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かたしぐれ ― 片時雨 ―


 
「ご…ッ、ご冗談でしょう……っ?!」

 開口一番に飛び出した文句に、だよねえ、と京楽は心の中で笑った。あんまりにも予想通りすぎたものだから、つい笑えてしまったのだ。まあ、自分たちの尺度でしか物を測れぬ貴族らにしては、なかなか反応が素早いと褒めてやったほうがいいのだろうか。

「冗談などではない」

 京楽よりも上座に位置する場所から、淡々とした声が部屋に響く。本人にはまったくそのつもりはないのだろうが、貴族らの心を見事にへし折るかのような威圧を纏った声音に、京楽はさらに笑いを堪える羽目になる。ぱちりと目が合った正面の少年は、京楽のそんな様子を見て少しだけ笑い返してきた。さすが、あの夜一の弟なだけあって、意外と肝が据わってる。

 ざわっ、と細波のように広がる波紋を意に介することもない白哉の態度に、見事なものだと京楽は関心した。今回の計画を立てるにあたり、京楽と夜一に面白おかしく揉まれては感情豊かに不機嫌を顕にしていたのが嘘のようだ。まさに銀嶺の教育の賜物だろう。

 京楽を巻き込んだ夜一と白哉の大騒動計画の発案からしばらく。上級貴族らが勢揃いするこの数少ない会合の場で、普段ならば強大すぎる発言力ゆえに式辞と答辞を除きほぼ沈黙を通すはずの白哉は、挨拶もそこそこにそれこそ爆弾のような一言を投じたのだ。

『―――阿散井恋次を、私の婿に取ると言ったのだ』

 幻聴かと慌てる貴族らに聞き返されても、白哉はさも当然の理を述べるかのような口調で繰り返すだけ。

 遠慮の欠片もない堂々たる発言に、列席した貴族たちはすでに頭が追いついていないのか、呆然としている者もちらほらと見かける。夜一仕込みの先制攻撃は上手くいったようだと、京楽は援護に回るタイミングを見計らった。

 正気か、と尋ねる声がないだけ、どうやらまだ分別は残っているらしい。四大貴族筆頭の当主に向けて迂闊に言葉を誤れば、それこそ文字通り首が危ないというものだ。単なる上級貴族の一角に過ぎない京楽が白哉にあれだけ好き放題に言えるのは、護廷隊隊長格の肩書きはもちろんだが、偏に幼少期からの付き合いあってのことだった。

「そ…っ、そのような、前代未聞な……」

 わなわなと震えながらもようやく思考が回るようになってきたのか、途切れ途切れに声が上がり始めるのを見届けると、京楽はふっと笑って口火を切った。

「―――いやあ、それが、前代と恐れていちゃあ、とてもじゃないけど間に合わないんですよねえ。この尸魂界の復興は」

 唐突に部屋に響いたよく通る声に、列席者たちの視線が一気に白哉から京楽へと移される。元から奇異の目はちらちらと向けられていたため、混乱に乗じてその意識を掻っ攫うのは容易なことだった。

 そもそも、京楽の生まれは、この上級貴族らの中では良くて中堅といったところである。しかし、現在京楽が座しているのは白哉の隣り。対面する四楓院家当主の夕四郎に次ぐ列順だった。明らかに地位と位置が合っていない。いままで貴族界のことは白哉に任せっぱなしだった護廷隊の総隊長が、わざわざこのような会合に顔を出すということで驚かれたことも含め、不自然すぎる京楽の存在は初っ端からすっかり浮いていた。当然、京楽も白哉も、そしてこの場にはいない夜一も、わかった上でわざとこの配置を仕組んでいる。

「どうも。すいませんねえ。ここからは、京楽家の代表としてではなく、護廷隊の総隊長として、ちょっと話させてもらいますよ」
「ど、どういうことだね」

 なぜこのタイミングで京楽が口を開いたのかがわからないのだろう貴族のひとりが、まだ整理のついていない頭で尋ねてくる。

 京楽はにっこりと笑って答えた。

「今回の話は、僕からの頼みでもあるんですよねえ。護廷隊にとって、そしてもちろん皆さんにとっても、大いに利益のある話なんですよ」

 利益がある、という言葉に素早く反応を示す目の動きに、これだからこの世界の住人は好きになれないと、京楽は心の中でため息をつく。とはいえ、そんな様子は噯にも出さない。

「先の大戦により、護廷十三隊の隊士のおよそ八割近くが殉職し、いま護廷隊は未曾有の人員不足に直面しています。これまでは破壊された瀞霊廷の復興を優先してきたため、この問題を解決する暇がありませんでしたが、壊滅状態とまで言われた瀞霊廷もようやく落ち着きを取り戻しつつある。そこで次に解決すべきは、護廷十三隊創立以降最大規模とも言える死神不足の現状……となるわけですよ」

 唐突に始まった護廷十三隊の内情の話に、誰も彼もが顔を見合わせ困惑の波を広げているのを、京楽は外向き用に貼り付けた笑顔の下でじっと油断なく見渡していた。

「死神の不足は、いまや護廷隊のみならず尸魂界における深刻な問題。早急に後進を見つけ育てる必要があります」
「そ、そのようなことは、我々とて承知の上―――」
「いやあ、それは話が早く進みそうでありがたい」

 反論をにこやかに遮り捩じ伏せると、京楽は再び言葉を続ける。

「貴族と拘らなくても、素質のある原石なら、流魂街にも多くいるんですけどねえ……残念ながらそれをこちらから見つけ出すのは至難の業だ。だけど我々には向こうから来るのを待っている余裕もない」

 京楽のように、貴族の子息が護廷十三隊に入隊する例は少なくないし、血統を重んじ守り続けてきた彼らは確かに霊圧がそれなりに高いことが多い。白哉や夜一のような、特別に大きな霊圧を有し代々護廷隊や刑軍に身を置くことを生業としてきた四大貴族は例外としても、護廷十三隊のうち貴族と名のつく者が占める割合は、決して少ないものではなかった。

 だが、常に死と隣り合わせであることを求められる護廷隊に、安穏とした保守を第一に考える貴族が入隊を希望する数は年々減少傾向にある。そこには、先のユーハバッハとの戦闘により甚大な死傷者を出したことも大きな要因となっていた。創立当初から随分と長い年月を経て、平和の中で次第に不動であるとどこかで信じられてきた護廷十三隊が壊滅状態に追い込まれた様を見て、それでもなお入隊を希望する気概のある者など、貴族の中には皆無に等しかったのだ。

 そしてそれは、護廷十三隊を立て直すにあたり、もはや死活問題と言っても過言ではない段階にまで深刻性を増していた。このままでは、不足した人員を補填するどころか、今後の護廷十三隊の存続をも危ぶませるような状態なのだ。

「そこで、死神になり得る人材の発掘及び獲得のために、いままで看過されてきた流魂街の貧困や治安を見直して、きちんと整備することによって、我々は迅速に把握が可能となる体制を整えようとしています。特に最下層付近は我々の把握を完全に逸脱した場所だ。原石がいくら居てもおかしくない」
「な…っ、さ、最下層などと、そのような野蛮な出身の者から、栄えある護廷十三隊の隊士を見繕おうと言うのか」

 ぎょっとしたように目を見開く男を、京楽はすうっと据わった目で睨める。ひいっと上がった悲鳴に対して、低い声で言い放った。

「―――あんたたちが護廷隊を支える気がないのはわかってるんだ。貴族が当てにならないのに、他にどこから調達して来いと?」

 わずかに凄みを増した京楽の声音に、反論しようと意気込んでいた者たちは揃いも揃って怖気づき、さっと目を逸らしてはその気を失くしていく。それを確認すると、京楽は「それじゃあ、話を進めますけど」と何事も無かったかのように話を戻した。

「この人材発掘の役目は、流魂街出身―――それも有数の無法地帯の出身者が適任になる。向こうの情勢をよくわかっているし、何より流魂街の者たちの心を見抜く術も心得ていますからね」
「じょ…ッ、冗談ではないぞ! そのような無法地帯の者どもを、同じ野蛮な者どもに任せろと言うのか。そのようなことをすれば、必ず良からぬ事件が起きるに決まっている!」

 やっと黙ったかと思えば、すぐにぎゃあぎゃあと騒ぎ始める連中に、京楽はうっかり余所行きの顔が剥がれそうになり、ふう、と静かに息を吐く。傍からは何の変化もないように見えるだろうが、こう見えて自分は意外と心が狭い。まあまあ、と宥めてくれる親友がいないのが実に惜しいことだ。

 そうは言っても、もし彼がこの場にいたら、その実直な性格ゆえに十中八九自分より先に怒り出していたと思うが。

 そうでしょうねえ、と京楽は表面だけで相槌を打つ。自分のこういった掴みどころのない性格を白哉や夜一らは買ってくれているのだから、気に入らなくともいまは十分に役立てねば。

「確かに不安で心許ないでしょう。僕もまったく知らない流魂街出身者にすべてを任せるというのはやはり躊躇う。―――そこで、彼ですよ。阿散井くん」

 ここで、白哉が先ほど口にした男の名が出てきて、貴族たちの中の何人かは京楽がこれから告げる言葉を予測できたのか、ハッと得心のいった顔をした。

「貴族の筆頭である朽木隊長と懇意で、副隊長として彼は朽木隊長の制御下にあります。それだけではない繋がりも。信頼は十二分にあります。それに、朽木隊長が彼を自分の伴侶として正式に迎え入れたら、彼の名義は貴族。この一大事業に携わるに相応しい肩書きができる」
「し、しかし、男を伴侶になど、先例が……」
「それを言うなら、僕の副隊長が二人っていうのも先例がないことですけどね、別に問題なくやってますよ。そもそも、いままでが先例のないこと続きだったんだ、それに対応するために、先例にないことをひとつやふたつする程度で躊躇っててどうします?」

 上手い具合に丸め込まれ、ぐっと言葉に詰まる面々に、京楽はにこりと笑う。そして、追い討ちをかけるかのように言葉を続けた。

「それに何より、彼を当主の伴侶に迎え、この仕事を任せるとなれば、朽木家もこの件に関して投資は惜しまないそうですよ。何せ身内の話になるわけですから。どうです? 魅力的な話でしょう」
「…!」

 瞬間、ぱっと目の色を変える貴族らに、京楽は笑顔を崩さぬように維持しながらも呆れたようなため息を心の中で吐く。もちろん気持ちはわかるし、それを狙っての発言ではあるのだが、あまりに露骨すぎて正直気分は良くない。

 常に中立を維持し、家を動かすことの滅多にない朽木家だが、その資産は尸魂界最大級と呼ばれるほどのものである。当主である白哉の個人資産だけでも、その規模は計り知れない。それが利用できるとあっては、保守派が目をつけないはずがなかった。金銭も人員も、労せずして護廷十三隊を立て直せるのであれば、こちらが提示する条件など彼らにとってはあってないようなものだろう。護廷十三隊の存続が危ぶまれれば、彼らもまた己を守る堅固な盾を失い、大いに不利益を被ることになるのだから。

「阿散井副隊長は、朽木隊長と同様に霊王宮にも招かれ研鑽を詰んだ死神。たとえ流魂街下層の出身と言えども、その存在はすでに霊王様や零番隊の各面々も十分に認めるものです。彼を杜撰に扱うより、彼の活かせる場所で活躍してもらった方が、僕らとしては大いに利のある話だと思いますがね」
「………」

 とどめの一撃のつもりでそう告げ、部屋にしん……と沈黙が落ちたことを確認すると、ようやく京楽は口を閉じた。

 ここで、それなら白哉の妹であるルキアに婿として取らせればいい、という話の流れにならないのは、予め想定済みだ。

 彼女は表向き、白哉が亡き妻の面影を見て家に迎え入れた少女、ということになっている。ルキアが白哉の妻の緋真の実の妹であるということは、護廷隊の面々を除けば朽木家に仕える者たちしか知らないのだ。
 そのため、貴族の側からしてみれば、朽木家の血を引いておらず、誰かの配偶者として家に入ったわけでもないルキアには、価値がない。白哉の気まぐれひとつであっさりと力を失う、無価値な存在だと思われている。こういった会合などにも一切顔を出さないため、もはや居ない存在としてさえ扱われていた。

 そして当然、白哉はそれを承知していた。

 ルキアが自分に多大な影響を及ぼす存在であるということを、白哉は敢えて隠している。そうしなければ、白哉に取り入ろうとする輩から、ルキアがちょっかいをかけられることが目に見えていたからだ。そのせいでルキアを妹として迎え入れた当初は彼女への接し方に困り、大切に思いながらも突き放したような距離になってしまったのは、不器用ゆえのご愛嬌、といったところだが。

 それに、京楽はここまで、白哉だからこそ恋次を制御できる、といった話口調で話を進めてきた。公の貴族の会合にも当主として顔を出し、その実績や実力を知る者たちからしてみれば、不安分子はぜひとも白哉の制御下に置いておきたいと考えるはずだ。もともと男が男を情人に持つなど珍しくない世界だし、白哉が彼に執心することで得られる利益は彼らにとっても申し分ないもののはず。護廷隊の問題を上手いこと利用した、と言うと聞こえが悪いが、まあ、結果良ければすべて良しということにしておこう。

「し、しかし、その……朽木様は、当主の身であらせられる。であれば、いずれは後胤なども……」

 おどおどとしながらも、悪足掻きのようにも聞こえる反論を受け、京楽はちらりと白哉の方を見やる。そして、白哉が、自分が引き受けると小さなうなずきをひとつ返してきたのを認めると、京楽はすっと口を閉じた。

 最初の発言以降、話を京楽に任せていた白哉が口を開くとあって、再び部屋に静寂が満ちる。否、と短く断じた白哉に、貴族たちの視線が集中した。

「―――あれは、私の副官だ。其の方らも知っていよう。隊長と副隊長であることの意味を」

 その声音は、常の淡々としたものではない、凄絶としたものだった。

「ともに生き、ともに死ぬ。あれが死ぬときは――――私の死ぬときだ」

 常人には耐え難いほどの、ぞっとするような凄みを帯びた白哉の瞳と声音に、京楽と夕四郎を除いた面々は縛道にかかったかのように硬直する。霊圧が数倍にも跳ね上がったかのように錯覚させるこの威圧は、幾度となく死線を掻い潜った歴戦の猛者ゆえの独特のものだった。

 以降はない、彼以外を選ぶ気もない、と堂々と断じた白哉の気迫に圧されるように、広がる沈黙は重苦しさを増す。とは言っても、同じく護廷隊に身を起き刀を取る身である京楽にとっては慣れたものであるため、あくまでも肌で感じる雰囲気からの推測でしかないのだが。

 夕四郎などに至っては、表情にこそ出さぬよう堪えているものの、きらきらと崇敬する眼差しを惜しげもなく白哉に向けている。言葉にすると、かっこいい…!とでもいったところか。ちょうどそれは、白哉の妹が兄に向けるものとよく似ていて、なるほど、と京楽は白哉が彼に弱い理由を察した。

「…―――し、四楓院様は、どうお考えになりますか」

 ぽつりと、続いて沈黙を壊して告げられた言葉の矛先は、京楽ではなかった。ぱっと京楽が目の前に座る夕四郎を見やると、にやりと笑みが返される。その顔は、驚くほど姉である夜一にそっくりだった。

「四楓院家の名において、この件を支持すると表明しよう」

 できるだけ尊大な口調で言うのじゃぞ、という姉の言いつけを忠実に守り、白哉くんを参考にするといいよ、という京楽の助言をしっかりと活かして、実に堂々たる様で夕四郎が言い放ったのを受けて、再び部屋にざわめきが起こった。

 四楓院の名において、ということは即ち、これは当主である夕四郎個人の裁定ではなく、すでに四楓院の名を冠するすべての者が同意した上での表明であるという宣言に他ならない。つまり、四楓院家ははじめから朽木家の同志であったことを暗示しているのだ。四大貴族の一角、そして天賜兵装番の異名を持つ四楓院家が正式かつ全面的に朽木家を支持したとなれば、上級貴族が何人寄って集って反対しようがもはや意味を成さぬに等しい。

 この場に首を揃えた面々の誰もが、沈黙を余儀なくされた。


 かくして、白哉、夜一、京楽、そして夕四郎をも巻き込み貴族界を揺るがせた一大騒動は、瞬く間に貴族界に広まった。

 白哉と京楽は、度重なる説得のため緊急臨時会合への列席などをあちこちから要求されつつも、夜一の暗躍という密かな手助けもあり、およそ一年という早さで上級貴族のみならず下級貴族に至るまでの承諾の意を取り付けることに成功した。そして、次に開かれた大規模な会合にて正式な承認を得たことにより、この衝撃の騒動は収束を迎えたのだった。

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