touch you
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「けいちゃん、待ってぇな。」
後ろから断続的に聞こえる声を容赦なく置き去りにして、私はずんずん歩いていく。
それでも、西谷さんの歩幅は私よりもうんと大きくて、あっという間に追いつかれてしまった。
「ちょお待ってぇな。なぁ。ワシが悪かったって。」
大の男が目の前に立って通せんぼをする。
「な?許してぇな?」
不安そうに私の顔を覗き込み、子供みたいに機嫌をとろうとする姿を見たら、思わず吹き出してしまった。
「よっしゃ、けいちゃんの笑顔もろた。」
無邪気に喜ぶ姿を見て、胸の奥がギュッと締め付けられる。
ずるいな。いつもそうやって、一瞬で私の心をかっさらっていくんだから。
何に怒ってたのかすっかり忘れちゃったよ。
西谷さんと出会ったのは本当に偶然の出来事だった。
出張で訪れた蒼天堀。
クライアントのフォローを日中のうちに早々に済ませ、食い道楽と呼ばれるこの地を満喫するつもりで夜の街へと繰り出した。
通りの両側に立ち並ぶ華やかな店に胸が踊る。
一際目立つ、GRANDと描かれた煌びやかなネオンの前で足が止まった。
私が住んでいる街にはない光景に、ただただ圧倒される。
「ネェちゃん、面接か?」
声がする方を見ると、見るからにガラの悪い男が立っていた。
臙脂色の上下のスーツ。黒いシャツに紫色のネクタイ。片耳には大きなピアスが光っている。
そこに存在するだけで犯罪ではないかと思うほどの威圧感。
只者ではないオーラを纏った男の、ギロリと見つめる大きな目に射止められ、目を逸らそうにも逸らせなくなった。
「ここの支配人ワシのツレやから、働きたいんやったら口きいたるで?」
男は、その風貌とは似つかない人懐っこい笑顔でこちらを見ている。
「あ、いえ、私そういうのじゃないんで。」
「なんや、ちゃうんかいな。ネェちゃんベッピンさんやさかい、てっきりそうか思たわ」
ガッカリしたように、吸っていたタバコを足元に落とし踏み付けた。
「ネェちゃん磨けば光ると思うで?」
「ホントに私、そういうの結構なんで。」
「なんや、強情なとこもええなぁ。」
ニヤニヤしながら全身を舐め回すように見る。
なんか面倒くさいことになりそうだ。
「すいません、私、急いでますんで。失礼します。」
逃げるようにその場から立ち去った。
蒼天堀は噂には聞いていたが怖い街だ。
早いところ適当な店で夕食を済ませてホテルに戻ろう。
そう思った矢先、
「お姉さ〜ん」
今度は金髪の3人組が声をかけてきた。
無視して歩いていると、
「ねぇねぇ、お姉さん、1人〜?」
たちまち周りを囲まれる。
今日はつくづくツイてない。
どうやってこの状況を乗り切ろうか頭を巡らせる。
「あかんなぁ。」
どこからともなく間の抜けたような大きな声が響く。
いつのまにか、さっきの男が立っていた。
「ワシの女に手ェ出すとは、兄ちゃんら、あかんでぇ。」
先程の人懐っこい顔とは打って変わり、ギラギラした目で金髪たちを一瞥する。
やっぱりこの人普通じゃなさそうだ。
金髪たちも同じ空気を共有しているようで、
「おい、こいつヤベェわ。行くぞ。」
そそくさと消えてしまい、私一人その場に残された。
「…ありがとうございました。」
とりあえず礼を言う。
「かまへんかまへん。うっさいハエを追っ払っただけや。」
男は何事もなかったように、再びあの笑顔に戻る。
「女の子が一人でフラフラしとったらあかんで。ここらはおかしな輩がウロウロしとんねや」
「そうみたいですね。早いところご飯食べて帰ります。」
「なんやネェちゃん、メシまだなんか?何が食いたいんや?」
「大阪っぽいものがいいんですけど、この辺のお店よく知らなくて…」
「よっしゃ、ワシに任せぇや」
あっという間に男のペースに乗せられて、連れて行かれたのは近くのお好み焼き屋だった。
「やっぱ大阪言うたらこれやろ。」
見た目によらず丁寧に、慣れた手つきでお好み焼きをひっくり返しソースとマヨネーズをかけると、仕上げにかつおぶしと青のりを振りかけた。
何とも美味しそうなお好み焼きが、あっという間に鉄板の上で完成した。
「早よ食べ。」
ご丁寧に食べやすく切り分けてくれる。
今まで食べたお好み焼きの中で一番美味しい。
「せやろ?ワシが焼いたんやから美味いに決まっとるわ。
そういや、まだ名前聞いとらんかったな。ワシは西谷いうもんや。」
「あ、五十嵐です。」
「はぁ?ネェちゃん、普通名前言うたら下の名前やろ。」
「あ、すいません。けいです。」
西谷さんは、けいちゃんはおもろい子やなぁと笑っている。
「けいちゃんは、蒼天堀来たんは初めてか?」
「はい。今日たまたま出張で。あ、西谷さん、お仕事中だったんじゃないですか?」
「かまへん。ワシは毎日遊びみたいなもんや。それに、こないに可愛らしい子とデートもできたしラッキーやったわ」
と笑いながらお好み焼きのソースを口元につけたままビールを流し込む。
なんだか子供みたいな人だ。
裏がないというか、正直というか、真っ直ぐというか。
よく見ると顔立ちも整ってて、なかなかの男前だし。
「西谷さん、ついてますよ。」
ティッシュを出し、手を伸ばして口元についたソースを拭う。
すると、それまでマシンガンのようにしゃべりつづけていた西谷さんが一瞬、ぽかんとした顔をした。
「なあ、けいちゃん。」
「はい?」
「あんた、ワシの女になり。」
たったそれだけの出来事から、私はそのまま西谷さんと暮らすようになった。
これまで生きてきた日常の常識を易々と飛び越えて、西谷さんは私の心にすっぽり入り込んできた。
それはとても自然で、とても心地良く。
「西谷さん、今夜は何食べたいですか?」
「せやなぁ。けいちゃんやな。」
「じゃあ、酢豚とエビチリですね。」
一緒に暮らすようになって分かったことは、破天荒な見た目や言動と違い、西谷さんは意外とまっとうだ。
かといって、やはり彼の仕事柄、毎日を一緒に過ごせるわけじゃない。
日々を全力で生きている彼のそばで、私は一体何ができるんだろう。
「晩飯楽しみやなぁ。」
心底そう言って笑う彼を見て自然に顔がほころぶ。
肩を並べて歩きながら右手を差し出すと、大きな手のひらで包まれた。
つないだ手から温かい体温が伝わってくる。
「酢豚もエビチリもけいちゃんも、全部ワシの大好物や。」
機嫌よく笑う西谷さんの横顔にいとしさがこみ上げてきて、はやる気持ちを抑えきれず背伸びして彼の唇に触れてみた。
ほら、その拍子抜けしたようないつもの顔。
ずるいよ。その顔がたまらなく好きなこと、知ってる?
…touch you 2020.5.25
後ろから断続的に聞こえる声を容赦なく置き去りにして、私はずんずん歩いていく。
それでも、西谷さんの歩幅は私よりもうんと大きくて、あっという間に追いつかれてしまった。
「ちょお待ってぇな。なぁ。ワシが悪かったって。」
大の男が目の前に立って通せんぼをする。
「な?許してぇな?」
不安そうに私の顔を覗き込み、子供みたいに機嫌をとろうとする姿を見たら、思わず吹き出してしまった。
「よっしゃ、けいちゃんの笑顔もろた。」
無邪気に喜ぶ姿を見て、胸の奥がギュッと締め付けられる。
ずるいな。いつもそうやって、一瞬で私の心をかっさらっていくんだから。
何に怒ってたのかすっかり忘れちゃったよ。
西谷さんと出会ったのは本当に偶然の出来事だった。
出張で訪れた蒼天堀。
クライアントのフォローを日中のうちに早々に済ませ、食い道楽と呼ばれるこの地を満喫するつもりで夜の街へと繰り出した。
通りの両側に立ち並ぶ華やかな店に胸が踊る。
一際目立つ、GRANDと描かれた煌びやかなネオンの前で足が止まった。
私が住んでいる街にはない光景に、ただただ圧倒される。
「ネェちゃん、面接か?」
声がする方を見ると、見るからにガラの悪い男が立っていた。
臙脂色の上下のスーツ。黒いシャツに紫色のネクタイ。片耳には大きなピアスが光っている。
そこに存在するだけで犯罪ではないかと思うほどの威圧感。
只者ではないオーラを纏った男の、ギロリと見つめる大きな目に射止められ、目を逸らそうにも逸らせなくなった。
「ここの支配人ワシのツレやから、働きたいんやったら口きいたるで?」
男は、その風貌とは似つかない人懐っこい笑顔でこちらを見ている。
「あ、いえ、私そういうのじゃないんで。」
「なんや、ちゃうんかいな。ネェちゃんベッピンさんやさかい、てっきりそうか思たわ」
ガッカリしたように、吸っていたタバコを足元に落とし踏み付けた。
「ネェちゃん磨けば光ると思うで?」
「ホントに私、そういうの結構なんで。」
「なんや、強情なとこもええなぁ。」
ニヤニヤしながら全身を舐め回すように見る。
なんか面倒くさいことになりそうだ。
「すいません、私、急いでますんで。失礼します。」
逃げるようにその場から立ち去った。
蒼天堀は噂には聞いていたが怖い街だ。
早いところ適当な店で夕食を済ませてホテルに戻ろう。
そう思った矢先、
「お姉さ〜ん」
今度は金髪の3人組が声をかけてきた。
無視して歩いていると、
「ねぇねぇ、お姉さん、1人〜?」
たちまち周りを囲まれる。
今日はつくづくツイてない。
どうやってこの状況を乗り切ろうか頭を巡らせる。
「あかんなぁ。」
どこからともなく間の抜けたような大きな声が響く。
いつのまにか、さっきの男が立っていた。
「ワシの女に手ェ出すとは、兄ちゃんら、あかんでぇ。」
先程の人懐っこい顔とは打って変わり、ギラギラした目で金髪たちを一瞥する。
やっぱりこの人普通じゃなさそうだ。
金髪たちも同じ空気を共有しているようで、
「おい、こいつヤベェわ。行くぞ。」
そそくさと消えてしまい、私一人その場に残された。
「…ありがとうございました。」
とりあえず礼を言う。
「かまへんかまへん。うっさいハエを追っ払っただけや。」
男は何事もなかったように、再びあの笑顔に戻る。
「女の子が一人でフラフラしとったらあかんで。ここらはおかしな輩がウロウロしとんねや」
「そうみたいですね。早いところご飯食べて帰ります。」
「なんやネェちゃん、メシまだなんか?何が食いたいんや?」
「大阪っぽいものがいいんですけど、この辺のお店よく知らなくて…」
「よっしゃ、ワシに任せぇや」
あっという間に男のペースに乗せられて、連れて行かれたのは近くのお好み焼き屋だった。
「やっぱ大阪言うたらこれやろ。」
見た目によらず丁寧に、慣れた手つきでお好み焼きをひっくり返しソースとマヨネーズをかけると、仕上げにかつおぶしと青のりを振りかけた。
何とも美味しそうなお好み焼きが、あっという間に鉄板の上で完成した。
「早よ食べ。」
ご丁寧に食べやすく切り分けてくれる。
今まで食べたお好み焼きの中で一番美味しい。
「せやろ?ワシが焼いたんやから美味いに決まっとるわ。
そういや、まだ名前聞いとらんかったな。ワシは西谷いうもんや。」
「あ、五十嵐です。」
「はぁ?ネェちゃん、普通名前言うたら下の名前やろ。」
「あ、すいません。けいです。」
西谷さんは、けいちゃんはおもろい子やなぁと笑っている。
「けいちゃんは、蒼天堀来たんは初めてか?」
「はい。今日たまたま出張で。あ、西谷さん、お仕事中だったんじゃないですか?」
「かまへん。ワシは毎日遊びみたいなもんや。それに、こないに可愛らしい子とデートもできたしラッキーやったわ」
と笑いながらお好み焼きのソースを口元につけたままビールを流し込む。
なんだか子供みたいな人だ。
裏がないというか、正直というか、真っ直ぐというか。
よく見ると顔立ちも整ってて、なかなかの男前だし。
「西谷さん、ついてますよ。」
ティッシュを出し、手を伸ばして口元についたソースを拭う。
すると、それまでマシンガンのようにしゃべりつづけていた西谷さんが一瞬、ぽかんとした顔をした。
「なあ、けいちゃん。」
「はい?」
「あんた、ワシの女になり。」
たったそれだけの出来事から、私はそのまま西谷さんと暮らすようになった。
これまで生きてきた日常の常識を易々と飛び越えて、西谷さんは私の心にすっぽり入り込んできた。
それはとても自然で、とても心地良く。
「西谷さん、今夜は何食べたいですか?」
「せやなぁ。けいちゃんやな。」
「じゃあ、酢豚とエビチリですね。」
一緒に暮らすようになって分かったことは、破天荒な見た目や言動と違い、西谷さんは意外とまっとうだ。
かといって、やはり彼の仕事柄、毎日を一緒に過ごせるわけじゃない。
日々を全力で生きている彼のそばで、私は一体何ができるんだろう。
「晩飯楽しみやなぁ。」
心底そう言って笑う彼を見て自然に顔がほころぶ。
肩を並べて歩きながら右手を差し出すと、大きな手のひらで包まれた。
つないだ手から温かい体温が伝わってくる。
「酢豚もエビチリもけいちゃんも、全部ワシの大好物や。」
機嫌よく笑う西谷さんの横顔にいとしさがこみ上げてきて、はやる気持ちを抑えきれず背伸びして彼の唇に触れてみた。
ほら、その拍子抜けしたようないつもの顔。
ずるいよ。その顔がたまらなく好きなこと、知ってる?
…touch you 2020.5.25
4/4ページ