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花は散りぎわ

 
 
 自宅に帰るなり、白哉は私室に籠り、いつもならば襖越しにそばに控えさせている侍従たちも一切遠ざける。そうして手に取ったのは、棚にしまい込んであった奉書紙と筆であった。

 誰の気配も霊圧も感じない静かな空間で、白哉は心を鎮めるようにして擦った墨を筆に付ける。そして、何も書かれていない紙に、筆先をゆっくりと滑らせ始めた。

 書き記すのは以下のこと。
 

 一、朽木家次期当主の指名のこと
 一、自身の私有財産についてのこと
 一、義妹ルキアの処遇のこと
 

 自分がいなくなったあと、ルキアが苦労をしまいかと考えるとわずかに筆が止まったが、しかし白哉は迷いを振り切るかのように筆を持つ手に力を込めると、再び紙の上を走らせる。…―――そう、白哉が認めているのは、いわゆる「遺書」と呼ばれるものだった。

 気が触れたわけではない。至って正常な心持ちである。当然、自害しようなどというつもりもない。
 自害ではなく、自分に贈られる死の名は、おそらく『殉職』となるはずなのだから。

 つらつらと多くのことを書き記した最後に、白哉は墨を含み直し、丁寧な仕草で項を連ねる。
 

 一、六番隊の次期隊長についてのこと
 

 己の後任に阿散井恋次を推薦すると、最後にそうはっきりと記して、白哉は筆を置いた。墨が乾くのをしばらく待ってから、白哉はそれを折りたたんで閉じると、そっと己の書机に置く。

 意外にも落ち着き払った己の心に、白哉はふと思った。

 ―――…存外、恐ろしくないものだな

 死ぬ、というのは。

 おまえが、いなくなることに比べれば。

 出逢ってからまだわずかな時しか経っていないというのに、これほど心の深くに根差した存在に、白哉は苦笑する。

 もう一度、誰かを愛せる日が来るとは、思っていなかった。
 差し伸べられた手に、いったいどれほど救われたことか。
 とうとう、それを素直に告げてやることはできなかったが。果たして、あの男はどれほど白哉の想いを理解しただろうか。

 ―――おまえを、助けるなどとは言わぬ

 白哉がこれからしようとしていることを、誰よりも恋次が望まないであろうということは、嫌と言うほどにわかっている。それでも、どうしても譲れないものがあるのだ。もう何もかもを置いていく覚悟も決めた。いまさら、たとえ誰の文句だろうと受けつけるものか。

 かつて、何もしてやれず妻を見送るしかなかった、あの心の底まで凍え切ってしまうかのような日々を、繰り返したくない。

 いま、自分には、恋次を助ける術がある。

 たったひとつ。マユリも敢えて示唆することを避けた、暗黙の了解のように伏せられた方法ならば、恋次を救うことができる。
 自分は格好の餌になれるはずだ。

 夜明け前には発とう、と決めて、白哉はゆっくりと隊長羽織を脱いだ。もう二度と袖を通すことはないであろうそれを、丁寧にたたんで遺書の横に置く。―――次に、この羽織を背負うのは、あの男だ。

 きっと、よい隊長になる。自分などよりずっと。

 その姿を見られないのは少々残念だと思いながら、白哉は立ち上がり、静かに寝室へと足を向けた。
 
 
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