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スイセンの毒

 
 
 ―――待て待て、状況を整理しよう

 白哉に引き摺られるようにして参加した隊首会を終え、帰路につきながら、恋次はひとり心の中で唸った。その背には、なぜか六の字の羽織が背負われている。時間になっても現れない自分を叩き起こしに来たらしい白哉に、一番大切なものを忘れてどうすると無理やり着せられたものなのだが、恋次からしてみれば「いやいやこれはあんたのだろ?!」と叫びたい気分だった。その白哉と言えば、先ほどからずっと恋次のわずか半歩後ろを無言でついて来ている。その腕には、恋次もよく見慣れた副官章がしっかりと付けられていた。

 ―――いや、なんで逆なんだよ

 六番隊隊長、阿散井恋次。副隊長、朽木白哉。

 さっぱり意味がわからないが、つまり、そういうことであるらしかった。なんの冗談だよ、とは、まったくこちらが言いたい台詞である。

 ―――…これはきっと、そうだ、きっと夢だな

 おそらく本物の自分はまだ爆睡していて、それでこんな意味のわからない夢を見ているに違いない。そうだ、ここは夢の世界だ。勝手に自分がつくりだした幻想だ。そうでないと話がつかない。きっと向こうでは、とっくに始業の時間になっているのになかなか現れない副官に隊長が苛々としている頃なのだろう。頼むから起こしてくださいもう破道でも縛道でも何でもいいんで。

「―――阿散井隊長」
「……なんでしょうか朽木副隊長」

 これではまるでルキアの役職名である。そうは言っても、恋次は公私ともにルキアのことは遠慮なく呼び捨てで通しているので、慣れない呼び方であることには変わりないのだが。

 恋次が白哉を振り返ると、なぜか白哉は驚いたような顔をしていた。やはり恋次の知る白哉とは違い、隊長を務めているときより豊かな表情の変化を見せる姿に、どうしても違和感が拭えない。

 そりゃあ、もうちょい感情を表情に出してほしいなあ、とか、ちょっとくらい笑ってくれたりしてもいいのになあ、とか、そういうことを思わないわけではないのだけれど。しかし、それは間違っても、立場が逆転だなんてこんな居心地の悪い舞台を整えてまで行使されるべき願望ではない。絶対にない。

 ―――夢って普通、願望が出るモンだよな……

 いやしかし、悪夢というのは願望が完全に無視された夢のことを指すのか。なるほど。それではやはりこれは紛うことなき悪夢のようだ。

 勝手に納得して勝手に項垂れる恋次の横で、白哉は何が気に障ったのだかますます眉を顰めて恋次を見やっていた。

 ―――あ、いや、違う……

 一見するとただの不愉快そうな顔に見えるが、これは少し違う。おそらく不機嫌、ではあるのだろうが、もっと何か―――…

「……隊長。今朝からいったい何を巫山戯て……」
「いや別に巫山戯てるわけじゃ」
「ならば何なのです、先ほどから」

 ―――あああああ…ッ…

 聞きなれない―――というよりもはや初めて聞く白哉の敬語に、恋次はぞわぞわと身体中の毛がよだつのを感じる。

「まさか、先日の虚退治で、頭でも打ったのではないでしょうね」
「―――それだ!」
「は?」

 白哉が何気なくこぼした言葉を、恋次は名案とばかりに手を打ち、すかさず拾い上げて言った。

「いや、俺、今朝からずっと記憶があやふやで。そうか、そうだ、きっと頭打ったんだ。それで今朝から色々おかしいんだ」

 そういうことにしてくれ、と恋次は心底願う。この意味のわからないことだらけの場所で、これ以上白哉に胡乱げな眼差しを向けられるのは御免である。それにしても先ほどから、白哉の表情から何から妙に再現度が高いがこれ本当に夢なんだろうな。ちゃんと目覚めるよな俺。こんなに表情豊かな隊長とか俺見たことないけどなんで再現できてるんだろうとかそういうことは考えない方がいいよなきっと。よし俺の勝手な妄想ということにしておこう。

 恋次が急遽つくった言い訳を告げられた白哉は、ぽかんとした、というのが一番相応しそうな顔をしたのち、ため息とともに言った。

「……それなら四番隊に行きましょう」
「いや、そこまでしなくても」
「頭部の怪我を甘く見ると後で痛い目を見ますよ」

 なぜか、有無を言わせぬその圧だけは恋次の記憶にある隊長の白哉とそっくりで、恋次は押し切られる形で、そのまま引き摺られるようにして四番隊舎へと向かうことになってしまった。

 正直どこにも異常はないのだが、脳震盪などによる記憶の混乱などはどんなに優秀な回道の使い手でも診断がしにくいものなのだと、以前四番隊に所属したことのある吉良から聞いたことがある。

 ―――多分、まあ、いけるだろ

 早く目を覚ましてくれよ、と絶賛爆睡中であろう現実の自分に必死に祈りながら、恋次は、今度は自分の前を歩いて四番隊へと向かう白哉の黒い背に、重いため息をついたのだった。
 
 
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