5月の決意
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「え!?花ちゃん、今なんて言ったの?!」
昼下がりのスカイファイナンス。
うたた寝をしていた耳に前触れもなく飛び込んできた言葉に、文字通りソファーから飛び起きた。
「社長、聞いてなかったんですか〜? けいちゃん、来月結婚するみたいですよ?」
テーブルの上の灰皿を片付けながら花ちゃんが言う。
「……それホントなの?」
「昨日、お昼休みにアルプスで会って一緒にランチしたんですけど、そう言ってましたよ?
お見合いですって。いいですよね〜。」
「……。」
「あれ? 社長、どうしちゃったんですか? 顔色悪いですよ?
そういえばけいちゃん、最近急に綺麗になったな〜って思ってたんですけど、そういうことだったんですね〜。幸せオーラ全開って感じで、いいなぁ。私もどっかにいないかな〜、運命の人 」
◇ ◇ ◇
神室町の小さな花屋で働く彼女を初めて見たのは、半年ほど前。
栗色の長い髪をゆるく巻き、柔らかい笑顔で接客する姿に、一目で恋に落ちた。
「得意先の開店祝いに花を贈りたいんだけど 」
彼女は大きな瞳を輝かせながら、店の奥から1つの鉢を出してきた。
「こちらなんていかがですか 」
腕に抱かれた淡い色の胡蝶蘭は、目の前の彼女のように可憐すぎて、誰かの贈り物にしてしまうのを思わず躊躇ってしまうほどだった。
その日から、折にふれ、理由をつけて、彼女のいる店を訪れた。
ある時は友人の結婚祝いで、またある時は、従業員の誕生祝いで。
そのたびに彼女はまるで自分のことのように嬉しそうに花を選んでくれた。
長らく忘れていた甘やかな感覚に我ながら少し呆れつつも、彼女と過ごすわずかな時間をいつからか待ち望むようになっていった。
「秋山さんって、アネモネの花みたいですよね。」
いつだったか。コロコロと笑いながら彼女が言った。
「アネモネ?どんな花なの?」
「紫色で、風に揺れると消えちゃいそうな、とってもはかなくて綺麗な花なんですよ。
でも、そう見えて実は毒があるんです。」
「え?俺ってけいちゃんから見るとそんなイメージなの?」
「はい。秋山さん、風みたいにある日突然目の前からいなくなっちゃいそうな感じがします。」
無邪気に言う彼女の言葉が胸に突き刺さる。
確かに、真っ当な人生を歩いてきたとは言えない。
地を這うようなどん底の生活を味わい、今もこの街の片隅で金貸しなんてヤバい仕事をしている。
会うたびに強く惹かれていく気持ちとは裏腹に、自分と彼女の間にある大きな隔たりに事あるごとに気づかされる。
そう、彼女は俺なんかが触れてはいけない存在。
彼女のような女の子には、きっと夜のネオンではなく、木洩れ日のように温かく誠実な男が似合うのだろう。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ 」
いつもと変わらない透き通るような声。
花ちゃんの言葉が頭をよぎる。
心なしか、笑顔がいつもより輝いて見えた。
「今日は何をお選びしましょう。」
結婚すると聞いた時、微かな嫉妬と同時にほのかな諦めと安堵に包まれたのも事実だ。
「…好きな人に、花を贈りたいんだ。」
上手くは言えないけど、ただ、彼女にはいつも笑っていてほしい。
「どんな方なんですか?」
「…すごく素敵な人でね。
でも彼女、もうすぐ結婚するんだ。だからそのお祝いに 」
「そうなんですね。じゃあ、薔薇とジャスミンなんていかがですか?」
そう言いながら、薄いピンク色の蕾を数本と、白い小さな花がたくさんついた枝を選んでいく。
「薔薇の花言葉は永遠の愛、ジャスミンは優美さ。幸せな花嫁さんにぴったりだと思いますよ。」
「そうだね。…じゃあ、それで頼むよ。」
俺の気持ちなど知る由もないまま、器用に花を組み合わせ、丁寧にラッピングを施していく。
彼女の手の中で花達が生き生きと輝き出していくようだ。
真剣に作業を進める表情を見るうちに、ようやく心は決まった。
「…こんな感じでいかがですか?」
完成した花束があまりにも彼女に似合いすぎていて、俺は言葉を失った。
「初めてですね。秋山さんが好きな女性にお花を贈るの。私…」
そこまで言うと、急にハッとした表情になる。
「…秋山さん。」
見る見るうちに、彼女の瞳を涙が覆う。
「…間違ってたらごめんなさい。そのお花、もしかして私に…?」
何がしたかったのか自分でも分からない。
ただ、自分の中でけりをつけたかった。
だから、花束を受け取りながら精一杯の作り笑顔で答える。
「……ゴメン。残念だけど違うよ。」
踵を返し店を出た。
一度でも振り返ってしまえば、すべてを壊してしまいそうで怖かった。
◇ ◇ ◇
1ヶ月後、予定通り彼女は結婚した。
あの日の花の香りが未だに脳裏に蘇る。
心に残る小さな棘は、時折じわりと疼くのだろう。
それでも、この街での数えきれないほどの出会いの1ページに、いつか変えていってくれるはずだ。
「…さてと、集金にでも行きますかね 」
いつもと変わらない日常は続いていく。
外に出た俺の肩を、温かい雨が優しく濡らしていった。
(紫のアネモネの花言葉)
…あなたを信じて待つ。
…2020.4.9 5月の決意
昼下がりのスカイファイナンス。
うたた寝をしていた耳に前触れもなく飛び込んできた言葉に、文字通りソファーから飛び起きた。
「社長、聞いてなかったんですか〜? けいちゃん、来月結婚するみたいですよ?」
テーブルの上の灰皿を片付けながら花ちゃんが言う。
「……それホントなの?」
「昨日、お昼休みにアルプスで会って一緒にランチしたんですけど、そう言ってましたよ?
お見合いですって。いいですよね〜。」
「……。」
「あれ? 社長、どうしちゃったんですか? 顔色悪いですよ?
そういえばけいちゃん、最近急に綺麗になったな〜って思ってたんですけど、そういうことだったんですね〜。幸せオーラ全開って感じで、いいなぁ。私もどっかにいないかな〜、運命の人 」
◇ ◇ ◇
神室町の小さな花屋で働く彼女を初めて見たのは、半年ほど前。
栗色の長い髪をゆるく巻き、柔らかい笑顔で接客する姿に、一目で恋に落ちた。
「得意先の開店祝いに花を贈りたいんだけど 」
彼女は大きな瞳を輝かせながら、店の奥から1つの鉢を出してきた。
「こちらなんていかがですか 」
腕に抱かれた淡い色の胡蝶蘭は、目の前の彼女のように可憐すぎて、誰かの贈り物にしてしまうのを思わず躊躇ってしまうほどだった。
その日から、折にふれ、理由をつけて、彼女のいる店を訪れた。
ある時は友人の結婚祝いで、またある時は、従業員の誕生祝いで。
そのたびに彼女はまるで自分のことのように嬉しそうに花を選んでくれた。
長らく忘れていた甘やかな感覚に我ながら少し呆れつつも、彼女と過ごすわずかな時間をいつからか待ち望むようになっていった。
「秋山さんって、アネモネの花みたいですよね。」
いつだったか。コロコロと笑いながら彼女が言った。
「アネモネ?どんな花なの?」
「紫色で、風に揺れると消えちゃいそうな、とってもはかなくて綺麗な花なんですよ。
でも、そう見えて実は毒があるんです。」
「え?俺ってけいちゃんから見るとそんなイメージなの?」
「はい。秋山さん、風みたいにある日突然目の前からいなくなっちゃいそうな感じがします。」
無邪気に言う彼女の言葉が胸に突き刺さる。
確かに、真っ当な人生を歩いてきたとは言えない。
地を這うようなどん底の生活を味わい、今もこの街の片隅で金貸しなんてヤバい仕事をしている。
会うたびに強く惹かれていく気持ちとは裏腹に、自分と彼女の間にある大きな隔たりに事あるごとに気づかされる。
そう、彼女は俺なんかが触れてはいけない存在。
彼女のような女の子には、きっと夜のネオンではなく、木洩れ日のように温かく誠実な男が似合うのだろう。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ 」
いつもと変わらない透き通るような声。
花ちゃんの言葉が頭をよぎる。
心なしか、笑顔がいつもより輝いて見えた。
「今日は何をお選びしましょう。」
結婚すると聞いた時、微かな嫉妬と同時にほのかな諦めと安堵に包まれたのも事実だ。
「…好きな人に、花を贈りたいんだ。」
上手くは言えないけど、ただ、彼女にはいつも笑っていてほしい。
「どんな方なんですか?」
「…すごく素敵な人でね。
でも彼女、もうすぐ結婚するんだ。だからそのお祝いに 」
「そうなんですね。じゃあ、薔薇とジャスミンなんていかがですか?」
そう言いながら、薄いピンク色の蕾を数本と、白い小さな花がたくさんついた枝を選んでいく。
「薔薇の花言葉は永遠の愛、ジャスミンは優美さ。幸せな花嫁さんにぴったりだと思いますよ。」
「そうだね。…じゃあ、それで頼むよ。」
俺の気持ちなど知る由もないまま、器用に花を組み合わせ、丁寧にラッピングを施していく。
彼女の手の中で花達が生き生きと輝き出していくようだ。
真剣に作業を進める表情を見るうちに、ようやく心は決まった。
「…こんな感じでいかがですか?」
完成した花束があまりにも彼女に似合いすぎていて、俺は言葉を失った。
「初めてですね。秋山さんが好きな女性にお花を贈るの。私…」
そこまで言うと、急にハッとした表情になる。
「…秋山さん。」
見る見るうちに、彼女の瞳を涙が覆う。
「…間違ってたらごめんなさい。そのお花、もしかして私に…?」
何がしたかったのか自分でも分からない。
ただ、自分の中でけりをつけたかった。
だから、花束を受け取りながら精一杯の作り笑顔で答える。
「……ゴメン。残念だけど違うよ。」
踵を返し店を出た。
一度でも振り返ってしまえば、すべてを壊してしまいそうで怖かった。
◇ ◇ ◇
1ヶ月後、予定通り彼女は結婚した。
あの日の花の香りが未だに脳裏に蘇る。
心に残る小さな棘は、時折じわりと疼くのだろう。
それでも、この街での数えきれないほどの出会いの1ページに、いつか変えていってくれるはずだ。
「…さてと、集金にでも行きますかね 」
いつもと変わらない日常は続いていく。
外に出た俺の肩を、温かい雨が優しく濡らしていった。
(紫のアネモネの花言葉)
…あなたを信じて待つ。
…2020.4.9 5月の決意
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