かたしぐれ ― 片時雨 ―
「……で、なんでおまえら俺ん家にいるわけ?」
いつも通りの大学からの帰り、誰もいないはずのアパートの扉を開けた瞬間、待ってましたとばかりに仁王立ちする少女とその幼馴染に「おかえり」と出迎えられて、一護はぽかんとして言った。
そりゃあ、ルキアが一護の元に遊びに来るのはしょっちゅうのことだが、二人揃って連絡もなしに突然やって来るのは、一人暮らしを始めてから初のことだ。死覇装でないところを見るに、どうやら義骸のようなので、緊急任務というわけでもなさそうだが…。
「いや…その……俺も何が何だか……」
無理やり連れて来られでもしたのか、恋次は困惑した顔で歯切れ悪くそう答える。一護が視線をやると、何故か首を竦めてすっと目を逸らされてしまった。確かに驚きはしたが、急に来て悪い、なんて今更言われるような間柄でもなし、妙に居心地の悪そうな様子に、一護は何かあったのかとルキアの方を見やる。
対してルキアは、恋次とは真逆にまるで自分の家にいるかのような堂々とした態度で、親指でビッと恋次を指差しながら告げた。
「たまたま今日は私と恋次の非番が重なってな。此奴があんまりにも情けない顔をしておるものだから、連れて来たのだ」
どうやら、無理やり連れて来られたという推測は合っていたらしい。一護は改めて恋次の顔を見やると、おそらくその原因であろうと推測される人物の名を口にした。
「何だよ、白哉と何かあったのか?」
「ッ、いや、その……」
「あったんだな」
基本的に、恋次が大事にしているのはルキアと白哉だ。思い悩むのもこの二人に関することがほとんどである。そのうちのひとりがここにいるのだから、元気のない原因はもうひとりの方だろう、との一護の予想は見事的中したようで、嘘の下手さは折り紙付きである恋次は誤魔化しきれずに項垂れた。
「まあいいや。おまえら、今日泊まってくのか? 見りゃわかると思うけど、実家じゃねえんだから狭いぞ、うち」
とりあえず詳しい話を聞くのは後にすることにしよう、と一護はこの場では言及せずに、質問を放り投げながら台所へと向かう。冷蔵庫を開けると、案の定、急遽来た客人二人分の夕飯を賄えるほどの食材は残っていなかった。今日は適当に残り物を片付けて、買い物は明日する予定だったのだ。
「いや、俺は帰るけどよ…。明日仕事だし」
相変わらず覇気のない声で返事が返ってきて、そんな様子を見てそのまま返せるか、と一護は心の中でため息をつく。おそらくは、ルキアもまた同じ気持ちなのだろう。恋次を何とかするのに一護の手も借りたい、というわけか。
「なに? 帰るのか? せっかくなのだ、貴様も泊まって行けばよいだろう。別に現世から出仕したところで何の問題もないぞ」
ルキアが意外そうに言うと、恋次は少し目を見開き、それからぽんっとルキアの頭を撫でると、どこか呆れの混じった口調で穏やかに笑った。
「ばーか。ンな野暮じゃねえよ」
「…………」
そんな様子を、一護は何とも言えない心地で眺める。
今回ルキアが一護の元に来たのは、決して一護に会いたいからなどという可愛らしい理由ではなく、何かあったらしい恋次のためだということを、果たしてこの男はきちんと理解しているのだろうか。ルキアが、悄然としている恋次をひとり帰して、それで自分は一護と楽しく時間が過ごせるような器用な性格ではないことくらい、一護よりもずっと一緒にいた時間の長い恋次の方がよくわかっているだろうに。
「なーにを大人ぶっておるのだ! まったく貴様は、私と一護に心配ばかりかけおってからに! 朝も昼も心ここに在らずといった態で、食事もまともに取れぬくせに何を言うか」
ルキアは、恋次の気遣いを遠慮なく叩き落とし、その両頬をつまんでみよーんと引き伸ばしながら、呆れたように声のトーンを上げる。もはや見慣れた距離の近さには何も言うまいと思った一護だったが、ルキアの発言の内容は少しだけ気になった。
「なに、おまえら、朝から一緒にいたのか?」
「ん? ああ。非番が重なる日は、お互い誰かと用事でもない限り大体一緒にいるからな。まったく、私が引き摺ってやらねば朝餉も摂らずにぼけっとしておるのだ此奴は! 一護からも何とか言ってやれ」
さも当然のように返され、これは聞かない方がよかったかもしれない、と乾いた笑い声の下で後悔しつつ、一護は実に複雑な想いを込めて応えた。
「……仲が良さそうで何よりだよ」
正直な感想を漏らすと、ルキアは、そういうことではない、と求めていたものと違う言葉だったことに不満そうな顔をする。そんな顔をされても、と一護はそっと視線を逸らし、これは別に自分の心が特別狭いわけではない、と心の中で独り言い訳を零した。
ふと、君も苦労するなあ、と野次馬根性全開でにやにやと笑う眼鏡男の顔が浮かんできて、一護は自分の想像であることを忘れてうっかり本気でむっと腹を立てる。それから慌てて我に返り、ぱぱっと頭の中から友人を追い払った。
そして、追い払ったあとで、はたと気づく。
―――そうだ
せっかくだし、と思いついた案を採用することにして、一護は台所から出て来ると、玄関先の床に置きっぱなしにしてきた鞄をごそごそと漁り出した。
「一護?」
不思議そうなルキアの声を横目に、一護は鞄の中から携帯を取り出す。ちょっと待ってろ、と片手でルキアたちを制しながら、おそらくそろそろ講義が終わった頃だろうと思われる友人へと電話をかけた。
「あ、もしもし」
タイミングが良かったのか、電話は数コールで繋がった。
「石田か?」
『僕以外の誰が出るんだい』
「うるせーな。一応確認だよ。授業終わったか?」
『いま終わったところだけど』
「お、よし。それじゃ、今からうち来ねえ? 恋次とルキアが来てんだ」
相変わらず可愛げのない返事ばかり寄越す石田に言い返しつつも、一護はさっそく誘いをかける。途中までは一護の対応を面倒そうにしていた石田だったが、最後の来客の名前を聞いた途端に態度が変わった。もちろん、わかった上でやっているのだが。
『…………まあ、今日は特に用事もないし別に構わないけど』
たっぷりの沈黙ののち、如何にも仕方がないといった態で答えた石田に、素直じゃねーやつ、と心の中で笑いながら、一護は了解の返事を返した。
「それじゃあ、悪ィけど来る途中で買い物頼むわ。実はもう冷蔵庫にほとんど何もなくてよ。ほんとは明日買いに行くつもりだったんだけど」
『……君、もしかしなくてもそれが目当てだろ』
「いいじゃねーか、おまえも久々にあいつらに会えるんだし。ほら、前にチャドと井上呼んでやったやつ、あれまたやろうぜ。四人だしちょうどいいだろ」
『まったく……仕方ないな』
「助かるぜ。あ、食材は任せるから」
『はいはい。辛くないやつね』
面倒そうな返事をしつつも、付き合いの長い一護からすれば明らかに機嫌の良くなった声に笑いを堪えつつ、一護は電話を切る。
そして、ぽかんとしているルキアと恋次を振り返ると、にっと笑って言った。
「つーわけで、鍋パしようぜ」