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かたしぐれ ― 片時雨 ―

 
 
 一護がやって来たのは、その日の昼下がりだった。

 いつもならばとっくに昼食をとっているはずの時間なのだが、今日は雑務に追われてしまっていて恋次の胃にはまだ何も入っていない。さすがに腹が減ったなあと密かに思っていたところに、空きっ腹に響くような来訪だった。

「よ〜! 恋次!」
「……どうしたその格好」

 扉を開ける音と共に機嫌よさげに聞こえた声に、恋次は顔を上げる。そして、目の前の男の珍妙な姿に思わずそう漏らした。

「泥棒か?」
「は? 何だよ急に」
「その…風呂敷か? そんなの担いでっから、てっきり鼠小僧か何かかと」

 一護が背負っている妙なものを恋次が指を差すと、一護は恋次の困惑顔の理由を得心したかのような顔になる。

「ああ、リュックサックな」
「りゅ…何だって?」
「何だ、おまえゴーグルとかこっちのモン詳しいから、てっきり知ってると思ってたわ。やっぱり尸魂界にはねーのか?」
「ねーよ。つかそんな大荷物持って移動することなんてほとんどねえし」
「マジか。これ結構フツーのタイプだぜ?」

 どさっ、と派手な音と共にリュックサックがソファに置かれるのを見やりながら、いったい何が入っているのだろうと恋次は首を傾げた。

「何をそんな詰め込んでんだ?」
「え? ああ、これな、土産だよ。現世の。えーと、乱菊さんへの干し柿と、冬獅郎の甘納豆と、あと酒…は多分あとで面倒なことになるから普通の饅頭を京楽さんに……それから…」
「……遠足かよ」

 恋次は呆れたように苦笑したが、しかし一護は珍しく年相応なはしゃいだ様子でごそごそとリュックサックを漁り、得意気な顔で何かを引っ張りだした。

「見ろよこれ!」
「うわっ、何だそれ、赤え!」

 目の前に姿を表した物体に、恋次はぎょっと目を見開く。先ほどの土産の名の羅列から、それが食べ物であろうと予想がつくゆえの反応だった。

「この間たまたま近くの店で見つけたんだ、激辛煎餅だってよ。徳用が安かったからつい大袋買っちまったんだ。面白そうだろ? 唐辛子とか、えーと、あと……何だっけ、まあいいや、とにかく色んなモンが練り込んであるんだと」
「……朽木隊長のだな」

 優しげな風貌に似合わず大の辛党である上官宛だろうと推測すると、やはり正解だったのか一護はニッと笑った。

「けど、悪いな。いま隊長いねえんだよ」
「え? そうなのか?」
「ああ。ちょっと急な貴族会議が入ってな…」
「貴族…の会議?」

 馴染みのない単語だったのか、一護の首が傾く。そういえばもう現世にはそういった身分階級は存在しないのだったかと、恋次は遅れて思い出した。

「なーんだ、いないのか」

 出鼻を挫かれたのか、一護はぼすっと音を立ててソファに座りながら残念そうにつぶやく。恋次は、仕事の手を止め椅子から立ち上がると、一護と向かい合うようにして反対側に座りながら笑って言った。

「まあ、いま隊長に確認取ってるけど、どうせおまえ今日も隊長ん家泊まるんだろ? それならそんとき渡しゃいいだろ」
「まあ、そりゃそうだけど…。せっかく白哉の顔がどのくらい変わるか楽しみにして来たのによ〜」
「ああ、そういう…」

 一護の土産のチョイスに込められた悪戯心に、なるほどと恋次は納得する。どうやら白哉の無表情を崩してみたかったらしい。

「まあいいや! せっかく徳用買ってきたんだし、試しに俺らで食ってみようぜ」
「は?! やだよ、俺辛いの苦手だし」
「いいじゃねーか。ほれ、口直しにたい焼きもあっから」

 再びリュックサックに突っ込んだ一護の手から取り出された紙袋に、恋次は思わずぱっと反応する。何を隠そうたい焼きは恋次の大好物だ。

「最初からそっちだけくれよ」
「このたい焼きをゲットしたくば激辛煎餅の刑を受けよ」
「なんで煎餅が罰ゲームみたいになってんだよ!」
「フツーじゃ面白くねえだろ」

 すっかり遊びに来た気分の様子の一護に、何だか恋次も次第に影響されてしまって、ため息をつくもおかしそうな笑みがこぼれてしまう。しょうがねえなあ、と思ってしまうあたり、自分も大概この男に甘いのかもしれない。

 水だ水、と氷のたっぷり入った水を傍らに置き、しっかりと救済措置を整えてから、恋次と一護は毒々しいまでに赤い煎餅を揃って齧ってみた。まあ、恋次にとっては物珍しい現世のものということもあり、どのような味がするのかというわずかばかりの興味があったから、ということもある。そんな甘い考えを、残念ながらすぐに後悔する羽目になるのだが。

「か……ッ、」
「かっ――――…ッら!」

 一護は息を詰まらせ、恋次は思わず叫ぶ。あまりの辛さに口内が焼け爛れるようで、掠れた声しか出てこない。次いでげほげほと咳き込んだ。恋次は慌てて用意しておいた水を口の中に流し込む。はあ、と一息つくまでにかなりの時間がかかった。これなら中級鬼道を食らった方がいくらかマシだとさえ思うような強烈さに、恋次は軽率に一護の言葉に乗った自分を大いに責め立てた。

「な…ッんだ、これ! おまえら現世でこんなモン食ってんのか?!」
「馬鹿野郎こんなモン平然と食えるか! いままで食った中で一番辛い辛子明太子だって、優にコイツの百倍は甘いぜ?!」

 つまり、現世の住人である一護にとっても、とんでもなくえげつないものだったらしい。

 恋次は涙目になりながら、たい焼きの入っているという紙袋に手を伸ばす。一護は止めはしなかった。むしろ自分もリュックサックを漁り、今度は何やら茶色い塊を取り出す。あれは確か、チョコレートとか言ったか。

「あ〜〜生き返る……」

 口の中にチョコレートを放り込んだ一護は、口内を支配する辛味を消そうとしているのか、ころころとそれを口の中で転がした。

 それを見た恋次もまた、紙袋からたい焼きを取り出す。本当にたい焼きだったことにやや意外さを覚えつつも、ひりひりとする口の中へ餡子の甘味を届けてやろうと頭から大口でかぶりついた。

「……? ……ん??」

 しかし、慣れ親しんだ餡子の甘みが広がると思われた口の中は、なぜか恋次の知らない甘さに包まれる。恋次は困惑してぱちぱちと目を瞬いた。……いや、美味い。美味い、のだが、これはいったい……?

「お、それはカスタードだな」

 一護は恋次の手に持つたい焼きを見やると、悪戯が成功した子どものような顔で笑って言った。

「かす…? 何の粕だって?」
「違う違う、カスタード。ほら、プリンとかに…」
「ぷ…?」
「あー……わかった、おまえゴーグル以外の横文字は全っ然ダメなんだな、なるほど。俺も詳しい作り方は知らねえけど、とりあえず卵とか牛乳とかからできてるやつだよ。こっちじゃ菓子の定番なんだ」
「へえ…」

 確かに言われて見れば、恋次がかぶりついたたい焼きの断面から覗いているのは、小豆色の餡子ではなく黄蘗色の滑らかなものだ。不思議な舌触りと甘みが恋次の口の中でいっぱいに主張する。

「どうだ?」
「初めて食ったけど、すげえ美味いなこれ。気に入った」
「そりゃよかった。他にも試してみろよ」
「試す? 何を?」
「ほら、そのたい焼きの包み紙、全部プリント…じゃない、印刷の色が違うだろ?」
「ん? ああ、ほんとだ」

 包み紙など手が汚れないようにするためのものだという認識しかなかったため、まったく見ていなかった恋次は、そう言われて初めて己の手の中にある包み紙の容相を見やる。なるほど確かに、印字の色は餡と同じ黄蘗色だ。

「それ、色ごとに全部味が違うんだよ」
「えっマジか?!」
「おう。何だか当ててみろ」

 恋次から紙袋を奪い返し、一護はわくわくした顔で恋次に次のたい焼きを差し出してきた。恋次はカスタードのたい焼きを残り二口で食べ切ってしまうと、一護から新しいたい焼き受け取り、やはり頭からかぶりつく。もぐもぐと咀嚼しながら、馴染みはないが覚えのある味にピンときた。

「これは……あれだな、さっきおまえが食ってた……チョコレート?とか言うやつだ。前におまえに貰ったやつより甘え気がするけど……」
「お! 正解! それはチョコな」

 ほい次、とまた新たにたい焼きを取り出す一護に合わせるように、恋次は二個目のたい焼きもぺろりと平らげ次を受け取った。がさがさと包み紙を開く。そして、驚いて思わず声を上げた。

「うわっ! 何だこれ、たい焼きが白いぞ?!」

 現れたのは、見慣れた狐色にこんがりと焼かれたものではなく、雪のように真っ白な見てくれをしたたい焼きだった。中身が黒く透けて見えている。これは餡子なのか、それとも先ほどのチョコレートなのか。

「米粉使ってんだとよ。普通のとは食感が違うらしいぞ」
「おまえは食ったことねえのか?」
「それはな。ついこの前、行きつけのスーパーの近くにできた店で俺も初めて見たんだ。変わり種で買ってきた」
「俺からすりゃあ、全部変わり種なんだがな…」

 やはり今までのは一護の中では普通らしい、と恋次は苦笑しながら、白いたい焼きを二つに割った。中から出てきたのはどうやら餡子のようだ。

「ほれ」
「ん? 何だよ」
「何って、食ったことねえんだろ? ならおまえも一緒に食えよ」

 恋次がたい焼きの頭を差し出すと、一護はぶんぶんと首を振った。

「え? いやいいって。それはおまえに買ってきたモンだし」
「いいから。つーか三つも食ったら昼飯に響くだろ、俺が」
「えっ、まだあるんだけど」
「まだあんのかよ?!」

 てっきり一番驚かせるために白いたい焼きを最後に持って来たのだと思ったのに、どうやら違うらしい。恋次が押しつけるようにして渡したため、一護に白いたい焼きを受け取らせることには成功したが、もう片方の手で一護が取り出したたい焼きに恋次はさらに驚くこととなる。

「なんだそりゃ!」

 包み紙から顔を出した、一護曰く白いたい焼き以上の変わり種の姿に、ごくんと白いたい焼きを飲み込んだ恋次は大きく目を見開いた。

「あれ? お好み焼きって知らねえ?」
「いやそれは知ってるけど……って、たい焼きにお好み焼き入れたのか?! あれ菓子じゃねーだろ!」
「いま流行りのおかずスイーツってやつだ」

 流行っているらしい。

「無茶苦茶だなおい……入り切らなくて色々食み出てんじゃねーか」

 いや、入り切らないというか、よく見ればたい焼きはどこも閉じておらず、すぱっと上下に切られていて、具材は挟んであるだけだとわかる。包み焼きの概念がそもそもこの変わり種には適応されていないようだ。

「そう言うなよ。臓物自体は美味いから」
「臓物とか言うな」

 そう言いつつも、恋次は一護からお好み焼き風のたい焼きを受け取る。まあ、これは何となく味の予想がつくため、すんなりと口の中に放った。

「あ、結構美味い」
「だろ?」
「つかこれもはや昼飯じゃねーか」
「え、おまえそんなモンで足りんの?」
「いやまあ、そうじゃねえけど、意外と腹にたまるって意味で」

 もちろん恋次とてこの程度で満腹になるような少食ではないが、先ほどまでの空腹が思ったより宥められていることに機嫌がよくなる。

「あ、たい焼きはそれで最後だぞ」
「そうか。ありがとな、美味かった。ご馳走さん」
「おう」

 まだ学生の身でありながらこれだけの人数の土産を買ってくるというのはなかなかの出費だろうに、そんな様子は一切見せず満足そうに笑う一護に、恋次は今度現世に赴く時は自分も何かを土産などを持って行こうと決める。こちらでは毎回朽木邸に泊まるのだから贅を尽くした料理はいくらでも堪能できるだろうし、逆に庶民的でいま流行りのものがいいだろうか。しかしルキアも同じことを考えそうだから被らないようにしなければ、と思い至ったところで、ふと気になって恋次は一護に尋ねた。

「そういや、ルキアには何持って来たんだ? やっぱり白玉か?」

 白玉はルキアの大好物だ。自分にたい焼きを持って来たところから恋次はそう推測したが、しかし一護はやや歯切れの悪い調子で言った。

「あーいや……あいつには一昨日会ったばっかだから、別に何も。つーかあいつ帰るときに勝手に土産持ってくし」
「…ふぅん?」
「何だよその顔は」

 にやにやと恋次が思わず笑みを浮かべると、一護がむっとしたように唇を尖らせる。そういうところは年相応で結構子どもっぽいよなあ、と一護に知られれば怒られそうなことを考えながら恋次は揶揄うように答えた。

「別に? 上手くいってるようで何よりだと思っただけだ」
「…っからかうなよ! ……ったく、俺はてっきり、おまえらの方が先に丸く収まると思ってたのに……」

 ぶつくさと不満げに漏らした一護の言葉に、恋次はやや目を見開く。それから、少し困ったようにふっと笑った。

「……まさか。そんな単純な人じゃねえよ」

 ルキアから返事をもらった、と一護が恋次に告げに来たのは、去年の終わり頃だったか。浮竹という大恩師に当たる人を亡くし、彼女は長い間ひどい哀絶の中にいたが、それを二年近い時間をかけて真摯に寄り添い立ち直らせたのは一護だった。おめでとう、と穏やかに返した恋次に、一護は珍しく素直に嬉しげな笑顔を浮かべてうなずいていた。

 喪っても人は前に進める。独りではないから。
 けれど、喪わなくて良かったと、生きてこうして再びそばにいられることに、心を安堵に震わせた記憶はまだ新しい。

 目の前で、あのひとが頽れた瞬間を見た。
 決して倒れぬと、だから喪うことはないと、心のどこかで信じ込んでいたひとが、自らの力を受けて倒れる様を。

 そのときの底知れぬ恐れは、無事であったとの一報で安堵に変わり。
 そして、腹の底に塒を巻く想いを、あまりにも大きく膨れ上がらせてしまった。

 あのとき吐露した想いは、いまも、募るばかり。

「……けど、あれからもう三年は経つだろ。白哉の気持ちもわからなくはねえけど……でも、おまえはそれでいいのかよ、恋次」
「…いいも何も、決めるのは隊長だからな」

 先ほどまでの子どもっぽい様子はどこへやら、こちらを気遣うように見やる一護に、恋次は苦笑した。

「待ってるだけって、おまえは苦しくならねえのかよ」
「こういうのは逆転の発想をするモンだぜ、一護。保留にされてる間は振られねえし距離も空かねえって考えりゃ、そんな悪いモンでもねえよ」
「なんで振られる前提なんだよ」
「もともと当たって砕けるつもりだったんだ」

 確かに、変わらぬ日常を送っていると、果たして自分は何を待っているのか段々とわからなくなってくるときも正直ある。

 しかしそれも、忙殺されていれば深く考える余裕もなかった。脳みそを一度に多方向には使えない自分の愚鈍さを、今回ばかりは助かったと思うほどに、いくらでも仕事は転がっていたのだ。

 だが、いま―――…護廷隊も落ち着いてきた、いまは。

 ゆっくりとした時間の流れは、仕事の合間に増えてゆく空白の時間は、答えのない思考の波を呼び寄せる。

 ―――考えるなよ

 考えたところで、意味などないのだから。

 この話は止めだと口を開きかけた恋次だったが、しかし声を出すよりも早く部屋に響いた扉の開く音にぐるりと首を動かす。遠慮がちに入って来たのは、六番隊の隊士だった。

「あの、阿散井副隊長。失礼します。ちょっとお話が……」
「なんだ、何かあったのか?」

 恋次の問いに対して何やら歯切れの悪い様子の隊士に、恋次は首を傾げながらも立ち上がる。大方、客人である一護の前で内容を言うのは憚られると思ったのだろうと推測して。

「悪い、一護。ちょっと待っててくれ」
「あ、ああ。別に構わねえよ」

 予期せぬ第三者の介入により、一護は微妙な空気を慌てて消し飛ばして平静を装い、こくこくとうなずく。その様子を悪いとは思いながらも、恋次は足早に執務室を後にした。

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