かたしぐれ ― 片時雨 ―
「―――とは言え四人分をひとりで買ってこいなんて、まったく君は人を何だと思ってるのかな」
「と言いつつ大量の買い物お疲れさん」
さらりと石田の文句を流し、どっさりと買い込まれたレジ袋を受け取った一護は、中身を覗き込みながら機嫌良さそうに笑った。恋次は、自分と同様にすっかり置いてきぼりを食らっているルキアと顔を見合わせる。
何でこんなことになってるんだろう、と思っているのは自分だけだろうが、ルキアもこの話の流れにはついて行けていないようだ。
「あ、石田。あとでレシートくれ。払う」
「いいよ別に。君から集る気なんてないし」
「そうかあ? じゃ割り勘で」
「いいって言ってるのに」
石田は肩を竦めたが、一護が譲る気がなさそうだということを察したのか、それ以上は会話を続けずに恋次たちの方へと視線を移した。
「やあ、久しぶり」
まったく本当に久しぶりなのだが、そうとは感じさせない気さくな様子に恋次はほっと息をつく。計画性もなく唐突に幼馴染によって現世に連れて来られたわけだが、こうして友人に会えるというのは嬉しいものだった。
「おお、その、悪いな、急に呼んで」
「呼んだのは冷蔵庫の中身を計画的に補充しない黒崎だから、気にしなくていいよ」
「おいコラ聞こえてんぞ石田」
受け取った食材をさっそく台所で広げていた一護は、耳敏く石田の言葉を聞き取り言い返す。そんなやり取りにも少し懐かしさを感じて、恋次はおかしそうに笑った。
あれからずっと強ばっていた肩の力が、少しだけ抜ける。
恋次の様子がいつもと違う理由を無理に聞き出そうとはせずに、気晴らしに、と現世へ連れて来てくれたルキアに、密かに感謝した。
「つうか、ナベパ?って何だ?」
「え? 鍋パーティーのことだけど、知らないのかい?」
「いや……知らねえ」
「まあそうか。そっちじゃあまりパーティーって言葉は使わないのかな。ほら、あれ。白菜とか春雨とか、あと榎とか舞茸とか。鍋の材料だよ」
石田の指差す先には、レジ袋から食材を出し終えた一護の姿がある。その手元に並ぶ食材たちは、なるほど確かに、恋次も知る鍋の材料だった。と、そこへ、急に一護の驚いた声が上がる。
「あっおい、石田、てめ何ちゃっかり鯖缶なんか買って来てんだよ」
「材料は任せるって君が言ったんだろ」
「…鍋に鯖缶入れんのか? 鱈とかじゃなくて?」
心底不思議そうな一護に、つられるように石田も困惑の表情を浮かべた。
「え? 普通入れるだろ? 前はキムチ鍋だったから入れなかったけど」
「俺は入れねえけど」
「変なの。君の家が特殊なだけなんじゃない?」
「ンだとコラ。じゃあ恋次はどうだ?」
「えっ? 俺?」
黙って聞いていたら唐突に振られた話に、恋次は慌てて反応する。それから、困ったように腕を組むと、そうっとルキアに視線を移した。
「……なあ、おまえ鍋とか食うか?」
「貴様と一緒にいないときの私の食事は、兄様と同じものだが?」
「すいませんでした」
あの人が鍋なんて食べるはずがない。そもそも、鍋と言ってそれが料理のことだと通じるかどうかすら危うい。鍋食いますか、と聞いたら、おまえは調理器具を食すのか、と冗談抜きでどん引きされそうである。
随分とわかるようになったよなあ、と恋次は独り言ちる。……それでも、あの言葉には、未だに混乱を極めているのだけれど。
「なんだ、おまえら鍋とか食わねえのか?」
「まあ、あんまり」
尋ねてくる一護の声と共に、とんとんとん、と包丁の音がする。恋次も手伝おうと立ち上がったが、こんな狭い台所に大の男が二人も入れるかと却下された。もっともな言い分にも聞こえるが、まあ、要は客なんだから座ってろ、ということか。気を遣わせてるなあ、と恋次は困って頭を掻いた。
「尸魂界って鍋ないの?」
石田によってご丁寧に引き戻された話題さえも、いつもと違う自分への気遣いのような気がしてきてしまう恋次だったが、これ以上おかしな様子だと思われても困るので、大人しくその話題に乗ることにする。
「いや……あるぜ。たまに、集まって食ったって部下が言ってるし。なあ、ルキア」
「そうだな。私も聞いてはいる」
「じゃ何でおまえらは食わねえんだ? 嫌いなのか? 白哉ん家で鍋が出てこねえのはわかるけど……別に店とかでも食えるだろ?」
白哉、という名を聞いてぴくりと跳ねる肩を慌てて宥めつつ、恋次は鍋の話題に集中した。
「まあ、それはそうなのだが……」
何と言ったものか、とルキアがこちらを見上げてくるので、恋次は肩を竦めながら正直なところを答えることにした。
「単に人数の話だよ。鍋なんてひとりで食うモンじゃねえだろ?」
「ああ、まあ…。けど人数なんて集めりゃ―――」
「それが集まらねえんだよなあ」
一護が気軽に石田を呼び出した様子から想像はついていたが、やはり彼らと自分たちでは生活のスタイルがそもそも違う。まあ、一護たちがまだ学生の身であるというところが大きいのだろうが、それでも護廷十三隊の仕組みは一護たちにとって馴染みのないもののようだ。
「俺たちの場合、基本的に知り合いっつったら上官か部下か同僚で、ダチっつったら基本同僚だ。そうなるともう、大体がみんな要職の面子だから、全然非番が合わねえんだよ」
「私と恋次は割とよく合う方なのだがな。まあ、私は霊術院を早く卒業してしまったから、あまり恋次以外とは交流がないが…」
「吉良とか雛森は最近全然合わねえな。乱菊さんは残業よく逃げて来たりするから多いけど……まあ、連れてかれるの居酒屋だし。ルキア以外で最後に一緒に飯食ったの誰だっけ……つかいつの話だ……?」
副隊長を務めていれば、やはりどうしたって交流が多くなるのは同じ立場にいる人物になるわけだが、それなりの要職である面々がそう簡単に非番を合わせられるはずもない。
「かと言って、わざわざ部下たちの集まりに混じって水を差すような真似もしかねるしな」
「俺らがいたら気が休まんねえからな」
「………なんか、おまえらちゃんと上司なんだな……」
「なっ、どういう意味だ一護!」
思わず、といった様子で零した一護に、すかさずルキアが食ってかかる。恋次のそばを離れてどたどたと一護に文句を言いに駆け出すのを、恋次は止めも追いもせずに黙って見ていた。
すべてがすべてわざとというわけではないだろうが、しかしこの賑やかしさは恋次の心をほっとさせる。ある程度は恋次のためにつくられた雰囲気であることくらい、きちんとわかっていた。
しかし、いつもならばルキアと一緒になって一護と言い合うだろうということは自分でもわかっているが、いまはそういう気分ではない。そんな様子だから、周りには何かあったと筒抜けになってしまうのだろう。乱暴にも思える調子で恋次を現世まで引き摺ってきた幼馴染の心配そうな顔が思い出されて、恋次は申し訳なさと情けなさを抱えながら、わずかにため息をついた。
ありがたい、と思う。
こうして心配してくれることが。その存在が。
『―――恋次』
ひとりで悩んでみたところで、きっと何も変わらなかっただろうから。ルキアに引き摺り出されなければ、部屋から出たかどうかも怪しい。混乱したままの頭であの人と顔を合わせるのが、なんとなく、こわかったのだ。
それでも、会いたいな、と思うあたり、もう重症だと思うのだが。
「……阿散井」
ふと、つぶやくような声音で名を呼ばれ、恋次は視線を移す。こちらをじっと見やる石田の眼差しは、やはり何かを見抜いているかのような気がした。
「なんだ?」
それでもまだ弱音を吐く気にはなれなくて、恋次は素知らぬ顔にいつも通りの笑みを浮かべながら、石田に尋ね返した。
「……いや。何でもない」
恋次が密かに引いた線を感じ取ったのか、石田はそれ以上踏み込むのをやめ、すっと視線を逸らす。どう見ても何でもないと思っている顔ではないが、それには気づかない振りをさせてもらうことにした。
「あっ、おい黒崎! 吹きこぼれてるぞ!」
逸らした視線の先で、ルキアとの言い合いに夢中になって鍋からすっかり意識を外してしまっていた一護を見咎め、石田は慌てたような声を上げる。まったく仕方が無いな、とため息をつきながら、彼もまたずんずんと台所へと入って行った。ぎゃあぎゃあと言い合いながら、どれを取れだの入れろだの、ますます騒がしさを増した様子を、恋次は蚊帳の外にいるような気分で眺める。
大の男二人は窮屈なんじゃなかったのか、と先ほどの一護の言葉に反論しながらも、そこに加わろうとはせず、恋次は静かに待っていることにした。
こうして彼らと過ごせば、少しは気分が変わってまともに頭もはたらくようになるかもしれない。大人しく厚意に厄介になることにして、こういうときは気分を変えてみるのも大事だろう、と己を納得させた。
―――それが、だいたい数刻前のことである。
「そら恋次、貸せ。それで最後だ」
「……おう」
食器の後片付けのために、恋次の持った空の器を受け取るべく手を差し出してくるのは別にいいのだが、その目がまるで獲物を仕留める鷹か何かのようなものであることが恋次に嫌な予感を抱かせる。そしてそれは、残念なことに間違っていなかった。長年の付き合いは伊達ではない。
「さて、それでは、こうして場も整ったことだし、そろそろ吐いてもらうぞ、恋次」
「………なにを」
すっかりと綺麗に片付いたテーブルを挟むように腰を下ろした恋次は、ぎくりと肩を揺らす。そうっと視線をルキアから逸らしたが、そんなことで手を緩めてくれるような相手ではないことは、何を隠そう誰よりも恋次がよく知っていた。
「なにを、だと? たわけ! そのしょぼくれた犬のような為体はどうしたと聞いておるのだ! さっさと吐かんか莫迦者!」
「………」
予想通りと言えば予想通りの言葉に、恋次は首を竦めつつも苦笑を漏らす。だよなあ、と勝手に納得して、心の中でつぶやいた。そうだ、わけも聞かず放っておいてくれるほど、彼女は自分に冷たくない。
「石田が、自分が帰るまで聞き出すのは待てと言うから、こんな夜になるまで黙って待っていてやったのだぞ!」
「石田が…?」
ルキアの言葉に、恋次は驚いて目を見開く。ぱっと一護の方を見やると、無言のうなずきが返された。
―――見抜かれてた、のか
道理で、帰り支度が早かったはずである。明日も早い時間の講義があるから、などと言っていたが、恋次を気遣ったゆえの行動だったのか。申し訳ない気持ちになって、恋次は項垂れる。
しかし、断っておくが、彼に話すのは嫌だとか、信頼していないとか、決してそういうことではないのだ。
ルキアからすれば恋次の悩みは兄のことだし、そのルキアと付き合っている一護からしても白哉の話は身内ごとに含まれるだろうが、石田にとっては何の関係もない話だ。しかも男同士の話なんて、聞いていて何も嬉しくないだろう、と。そんな風に思って、つい、躊躇いを覚えただけなのだ。
そうは言っても、こんなところまで引き摺られて来なければ、そもそもルキアや一護にも話すつもりはなかっただろうが。ここまで来ると、もはやどう躱しても逃げられないのではないかと思わされてしまう。
「ったく、おまえも頑固だよなあ」
ルキアの横に腰を下ろした一護も、呆れたように笑いながらさっそくルキアに加勢をした。……やはり、これはどうも誤魔化せそうな雰囲気ではない。
「白哉と喧嘩でもしたとか?」
「…喧嘩なんかできると思うか?」
「……歯が立たなさそうだよな、おまえが」
「わかってんなら聞くなよ」
はあ、とため息をついて、それから恋次は改めて二人を見やる。
強引だったり、怒ったり、からかったり、笑ったり。それでも、二人の目には同じように純粋に恋次を案じる色があるものだから、まったくその目は反則だと恋次は心の中で嘆息した。
「それで、今度は何をやらかしたのだ」
「何もやらかしてねーよ。つうか今度はって何だよ、それじゃまるで俺がいつも何かやらかしてるみてーじゃねえか」
「あながち間違いでもなかろう。貴様がまたしても兄様の前で粗相をしたのかと思ったのだが、違うのか?」
「違えよ。むしろどっちかっつーとやらかされた方だっつの」
売り言葉に買い言葉のような流れでうっかりと口を滑らせてしまったことに、恋次はハッとして慌てて口を閉ざす。しかしすぐに、いや、と心の中で否定に走った。あれは果たして、やらかした、と言うのか……?
慌てているのは恋次だけで、白哉は終始静かであったように思える。それこそいつも通り、仕事の話をするかのような落ち着き振りで、それがまた恋次の混乱に拍車をかけたのだ。どこからどう見ても、あれは明確に恋次に伝えることを目的とした台詞だった。そもそも、勢いで口を滑らせるなどという、まるで恋次のような不手際を彼の人がしようはずもない。
「で、白哉が何やらかしたって?」
兄様に限ってそのようなことがあるものかと、まだ内容も聞いていないのにすかさず反論するルキアを抑え、今度は一護が代わって尋ねてくる。……俺だってまさか、あの人の口からあんな台詞を聞く日が来るとは思ってなかった。
「…やらかしたっつーか……」
「ンだよここまできて歯切れ悪ィな。観念してさっさと言っちまえよ」
敵を追い詰めたときのような発言をする一護に、恋次は口をへの字に曲げてううむと唸る。そうは言われても、正直なところ、何をどう言えばいいのかわからないのだ。ひとりで抱え込んでないで相談しろと言ってくれるのはありがたいのだが、そもそもこれは相談するようなことなのだろうか。
「だから、その……」
「あーもー焦れってえな! 振られたのか?! 振られてねえのか?! どっちなんだ?! はっきりしろ!!」
「うおっ?! あ、いや……」
とうとう我慢の限界を迎えたのか声を張り上げる一護に、恋次は驚いて肩を跳ね上げる。そして、そのままうっかりと口を滑らせた。
「ふ、振られ、てはねえ。つか、その逆……」
「逆?!」
「お、おう…」
「待て恋次! 逆とはどういうことだ?! まさか貴様、兄様からご返答いただいたのか?!」
「た、たぶん…」
「たぶん?!」
一護とルキアの凄まじい勢いに押され、恋次は文字通りたじたじになりながらも何とか答える。
「どういうことだ説明しろ恋次、いったい兄様は何とおっしゃったのだ。というか多分とは何だ多分とは」
相変わらず手の早いルキアに思いきり胸ぐらを掴まれ、がくがくと遠慮なく揺さぶられた恋次は、止めろと言うのは早々に諦めて答えに徹することにした。
「いやだって、すげえ突飛で……」
「だから何つったんだよ白哉は」
ルキアに加えて一護までもが物理的に詰め寄って来るものだから、恋次はとうとう、ええいままよ、と悩みの種を白状することとなった。
「………む、婿に…来い、って……」
「…………………」
「…………………………」
瞬間、まるで時間が凍結したかのような錯覚に陥りそうになるほどの沈黙が落ちる。見事に固まった二人をちらりと見上げ、しかしすぐに恋次は居た堪れなくなってさっと視線を逸らした。
「………………は?」
ぽつり、と。沈黙をわずかに壊したのは誰の声だったか。そして、一瞬にして先ほどの何倍もの騒音が部屋に響き渡る中、恋次は何があったのかを洗いざらい吐かされる羽目になったのだった。
「………え――――っと……ひとついいか?」
何とも言えない空気の中、一護がおそるおそるといった態で口を開く。もはやどうにでもなれな精神の恋次は力無く応えた。
「……もうなんでもこいよ……」
「尸魂界って同性で結婚できんの?」
「できねえよ…」
たぶん、と恋次は心の中で言葉を添える。
恋次の中の常識では、できない。……はずだ。だからこそ、あれだけ想いを隠そうとしていたわけだし、その想いを伝えることをおおっぴらにしたいまでも、どこか一歩引いた気持ちでいるのはそういう理由があるからでもある。
それなのに。
『――――恋次』
―――あのあと。衝撃の言葉を、受けたあとに。
恋次は、白哉からその言葉の意味するところを聞いた。
短く、ただ簡潔に。
あらゆる貴族と談判し、おまえを伴侶とすることを認めさせたと。
それでも、受けるか否かは、おまえの自由だと。
いつも通りの口調で、まるで仕事の話でもするかのようにあっさりと、そう言い残して白哉は執務室を去って行った。
そういったわけで、ひとり残された恋次は、いまに至るまで困惑を極めているのである。
これにはさすがのルキアも言葉を失ったようで、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かだった。その代わりというように、黙り込んだ恋次に引き続き一護が尋ねてくる。
「……けど、何でそれで落ち込むんだよ。悪い返事じゃねえんだろ?」
「それは……」
一護の言う通り、傍から見れば、これは恋次にとって喜ばしい返事だったはずだ。あまりに突飛だったが、その答えの意味は『是』である。普通に考えれば、嬉しくないはずがない。しかし確かに、嬉しいとか、そういう感情は、いまの恋次の中にはなかった。現実味がない、困惑している、というのもあるだろう。
男が男を、というのは、たしかに尸魂界では珍しいことではない。むしろ、護廷隊内では割と一般的と言ってもいい。だが、それは、あくまでも恋次のような者が住まう世界の話だ。由緒正しい家に生まれ、同じく由緒正しい家から妻を娶り、血脈を繋いで、伝統と掟を遵守しながら生きる―――そんな世界の住人には無縁の話だろう。
しかも、あの人はただの貴族ではない。あらゆる貴族の頂点に君臨する四大貴族の筆頭―――朽木家の、さらには当主である。そんな人が、まさか、流魂街最下層の生まれの、しかも男を、己の伴侶に迎えるなど。とてもではないが、傍から見れば正気の沙汰ではないのだ。
ぽつり、ぽつりと、恋次が如何に白哉の発言が突飛であるかを語ると、やがて一護はちらりとルキアに視線を移す。そして、ルキアがその通りだとうなずくのを見ると、恋次に視線を戻して実にあっさりと言った。
「それなら、確かめてみればいいんじゃねーの?」
「……は?」
言われた意味がわからず、恋次は困惑のままに言葉を漏らす。それを見た一護は、だから、と言葉を付け加えて再度言った。
「そんなに気になるなら、白哉が何考えてそんなことになったのか、確かめてみればいいじゃねーか」
「確かめる…ったって、どうやって……」
まさかこんな状態で、本人に聞けと言うのか。冗談じゃないぞ、と恋次は顔を顰めたが、一護の提案は恋次の予想したものとは違うものだった。
「ほら、おまえ、前に俺に歌のこと聞いてきたときに、京楽さんが白哉と一緒でいま隊にいないって言ってただろ? だったら、あの人なら何か知ってるんじゃねえのか?」
軽い調子で告げられた言葉に、恋次はゆっくりと目を見開いた。……言われるまで、考えつきもしなかったのだ。
白哉は貴族らに談判したと言っていた。そして、京楽が白哉と共に出席していたのは、貴族の会合。それも今回だけの話ではない。最近妙に多い、と六番隊の面々と話していた通り、その頻度は不自然に思えるほど増えていたのだ。そこへ追い打ちをかけるかのような、総隊長の連日の不在。七緒が走り回って調整をしなければならないほどの影響を出しながらも、京楽は隊を空けた。
―――まさか
恋次が顔を上げると、一護はどうだと言わんばかりの顔をしていた。恋次は思わずぱっと顔を逸らすと、もごもごと口の中で言葉を転がす。しばらくそうやって視線をうろうろとさせていたが、やがて、二人を見上げるようにちらりと視線を上げると、ぼそぼそとした声音で言った。
「その……、一護、ルキア。……ありがとな」
ルキアと一護は少し驚いたような顔になり、お互いに顔を見合わせる。恋次は何だか居た堪れなくなって目を伏せたが、しかしそんな雰囲気も、幼馴染の激励の籠った言葉によって一瞬で霧散した。
「……まったく、なにを殊勝な顔になっておるのだ、気持ち悪い! やることがわかったのなら、さっさと行って来んか!」
「え、いまから行かせんのか?」
唐突な空気の変わりように微妙について行けていない一護が、予想外とばかりに声を上げる。対してルキアは当然だとばかりにうなずき返した。
「思い立ったが吉日と言うではないか! 定時は過ぎているが、なにせ何日も隊を空けたあとだ、おそらく残業でまだ隊舎にいらっしゃるだろう」
「スパルタだな…」
一護は乾いた笑い声を立てながら、恋次を顧みる。
「どうする?」
俺はどっちでもいいけど、と言いながら尋ねてくる一護に、恋次はその気遣いに礼を言いつつも、ゆっくりと立ち上がった。……まったく、ほんとうに、思い立ったが吉日、だ。非番の今日を逃せば、このあと時間が取れる保証はない。
「行ってくる」
「そっか」
「悪いな、世話になった」
「おー。今度は白哉も連れて来いよ。キムチ鍋してやっから」
「それ絶対辛いやつじゃねーか。嫌だよ」
にやりと笑って冗談を言う一護に、恋次もまた笑いながら軽く返す。そして、義骸を脱いで霊体に戻ると、二人にひらりと手を振って、窓から部屋を後にした。
恋次の開いた穿界門の光が消えるまで、一護とルキアが窓から見送っていたことには、気がつかなかった。