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かたしぐれ ― 片時雨 ―

 
 
 白哉から了承の返事が来たからいつも通り朽木邸に泊まって行けと、わざわざ迎えに立ち寄ってくれたルキアと共に六番隊舎を送り出された一護は、相変わらず荘厳すぎて意味がわからない門をくぐり、自分では絶対に把握できないほどにだだっ広い屋敷にお邪魔していた。しばらくすると、この屋敷の主が顔を出す。ほっと安堵の息をつき、久しぶり、と気安い挨拶をしようと視線を向けた一護だったが、現れた白哉の格好の見慣れなさに大袈裟なまでに驚いた。

「えっ? ど、どうしたんだその格好」

 一方の白哉も、一護の第一声に訝しげな顔をする。何を言っているのだとばかりに一護を見やっていたが、やがてその顔は得心のいったものに変わった。

「……そうか。兄はこの姿を知らなかったか」

 一護の前に腰を下ろした白哉は、己の着物を眺めやってぽつりとつぶやく。……どうでもいいが、この男はどうしてこう一々所作が丁寧というか綺麗というか優雅なのだろうか。貴族というのは皆こうなのか。

 はやくも育ちの差を感じていた一護に、隣りにいたルキアは呆れたような声で言った。

「莫迦者! 貴様は喪服も知らんのか」
「え、も、喪服……?」

 一護は改めて白哉を見やる。そう、一護が見慣れなさに驚いたのは、そのすべてが黒染めの衣装であったからだった。着物も、帯も、羽織さえも。まるで夜を纏っているかのような黒染めだ。

 普段、白哉は、一護の前では隊長羽織に死覇装といった護廷隊隊長格の仕事着だったため、実は彼の私服を見るのはこれが初めてだったのだ。確かに死覇装も黒染めではあるのだが、常に羽織っている隊長羽織のせいか、一護はあまり白哉に黒というイメージを持っていなかった。

 それにしても、いったい誰の、とそのまま口をついて出そうになった言葉を、一護は既のところで押しとどめる。迂闊に問うべきではないという判断のためだったが、ルキアが続けた言葉は一護をまたしても驚かせることとなった。

「兄様は、浮竹隊長の喪に服しておられるのだ」
「……え?」

 よく、とまでは言わないが聞き知った名に、一護は目を見開く。

 先の戦いで浮竹が殉職したことは一護とて知っているし、大切な妹を預けるほどに白哉が彼を信頼し、懇意にしていたことは聞いている。だから白哉が浮竹の喪に服すこと自体は別に意外なことではない。ただ―――…

 ―――三年、前だぞ……

 そう。あの戦いから、もう三年だ。大切な恩師を亡くしたルキアもようやく立ち直るくらいに、あれから随分と時間が経っていた。

 一般常識として知っている程度だが、通常どんなに長くとも喪に服す期間は一年ほどである。しかもそれは家族などの縁者が亡くなった場合の話であり、知人や友人ならばさらに短い。

 浮竹は、白哉の旧い知人だと聞いている。一年でも長いのに、それがもう三年も服喪とはどういうことか。一護が驚くのも無理はないだろう。それとも尸魂界と現世では時間感覚の相違から服喪期間も違うのか。

「……えっ…と…、こっちって、三年も喪服着てるもんなのか?」

 無神経な質問だったらすまん、と予め白哉に謝ってから一護は尋ねたが、それに対する答えを返したのはルキアだった。おそらく兄を気遣ったのだろう。

「形式的には、一等親は二年、二等親ならば一年と、ある程度決まってはいる。だが、服喪とは故人を偲び悼む時間だ、喪を終える時期はそれぞれ自由だろう」

 やはり感覚の違いからか、一般的とされている期間は一護の知るものの倍ほどのようだが、それにしたって白哉の服喪期間はその形式をとっくに越えている。それも、最大級である一等親の期間を、である。

『不器用なんだよ』

 そう、笑って言っていたのは、誰だったか。恋次だったか、京楽だったか、それとも浮竹だっただろうか。

 言葉にはしない。態度にも見せない。けれど、彼の愛情は誰よりも深くあたたかいものであると、彼の哀しみを啜ったかのような黒染めの喪服が伝えていた。

「じゃあ、白哉にとって……浮竹さんは家族と同じなんだな」

 一護がつぶやいた言葉に、白哉はやや驚いたように目を見開いたが、しかし少しの間を置いて、悲しくも穏やかに聞こえる声でちいさく応えた。

「……そうだな」

 伏せられた瞳から、その心の内を察せないほど鈍くはなかった。

 これは恋次のことを切り出せる雰囲気ではないなあ、と一護は困って心の中でため息をつく。これをずっと見てきたのであろう恋次では尚更だ。まさか妻や義妹以外に、彼にとってこれほど大きな存在がいるとは思わなかった。

「家族ってことは、兄貴みたいな感じだったのか?」

 そこまで深い意味はなかった一護の問いを受けた白哉は、何故か意外そうな反応を示し、それから実に妙な言葉でも聞いたかのような顔をする。もう少し表情に変化があれば、それは、おかしそうな、とも言えたかもしれない。

「浮竹は、私が生まれたときからあの姿だ」
「えっ…?! ま、まじか…」

 あまりに予想外の話に、一護は仰天する。……つくづく、こちらの住人は見た目で判断できないとは思っていたが、しかし、それにしたって。どう見ても三十路ほどにしか見えないではないかとも思ったが、同時に、目の前に座る二十代にしか見えない男が優に数百年は生きているのだという事実を思い出す。本当ならば、こうして気軽に話しているのがおかしなくらいの年の差なのだ。もちろん、だからといってこの態度を改めるかと言われれば、今更そんなことはきっぱりお断りなのだが。

「じゃあ、兄貴ってより親父に近いのか? …ん? そういや白哉の親父さんって……」
「父母は既に他界している」
「えっ、おふくろさんもか? いつ…」
「これ一護!」

 思わず反射的に尋ねた一護を、隣りにいたルキアがぎょっとしたように咎めたが、それを制止したのは白哉本人だった。

「ルキア。構わぬ」
「し、しかし…」

 ルキアは納得のいかない顔をしていたが、白哉がまったく気にしていない様子なのを見ると、いかにも渋々といった態で口を閉ざす。そんな妹の様子に、一護が見る限り穏やかな眼差しを向け、それから一護の方へと戻された視線と共に、白哉はごくあっさりと答えた。

「母は産後すぐ、父はその数年後だ」

 思ったよりもずっと早い別れの話に、一護は目を見開く。

 長くとも百年程度の寿命しか持たぬ人間ですら、数十年で親を亡くせばその夭折を悲しみ嘆くというのに、果てしなく長い時間を生きる死神である白哉にとって、たった数年で訪れた別れは果たしてどれほどの痛苦だったのだろう。

「……親父さんのことは、覚えてんのか?」
「…多少は」

 そこまで踏み込まれるとは思っていなかったのか、白哉はやや戸惑ったような顔をしたが、しかし意外にも躱すことなく自然な口調で一護に答えてくれた。隣りで先ほどからわなわなと震えている妹の方がよっぽど先に堪忍袋の緒が切れそうである。

 ちょうど物心のつき始めた頃のことだったと静かに告げる白哉に、一護はこの場の雰囲気に似合わぬ、ややズレた感想を抱いた。これを言うのはさすがに失礼かとも思ったが、しかし気がついたときにはその言葉はうっかり口から漏れてしまっていた。

「……白哉にも物心つく前の時期って存在したんだな…」
「……当然であろう」

 どこか呆れたような声で返す白哉の顔には、意外にも不快の色はない。親しい友人たちと話すときのような感覚で尋ねてしまっていたことに遅れて思い至った一護だったが、これには少し驚いた。

 そんな心情が顔に出ていたのか、白哉は訝しげな眼差しを向けてくる。

「………なんだ」
「や、その、なんか、俺から聞いといて何だけど、白哉ってそういうこと話すの嫌がりそうだなあと思ったから」
「思ったなら自重せんか莫迦者…!」

 隣りで、ルキアの抑えられた怒声と共に鳩尾に小さな拳が炸裂する。いてっ、と腹に手を当てわざとらしく守りながら、しかし視線はそのままに一護は白哉に尋ねた。

「そういうのって、恋次にも話してんのか?」
「いや…。聞かれておらぬが」

 なるほど。どうやら、聞かれれば特に嫌がらず答えるが、かと言ってわざわざ自分から話すことでもないと思っているらしい。

「嫌じゃないなら話してやったらどうだ? そういう昔話。たぶんあいつ、めちゃくちゃ喜ぶぞ」
「…喜ぶ……?」

 白哉は訝しげに眉根を寄せる。なぜ喜ぶのかわからない、といった様子の白哉に、一護はけらけらと笑った。

「俺も恋次からルキアの昔話聞くの楽しいし」
「な…ッ、一護、貴様、あやつから一体何を聞いておるのだ!」
「え? んー…昔おまえの料理で殺されかけた〜とか?」
「なっ……なっ……」

 まさかこの流れで自分の話になるとは思っていなかったのか、まったく予想外というのも手伝ってルキアはわなわなと肩を震わせる。

「黒焦げのた―――」
「黙らんか莫迦者ォ!!」

 ドゴッ、とルキアの渾身の一撃が一護の鳩尾に叩き込まれる。咄嗟に手のひらで庇ったがそれでもなかなかに重い攻撃に、一護はうっと呻いた。

「きっ、貴様、兄様の前で何を暴露しようとしておるのだっ!」
「なんで白哉はダメなんだよ」
「そのような無様、晒せるわけがなかろう!」
「いや兄妹なんだからむしろ晒せよ。そんで笑い話にするのがフツーだろ? 白哉だって昔のおまえの話とか聞きたいって。なあ? 白哉」
「兄様を巻き込むな!」

 小さな身体にそぐわぬ声と共に二発目の拳が振り上げられるが、一護は、今度の一撃はあっさりと止める。霊圧が込められていないただの突きであるため大してダメージはないが、何度も食らってはさすがに腹筋がかわいそうだ。

 一方、話が自分から逸れたと思っていたら再び唐突に一護に引きずり込まれた白哉は、こういった雰囲気はやはりまだ慣れないのか目紛しさに当惑しているようだった。

「も、申し訳ありません兄様! いまの話は! きれいさっぱり! 忘れてくださって構いませんので!」
「………」

 慌てたように白哉に取り繕うルキアの横で、一護は不満そうな顔をする。せっかくなのだから乗ってきてくれたらいいのに、と思ったのだが、そんなことを口にしようものなら次は隣りから鬼道が飛んできそうだ。

 ルキアの困り果てた様子を見た白哉は、そうか、と普段より少しちいさく聞こえる声を漏らした。

「……おまえの話ならば、どのようなものでも聞こうと思ったのだが」
「ッ、えっ……」
「おお、すげえ殺し文句」

 予想外の白哉の参戦に、一護は意外そうに目を見開いたのち、にやりと笑う。これは珍しい。ぜひとも盛り上げなければ。

「な? やっぱ昔のこととか聞けると嬉しいだろ?」
「……そうだな」

 先ほどは首を傾げていたはずだが、どういった心境の変化か白哉は実に素直な様子で一護の言葉を肯定する。まさか空気を読んだのか。いやこの男が?

 今度は一護が首を傾げていると、白哉はぽつりと言った。

「ルキアは……あまり、自分のことは話さぬ」
「…っあ……」

 瞬間、ルキアはハッとしたように目を見開いた。

「兄らの話はよく聞くが」
「…兄様……」
「……よい記憶ばかりではないのだろう。それは知っておる故、致し方なかろうが……」

 ああ、なるほど、と一護は傍観者の気分で二人を眺めやりながら納得する。

 白哉とはまったく違った意味ではあるが、一護もまたルキアたちの生まれ育った場所のことを知らない。ひどく治安の悪いことで有名な場所で、盗みをしなければ生きていけないような、そんな劣悪な中で暮らしていたのだと、そう聞いてはいたけれど。それはあくまでも事実として語られただけで、そこで嘗めた辛酸も痛みも、一護は彼らの口から聞かされたことはなかった。思い返してみれば、自分が恋次から聞き出したルキアの昔話はどれもおかしい笑い話ばかりで、辛い目に遭ったことや苦しかったことなどは一切聞かされていない。

 思い出したくもないと封じた記憶を抱える内に、ルキアは、自分自身のことを語ることさえ控えるようになってしまったのだろうか。それが意識してのことであれ無意識であれ、きっと兄として白哉は悲しく思ったに違いない。歩み寄りたいと願っても、それは白哉に明確な距離のように見えてしまったのかもしれない。

「っ、で、では、せっかくですから、一緒に恋次のこともお話しましょう! 長く共におりましたから、あやつの無様な失敗談などはいくらでも知っておりますゆえ! 私ひとりの話を聞くよりお楽しみいただけるかと!」

 一護が白哉から感じたものを彼女もまた感じたのか、感激に打ち震えながらも申し訳なさそうな顔をするという無茶な芸当を披露して、ルキアはそう言った。自分にもっと歩み寄りたいと考えている兄の心が透けて見えたからだろう。自分といるときの百倍は歓喜に満ちているであろう表情に少しだけ妬けて、一護はわざと揶揄うような言葉をルキアに投げかけた。

「腹いせか」
「黙らんか一護」

 どうやら、一護が恋次からこっそりルキアの話を聞いていたことがなかなかにお気に召さなかったらしい。一護はけらけらと笑いながら、やはりこの兄妹は仲良くしているのがいいと満足げに思った。もちろん妬けてしまうが仕方がない。彼女の中では、兄は兎にも角にも別格なのだ。

 それに、ルキアが自分と同じように、白哉と恋次の仲を気にしていることも、先ほどの言葉でわかってしまったから。それでは強くも言えない。この二人が上手くいくようにと願っているのは自分だけではないのだ。

 一護はルキアから視線を逸らして、白哉を見やる。ルキアの言葉に少し驚いたように目を見開いていたが、やがてそれは穏やかなものへと変わった。そんな様子を微笑ましく思って眺めていると、流石にあからさまだったのか白哉にじとりと睨まれる。とは言っても、それも今や柔らかな眼差しなのだけれど。

「………なんだ」
「いや? 丸くなったもんだよなあって、改めて思っただけだよ」

 そう言って一護が面白そうにからりと笑っても、白哉は結局ため息ひとつくらいしか吐かぬのだから、本当に丸くなったものだ。

 彼をここまで変えた存在の中に、当然、彼の副官の名は欠かせないだろう。

 ルキアが、白哉の想いに応えようと、それなりに無難だと判断したらしい昔話を話し始めるのを聞きながら、一護は腹の中に抱え込んだままで白哉にぶつけることができずにいる感情を持て余す。ルキアの語りに恋次が出てくる度にその眼差しを一層細めては耳を欹てている白哉を見ていれば、その答えはすぐそこにあるような気がするのに、手を伸ばしても掴めないことがひどくもどかしかった。

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