はなのあめ ― 花の雨 ―
「ばっかねぇ〜〜! どうしてそこでもっとガッと行けないのよぉ〜!!」
がやがやと賑やかしい居酒屋の一席。豪快に杯を空けた乱菊は、呂律の回っていない文句と共にびしりと正面に座る吉良を指差して言い放った。どん、と音を立てて置かれた空の杯が卓上を揺らす。料理の盛られた皿ががたつくのを、恋次はわずかに笑って見ていた。
「だ、だって、乱菊さんんん……」
「だってもどうしてもないわよぉおお!!」
いやに騒がしいが何のことはない、もはや恒例となっている吉良の恋愛相談の風景である。
「あんたぁ、ただでさえ隊が違って機会も少ないってのにぃ!」
…まあ、助言をしてやると自信満々で請け負った乱菊もまた、毎度のことながらひどく酔っているのだが。しかし止めるようなことはせず、恋次はただ黙って吉良の隣りで杯を空ける。
このような席に呼ばれるようになってから随分と経つ恋次だが、この手の話に関してはほとんど黙って聞いていることが多い。恋次の主な役割は潰れた面子の介抱だ。
―――しっかしまあ…
霊術院の頃から見守っている仲ではあるが、ほんとうにびっくりするほど進まないなあ、と恋次は心の中で何度目かになるつぶやきを漏らす。戦闘になれば豹変するくせに、普段のこのおどおどとした感じがいけないのだ。
やいのやいのと泥酔した乱菊に絡まれ続けた吉良は、しばらくすると恋次に助けを求めるかのように話を振ってきた。
「あっ、あ、阿散井君こそっ、朽木さんとはどうなんだいっ?」
「へ? ルキア?」
何本目かの空瓶を脇に避け、卓上のつまみに手を伸ばした恋次は、意外な名にぱちくりと目をしばたく。止めた箸の先を掠めるようにして、目当ての鶏肉を乱菊に奪われた。
「なんでそこでルキアが出て来るんだよ?」
仕方なく別の獲物を探し、肉派の自分にしては妥協点の魚の衣焼きを口に放り込んで咀嚼しながら、恋次は首を傾げて言った。
今度は吉良が目をぱちくりとしばたく。
「え? だって、君は朽木さんのことが好きなんじゃないの?」
「はあっ?」
恋次は素っ頓狂な声を上げる。危ない、危うく飲み込む前の魚を吹き出すところだった。危機一髪で惨事は回避されたようで、恋次はほっと息をつく。
しかし、恋次の吉良への返しは乱菊によって遮られた。
「そーよそうよ、恋次こそ大丈夫なのぉ〜? そーんな、ぼさっ〜と呑気にしてるとぉ、朽木、一護とかに取られちゃうわよぉ!」
「乱菊さん、そろそろ水飲んで酔い覚ましてください。また隊舎まで送るの嫌ですからね、俺」
「あっはー! だぁいじょぶよぉ〜!」
「もう見た感じ大丈夫じゃねーから言ってんスよ。ほら水」
乱菊から杯を取り上げ、代わりに水を押しつけると、はあ、と恋次はため息をついた。これも毎度のことだが悪酔いしている。
「でぇ〜? どぉなのよ恋次ぃ、朽木と〜?」
やはり解放してもらえないらしい。これは逆に潰した方がよかったかと恋次が考えていることも知らず、乱菊は恋次に催促を続けた。恋次はがしがしと頭を掻く。
「あいつとは、そういうんじゃないんスよ」
「ええ〜?」
「えーって何スか」
「ねぇ〜どー思うイヅルぅ」
「僕も阿散井君は朽木さんのことが好きなのかとぉ、てっきり…」
「…吉良、テメーもだいぶ酔ってんな?」
「ははは〜そんなことないよ。ほら、普通だろぉ?」
「どこがだよ」
これはまたしても送迎コースかと、恋次は困ったようにため息をついた。とりあえず明日は早朝勤務ではないから、遅刻して説教コースは避けられそうだが。
―――隊長に怒られる、か……
厳格な上司を思い出して、恋次は少し笑った。あの人は、こんな風にべろべろになるまで酒を飲んだりしないのだろうなぁ、と隙のないぴんとした背筋を思い起こしてぼんやりと思う。
「でもそれじゃあ恋次は誰が好きなのよぉ〜? 浮ついた話のひとつやふたつ転がっててもおかしくないでしょおお」
「いや、ふたつも転がってたらまずいでしょ」
「副隊長だしさぁ〜? あんた意外と見た目もいいんだから」
「俺の顔見てそんな風に言うの、乱菊さんくらいっスよ」
「ぶわぁーか! あんたんトコの隊長が化け物すぎるのよっ! 何なのあれ! そこらへんの女より断然美人じゃない!! 女の敵よ! 目の保養よ!!」
「ちょ、わかりましたから落ち着いてください。言ってることめちゃくちゃですよ。おい吉良、おまえもそろそろやめとけ、前後不覚になるぞ」
乱菊を止める横で更に酒を煽る吉良を慌てて止めつつ、恋次は今日も二人の介抱をする羽目になるのだった。しかし、ここに檜佐木もいると余計に厄介なことになるため、今日は二人でよかったと言うべきか。
吉良はまだ意識がはっきりしている方だったので自力で家に返し、恋次は乱菊を背負って夜の道を歩く。
―――好きな人ねェ…
眠るまで散々に乱菊に問い詰められた恋次は、誰も見ていないことをいいことにふっと笑う。
くだらないなぁ、と独りごちた。
恋、というものは知っていた。
友人が、顔を赤らめながら語っているから。
泣いていたり、困っていたり。けれど時に嬉しそうに笑っていたり。小さなことで一喜一憂して、賑やかしく、周りを巻き込んで。
それはとても幸せそうで、そばにいる自分も自然と微笑んでしまうような、そんなやわらかな空気を纏ったものだった。
きれいで、騒がしくて、うつくしいもの。
そう、だから―――
この感情が、恋などであるはずがない。
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