、ちょっと隊長のこと考えてて」
白哉の名を出すと、すぐさまルキアの目の色が変わる。
「兄様がどうかされたのか?」
「いや、単に昨日稽古つけてもらったから……」
「なにっ?! き、貴様、兄様に稽古をつけていただくなど何と羨ましい……!! その首いますぐもげろ!!」
「怖えこと言うんじゃねえよ!」
「私だって……!! 私だって…!!」
「…落ち着けよ……」
拗らせてんなあ、と恋次は暴走を始めている幼馴染を一歩引いたような気持ちで眺める。
彼女が一言「稽古をつけてほしい」と白哉に言えば、あの人なら一も二もなく快諾してくれるだろうに。その一言が言えないあたり、敬愛というのも過剰に過ぎると時として厄介なものだなあ、と恋次は小さくため息をつく。……仕方がない、あとでさりげなく、ルキアが稽古をつけてもらいたがっていたと白哉に伝えることにしよう。この場合は向こうから動いてもらった方がスムーズにいく。兄の方から誘ってもらえたら、ルキアも天にも昇る心地だろう。
「それじゃあ、とりあえず、おまえん家で練習するってことでいいのか?」
最終確認、と言わんばかりの恋次の問いかけに、ルキアは慌てて我に返ったようでぱちくりと目を瞬く。
「む、待て。それなら貴様を呼びつける理由を考えねば……」
「あ〜? ンなもん適当に……おまえが俺の下手っくそな鬼道の指導をするためとか、そんなんでいいんじゃねえか?」
「それなら隊舎でもよかろう」
「あー…じゃあほら、部下のいるとこでやると副隊長の威厳に関わるとか何とか」
「貴様に威厳などあったかな…」
「うるせえよ」
どうするんだ、と凄んで見せれば、ルキアはため息ひとつとともに「仕方あるまい」と恋次の案を承諾した。もちろん、恋次の顔に怯んだわけではない。それがもっとも効率的だと判断したからだろう。
「具体的な品書きはまた後日話し合おう」
「おう、わかった」
互いにうなずいて立ち上がり、恋次たちは昼休憩の終わる前に食事処を後にした。