もう一度きみに逢いに行く
「いや〜よかったっスねぇ! 無事回復されたみたいで〜」
バッと扇を広げながらわざとらしく喜んで見せる、元十二番隊の隊長だという男に、ギンは何とも言えない顔を向けた。
「…ボク、自分のことそこそこ食えん奴やと思とったけど、実はそうでもないんかな。上には上がおるわ」
「いや、じゅうぶん食えねぇよ」
家主がギンに食事を持って来るのはわかるのだが、なぜか同じように相伴にあずかっているオレンジの少年は、そう言って実に当たり前のように部屋に溶け込んでいた。
「きみ、ずっとこんなところにおってええの?」
「こんなところだなんてひどいな〜」
「…、あんたが入ってくると話がややこしくなんねんけど…」
「あれ、黙ってた方がいいっスか?」
「……検診だよ」
どうにもこの男は苦手だと浦原から距離を置こうとするギンに、助け舟の意味合いもあったのか少年はため息をつきながら言った。
「最後の月牙天衝を使った代償で、いつか死神の力は俺から消える。そのときにはまた前みたくぶっ倒れるらしいから、大事にならないように浦原さんが俺の霊圧の変化を細かく調べてくれてるんだよ」
ここ数日、床から動けなかったギンに、少年はあのあと何があったのかを淡々と説明してくれた。おかげである程度の理解はできている。ぺらぺらと自分の能力について語る少年の気持ちは、相変わらずわからなかったが。
「へえ……きみ、大変なんやね」
「…まあ。けど、自分で納得してやったことだから」
「せやけど、それじゃボクと戦うのは無理やろ」
「何だよそれ……剣八みてーなこと言うなよ。なんで俺とあんたが戦わなきゃいけねーんだ」
「だって、きみがボクを抑えられるゆう言い訳が使えへんのやったら、きみ、どうやってあちらさんを納得させる気ぃなん?」
理由はどうであれ、ギンは藍染に従い、尸魂界に反旗を翻した。その事実は変わらない。尸魂界がギンを許す理由は―――ない。
しかし、少年はあっさりと言った。
「んなモン、考えてねーよ」
「考えてへんて、きみね…」
「ただ……浦原さんと夜一さんが、名前貸してくれるとは言ってるけど」
浦原喜助は今へらへらと笑って横にいる男で、四楓院夜一は、彼の友人だったか。元隠密機動総司令官にして二番隊隊長、そしてあの四大貴族の一角・四楓院家の前当主が肩を持つとなれば、なるほど影響力は絶大だ。
それほどの存在か。この人間の少年は。
「…ちなみに、ボクのこと知っとる人って、どのくらいおるん?」
「ルキアと恋次は知ってる。あと…白哉も」
「へえぇ? 六番隊長サンが?」
最後に告げられた予想外の名に、ギンは大仰に驚いた。
「あの二人が知ってる時点で白哉に知られねーわけはねぇんだ」
「あの六番隊長さんが黙ってるとは思えんけどなぁ?」
「事実黙ってくれてんだから感謝しろよ」
「信じられへんわぁ……ホンマに知られとるん?」
「ああ。二人からそう聞いてる」
もちろんすまんと謝られたが、予想していたことだから大丈夫だと返したと告げる少年からは、朽木白哉という男への信頼が見て取れた。
―――あの…六番隊長さんがなぁ…
あれほど大事にしていた妹の処刑さえも、掟を守らねばと身動きができなかったあの男が。
自分の知る様子から、随分と変わったようだった。
「それから……」
少年の言葉がぷつりと途切れた。妙な沈黙を挟んで、けれどギンが黙って少年の言葉の続きを待っていると、やがて少年は再び口を開く。
「―――乱菊さんには、まだ何も言ってない」
「………」
「直接、会ってやれよ」
その言葉に対する答えを―――ギンはまだ、持っていなかった。
あのとき。泣いていた乱菊を知っているのは、自分と―――この少年だけ。だから、この少年は、彼女がどんな気持ちでいたのか、それを察しているのかもしれない。ギンが何のために闘ったのか、察しているのかもしれない。
―――乱菊
みすぼらしい服を着ていても、裸足でも、髪飾りなどなくても。誰よりも綺麗だった少女の姿が、今でも目に焼き付いている。
あのときから―――彼女の笑顔が、好きだった。
もう、泣かんで済むようにしたると、そんな勝手な誓いを立てて。それが、ギンが口にした最後の真実で、ずっと嘘を吐き続けてきた。
―――ボクに、資格はあるか
彼女に、もう一度会う資格が。
否。あるわけがない。
少年の言葉に是とも否とも返さずに、ギンはただ静かに笑みを零した。それが偽物なのか本物なのかは、ギンにさえも、わからなかった。