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コキアの枯れる前に【朽木白哉生誕祭2019】



「し…ッ……信じられないッ!!」

 まるでこの世の理が逆さまだったと言わんばかりの驚きように、恋次はむむっと唇を尖らせた。ちなみに話し相手はみな同じく六番隊に所属する部下たちだが、恋次は副隊長として必要以上に畏まられることを嫌っている。彼らの気さくな物言いは、恋次自身が望んで頼んだことなので特に気にはならない。

 そう、だから、恋次が気にしているのはそこではなかった。

「何だよ悪りーかよ」
「あんな! 美人の! 告白!! 秒で断っといて! 悪くないわけないでしょう?! そんなに夜道で男に刺されたいんですか?!」
「ひでえ」

 人が告白される現場を勝手に覗き見していた挙句突きつけられた随分な物言いに、恋次は困ったように眉を下げる。……まあ、とは言っても、さすがに部下の霊圧くらいは如何に霊圧探知が不得手な恋次といえども感知できる。しかし、そんな状況で帰れと部下たちの潜んでいる物陰を振り返って相手に存在を教えるわけにもいかず、感知はしながらも放っておいたのは自分なので、勝手に、と言うのは少々お門違いかもしれないが。

「やはり朽木副隊長のことが…ッ?!」
「おいこらやめろよ、それ一護の誤解解くの大変だったんだからな」
「それじゃあ他に好きな人とか」
「別にいねえけど…」
「じゃ何が不満なんですか?!」

 ぐいぐいと迫ってくる部下たちに、参ったなあ、と恋次はがしがしと頭を掻く。そして、ため息混じりに答えた。

「不満も何も、好きじゃねーんだから仕方ねえだろ」
「は?」

 恋次としてはごく当然のことを言ったつもりだったのだが、それを聞いた瞬間、何がおかしいのか部下たちの目が一斉に点になったので、恋次はひとり首を傾げる。

 やがて、そろそろと部下のひとりが尋ねてきた。

「……好きになった相手としか付き合わないんですか?」
「え? 普通そういうモンなんじゃねーの?」
「いやいや! お付き合いから始まることもあるじゃないですか!」
「好きになるかどうかもわかんねえのに付き合うのか?」
「そんな、好きになるかどうかなんて、それこそ付き合ってみなきゃわからないじゃないですか!」
「そうかあ? 相手のこと知るにしても別に付き合う必要はねえだろ」

 こちとら副隊長に上がってから、年中とにかく金も時間も足りていない日々を送っているのだ。ルキアから甘味を集られるならともかく、なぜわざわざ交際してまでほとんど見ず知らずの相手に時間と金を割かねばならないのか。

「美人だなーとか、付き合いたいなーとか、思わないんですか?!」
「いや、美人だなーとは思うけど、別にそれで付き合いたいとかそういうのは別に……」
「なんで?!」
「なんでって言われても」

 むしろそんなに騒がれることなのかと、恋次の方が「なんで」と聞きたいくらいである。

「好きでもねーのに付き合えねえよ。相手も自分もお互いに好きだから、それで初めて付き合うってなるんだろ?」
「なにその超純粋な感じ…」
「霊術院生じゃないんですから…」

 がくっと呆れたように脱力する部下たちに、なんとなく馬鹿にされているような気がして恋次がさらに不服げな顔をしていると、そのうちのひとりが顔を上げて控えめながらも尋ねてきた。

「……ていうか副隊長、誰かとお付き合いされたことってあるんですか?」
「あ? 馬鹿おまえ、俺の前の所属を言ってみろ」
「……十一番隊です」
「そういうこった」

 あんな荒くれ者の巣窟と呼んでも過言ではない隊にいて、春が来たことがあるわけないだろうと暗に告げると、部下たちは何とも言えない顔になって黙り込んでしまった。

 やはりこの歳になってまで恋愛経験が一度もないというのは驚かれることなのだろうか。十一番隊ではごく普通のことだったため、恋次はいまいち彼らの常識がわからず困って頬を掻く。

 しかし、そこへ珍しくこの隊の長が顔を出したことにより、恋次の意識は一瞬にして部下たちから逸れた。

「あっ隊長! ちょうどいいところに! あの、今日終わったあと少し時間あります?! 稽古つけてください!!」

 しゅばっと一瞬にして飛んで来た恋次に、すでに帰り支度を整えたあとであろう白哉はちらりと視線を寄越す。最初こそやや身を引いていたが、いまではすっかり恋次の勢いにも慣れ、特に動じなくなっていた。

 現在の時刻は定時を少し過ぎた頃。先ほど告白をしてきた女性隊士の所属する隊はもうすでに解散しているのだろうが、六番隊は長の生真面目な気質もありその仕事の多くが面倒な書類仕事のため、終業時刻が定時を過ぎることも多い。だから、恋次たちもまだ隊舎に残っていたのだ。

 しかし、白哉が執務室から出て来たということは、もう間もなく終業の時間なのだろう。恋次が他所の女性隊士に呼び出されたと野次馬根性で仕事を抜け出して覗きに来ていた隊士たちも、白哉の姿を見るや否や、慌てて自分が終わらせた分の仕事の書類を纏めにかかる。

 そんな部下たちの様子を横目に、恋次は期待の眼差しを込めて白哉を見つめる。白哉の視線がやや泳いだ。

「…いや、今日は―――」
「ダメっスか? ほんとちょっとだけでもいいんですけど」
「……兄は、今日はあの眼鏡屋に行くと―――」
「隊長の返事によっては速攻で後回しです!」
「………」

 迷いなく即答すると、白哉はやや面食らった様子を見せながらも考え込む素振りを見せる。

 恋次が食い下がるのにはわけがあった。

 白哉は、貴族の会議などといった本当に外せない用事があるときは、どんなに恋次が下手に出て頼み込んだとしても理由を提示しすっぱりと断る。それがないということはすなわち、どうしても外せない用事はないが、そこまで乗り気ではない、さてどうしようか、と迷っているということなのだ。

 迷う余地がある場合ならば、食い下がって頼めば意外と付き合ってもらえることも多い。実戦稽古に限らず、恋次の戦術の穴や、苦手とする鬼道の練習のコツなど、白哉は恋次が伸び悩んでいる部分の相談を請け負ってくれることも多々あった。

「……一刻ほどなら」
「いよっしゃあ! あの、じゃあ、今日は実戦稽古お願いしてもいっすか?! ちょっと新しくやってみたい技があるんです!」
「……新手を試すとわざわざ私に教えてどうする…」
「…あっ」

 白哉に指摘され、恋次は初めて己の小さな失態に気づく。言われてみれば確かにそうだ。いままで一度も使ったことのない技を、これから使いますと敵に宣言してから使う馬鹿はいない。

「ちょっ、今のナシで!」
「………」

 露骨に呆れたような視線を向けてくる白哉に、しかし恋次はめげずに話題を変えようと言葉を続けた。

「先行っててもらえますか、俺もすぐ行きます」

 無理やり話を逸らしたことはもちろんわかっただろうが、白哉はそれ以上は何も言わず、首肯の代わりにすっと目を伏せると、そのまま恋次たちのいる部屋を出て行った。

「…うっし!」

 残された恋次は、ひとり部屋で拳を握り喜色をたたえる。それを見ていた部下たちは、再びわらわらと恋次の周りに集まりながら、どこか呆れの混じった笑いを寄越してきた。

「ほんと好きですねー」
「ばっか、隊長との稽古だぞ? すげー貴重だろ!」
「いやそんなことはわかってますよ。貴重っていうか俺たちから見たらもはや幻です。ていうか、朽木隊長にあれだけ遠慮なく稽古してくださいなんて頼めるの副隊長くらいですからね」

 興奮する恋次に対し、隊士たちは呆れたような言葉を返す。

「なんか、恋より朽木隊長って感じですね」
「むしろ朽木隊長に夢中ですよね」
「ほんと、朽木隊長しか眼中にない感じ」

 そこは花より団子じゃないのか、とか、おまえら絶対俺のこと馬鹿にしてるだろ、とか、色々と言いたいことはあったけれど。

 まあ確かに、なんて思ったその日のことを、まさか一生忘れられない記憶として覚えていることになるなんて、そのときは夢にも思わなかった。
 
 
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