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かたしぐれ ― 片時雨 ―



「失礼します。阿散井副隊長はいらっしゃいますか?」

 まだ始業の鐘が鳴ってからわずかしか経っていない早朝、前触れのまったくない突然の訪問者に、恋次はぱちくりと目を瞬いた。

「…七緒さん? どうしたんスか」

 この時刻であれば、自分と同じように執務を熟すため自隊の執務室にいるはずの一番隊の副隊長は、恋次の反応は予想通りだったのか無駄な話はせずに早々に本題に入ってくれた。

「突然すみません。少々個別に予定の照らし合わせをしたいのですが……いまお時間よろしいですか?」
「そりゃ構いませんけど……照らし合わせ?」
「ええ」

 うなずく七緒に、ひとまず恋次は立ち上がり、席を勧める。かつては八番隊の副隊長を務めていた彼女だが、今や総隊長と共に一番隊を支える存在である。そんな彼女と個別に打ち合わせが必要な事案などあっただろうかと、恋次は首を傾げた。

「わざわざ七緒さんにこっち来てもらうほどの、予定の調節が必要なモンってありましたっけ?」
「ない、はずだったのですが、急遽そうなりそうなんです。ここ最近、護廷隊における朽木隊長の不在が多いことはご存知ですよね?」
「そりゃまあ……」

 なにせ自分は彼の副官なのだから、彼がいなければすぐにわかる。

 ちなみにいまも白哉はいない。前日の会議が長引いているそうだ。今日は午後から顔を出すとは言っていたが、それも果たしてどうなることやら。

「実は、それがどうにも一筋縄ではいかないらしく、今日明日で片がつくものではないそうなんです。今日は総隊長まで駆り出されたようで…」
「え? それじゃあ総隊長は……」
「ええ。本日総隊長は終日貴族の会合の方に出席なさるとのことで、護廷隊に関することは私と沖牙さんに一任されています」

 総隊長が終日護廷隊不在とはこれまた穏やかでない話だが、なるほど確かに京楽は上級貴族の出だ。四大貴族の名には遠く及ばないにしても、貴族界では権威ある存在である。そこに立っているだけで世界が違うように思わせる白哉とは違い、こちらはあまり貴族の雰囲気を漂わせることはないため、つい失念していた。

「普段ならばサボりの口実だろうと一刀両断するところですが……残念ながら伝達に朽木隊長の連名がありましたので事実でしょう」
「はは…」

 総隊長になっても相変わらずまったく信用されていないらしい京楽の扱いに、恋次は乾いた笑い声を漏らす。まあ、それを自覚しているからこそ、京楽もわざわざ白哉の名を連名として添えたのだろう。

「それで、おそらく最短でも四日、このあと隊を空けることになりそうだとのことですので、一番隊と六番隊は大幅に仕事を削り、隊長格のいる他所の隊に回さなくてはならないんです。特に、隊長格でなければ処理できない案件は、我々副隊長では対応することができませんので」
「なるほど……」

 それでわざわざ六番隊を訪ねてくれたのかと、恋次は納得する。しかし、それなら恋次が呼び出しを受けてもおかしくなさそうなものだが、ここで自分が動くというのが彼女らしいところだ。おそらく白哉が普段熟している執務の多さを鑑みて、それを肩代わりしている恋次の多忙さを慮ってのことだろう。

 それにしても。

「四日、っスか……」

 自分が六番隊の副隊長に任命されてから、おそらく最長であろう白哉の不在期間の長さに、恋次は驚きを隠せない。それだけの期間、総隊長が護廷隊を不在にするというのも前代未聞の話だ。

「ええ…。私も、それほどの間、隊を空けなければならない案件など、いったい何事かと思ったのですが、何度問い質しても総隊長は『大したことはない』の一点張りで」
「あー…」

 確かに、あの人ならば言いそうだ。大方、娘のように溺愛している七緒に余計な心配をかけまいとしているのだろう。隙あらば仕事はサボるくせに、そういった気遣いには余念がないあたり、彼女に信頼される理由なのだろうが、それは同時に彼女を頼るつもりはないという表明にも他ならない。

 貴族の世界という、まったく知らない世界で戦う彼らの力に、自分ではなれない。そう、己の無力さを痛感し悔しく思っているのは、何も恋次だけではなかったのだ。

「そういったわけで、昨日から朽木隊長の代わりを熟してらっしゃる阿散井さんには大変面倒なことで申し訳ないのですが、少々打ち合わせを」
「や、そんな。むしろわざわざ来てもらってすいません」

 護廷十三隊各隊に明確な序列は存在しないが、そうは言っても総隊長を長とする一番隊は特別な存在である。恋次が頭を下げると、七緒は「いえ」と控えめな返事を寄越して軽く笑った。

「朽木隊長にお任せしている仕事が他の隊長格の皆さまと比べても異常な量であることは私も把握しているところですし、加えて朽木隊長はすでに連日の不在です。阿散井さんにこれ以上ご負担をかけるわけにはいきません」
「まあ、最近じゃ結構慣れてきてますけどね」
「毎日の残業続きが当然の感覚になっては困りますよ。六番隊の負担については私も総隊長共々頭を悩ませている状態でして……対処が遅れてしまっている身でこのようなことを言うのも恐縮なのですが、きちんと休息もお取りください」
「ははあ。七緒さんからそんな言葉を聞くなんて意外っスね」
「心外ですね。私が尻叩きをするのは京ら……いえ、総隊長だけですよ」

 恋次の茶化した物言いに乗ることにしたのか、にやりと笑ってそう応える七緒に、違いないと恋次は笑い返した。

「わかりました。ちょっと待っててください。茶でも淹れましょう」
「あ、いえそんな、お気遣いなく…」
「ちょうど俺も喉乾いたなと思ってたんで。ついでっスよ、ついで。あ、一護が置いてった紅茶?とかいうのもあるんスけど、飲んでみます?」
「黒崎さんということは……現世のものですか」
「らしいっスね。いまは十三番隊の方に行ってると思いますけど、今回もまた珍しいモンばかばか置いてったんスよ。今朝からウチの隊士たちの間ですっかり流行っちまってて」

 一護がこちらに来た目的である定例報告は昨日の時点で特に問題なく終わっており、その後、間接的ではあるが六番隊の長である白哉からの了解も得ている。そうなれば、こちらで職に就いているわけでもない一護は気儘なもので、今朝からは自由に各隊へと顔を覗かせに行っているのだ。現世では現在、週末という期間らしく、こちらの言葉に例えると一護は連日の非番のようなものらしい。

 今朝早くに恋次の伝令神機に届いた『一護はそのまま十三番隊に連れて行くぞ』というルキアからの連絡を思い出して、恋次は密かに笑った。この時間ならばまだ一護はルキアと一緒にいるのだろう。仲がよいことで何よりである。

「それでは、せっかくですし、そちらをいただきます」
「わかりました。あ、甘いの大丈夫でしたよね? 乱菊さんと違って、焼酎とかよりは結構甘口の酒の方飲んでましたし…」

 恋次は七緒と個別に親交があるわけではなかったが、お互いに乱菊に巻き込まれる形で何度も酒の席で顔を合わせているため、確認をする声にはある程度の確信が籠っている。案の定、七緒は笑ってうなずいた。

「……あれは乱菊さんが異常なだけだと思いますが、ええ、お酒に限らず甘いものは好きです」
「了解です。じゃ、ちょっと淹れてきます」

 恋次は軽いうなずきと共に、執務室をあとにした。
 
 
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