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クリスマス



「―――何だ」

「へ?」

 唐突に声をかけられ、恋次は手元にある書類から顔を上げて首を傾げる。視線の先には、同じ執務室にいる上官の姿。恋次の顔が不思議そうなものであることを見ると、なぜか白哉の方が訝しげな顔をした。
 
「いま、何か申したであろう」
「え? あれ? 声に出てました?」

 どうやら無自覚にこぼしていたらしいと、恋次は頭を掻く。つぶやいたのは、心の中だけだと思っていたのだが。

『クリスマスかあ……』

 この間、ルキアと共に現世に行ったとき、目に痛いくらいの装飾物や発光体の数々を目にして、二人揃って目を瞠り首を傾げていたところに、一護が「もうすぐクリスマスだからな」と現世の祭りについて教えてくれたのだ。

 それが今日、らしいのだが。

 ―――まあ……俺には関係ねえけど

 恋次やルキアが伝えたクリスマス情報により、尸魂界の一部の面々はお祭り騒ぎの準備に余念がないらしいが、残念ながら恋次には関係のないことである。

「栗がどうの」
「クリスマスです、隊長」

 予想はしていたがやはり珍妙な返しをしてきた白哉に、恋次は思わず笑った。

「なんか、現世の祭りらしくて、いますごいことになってんスよ、あっち。どこもかしこも派手に光ってきらきらしてて」
「祭り…?」
「はい。向こうでは恋人と過ごす日とか何とか。…ん? あれ? それは前日だったかな?」

 確か前日はクリスマスイブ、とかいう呼称で呼ばれていたような。自分で説明していて首を傾げ始めた恋次に、そうか、と白哉は静かな声を漏らした。

「……では、ルキアが黒崎一護の元へ行くと行っていたのは」
「んん〜〜…ッ!」

 予想外にも友人の企みを暴露してしまう結果となってしまった恋次は、思わず唸り、心の中で友人に謝る。……そうか、一護のところに行ってたのか、あいつ。用があるとは言っていたが、その内容までは話そうとしなかったから少しおかしいとは思ってたんだ。別に隠すことないのに。おかげでバレちまったじゃねえか。

 ―――すまねえ一護……

「ま、まあ、ほら、隊長もあいつらのことは応援してんでしょ? そんな目くじら立てないで」
「……まだ何も言ってなかろう」

 む、と唇を尖らせる白哉に、はいはい、と恋次はうなずいた。応援はしてるし反対する気もないんだろうけど、やっぱり少し寂しいんだろうなあ、とわかる程度には、この人のことを理解しているつもりだ。

 それにしても、そんな祭りのある日だと知っては心が少しばかり寂しくなってしまっただろうか。この人の心を満たしてやれるのは亡妻の妹であるルキアだけなのに、と恋次は心の中で困ったとつぶやく。

 帰宅後に緋真さんの遺影の前で延々と動かなくなってしまったりしたらどうしよう、と恋次がありえそうな光景を思い浮かべていると、不意に名を呼ばれた。

「はい?」
「……兄はよいのか」
「なにがっスか?」

 素で尋ね返すと、だから、と白哉は言葉を次ぐ。

「今日は祭りなのだろう。……もう上がっても構わぬぞ」

 これ以上急ぎの仕事はない、と白哉が視線を手元に落としながら告げる言葉を聞き、恋次は慌ててぶんぶんと手を振った。

「あっ、いや、俺はそういうの無いんで!」

 何のためにわざわざ残業してると思ってんだ、と心の中で叫ぶ。気軽に誘ったりできるような、そんな相手ではないことは重々承知の上だからこそ、せめて少しでも同じ時間を過ごしたいと好きでもない仕事をこんな時間までやっているのではないか。

 そんなこと、言えるわけもないけれど。

 ―――言えたら苦労しねえよなぁ……

 こんなとき、無性に、吉良や檜佐木が羨ましくなる。確かに、上手くいかないと嘆く姿はよく見るけれど、それでも。

 ―――俺には、誘いの言葉ひとつ、吐けやしない。

 クリスマスに託つけて、パーティをしようという話を乱菊が持ちかけてきたとき、そこに檜佐木や、吉良や雛森もいると知って、やはり羨ましい、と思った。二人きりは無理でも、そういった宴の場ならと、仕事以外でも同じ時間を過ごすことのできる彼らが。

「おらぬのか」
「………」

 あんたですよ、とは、もちろん言えず。

 こちらの気も知らずに淡々とした声で世間話のように尋ねてくる白哉に、恋次は誤魔化すように笑うと、思わず漏れそうになったため息を手際よく隠した。嘘が大の苦手な自分が、こればかりは随分と上手くなったと思う。慣れとは恐ろしいものだ。

「……いいんスよ俺のことは。つーかこんな時間まで残業してる時点でぜってえ無いでしょう。俺は今日一日ずっと暇です。予定も何もありません」
「…そうか」

 あっさりとした返事が返ってきて、恋次は、これで話は終わったようだとほっと息をつく。まったく、この心臓の音がもし聞こえでもしたら大変だ。不審がられるどころの騒ぎではない。

 一方の白哉は、徐に壁にかけられた時計を見やると、手元に置かれていた書類をすべて引き出しに仕舞い、かたん、と椅子を引いて立ち上がった。恋次は不思議に思って白哉を呼ぶ。

「隊長?」
「……区切りはついた。兄も今日は終了だ」
「あ、はい…」

 どうやら帰るらしい。今日は見納めか、などと、まるで大晦日のような思考になりつつ、恋次も手元を片付けて立ち上がった。

 しかし、執務室を出ようと扉に手をかけた白哉の足が急に止まったため、そのあとについて行っていた恋次は慌てて足を止める。

「どうかしたんスか?」

 不思議に思い、恋次が白哉の顔を覗き込むようにして首を伸ばすと、白哉は不意に恋次の方を振り返った。恋次、と名を呼ばれたので、はい、と応える。いつものやり取りだ。……ここまでは。

「酒は、好きか」
「はい?」

 唐突な質問を投げかけられ、恋次は面食らう。この人そういう俗っぽい話もするのか、と妙なところに感動を覚えつつ、恋次はとりあえずうなずく。

「そりゃあ、まあ、好きですけど……」

 話の脈略がまったく読めずに恋次が困惑していると、白哉はふいっと視線を逸らし、やや小さな声で言葉を付け加えて寄越してきた。

「……屋敷で、酒でもどうかと、言っている」
「………」

 恋次の白哉への理解が間違っていなければ、彼の言う屋敷というのはおそらく彼の自宅である朽木邸で、これはつまり飲みのお誘いなのだろうと……そう、頭では理解したが、しかしなぜ、という疑問が消えず恋次はひたすらに戸惑いを顕にする。加えて、こんな夜も遅い時間に屋敷に呼ぶなど、泊まって行っても構わないと言っているようなものだ。

 ―――何考えてんだ、この人

 そりゃあ、朽木邸には数え切れないほどの客間があるのだろうから、白哉にしてみればそうなったとしても大したことはないのだろうが、恋次にとっては大事である。

「あの…、それはもちろん、喜んで行きますけど……なんで?」

 ひとまず、この目から鱗が飛び出るような奇跡を逃してはならないと素早く肯の返事を返しつつ、しかし恋次はひたすらに意味がわからなくて白哉に尋ねてみる。……彼から酒の誘いを受けるなど初めてのことだ。明日は雷雨か雹でも降るのだろうかと、冗談抜きでそんな気さえしてきてしまう。

 白哉は、そんな恋次の様子をどう思ったのか、唐突に告げた言葉に含んだ意味を自ら解説してくれた。

「歳暮にと酒を貰ったのだが、どうにも甘口でな…」
「ああ…。隊長、辛党っスもんね」

 なるほど歳暮。上品な世界の話である。恋次にはとんと縁がないせいで思い至らなかった答えに、ようやく恋次は納得して胸を撫で下ろした。理由のわからない幸運は、時に敵よりも恐ろしいものなのだ。ただより高いものはない、とはちょっと違うけれど、まあ、そんな感じで。

「それじゃあ、ゴチになります」

 安心してようやく恋次がにぱっと笑顔を見せると、白哉は処理要員を確保したことに満足したのかすっと視線を前に戻して、扉の取手に手をかけた。お疲れさまです、とまだ残っていた席官がぱらぱらと挨拶をしてくる中、二人は揃って隊舎の外に出る。

 それにしても、こんな奇跡があるものか、と恋次は目の前で起きている現世を疑う。なまじ一護からクリスマスとはどんな日であるかということを聞いている身としては、どうしても意識せずにはいられないのだ。この人が現世の俗事に疎くて助かった、と思う反面、恋人と過ごす日なのだということをわかった上で誘ってくれたなら良かったのに、なんて、そんな贅沢なことも思ってしまって、恋次は慌てて分不相応な考えに殴りかかり、勢いよく頭から叩き出す。奇跡のさらにその上を望むなんて、なんと馬鹿げたことだろう。

 隣りを見やれば、確かに、いる。恋次がついて来ていることを何の疑問にも思っていない様子で、すぐそばに。これもクリスマスとやらの恩恵だろうかと、ちょっと馬鹿げたことを考えつつも、緩む頬はそのままに白哉について行こうとしたそのとき、不意に、ごくごく近くから大きな声が恋次に向けて放たれた。

「あっれ〜〜? 恋次じゃないのぉ!!」
「……乱菊さん?」

 横を見やると、すでに出来上がっているのか足元のふらついている乱菊の姿を認め、これは早く退散した方がいいかもしれない、と泥酔した乱菊の絡みの面倒さをよく知る恋次は心の中で素早く思う。隊舎を出たところで鉢合わせるなんて何という偶然だ。

「なぁにあんた、こんな時間まで残業ぉ〜〜?!」
「そっスけど」
「ちょっとぉ〜! それならなんであたしの誘い断ったのよぉ〜?! 用事があるって言ってたから泣く泣く諦めたのに〜!! 」
「………」

 ああ、面倒な人に捕まってしまったなあ、と心の中でため息をつきながら、恋次は力の入っていない腕で掴みかかってくる乱菊をどうどうと宥める。……嘘は言っていない。恋次の言った用事とは、つまり、残業である。

「せっかく、吉良も雛森も呼んでクリスマスパーティしたのよ!」
「あいつらとはまた今度飯でも食いに行きますって。つーかひとりですか? 檜佐木先輩とかいないんスか?」

 恋次がいないときはいつも乱菊の送迎係になっているはずの先輩の姿を探すも、あたりに人影はない。ついでに霊圧も感じない。どうやら今回は本当に乱菊ひとりのようだ。……大丈夫だろうか。

「しゅーへーならどっかに置いて来たわよぉ。あいつ、あたしよりも弱いんだもの。あたしが潰れても運んでくれないじゃなーい」
「……それ目当てで毎回俺のこと誘うのやめてもらっていっスかね。まあ、そんだけまだ喋れるなら大丈夫っスね、ちゃんと帰ってくださいよ」
「何よう、あんた結局、用事とかないんでしょお? じゃーあたしと一緒に二次会行きましょうよぉ!」

 ぐいぐいと遠慮なく引かれる腕を慌てて引き戻しながら、恋次は酔ってテンションのおかしくなっている乱菊に、すいません、と告げる。

「ちょっと、このあと用事あるんで」
「うっそお、だって、残業だったじゃない!」
「だから、それが用事だったんですってば。乱菊さんとはまた今度飲みますから」
「あたし、とは〜? なに、誰かと飲むのぉ?」
「そうですそうです、それじゃあ、ちゃんと帰って寝てくださいね。おやすみなさい」
「ちぇー、しょーがないわねえ、また今度付き合ってもらうわよぉ! おやすみぃ。めりーくりすま〜す!」
「はい、メリークリスマス」

 とりあえず不安定ではあるがしっかり歩いている様子を確かめると、恋次は慌てて後ろを振り返る。そして、ずっと待たせてしまっていた白哉に、すみません、と謝った。よい、とすぐに返してくるあたり、どうやら気にしてはいない様子の白哉にほっと安堵しつつ、恋次は無表情とは違う白哉の表情におや?と首を傾げる。

「……隊長、なんかいいことでもありました?」
「…なぜ」
「いや、何となく…」
「何もないが」
「そっスか? すいません、勘違いだったみたいです」

 確かに、普通酔っ払いに絡まれて機嫌よくなるわけないよなあ、と恋次は自分で自分の言葉を否定し納得する。そして、それじゃあ、と白哉をうながした。まるで騒がしい嵐か何かが去ったような気分を味わいながら、二人揃って歩き出す。ここから朽木邸までの距離はそれほど近くはないはずなのだが、今日の恋次には何だかあっという間のような気がした。

 着替えてくるから先に行っていろと通された客間で、恋次はひとりそわそわと落ち着かない気持ちを宥めながら白哉を待つ。しばらくすると侍従と侍女が酒と杯を持って恭しく現れたので、やっぱりこういう世界の人なんだよなあ、と改めて住む世界の違いを痛感しつつ、恋次は慣れない空気に恐縮しながら礼の言葉を述べた。

「いえいえ。お口に合うとよいのですが」

 侍従のひとりがにこやかに対応してくれるのを見て、恋次は意外な思いでそれに応える。……てっきり、流魂街上がりの者など、よい顔はされないと思ったのだが。

「いえ、むしろ俺なんかが貰っちまって…。屋敷にはいないんスか? 甘口の酒が好きな人。なんか、歳暮で貰って困ってたらしいですけど……」

 粗野な口調には目を瞑ってほしいと心の中で思いつつ、恋次は笑って侍従に言葉を返す。しかし、それによって侍従の顔が不思議そうなものになったので、恋次は何かおかしなことでも言っただろうかと慌てた。

「あの…?」
「ああ、いえ、これは失礼を。しかし、不思議ですな。こちらは歳暮ではございませんよ。白哉さまが少し前にご自分でお求めになられたものです」
「え? あの、甘口…なんスよね?」
「はい。確かに」
「……隊長は辛口だったと思うんスけど…」
「はい。ですから、どこの家からのお歳暮でも、白哉のご嗜好から逸れるような品物は一切届いたことがございません」
「はあ…?」

 どういうことだろう、と恋次は首を傾げたが、侍従たちは自分の役目を終えるとさっと下がって行ってしまったので、引き留める間もなく、よくわからないままになってしまった。

 ―――間違って買ったのか…?

 それならそうと普通に言えばいいのに。完璧主義者だから、間違えたと言うことが恥だとでも思ったのだろうか。あの人なら有り得ると、恋次はこっそりと笑う。

 まあ、何にせよ、こうしてこの日に招かれた奇跡には違いないのだ。そういつまでも気にすることもないだろう。

 ぽつりと、誰もいない部屋で恋次はつぶやく。

「メリークリスマス」

 恋人と過ごすという日に、こうして貴方と過ごせる奇跡に、感謝を。
 
 
 
   * * *
 
 
 仕事着のままでは上官だと意識してしまい寛げなかろうと、白哉が隊長羽織と死覇装を脱いで私服に袖を通していると、恋次の元へ酒を届けるよう申しつけた侍従がやって来る。そして、控えめな声で尋ねてきた。

「よろしかったのですか? あれは、白哉様がルキア様のためにと、正月の御膳のためにお求めになったものでは……」
「よい」

 侍従の言葉を遮るように白哉は返し、下がるようにと告げる。そして、静かになった部屋で、ふっと口元にかすかな笑みを浮かべた。

 確かに、あれは正月の催事に合わせ、ルキアのためにと買い求めるよう申しつけたものだが、それはあくまでも白哉の言葉をそのまま受け取った場合である。
 実は、彼女は酒に関して言えば、決して辛口が苦手というわけではなかった。それでも白哉があれほど甘口の酒をわざわざ買い求めたのは、その正月の席には恋次も招こうと思っていたからである。もちろん、貴族が犇めきあう面倒な公の席ではなく、家族内だけの個人的な席に、だ。おまえもルキアの家族のようなものだろう、と、そんな言い訳でもなければ屋敷に招けぬというのも、情けないことではあるのだが。

 よって、あれらは恋次のために用意したようなものなのだ。なれば今日振る舞ったところで問題はないだろう。

 ―――あのような話を聞かされてはな……

 あいにくと今日を指す名称は忘れてしまったが、恋次がさりげなく告げた一言はしっかりと覚えていた。

『向こうでは恋人と過ごす日とか何とか……』

 誘いは不自然ではなかっただろうか。記憶にある限り、彼を酒の席になど誘ったことはなかったため、訝しまれても仕方がないと思いながら告げた誘いではあったが、恋次は不思議そうな顔はしつつも快く了承を返してきてくれた。そのことにどっと安堵が押し寄せたのは、白哉だけの秘密である。あの妙に勘のいい男に気づかれぬよう、不自然に思われない程度に顔を逸らし、崩れた表情を隠すのがどれほど苦労の要ることだったか。

 それなのに、隊舎を出たところで、あれだ。

『隊長、なんかいいことでもありました?』

 まったくどうして、あの男にはすぐに気取られてしまうのだろう。やはりあのとき顔を逸らして見えないようにしたのは正解だったと、心底思った。

 ……ほんとうに、わずかなことだ。

 自分を選んでくれたことが、嬉しい、なんて。

 堅苦しい自分よりも、気さくな十番隊副隊長との方が、きっとあの男は楽しめるだろうに。ただ単に自分との方が先約だったからなのだろうが、それでも、やはり心がじわりとあたたかくなった。

 羽織と服を片付けてしまい、回廊へと出て襖を閉めた白哉は、それにしても、と恋次が乱菊に向けて言っていた言葉を思い出す。

 ―――残業が用事とは……?

 今日はそれほど急ぎの仕事が詰まってはいなかったはずだし、定時で上がっても問題はなかったはずだが、恋次は仲間内での集まりの誘いを断ったという。話に聞く限り、親しい友人も同席していたようであったのに。酒盛が嫌というわけでもなさそうだったため、彼の行動はまったくの謎であった。

 とはいえ、そのおかげで自分はあの男に今宵の誘いをかけることができたのだから、実に幸運だったと言うべきなのだろうが。一々その行動の理由を気にしていてはいつかその不自然さに勘づかれるやもしれぬと、白哉はそうそうにあれこれ思考を巡らすのを止める。密かに願った通り、今宵は共に過ごせるのだ。それでよいではないか。

 恋次の待つ部屋へと向かう途中で、白哉はふと空を見上げる。夜気を忘れるほどに見事な寒月は、まだ随分と高い位置にあった。

 冬至を過ぎたばかりのこの季節は夜が長い。

 偶然にも、明日は六番隊が遅番の日だ。少しばかりの宵っ張りは許されるだろうかと、白哉はひとり静かに微笑む。その足取りは限りなく軽い。

 独りではない夜は、こんなにも、心嬉しいものだっただろうか。

 求めるぬくもりは違えども、その存在の大きさには寸分の相違もなく、そのことに戸惑いを覚えることもまだ多い。―――それでも、許されるだろうか。再びこの手を伸ばすことは、果たして。

 問いかけた先は、己の胸の中ではなく、いまは遺影の中で微笑むだけの亡き妻のもと。

 その答えは、きっと―――…

「あっ、隊長。お疲れさまです。いまちょうど月見てたんスよ」

 霊圧を感じたのか襖からひょいと顔を覗かせ、上機嫌に空の月を指差す恋次に、白哉はうなずく。

「よい月夜だな」
「っスね、綺麗です」

 それでも、二人揃って入った部屋の中があたたかいのは、きっと、見事な寒月のせいでも、置かれた火鉢のせいでもないのだろう。

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