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はなのあめ ― 花の雨 ―

 

「ぜぇ〜〜ったいにおかしいのよねぇ」
「はあ…」

 十三番隊舎に現れるなり、こちらの顔を見て盛大に首を捻る乱菊に、ルキアはどう反応したものかと困っていた。

「何が…でしょう」
「恋次よ恋次!」
「恋次? あやつがどうかしたのですか?」

 意外な名前に、ルキアはぱちくりと目を瞬く。しかしすぐに、いや、そんなに意外に思うことでもないのかもしれない、と思い直した。

 彼女がよく恋次を飲みに誘っては潰れて隊舎まで送り届けてもらっているらしいということは、ルキアも小耳に挟んでいる。あの体躯だし、口は悪いが何だかんだ言って人をほっとけない気質だ。上手いこと利用されている―――と言うのは聞こえが悪かろうが、まあ、そんなところだろう。

 ちなみに、恋次が乱菊に気に入られているようだとルキアに教えてくれたのは浮竹だが、ちょっと寂しくないか?という謎の質問を向けられたことは永遠に胸のうちに留めておくつもりである。

 確かに、普段あまり酒など飲まないルキアは恋次とそういった店には行ったことがないが、それで別段さみしいだの何だの思うことはない。亀裂が入っていた四十年あまりの時間であればそう思うこともあったのかもしれないが、今やお互い非番の日には特に示し合わせたわけでもないのに共に甘味処に連れ立つような間柄である。もう二度と自分と恋次の間に溝ができることはないだろう。

 恋次が、恋次が、と名前ばかり連呼して肝心の本題になかなか入らない乱菊をやんわりと促し、ルキアはあの男が何をやらかしたのか聞き出そうとする。

「昨日、恋次と飲みに行ったんだけど〜」
「はい」
「あ、ちゃんとイヅルもいたから安心していいわよ」
「? はあ」

 何を?と尋ねるとさらに話が進まなさそうだったので、ルキアはそのまま続きを促した。

「あいつほら、副隊長だし、刺青とか目付きとかアレだけど、実は意外と見た目も悪くないし、何だかんだ人のことほっとけない性格だから、意外と女性隊士から人気あんのよね」
「そう…なんですか?」

 あの恋次が?とは思うが、確かに、あの男を選んだという人物がもし目の前に現れたとしたら、きっと自分は、見る目がある、と褒めるに違いない。もちろんそれは心の中であって、現実では「大丈夫か?! あんな男を選んで後悔しないか?!」と言うと思うが。

「そうよ。けど、相手がいると思われてるから、あんまり積極的に行く子は少ないんだけど」
「えっ?! 相手がいるんですか?!」

 ルキアは思わず身を乗り出した。

 それは初耳―――しかも衝撃の内容だ。何だそれは、まったく聞いたことがない。どういうことだ。狼狽えた様子も見せず華麗に私に隠し事とはあの男いい度胸を―――

「何言ってんの。あんたよ、あんた」
「…………は?」

 衝撃の話に続く、さらに衝撃の内容を耳にして、ルキアは見事に固まった。

「傍目から見たらそういう風に見えんのよ、あんたたちの仲の良さは」

 で、どうなの、とにやりと笑みを浮かべて顔を近づけてくる乱菊に、ルキアは慌てて我に返り、ぶんぶんと顔を振った。

「まさか!」
「ほんとに〜? 恋次のこと何とも思ってないの?」
「恋次は……家族です」
「家族ねえ、やっぱり兄弟とかそんな感じなわけ?」
「まあ…はい。そうですね。そうかもしれません」

 兄弟というのもしっくりくるかと言われれば微妙な心地なのだが、他に相応しい形容も思いつかないので、ルキアはとりあえずうなずく。

 流魂街の果ての下層―――犬吊で、肩身を寄せあって、共に生きてきた。きっと家族と呼ぶのが相応しい、けれどそれでもまだ少し足りないような、己の半身のような存在。

 命を懸けあう、絶対の信頼を置く、かけがえのない存在。

 だが、それならば、いつか恋次に誰か唯一無二の存在ができたとして、それを悲しむのかと問われれば、自分は迷いなく否と答えるだろう。悲しむなどとんでもない。きっと誰にも負けぬ心からの祝福を贈れる。わかりにくいだろうが、この男は本当に頭に馬鹿が付くほど良い奴なのだ、だからきっと、選んだことを後悔するなんてことはない、どうか大切にしてやってくれ、と。
 極限まで磨かれた深愛の情が、きっとルキアにそうさせるだろう。

「けどさあ、あんたが相手じゃないとなると、あいつ、浮いた話のひとつもないんだけど、それってどうなのかしら」
「どう、と言うと?」
「恋次も男なんだし、あの子かわいいな〜とか、そういう感情ってないの? あいつが女の子褒めるところとか全然見ないんだけど、ちゃんと興味あるのかしら」
「もともと女性隊士自体少ないからでは…」
「それはそうなんだけどぉ〜」

 乱菊の話をさらりと躱すルキアだが、しかし確かに恋次から女性の話など聞いたこともないので、多少気になるところでもある。そういえば自分はあの男の好みのタイプすら知らない。自分も色恋沙汰にはとんと興味がないせいだろう。

「あーあ、もういっそ直接、巨乳派? 貧乳派?って聞いてみよっかな〜」
「それは関係あるのですか…?」
「何言ってるの! 男にとっては大事なことよ〜?」

 豊満な胸を茶目っ気たっぷりに揺らして笑う乱菊に、どこぞの阿呆に絶壁180度と呼ばれたこともあるルキアは半笑いする。いや別に気にしてなどいないが。決して、これっぽっちも、気にしてなどいない。

「ね、恋次からそういう話聞いてないの?」
「いえまったく」
「…ま、女の子の前でそんな話するようなやつじゃないか。ふぅん、意外とデリカシーあんじゃない」
「そうですか? デリカシーなどあの男には皆無ですよ」
「手厳しい〜」

 けらけらと笑う乱菊に、ルキアは、そういえば彼女はなぜこれほどまでに恋次の恋愛事情を気にかけるのだろう、と不思議に思う。

「あら、ただの野次馬根性よ」
「……そうですか」

 尋ねてみると、いっそ清々しいほどに嫌味のない笑顔と共にそう返された。

 憐れ恋次、いい玩具になっているようだ。相手がいようといまいと、あの男にとってこれほど躱しづらい話題もないだろう。相手が乱菊ともなれば尚更だ。何かしら吐くまでひたすら追求されそうである。

「まあ、あんた以上にあいつが大切にするやつなんて、そういるとも思えないけど」
「…そうでしょうか」

 大切に想われている自覚は、ある。

 だから、その分、大切にしたいと思う。この関係を、あの男を、くれた想いの分だけ―――否、それ以上に。

 そういった話にはとんと疎い性分だが、何なら相談相手くらいにはなれるかもしれない。今までそんな話もしたことがなかったし、いい機会だろうかと、ルキアは己の茶に口をつけながらふと思った。
 
 
 
 

「―――それで、恋次。貴様、惚れた相手などいないのか」
「ぶっ」

 口をつけた茶をあわや吹き出しかけた恋次に、ルキアはすっと目を細めて「汚いだろう」と冷静に指摘する。このくらいの反応は予想の範疇だ。

「な、何だよ急に…」

 なんとか無事に茶を飲み終え、三つ目のたい焼きに手を伸ばしながら、恋次はひたすらに首を傾げていた。ルキアからこのような話題を振ったことなど今まで一度もなかったのだから、その驚きも最もなものだろう。

「うむ。先日、松本副隊長から話を聞いてな」
「はあ? 乱菊さん? どんな?」
「貴様に浮いた話のひとつでもないものかと」
「…あンの人……」

 無事にルキアの発言と数日前の乱菊の振った話が繋がったようで、恋次は大袈裟にも見えるほどに大きなため息をついた。…そんなに嫌なのか、この話題。

「…で? オメーは乱菊さんから聞き出してこいとでも言われたのか?」
「いや? 聞いたのは単に私の興味だぞ」
「はあ? なんだそりゃ。おまえそんなことに興味あったか? つーか、俺の話するまえにオメーはどうなんだ、オメーは」
「む。私のことはどうでもいいだろう」
「よくねぇよ! どう考えたって俺だけ不公平じゃねーか。一護とはどうなんだよ」
「? 何を言っている。なぜそこで一護が出てくるのだ」
「……え、マジで言ってる?」

 恋次は渾身の驚きの表情を浮かべてこちらを胡乱げに見やったが、言っている意味がわからずルキアは首を傾げる。しかし、考えたところでよくわからなかったので、さっさと流すことにした。

「それに、松本副隊長は聞き出すと決めたなら直接聞き出す方だろう」
「ああ、まあ…」
「むしろ私は貴様が無事で済んでいることの方が驚きだが」
「酔ってたからな。それもほぼ潰れた状態で半分寝てるようなモンだったし、寝かせちまえばそんな難しいことでもねェよ」
「ふぅん…」

 いつものことだと言う風な恋次に、なるほど確かに少しばかり寂しいと思わないこともないやもしれんとルキアは考える。親しい間柄だからと気軽に飲みに出かけるなら、一度くらい自分と行ってもよいのではないか。

「随分と手慣れているようだな。やはりよく飲みに行くのか?」
「え? ああ、まあな。飲むの嫌いじゃねぇし、そこそこ」
「ふむ…。思えば、私はおまえと飲みに行ったことはなかったな。どうだ恋次、今度貴様の行きつけにでも案内―――」
「ぜってえ無理」
「なっ…なぜだ?!」

 こうして甘味処にはよく付き合ってもらっているし、まさかそんな即答で断られるとは思っていなかったルキアは、驚いて思わず恋次に詰め寄る。不満げな様子を隠しもせずに頬を膨らませるが、恋次は必死に首を振って否を主張した。

「隊長に殺される」
「……兄様に?」
「当たり前だ! おまえ、あんな酔いどれの巣窟に、ほいほいとオメーを連れて行ってみろ、知られた日には俺隊長に何て言われるか」
「何を言う。この瀞霊廷内に、犬吊より治安の悪い場所があると言うのなら連れて行ってみるがいい。酔っ払いなどに遅れを取る私ではない」
「テメーも酔っ払いになりに行くんだろうが! 危なくて連れて行けるか! だいたいオメー酒強いのかよ?」
「………さあ?」

 付き合いで飲んだことはあるが、あれは上品な酒をお猪口に数杯程度のもの、酒の強さを測れるものではない。特に進んで飲もうともあまり思っていなかったため、思い返して見ればそういった席でしかルキアは酒を口にしたことがなかった。

 よって、どのくらい酒に強いのか、わからない。

 曖昧な返事をしたルキアに、恋次はさらに断固拒否の姿勢を強くした。不覚。嘘でも強いと言えばよかった。

「仕方がない……それならひとまず店に行くのは保留にして、私の家で飲むことにしよう。どの程度飲めるのか検証してやる。それなら文句あるまい」
「いや待て大ありだ、おまえん家だと? 冗談じゃねぇぞ、あんな尸魂界一入りづれぇ場所―――」
「客間は……兄様に許可をいただかなくてはならないが、まあ、貴様ならば大丈夫だろう。もし許可が取れなくとも、そのときは私の部屋で寝れば良いのだし」
「聞けよ! つーかおまえは本気で俺を殺す気なのか?! 隊長に殺された副隊長なんて笑えねえからな?!」
「ぎゃいぎゃい騒ぐな。昔もよくしていたことではないか」
「昔はな! あん時はガキだったからな?!」
「霊術院でも貴様の部屋に泊まったことはあっただろう」
「あれはテメーが俺に講義の内容聞きに来て、眠いっつってそのまま寝ちまったからだろうが…! 不可抗力だ、不可抗力! つーかそれ、未だに吉良に何やかんや言われてんだからな俺、未婚の女性を泊めるなんてうんたらかんたら」
「何? 吉良副隊長は繊細な方だな…」

 癖でそのままにしといたのがいけなかった、と恋次がため息をつく通り、あのときのルキアも恋次の部屋で一晩明かしたことをまずいだの何だのと思う気持ちはこれっぽっちもなく、それどころか恋次の部屋は自分の部屋、という感覚でいたため、吉良に指摘されるまでまったく気がつかなかったのだ。

 霊術院は全寮制。あのとき恋次の部屋から当然のように朝の講義のため出て来たルキアを目撃したのが吉良でなければ、あっという間に根も葉もない噂となって広まり、これだから流魂街出身は、などとひどく叩かれていたかもしれない。

「まあ、あんなんでも、下級とは言え貴族だからな」
「こら恋次、失礼だぞ」
「ダチに失礼も何もないだろ」
「親しき仲にも礼儀あり、だ」

 だが、恋次のこういった階級や身分を気にしない性格が吉良にとっては嬉しいものだったのだろうということは容易に想像がつくため、ルキアはそれ以上咎めることはせず、まったく、と苦笑にとどめる。現に、自分も恋次の昔のままの振る舞いには大いに救われているのだから、実は注意する資格もないのだ。

「…ま、色恋沙汰など、私たちにはとんと縁がない話だな」

 すっかり逸れてしまった話を再び引っ張り出して尋ねる気にもなれず、ルキアはそう言ってこの話は終いだと告げた。そうだろうよ、と恋次が同意を示す。

「まあ、おまえはあってもいいかもしれねえが」
「なぜ私はなのだ」
「…いや、何でもねえ」

 首を傾げると、恋次は少し困ったように笑う。それから、甘味を求めて卓上の皿に手を伸ばしたが、そこが空であると知ると残念そうな顔をした。と、ここでルキアも皿が空であることに気づき驚きの声を上げる。

「あっ! 恋次! 貴様、私のたい焼きも食べおったな?!」
「えっ?! これは俺のだろ?!」
「莫迦者! ひとつは私のだ!」
「聞いてねえ!!」

 途端にぎゃあぎゃあと騒がしくなった二人は、いつも通り言い合って、いつも通りすぐに仲直りをして、追加で注文したたい焼きを一緒になって頬張った。

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