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かたしぐれ ― 片時雨 ―

 
 
 がやがやと騒がしい学内の食堂で、不意にピリピリと電子音が鞄の中から響くのを聞き止め、一護はラーメンを啜る手を止めた。ごそごそと鞄を漁ると、鳴っていたのは、普段一護が家族や友人たちと連絡を取る方ではない―――つまりは、伝令神機と呼ばれる尸魂界からの通信を受け取る方であった。

 パッと画面をつけると、馴染みの名前が表示されている。口元が緩まないよう慌てて引き締めつつ、一護は席を立った。

「黒崎?」

 一護と向かい合うようにして、同様に昼食の蕎麦を啜っていた男が訝しげに顔を上げる。揶揄われないようにと、一護は顔を逸らしながら簡潔に言った。

「悪り、電話。先食っててくれ」
「伸びるぞ」
「しょーがねえだろ」
「……ははあ、朽木さんだな」
「うっ…」

 しかし、そんな努力も虚しく、それほど表情に現れていたのかあっさりと見破られてしまったことに、一護は言葉を詰まらせた。

「それじゃ邪魔するのは野暮ってもんだね。いいよ、どうぞごゆっくり」
「てめえ石田…。そのニヤニヤした顔何とかしやがれ」
「君こそ、そのわかりやす過ぎる顔を何とかしたらどうかな」
「うっせ」

 これ以上話していても揶揄われ続けるだけだと、一護はさっさとその場を離れる。食堂から出た、やや人気のない場所で、鳴り続ける伝令神機のボタンを押した。

「もしもし」
『おお一護か、すまんな急に。少しいいか?』

 聞こえてきた声に、自然と口元に笑みが浮かぶのがわかった。

「ああ」
『…ん? どうかしたのか?』

 ごく普通に返したつもりだったのだが、どうやらルキアはわずかな違いに気づいたらしい。電話越しでまで何故バレるのだろう、と心底不思議に思いながら、一護は苦笑して答えた。

「いや、何でも。さっき、また石田にからかわれただけだ」
『ああ…。確か、同じ学校に進学したのだったか。石田も息災か?』
「まあな。たまには会いに来てやれよ。恋次も一緒に」

 あれでも何かと気にしているのだ。それでもまだルキアのことは一護からしばしば聞いている方だろうが、恋次の近況に至ってはほとんど石田の耳には入らない。本人は認めないだろうが、恋次のことも親しい友人として己のテリトリーの内側に入れ、気にかけているのは明らかだ。せっかくなら二人揃って会いに来てくれると、彼も表面上はともかく喜びそうなのだが。

『む…。私とてそうしたいのは山々だが、如何せん仕事がな……』
「ああ、まあ…。まだおまえンとこ大変なんだっけ……」
『最近はそうでもないのだがな。むしろ私のところよりも、いまは六番隊の方が忙しくて大変だと聞いている。恋次も派手な隈を作っている始末だ』
『ちょ、おい、そういうことは言わなくていいんだよ』
「……ん? おい、もしかして恋次もいるのか?」

 ルキアのものとは違う、しかし同様に聞き慣れた低い声が聞こえて、一護は尋ねる。ああ、と返ってきたのはルキアの高い声だった。

『いまこちらは昼休みでな。一緒にいる。というより、恋次のために貴様に電話したのだ。貴様に聞きたいことがあるそうでな』
『よく言うぜ。一護に聞いてみようっつったのはテメーじゃねえか。俺に託つけて一護に電話でき―――ッ痛え!』
『おっとすまん手が滑った』

 ドゴッ、と派手な音が響き、恋次の声が途切れる。相変わらずだな、とその遠慮のなさが生む仲の良さにまあ多少は思うところもあるが、そのあたりはもう慣れしかないのだろう。隊が違うのに昼休みに一緒にいるのかとか、まあ、色々と思うことはあるが、それはひとまず置いておくとする。

「で、聞きたいことって?」
『うむ。一護、貴様以前、和歌を学校で習うと言っていただろう。だからダメ元で聞いてみたいのだが……』
「ダメ元でって最初から言うなよ…。まあいいや、和歌っつっても、俺が知ってんのなんて百人一首に出てくるようなやつくらいだけど」

 むしろそういったものは石田に聞いた方が良さそうなものだが、何も聞かぬ内から白旗を上げて彼に頼るのも何となく腹が立つので、一護はルキアたちが知りたがっている和歌について知っていることを尋ねた。

『ああ、恋次が一度聞いただけだから、此奴の記憶が頼りなのだが』
「……つーかさ、いま思ったけど、和歌のこと聞くなら俺や石田なんかよりずっと適任そうな奴が恋次の傍にはいるよな?」
『…適任?』

 はて、と首を傾げているような声に、一護は、むしろなぜ思いつかないのだろうかと不思議に思いながら答える。

「白哉だよ、白哉! あいつ貴族なんだろ? だったら、如何にもそういう風流みたいな感じなのに詳しそうじゃねーか」
『………』

 一瞬、沈黙が落ちた。そして次の瞬間、呆れ果てたようなルキアの声が響く。

『……たわけ! その兄様が口にされた和歌の意味を調べようとしておるのだ! 歌の意味を直接本人に聞く馬鹿がどこにいる!』
「いやそれ聞いてねえし…。なんだ白哉が言ったのか……」

 なるほど、彼らが自分と同じ考えに思い至らなかったのは、そういうわけか。とりあえず納得して、一護は話を戻した。

「で? 調べたい和歌って?」
『うむ。ほれ恋次、代われ。ここからは自分で説明しろ』
『へーへー』

 二人の声と共に伝令神機を受け渡す音が聞こえ、ルキアに代わって恋次の声が大きく耳に届くようになる。

『つってもなあ……俺も全部覚えてるわけじゃねえんだよな…。隊長、言いかけて途中で切っちまったし』
「まあ、とりあえず言ってみろよ」

 一護は恋次を促しながら、ポケットからもうひとつの携帯を取り出す。ネット検索の欄を出したところで、再び恋次の声がした。

『なんか、最初は、他人事だからどうのこうのっていう……』
「他人事? 初っ端からまったく知らねえ文句だな…」

 首を傾げながらも、一護は検索欄に『他人事』と打ち込む。

「次は?」
「茂みが何ちゃら……あと、こち?って言ってた気がする」
「東風? あれか、菅原道真の歌に出てくる……」

 その前がよくわからないが、ひとまず『茂み』と『東風』と打ち込み、一護はさらに続きを促した。しかし、返ってきたのは、これ以上はわからないと言う返事。どうやら白哉がつぶやいたのはここまでらしい。

「ってことは、上の句だけか……」
『わかるか?』
「正直俺はさっぱりわからねえ。ちょっと待ってろ、いまネットで検索かけてみっから」

 検索をクリックし、一護は結果を見る。
 しかし、該当する和歌らしき結果は表示されていなかった。

「…んー……ねえな……」
『やっぱダメか』
「ネットはダメだな。ちょっと石田にも聞いてみるわ」

 携帯をポケットにしまい直し、伝令神機を片手に、そのまま一護は駆け足に食堂へと戻る。すでに伸び始めているラーメンそっちのけで、ほとんど蕎麦を食べ終わっている石田に尋ねてみた。

 しかし、返ってきたのは否の答えだった。

「さあ……僕もちょっとわからないな…。というか、和歌なんて、興味がなければ百人一首に出てくるものくらいしか知らないよ」
「だよなあ…」
「井上さんにも聞いてみたらどうだ? 僕たちと違って文系だろう?」
「あいつはダメだ。高校んとき、和歌はよくわかんなくて苦手だっつってた」
「ああ、まあ……進んだの看護系だしね……」
「な。こっそり双天帰盾で治したりもしてんだろ?」
「よくバレないよね。まあ疑う人がまずいないだろうけど」

 進学した大学が違うため会う回数は減っているが、彼女の近況については電話やメールなどで知らされているため、一護も石田も揃って彼女らしいと笑う。

「だけど、それだと他に誰がいるかな……」
「チャドはもっと無理だぞ」
「わかってるよ、そんなこと。ネットの検索でも見つからないとなると、相当マイナーというか、通向きの歌なんだろうし。こうなるともう、地力で相当和歌に精通してる人じゃないと無理だと思うよ」
「白哉みたいな?」
「そう。そっちで他に貴族みたいな人いないの?」
「…だってよ、恋次」

 ずっと黙って一護と石田の会話を聞いていた恋次は、話を振られて考える素振りを見せる。と言っても、こちらには音しか伝わって来ないのだが。

『んー……こっちには居ねえけど、夜一さんとかか?』
「あの人ならまたふらっとどっか行ったらしいぞ。この前、浦原さんのトコ行ったら笑いながらそう言われた」
『まあ、だろうな…。予想はしてた』
「つーか、夜一さんって貴族なのか?」

 純粋に疑問に思って尋ねると、恋次は呆れたような声で言った。

『え、知らねえのかよ…。あの人、朽木隊長と同じ四大貴族だぞ。四楓院家の前当主だ』
「えっ! マジか…」
『呑気だなおまえ…。護廷隊の序列を除いて貴族云々の視点で見れば、尸魂界で今ンとこ唯一、朽木隊長に上から物言える人だぜ』
「だってあの人、あんまそういうこと言わねーから。つか、偉い貴族っつーとやっぱ白哉みたいなの想像するじゃねーか。夜一さん全然違うぜ?」
『まあ、あそこは隊長んトコと違って、貴族の顔ってわけじゃねえらしいからな…。刑軍率いてるのもあって割と秘密の多い家だし、隊長ほど頑なに模範的でいる必要はなかったんじゃないか? 俺も貴族のことはあんましわかんねーけど』
「ふぅん…」

 やはり貴族と言うだけあって色々と複雑なのだな、と一護が白哉の背負う重圧をぼんやりながらも感じていると、電話先から甲高い声が割って入ってきた。

『こら恋次。貴様、黙って聞いておれば、先ほどからすっかり話がズレておるではないか!』

 ルキアの大きな声に、一護は思わず伝令神機をわずかに耳から離す。

『いや、聞かれたことに答えただけだろ』
『昼の休憩が終わる前に戻らねばならんのだろう。それほど悠長にしていられる時間はないぞ』
『あっ、つーかおまえ、まだ昼飯食ってねえだろ!』
『む、そういえば』
『馬鹿、いますぐ食って来い! 仕事中に腹の虫鳴らしちゃ部下に示しつかねえだろ』
『たわけ! 誰が腹の虫なんぞ鳴らすか!』

 ぎゃいぎゃいと電話先で繰り広げられる遠慮のない言い合いに、一護と共にそれを聞いていた石田は、おかしそうな笑みを浮かべていた。

「……相変わらずだな、あの二人は」
「…だな」

 嬉しそうだぞ、とは言わずにおく。

 死神代行としての定例報告、という名目でちょくちょく尸魂界に行っている一護とは違い、彼はあれから一度も尸魂界には足を踏み入れていない。ルキアや恋次が現世にやって来ない限り、彼は二人には会えていないのだ。懐かしさに思わず目を細めてしまっても仕方のないことだろう。

『では一護! すまんが私は食堂に行ってくる、恋次のことは頼んだぞ!』
『何で俺が世話になるみたいな言い方なんだコラ!』
『事実世話になっているのではないか! あ、食堂はうるさいからな、恋次、貴様は来るなよ。別に一護とはいつでも話せる、余計な気を回すな』
『だっ、誰が……』
『遅れぬように帰るのだぞ!』
『ああもう! てめえはさっさと行け!』

 ルキアの声が遠のいてゆくのを聞きながら、一護は食べかけのラーメンを再び啜り、恋次がこちらの存在を思い出して戻って来るまで待った。まったく、仲が良いようで何よりである。

「なんだ、妬いてるのか?」

 ずる、とラーメンを飲み込み顔を上げると、またしても面白がるようにニヤニヤとした石田の顔があって、一護はなるべく取り澄ました顔で答えた。

「別に。あいつらは特別だからな。一々妬いてらんねえよ」
「ふぅん…。特別、ね…」
「あいつだって、柚子や花梨に妬いたりはしねえだろ。家族と同じなんだよ」
「けど、どちらかと言うと君は、むしろ朽木さんのお兄さんの方には妬きそうだね。あの人の前だと、朽木さん、猫一万匹くらい被ってるだろ? うっかり聞いてお兄さんの話が始まると、小一時間は止まらないし」
「一万匹どころじゃねえよ、一億匹は被ってるぜ」

 本人がいたら速攻で拳骨が飛んできそうな発言をさらりとし、一護は笑う。

「恋次は特別、白哉は別格。どっちもあいつの家族だろ」
「随分と大人になったじゃないか、黒崎」
「なんか上から目線なのがすげえムカつくんだけど」
「なんだ、やっぱりまだまだお子様だな」
「だから、誰目線だよ!」

 こっちはこっちでぎゃあぎゃあと騒いでいると、待っているつもりがいつの間にか放置していた伝令神機から恋次の声が聞こえる。

『……盛り上がってるとこ悪いけど、いいか?』
「別に盛り上がってねえよ」
『まあ、つっても、もう聞くことねえんだよなあ』
「俺らじゃわかんなかったしな…」
「そうだね…。他に聞けそうな人も思い当たらないし……」

 ふむ、と三人で考え込んでいると、一護はあることを思い出す。

「……あれ? そういや、京楽さんも貴族なんじゃなかったか?」
『え? ああ、まあな。一応、上級貴族だけど』
「だろ? なら聞いてみたらどうだ?」

 名案とばかりに一護は言ったが、しかし恋次の歯切れは悪かった。

『あー……それがな、総隊長は、今朝から朽木隊長と一緒に居ねえんだよ。貴族の方で何かゴタゴタ揉めてるらしくて…』
「なんだ、タイミング悪ィな…」

 そういえば、先日自分が尸魂界に行ったときも、貴族の会議とやらで白哉は六番隊にいなかった。あれがまだ長引いているのだろうかと、事情はわからないが大変そうな様子に、一護の声もつられて萎む。

『って、あ! もうこんな時間か! やべえ、俺もそろそろ戻らねえと』
「なんだ、もうそんな時間なのか?」
「いや、黒崎。君も早く食べないと時間なくなるぞ? ほら」

 やや呆れたように食堂の時計を指差す石田に促されるようにして、一護もまた時間を確認する。そして恋次と似た声を上げた。

「げ! 次の授業まであと十五分しかねえじゃねえか!」

 ラーメンはまだ半分以上も残っている。

『なんだ、おまえもか』
「ああ。悪いな恋次、力になれなくて」
『いや、ありがとな』

 気にするなと言うように礼を残して、恋次は電話を切った。通信の切れた伝令神機を片手に、もう少し役に立てたらよかったのにと一護は思う。

 白哉絡みと聞くとつい過剰に反応してしまうのは悪い癖なのかもしれないが、それでも動向が気になるのはもう仕方ないだろう。
 あとで恋次かルキアに様子を聞こう、と決めて、一護は伝令神機をしまった。

「黒崎。あと十三分」
「やべっ!」
 
 
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