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花は散りぎわ



「――――信ッじらんねえ…!!」

 よく聞き慣れた恋次の声が、病室の静かな空気を盛大にぶち壊すようにして大音量で響き、それを間近で受けることとなった白哉は思わず顔を顰めた。同時に、寝台の上で起こした上体をわずかに引く。

「半年っスよ半年!! あんた半年もずっと目ぇ覚まさなかったんスよ?! なのに開口一番『なぜここにいる』はないでしょう?!」

 どこか呆れも混じっているような驚愕の声を遠慮なく上げ続ける恋次に、病室で目覚めた白哉は、どうやらおかしな方向に取られてしまったらしい、と密かにため息をついた。……普通、死んだはずの自分の前に、置いて逝ったはずの相手がいたら、誰だってその言葉が出てくると思うのだが。

「俺そろそろ泣いていいですか? もうすぐ夜一さんと総隊長とあとルキアがすっ飛んで来ると思いますけどマジで泣いていいっスか?? こんだけ心配かけた副官に向かって、よりにもよって何でここにいるんだとか……」
「……………」

 白伏で一時的に霊圧を感知できないようにした恋次が生きているのは当然としても、彼の身代わりを努めたはずの自分までこのように無事とはどういうわけかと白哉は困惑を極めていたのだが、ひとまず恋次を落ち着かせて話を聞くことには、その真相はたったいま恋次が口にした人物たちの尽力だった。

 白哉の様子がおかしいと長年の勘で察した京楽は、総隊長としてどうしても自由に動けない自分の代わりに、急遽夜一に連絡をとって白哉の様子を見てくれるよう頼んだらしい。事情を聞いた夜一はすぐさま駆けつけ、一旦は白哉が大人しく寝室に入って行ったことに安心したが、その後まだ夜も明け切らぬ頃合いに屋敷を抜け出したとあって、慌てて霊圧を探り後を追って来たという。これまた長年の付き合い故だろうが、白哉の行動に最悪の事態を予想した夜一は、追う最中に内密に浦原喜助と握菱鉄裁を尸魂界へと呼びつけており、握菱鉄裁の禁術「時間停止」によって白哉は瀕死の状態ながらも死を回避し、その後「空間転移」によって速やかに運び込まれた救護詰所にて浦原喜助が状態解析と治療を行い、何とか一命を取り留めることに成功したのだと。

 なぜ禁術など使ったのだと驚けば、なぜか恋次の方が驚いていて。

「…それ本気で言ってます? あんたを助けられるってなら、禁術なんか安いモンじゃないスか。ほんと自分の価値わかってねえんだから……」
「しかし、四十六室に露見すれば……」
「その辺は夜一さんと浦原さんが抜かりなく細工してますし、万一バレたって知ったこっちゃありませんよ。夜一さんは『儂の邪魔をする奴は全員ぶっ飛ばす』とか言ってましたし、更木隊長だって『四十六室なんてモンうるさかったら俺が全員斬ってやるから構うこたぁねえ』とか言ってたし」
「…………」

 いつも飄々としているはずの化け猫の荒れた様子にも戸惑ったが、この上なぜ更木までもが、と白哉はひたすら首を傾げていたが、恋次のあまり緊張感が感じられない声にひとまず、そうか、とだけ返した。

 それは、予想外なことが重なりすぎたため、頭が整理できても心がついて来ていない故の、簡素な返事だったのだが。白哉の内情など知らぬ恋次の方からしてみれば、随分と素っ気なく聞こえたものだろう。

 堪え切れぬとばかりにこの身に伸ばされた腕を、当然、白哉が拒むことはなかった。

「…―――怖かった。あんたが死んじまうんじゃねえかって」

 心の底から吐き出された安堵の声とともに、きつく抱き竦められる。白哉は同じように自分も腕を伸ばそうとしたが、しかしそれさえも許さぬというように、恋次の腕は強く強く白哉の身体を拘束した。

 どの口が言う、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、白哉は、己の肩口に顔をうずめた恋次にそっと体重を預ける。途端に、鼻をくすぐった恋次の香りとぬくもりに、思わず目頭が熱くなった。

「ほんと、もう、頼むから二度としないでくださいよ、あんなこと。冗談抜きで心臓止まるかと思ったんスから……」
「……おまえの心臓を止めぬためにしたはずなのだが」

 やはり事の顛末はすべて筒抜けらしい、と恋次の物言いから察しながら、白哉は揚げ足を取るような言葉を返す。

 すると、恋次が顔を上げた、と思った次の瞬間には、噛みつくように唇を重ねられた。呼吸のすべてを奪うかのような口づけに、たちまち白哉の四肢からは力が抜けてゆく。求めることを止めない恋次が、そのままわずかに体重をかければ、上体を起こしただけの白哉の身体はいとも簡単に寝台へと倒れ込んだ。それでもまだ足りないと言うように続く長すぎる口づけに、白哉は喘ぐ。するとようやく、恋次は名残惜しげに白哉を解放した。

 呼吸が整わず、荒く息をつく白哉を見下ろし、恋次はいまにも泣きだしそうな顔で告げる。

「俺の命は、あんたのものです」

 絞り出すようにして吐き出された言葉は、まるで涙のように、白哉に降り注いだ。

「あんたの心臓が動いてなきゃ、俺の心臓は止まるんです」

 ゆっくりと、恋次の顔が降りてくる。けれど、再び唇が重ねられることはなく、恋次はその存在を確かめるように白哉を抱きしめた。それは、先ほどよりもひどく弱々しい力で、けれど決して離さぬという強い意思は、確かに伝わってくる。そんな触れ方だった。

「死なないでください」

 白哉の肩口に顔をうずめたまま、くぐもった声で、懇願するように告げる恋次に、不覚にも白哉の眦を一筋の雫が伝った。

「俺を、生かしてください」

 冀うように告げられる、その言葉は。

 ―――私の、台詞だ。

 白哉はぐっと手を伸ばし、まだ上手く力の入らない腕で、恋次の大きな背を抱きしめる。その腕がわずかに震えていることを察したのか、恋次はうずめていた顔を上げようとして、白哉は慌てて腕に力を込めた。

「…隊長?」
「……見るな…」

 こんな―――濡れた頬など。
 安堵してこぼれた、弱さの証のようなものを。

 しかし、この男は妙なところで鋭くて、白哉の言葉を無視して顔を上げる。恋次が起き上がるとともにその背から離れてしまった腕を、白哉は顔を隠すためにすばやく己に引き戻した。けれど、それでも恋次の目は誤魔化せなかったようで。

「……隊長、泣いてます?」
「……うるさい…」

 両腕で顔を覆いながら、しかし違うとは言えずに、白哉は力無く言い返す。すると、不意にぐっと腕が掴まれた。あっ、と抗議の声を上げる間もなく、白哉の顔が恋次の瞳に晒される。驚きに目を見開いた拍子に、またしても眦を伝い落ちた雫に、恋次はほのかに笑った。

「あんたは、泣いてても綺麗ですね」

 そう告げる恋次の顔は、ひどくくしゃくしゃになっていて。
 この男も自分と同じなのだ、と思うと、自然と腕から力が抜けた。

「……おまえは、随分と不格好だな」
「隊長の前ではいっつもそうなっちまうんスよ」

 そう返す声は明るかったが、それとは裏腹に、白哉の頬に雫が落ちる。ぱたぱたと、空から降る雨のように、それは恋次の濡れた瞳からこぼれ落ちた。

「……護廷を預かる隊長格が、このように揃って涙とはな」
「いいじゃないスか、今日くらいは」

 半年も待ったんですよ、と告げる恋次に、白哉はわずかに微笑みを浮かべる。そうだな、と珍しく素直に返せば、再び唇を重ねられた。何度も、何度も、確かめるように口づけが降ってくる。その、何にも変え難いぬくもりに、白哉はもう一度手を伸ばした。

 恋次の顔を引き寄せ、自ら口づけを贈れば、しあわせそうな顔が目に映る。

 そうして、これから先も愛おしい者とともに生きてゆくことができるのだと、確かに手元に戻ってきた奇跡のような幸福に、二人は穏やかに酔い痴れていた。

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