sweet n' sour soup
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ふいに空気の密度が変わった感覚を覚え目を開くと、朝から降り続いていた雨の音は消えていた。
月明かりが差し込む部屋にぼんやり浮かび上がる阿修羅の姿。
夢か現実か。
うつろな意識の中で、愛しい人の名前を呼ぶ。
「…起こしてもうたか」
ベッドの端に座り背を向けたままの渡瀬さんの声が、静まり返った部屋に響く。
乾いたライター音とともに、ゆるりと紫煙が立ち昇った。
こちらを睨みつける阿修羅の額に頬を寄せる。
伝わるいつもの体温。
幻じゃない。
「仕事、落ち着いたの?」
「これから神室町や。その前にお前の顔が見たなってな」
そう言うと渡瀬さんは私の体を軽々と膝の上に抱き上げた。
彼から私のシャンプーの香りがして胸が疼く。
「…シャワー浴びたの?」
まだ少し濡れている髪をそっと指で梳く。
「お前を抱くんに血生臭いままではあかんやろ」
煙草の匂いの唇が重ねられ、ベッドに柔らかく倒される。
渡瀬さんは大きな体を器用に重ねながら、左足で私の太腿を割った。
こうして彼を感じられたのは1ヶ月ぶりだろうか。
渡瀬さんと出会い恋に落ちてから、1人で過ごす夜が多くなった。
いつ連絡があってもいいように。いつ彼が来てもいいように。
なるべく予定は入れず、仕事が終わればまっすぐ家に帰る日々。
そんな私を知ってか知らずか、渡瀬さんはいつも煙のように現れる。
「よう顔見せてくれや」
今夜は満月なのだろうか。
カーテンの隙間から入る月明かりは私の顔を優しく照らすけれど、私からは逆光になって渡瀬さんの顔はよく見えない。
もどかしさに両手を伸ばすと、指先に彼の唇が触れた。
指一本一本に丁寧に口づけされる。
太い指を滑らせるようにして頬を撫でられ、額に口づけが降りてきた。
目を閉じると、瞼、鼻、頬と啄むようにゆっくり唇が動いていく。
「もう…くすぐったいよ…」
クスクス響く笑い声は、最後に唇で塞がれた。
「ええやろ。全部ワシのもんや」
耳元で低く囁かれ、私の体は甘く溶けていく。
彼の刺青と白いシーツのコントラストはつくづく美しいと思う。
眉間に深い皺を刻み、束の間の眠りに落ちる彼を、私はただ見つめることしかできない。
渡瀬さんは何も話さない。
彼が生きている世界とは、一体どんな場所なんだろう。
そっとベッドを抜け出しキッチンに向かい、彼が好きなコーヒーを煎れる。
静かな部屋を、ドリップ音と目の覚めるような香ばしい香りが包み込む。
渡瀬さんはブラック。
私はミルクと蜂蜜をたっぷりと。
これまで断然紅茶派だった私が、渡瀬さんと出会ってコーヒーの味を知るようになった。
「…勝手に離れんなや」
いつのまにか起きてきた渡瀬さんに背中を抱きしめられた。
湯気の立つコーヒーカップを渡すと、香りを嗅いだ後、口をつけ、満足そうな顔をする。
彼のひととき見せる穏やかな顔と、安らかに流れる特別な時間。
そうして彼は、私の知らない世界へ飛び出していく。
シャツに腕を通し、ネクタイを締める横顔が次第に険しいものに変わっていく。
何も言えないままジャケットを手渡すと、腕を引き寄せられすっぽりと胸の中に包まれた。
「けい、ええ子で待っとり」
頭を撫でられ、髪に口づけを落とされた。
ーもう少しそばにいて。
込み上げてくる思いとは裏腹に、うなずきながら手を離した。
いつからこんな聞き分けのいい女になってしまったのだろう。
ただ彼を困らせるようなことはしたくなかっただけ。
彼がそれを求めているかどうか確かめたこともない臆病者。
彼が残していったカップにそっと口をつけてみる。
苦くて酸っぱくて、どこか甘い。
まるで渡瀬さんのよう。
私がこの味の意味を理解できるのは、いったいいつのことなんだろう。
窓の外は、いつのまにか白み始めている。
…sweet n' sour soup 2020.6.17
月明かりが差し込む部屋にぼんやり浮かび上がる阿修羅の姿。
夢か現実か。
うつろな意識の中で、愛しい人の名前を呼ぶ。
「…起こしてもうたか」
ベッドの端に座り背を向けたままの渡瀬さんの声が、静まり返った部屋に響く。
乾いたライター音とともに、ゆるりと紫煙が立ち昇った。
こちらを睨みつける阿修羅の額に頬を寄せる。
伝わるいつもの体温。
幻じゃない。
「仕事、落ち着いたの?」
「これから神室町や。その前にお前の顔が見たなってな」
そう言うと渡瀬さんは私の体を軽々と膝の上に抱き上げた。
彼から私のシャンプーの香りがして胸が疼く。
「…シャワー浴びたの?」
まだ少し濡れている髪をそっと指で梳く。
「お前を抱くんに血生臭いままではあかんやろ」
煙草の匂いの唇が重ねられ、ベッドに柔らかく倒される。
渡瀬さんは大きな体を器用に重ねながら、左足で私の太腿を割った。
こうして彼を感じられたのは1ヶ月ぶりだろうか。
渡瀬さんと出会い恋に落ちてから、1人で過ごす夜が多くなった。
いつ連絡があってもいいように。いつ彼が来てもいいように。
なるべく予定は入れず、仕事が終わればまっすぐ家に帰る日々。
そんな私を知ってか知らずか、渡瀬さんはいつも煙のように現れる。
「よう顔見せてくれや」
今夜は満月なのだろうか。
カーテンの隙間から入る月明かりは私の顔を優しく照らすけれど、私からは逆光になって渡瀬さんの顔はよく見えない。
もどかしさに両手を伸ばすと、指先に彼の唇が触れた。
指一本一本に丁寧に口づけされる。
太い指を滑らせるようにして頬を撫でられ、額に口づけが降りてきた。
目を閉じると、瞼、鼻、頬と啄むようにゆっくり唇が動いていく。
「もう…くすぐったいよ…」
クスクス響く笑い声は、最後に唇で塞がれた。
「ええやろ。全部ワシのもんや」
耳元で低く囁かれ、私の体は甘く溶けていく。
彼の刺青と白いシーツのコントラストはつくづく美しいと思う。
眉間に深い皺を刻み、束の間の眠りに落ちる彼を、私はただ見つめることしかできない。
渡瀬さんは何も話さない。
彼が生きている世界とは、一体どんな場所なんだろう。
そっとベッドを抜け出しキッチンに向かい、彼が好きなコーヒーを煎れる。
静かな部屋を、ドリップ音と目の覚めるような香ばしい香りが包み込む。
渡瀬さんはブラック。
私はミルクと蜂蜜をたっぷりと。
これまで断然紅茶派だった私が、渡瀬さんと出会ってコーヒーの味を知るようになった。
「…勝手に離れんなや」
いつのまにか起きてきた渡瀬さんに背中を抱きしめられた。
湯気の立つコーヒーカップを渡すと、香りを嗅いだ後、口をつけ、満足そうな顔をする。
彼のひととき見せる穏やかな顔と、安らかに流れる特別な時間。
そうして彼は、私の知らない世界へ飛び出していく。
シャツに腕を通し、ネクタイを締める横顔が次第に険しいものに変わっていく。
何も言えないままジャケットを手渡すと、腕を引き寄せられすっぽりと胸の中に包まれた。
「けい、ええ子で待っとり」
頭を撫でられ、髪に口づけを落とされた。
ーもう少しそばにいて。
込み上げてくる思いとは裏腹に、うなずきながら手を離した。
いつからこんな聞き分けのいい女になってしまったのだろう。
ただ彼を困らせるようなことはしたくなかっただけ。
彼がそれを求めているかどうか確かめたこともない臆病者。
彼が残していったカップにそっと口をつけてみる。
苦くて酸っぱくて、どこか甘い。
まるで渡瀬さんのよう。
私がこの味の意味を理解できるのは、いったいいつのことなんだろう。
窓の外は、いつのまにか白み始めている。
…sweet n' sour soup 2020.6.17
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