スイセンの毒
例の虚の目撃情報が入った、確認のためすぐに向かってほしい、と卯ノ花から地獄蝶にて連絡が寄越されたのが、およそ三時間ほど前のこと。恋次たちは、瀞霊廷からも流魂街からも随分と離れた荒野へと来ていた。
「……この辺りか」
「たぶん。…俺じゃ霊圧残滓は感じねえな、白哉は?」
「右に同じ」
卯ノ花が提示した地点まで辿り着いた恋次と白哉は、油断なく辺りを見渡す。しかし、それらしい気配は感じない。代わりに感じたいくつかの霊圧の気配に、恋次たちは揃って視線をやった。
「阿散井隊長! 朽木副隊長!」
こちらへ駆け寄ってくる死覇装の隊士たちが数名。卯ノ花が言っていた、虚の目撃者だろう。
「お疲れ様です!」
ざっと一斉に礼を取る隊士たちに、恋次は軽く手を振り楽にするよう促すと、事務的な問いかけをする。
「おう。おまえら、所属は?」
「七番隊の者です」
「よくこんな辺鄙なとこで見つけたな」
「はい。我々も、まさか本当に出現するとは思っていなかったのですが、涅隊長の解析による推定出現エリアに含まれておりましたので……」
「相変わらずすげえなあの人」
ひとまず納得して、恋次はぐるりと全員を見渡す。
相変わらず虚の霊圧は感知できないが、いつどこに現れるかわからない。一度は逃げられた相手、加えてどうにも不穏な能力の持ち主だ、もし再びここに現れたとして、恋次には味方を全員庇いながら戦える自信はなかった。
「わかった。後は俺たちに任せて、おまえたちは戻れ」
「は、ですが……」
目の前で虚を目撃しながら何もせず帰還せよというのは、とさすがに渋る様子を見せる隊士らに、恋次は重ねて言った。
「どうにも厄介な相手らしい。悪いが、庇ってやれるかはわからねえ」
「……承知、致しました」
敢えて飾らない言葉ではっきりと告げれば、隊士らはぐっと唇を噛み、うつむきながら恋次の言葉にうなずいた。
おまえたちでは戦力にならない。
冷たいが、恋次の放った言葉の意味は、そういうことであった。
「白哉。行くぞ」
「―――承知」
とにかく、ここでただ黙ってじっと相手を待つわけにもいかないので、周囲を索敵しようと恋次は白哉に声をかける。恋次の意図を的確に汲み取った白哉は、七番隊の隊士らの前だからか口調を切り替え恋次に応じてきた。
―――その、刹那。
「…―――ッ!!」
先ほどまでわずか足りとも感知できなかった虚の霊圧が、瞬時に辺りに満ちる。恋次は目を見開き、さっと白哉と並んで構えた。まさか、と先ほどまで言葉を交わしていた人物らを振り返る。
邪気を孕む霊圧の発生源。それは。
「咆えろ! 蛇尾丸!」
「散れ、千本桜」
二人はほぼ同時に始解した。恋次が取り逃し、そして『阿散井隊長』が仕留め損ねた虚だ、油断などは微塵もない。
しかし、その矛先の向けられた相手は、腹立たしくも二人の初撃を間一髪のところで躱して見せた。そしてさらに厄介なのが、そのすぐ隣りにいた隊士たちである。目の前に振り下ろされた刃に慌てふためき、見開いた目に驚愕の色を貼り付けて、彼らは信じられぬとばかりに恋次たちを見やっていた。
「あっ、阿散井隊長?! 朽木副隊長?! な、何を……ッ」
「危ねえ!」
問いに応える暇はなかった。蛇尾丸を引き抜き元に戻す動作の最中では、この一瞬の間に隊士を虚の魔の手から守り切ることができない。加えて、いまの相手の姿はおそらく―――腰を抜かしたあの隊士の同僚の姿だ。
まさか、時空間を歪めるという前代未聞の能力の他に、擬態まで使えるとは思ってもみなかった。それも霊圧まで完璧に再現するという厄介な代物を。
―――このままじゃ間に合わねえ
そう判断すれば、あとはもうただひとつの選択肢しか無く。
恋次は迷うことなく叫んだ。
「―――卍解『双王蛇尾丸』」
「――――『千本桜景厳』」
そして、同時に聞こえてきたのは。
恋次は視界に溢れた桜吹雪の刃に目を瞠りつつも、本来の目的は忘れず狒々王を伸ばし虚に襲われた隊士を守る。そして、一拍遅れて、恋次が庇った隊士を除く、他のすべての隊士たちを守るための体制が整えられた千本桜景厳の姿を認めると、恋次はすぐさま特攻へと切り替えた。
しかし、オロチ王の刃が虚まであとわずかというところまで迫ったにも関わらず、仕留められずに終わったわけは。
「待…ッ、待ってください……ッ!!」
恋次の裾を縋るように掴んだ、隊士の手。
つんのめった恋次の隙を逃がさぬとばかりに、目の前の隊士の姿に化けた虚は、あっという間に姿を消した。
これが、時空間を操る力か、と感心する間もなく。
「あいつは、同じ七番隊の仲間なんです! ど、どうなっているのか、わかりませんが、あいつを助ける方法を―――ッ」
必死に叫ぶ声に、恋次は顔を顰める。
「――――見苦しいぞ」
そして、恋次の代わりをするように、冷たく響いた言葉に、あたりの空気は一瞬にして凍りついたように静止した。
「仮にも護廷の名を背負う者ならば、その名に恥じぬように在れ」
すうっと細められたその眼差しほど、この世で恐ろしいものはない。そう思わせるほどの凄みを恋次でさえひしひしと感じたのだから、平隊員ともなればそれこそ失神してもおかしくない相手である。そして同時に、やらかした、と恋次は思った。
本来ならば、このように気が動転した部下を叱り飛ばすのは隊長である恋次の役目である。たとえ隊長としての経験がない偽物であろうが、ここでは隊長としての立場を求められるのだから相違はない。
それを、白哉にやらせてしまった。
嫌な役回りだろうに、迷いなく引き受けたその行動こそ、彼らを思いやってのことだと恋次には理解ができる。しかし、白哉をよく知らぬ平隊員から見れば、ただ冷酷に仲間を切り捨てる無情な姿にしか見えないのだろう。
ほんとうは、若い花ひとつ手折ることさえ躊躇うような、優しい心根の持ち主であるのに。
「―――あの虚に関しては詳しい情報は入ってねえが、仮にもし取り込まれたんだとしたら、終わらせてやるのが仲間の務めってモンだろう。あの姿で、また誰かを襲うところを、テメーらは見てえのか」
白哉に続けるようにして、恋次が静かに告げた言葉に、隊士らはハッとした顔をする。うつむいて唇を噛み締めるその悔しさを、恋次だって知らないわけではない。―――かつて、幼馴染もまた、その苦しみを味わったのだから。
「おまえらはすぐに戻って、このことを卯ノ花隊長と涅隊長に伝えろ」
「……ッ…――――はい…」
今度は言い返してくることなく、隊士らはうなずくと、恋次の指示通り瞬歩でその場を後にした。
恋次と白哉以外、誰もいなくなった荒野で、恋次はゆっくりと辺りの気配を探る。拙い霊圧感知能力を限界値まで引き出したが、それでも、消えた虚の行方はわからなかった。
恋次は抑えていた感情を面に出し、顔をゆがめる。
もう『隊長』でなくてもいい、ここには白哉ひとりしかない。だから、思わず舌打ちをしたくなるほどの激情を瞳に宿し、呻くような歯軋りを漏らしたのは、ただの『阿散井恋次』だった。
「…―――くそ……ッ…」
あのとき、仕留めていれば。もしかしたら。
オロチ王の刃が、間に合えば。
元の場所に、帰ることができたのかもしれないのに。
また、振り出しだ。
行き場のない感情を持て余し、焦燥と失望が身体中を駆け巡る。斬魄刀を握る手に、異様なほど力がこもった。
それをわずかに後ろで見ていた、白哉は。
長く落とされた沈黙ののち、恋次が予想もしなかった言葉を放った。
「……―――――恋次」
静かに、けれど確かに呼ばれた名に、恋次はこれ以上ないほど驚愕に目を見開き、ばっと後ろを振り返る。
「…ッ…」
そして、そこにいるのが『朽木副隊長』であることを知ると、先ほどよりもひどく顔をゆがめた。
「違う」
苦しげにゆがめた顔で、恋次は白哉に近づく。
力の抜けた手から、からん、と斬魄刀が地に落ちた。
「違うんだ」
白哉は、微動だにせずじっと恋次を見やっている。ゆらりと恋次が手を伸ばしても、避けようとはしなかった。
「呼んでほしいのは、あんたじゃ、ないんだ」
白哉の死覇装の裾を掴み、縋るようにうつむいて、恋次は唸るように声を絞り出す。
胸の奥が、焼けそうだった。
―――隊長、
ここにはいない人を呼ぶ。応えがないことを知りながら。
胸の内、いまにも嗚咽が混じりそうな声で。
――――帰りたい。
帰りたい、あんたの元へ。
望むことは、それだけだから。
「―――知っている」
ぽつり、と。不意に頭上から降ってきた、恋次に負けぬほど苦しげな声に、恋次は目を瞠りぱっと顔を上げる。
そして、思わず固まった。
唇を引き結び、それでも堪えきれず恋次と同様ゆがんだ表情と、苦しさと切なさのごちゃ混ぜになった瞳。
そんな、顔を。あの、白哉がしていた。
―――ああ、そうか
彼も、同じなのだ。自分と。
白哉もまた、そばに『隊長』がいない。
恋次ではない―――本物の『阿散井隊長』が。
恋次の正体が明るみになったとき、彼は、名を呼べ、と言った。あの男は勝手に自分を呼び捨てにしているからと、不服そうな顔でそう言って、恋次に名を呼ぶようにとその場で迫った。そして、恋次が根負けして彼の名を呼んだとき、白哉は―――…
確かに、悲しそうな顔をしたのだ。
―――俺は、また、自分のことばかりで……
目の前にいる白哉の気持ちを、考えもしないで。
「………そうだよな」
ぽつりと、恋次がこぼしたつぶやきに、白哉が訝しげな顔をする。恋次はゆっくりと白哉の死覇装の裾を離すと、すまん、と謝った。
「…お互いに、隊長がいねえんだよな。おまえだって、しんどいよな。なのに、俺ばっかり、喚き散らして……」
「ッ、私は、別に、あの男のことなど……」
「どうでもいい?」
「…そこまでは、言わぬが」
「じゃあ、やっぱ心配?」
「誰が。あのような、仕事もろくに出来ず執務室を抜け出してばかりで、私に苦労以外かけたことのない阿呆など……」
「おう…」
ある程度予想はしていたが、ひどい言われようである。しかし、残念ながら自分と同じ人格の持ち主ならばその光景がいとも簡単に想像できてしまうので、庇ってやることもできない。
恋次は不思議そうに尋ねた。
「じゃあ、なんでおまえ副隊長なんだ?」
「…は?」
ぽかんとする白哉に、恋次は言葉を付け加える。
「さっき、驚いたぞ。おまえ、卍解できるんじゃねえか。それだけの実力がありゃ、隊長になれるだろ。なんでこっちの俺の副官なんてやってんだよ」
こちらでは白哉は副隊長だと聞いていたから、まさか千本桜景厳が見られるとは思わず、ほんの一瞬驚いて見入ってしまった。すでに卍解を使い熟す実力がありながら、たかが恋次の副官に留まっているなど、どうにも違和感が拭えない。誇りのために生きていると言っても過言ではない白哉ならば、隊長を目指したって何らおかしくはないのに―――…
「それは私の台詞だ。兄こそ、なぜ卍解が使える。兄はあの男と違い、副隊長のはずだろう」
「ちゃんと副隊長だぜ? 朽木隊長の副官だ」
「なぜ。先ほどの兄の言葉をそのまま返す」
既視感ある問いに、恋次は思わず笑う。卍解が使えるのになぜ副隊長のままなのか、とは、もう何度も繰り返した問答だ。
「俺は、隊長にはならねえよ」
「…なぜ」
「朽木隊長の副官でいるためだ」
はっきりと言い切ると、白哉の瞳が大きく揺れた。
恋次はあっさりと告げる。
「俺は、あの人の副官でいれりゃあ、それでいい。―――最期まであの人のそばにいたいんだ。それ以外には興味がねえ」
超えたい。認められたい。そのそばで戦いたい。
それだけを、ずっと胸に。
「だから、俺は一生、あの人の副官だよ」
そうだ。自分はあの人の副官だ。
何としてでも―――帰らなくては。あの人の元へ。
曇りかけていた心に喝を入れ、再び気合を入れ直すと、恋次はいつも通りにニッと笑みを浮かべる。そして、明るい口調で白哉に言った。
「……つーわけで、実はもしかしたらおまえも意外にこっちの俺のこと気に入ってんじゃねえのかなーとかそんなことも思ったりしたわけだが、まあ、さすがにねーよな」
「……ッ…」
「最近習得したばっかりとかか? あの自在さで? やべえなこっちの俺さっさと抜かされんじゃね? ま、何はともあれこれから隊長に――――」
「ならぬ」
「え?」
「―――私は……隊長には、ならぬ」
ぐっと、拳を握りしめ、うつむきながら告げた白哉に、恋次は思わずどきりとしてしまった。他意はないのだろうが、それではまるで―――…
「いや、あの、白哉。その言い方だと、まるでおまえが俺と同じ理由でずっと副隊長でいるみたいな感じに聞こえんだけど……」
「……………あの男に言えば即刻散らす」
「いや、どうやって会えと。……って、え? マジで?」
目玉が落ちるのではないかというほど目を真ん丸にして驚く恋次に、白哉は居た堪れないのか白い肌をわずかに赤く染めている。
マジか、と恋次は心の中で二度目のつぶやきを漏らした。
―――え、こっちの俺ってそんな評価されてんの? なんで?
白哉にここまでされるなんて、いったいどんな手を使ったのだろう。羨ましすぎていますぐその場所を交代―――はしなくていいが、むしろ俺の居場所を返してほしいが、白哉の心を掴んだ術は教えてほしい。とても知りたい。土下座するのでぜひとも伝授してほしい。
「…なあ」
「……なんだ」
「それ、こっちの俺に一度でも言ったか?」
「死んでも言わぬ」
だよな、と予想通りの返事に恋次は何とも言えない笑みを浮かべる。白哉の性格ならばそうなることはわかっているのだが、やはり自分だったらどう思うかと考えたとき、どうしたって伝えて欲しいと思ってしまう。
「それ、一度でいいから言ってやってくれよ。きっとすげー喜ぶから。それだけでたぶん寿命が千年くらい伸びるから」
「……馬鹿なことを」
「いや割とマジで」
「あの男は、大の貴族嫌いだ」
「? 俺が嫌いな貴族ってのは、偉そうにふんぞり返って好き勝手権力を振り回す連中のことであって、隊長のことは好きだぜ? つーかじゃなきゃ副官やってねえし。こっちの俺もそうだろ、おまえを副官に選んでるんだから」
「……ただ、便利なだけであろう。彼奴、戦闘はともかく仕事に関しては無能もいいところ―――」
「有り得ねえ」
白哉の言葉を、それこそ即座にすっぱりと切り捨てると、白哉はやや驚いたような顔をした。
「おまえの隊長は、絶対におまえのこと好きだよ」
「……なにを、根拠に」
「俺が根拠。だって、おまえ、やっぱり朽木隊長にそっくりだもん。だったらきっと、俺とおまえの隊長だって、根っこは同じだろうよ」
不器用でわかりづらい気遣いとか、見えにくい優しさとか、融通の利かない生真面目な性格とか。その言葉も、行動も、すべてがあの人を彷彿とさせた。それならば、きっと、逆も然り。
「だから、わかるんだよ。隊長だろうが、副隊長だろうが、関係ねえ。俺にとってあんたは、いつだって必ず―――俺の中心にいる存在なんだ」
「…………」
うつむいて、白哉は黙り込んでしまったけれど、どうやらこちらの伝えたいことはきちんと伝わったようなのでそれで良しとしよう。
恋次はくるりと踵を返して白哉に背を向けると、先ほど自分が落としてしまった蛇尾丸を拾い上げようと身を屈めた。これはまた後でぎゃあぎゃあ文句を言われるなあ、と扱いの杜撰さから卍解の名前を半分しか教えてくれなかった過去を持つ相棒の性格を考え、恋次は心の中でため息をつく。
そんな、一番気を抜いていた、瞬間に。
恋次のすぐそばで、空間が裂けた。
「…ッ!!」
「縛道の六十一、六杖光牢!」
恋次が斬魄刀を振り上げるのと、白哉の縛道が放たれたのは、ほぼ同時だった。そして、瞬時に視界に桜の刃が散る。
恋次はさっと間合いを取るため後ろに飛び退き、隣りに並んだ白哉に茶化すように言った。
「六十番台詠唱破棄! 白哉怖え〜」
「くだらぬ戯れ言を言ってないで警戒せぬか!」
「仰せのままに」
にやりと笑い、恋次は白哉の六杖光牢に動きを封じられた虚を油断なく見据える。擬態用の死神の見目は捨てたらしく、確かにその姿は恋次が一度相手にした虚だ。しかし、唯一違うのは、二つあったはずの頭がひとつになっていること。そして、腹部には見覚えのある傷があった。あのとき恋次が斬りつけたものである。
どうやら、これが『阿散井隊長』が仕留め損ねたもうひとつの頭らしい。二つ頭があるということは、おそらく虚の命自体も二つだったのだろう。隙を見て分裂し、片方だけは逃げ延びたということか。
それにしても、どうやら縛道を受けるとあの空間を移動し消える技は使えないらしい。いまの状態ならば始解でも十分に倒せそうだが、まあ、念には念を入れた方がいいだろう。
恋次の呼びかけに応じ、狒々とオロチの王が目覚める。素直に卍解に応じたということは、どうやらまだそこまで拗ねてはいないようだ。そんなことを考えていると、びき、と六杖光牢の光に黒い罅が走る。……なるほど、同じ『朽木白哉』とはいえ、やはりあの人が放つほどの威力はまだないのか。
「オロチ王」
残念ながら先ほどは活躍の場がなかった半身を呼び、恋次は一気に虚へと突っ込む。いつでも援護に回れるようにと、恋次を守るように追従する千本桜の花弁の刃たちとととに、恋次はオロチ王の刃を突き出した。
頭蓋を打ち砕く音とともに、怨嗟の絶叫が響き渡る。怒りと憎しみの込められたような眼差しを、恋次は怯むことなぬく睨めつけ返した。
ばらばらと、虚の身体が霊子へと戻ってゆく。
ようやく仕留めた、と恋次が安堵の息を吐いた刹那、腕に纏っていた蛇尾丸が戦慄くように震えた。違和感に視線をやると、そこには、なぜか恋次の意思に反して卍解が解除され、始解以前に戻った斬魄刀の姿。恋次はぐっと眉を顰めた。
『使用者の意志に反する卍解の解除は――――』
かつて、あの人が言っていた言葉を思い返すが、しかし。
恋次は己の姿を見下ろす。瀕死どころか、怪我ひとつ負っていない。体調もすこぶる健康―――…
「…っ、?!」
不意に視界が霞み、恋次は慌てて斬魄刀で身体を支えた。
「――――阿散井!」
そして、それでもまだぐらつく身体に、慌てたような声とともに手が添えられる。恋次はすぐさま斬魄刀を手放し、そのまま白哉に体重を預けた。……怒るなよ、蛇尾丸。おまえだって、俺に押し潰されたくはねえだろ?
「……白哉…」
「なんだ、いや黙っていろ、後で聞く。いま四番隊に―――」
焦った様子の白哉に、恋次は笑いをこぼした。
「…ありがとな……」
「なにを―――」
あの虚は倒した。きちんと霊子に還る瞬間を見たのだから、今度こそ間違いないだろう。
恋次がここへ迷い込んだのは、あの虚の能力のせいだ。結局詳しいことはわからず終いになってしまったが、まあ、何もかも元に戻るのならば、それでもう良しとしよう。
白哉がここまで惚れ込んだ『阿散井隊長』には、ちょっと会ってみたかったな、なんてくだらないことを考えながら、恋次は鉛のように重い瞼をゆっくりと閉じた。