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touch you

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みょうじ
なまえ

水平線へ続くどこまでもまっすぐな道。

助手席で微笑む彼女を見ながらつくづく思う。

…まさかこのワシがここまで女にのめり込むとはなぁ…
 
己のベタ惚れ具合にほとほと呆れ返りながらも、キラキラしたその眩しさを前に思わず目を細める。

彼女には、太陽がよく似合う。



海など、これまでの人生で縁はなかった。
そもそも神室町の住人ともなれば、それも彫物のある身であれば、お決まりの場所での年に数回の海水浴が関の山だ。
もっとも、下手を打ち東京湾に沈められた輩は腐るほど見てきたが。



サーフボードを抱え砂浜を歩く1人の女が目の前を通り過ぎる。
潮に焼けた金色の長い髪を風になびかせ、細いが明らかに鍛えられていると分かるしなやかな体に密着したウエットスーツからは、小麦色の形の良い足がすらりと伸びている。

ひとたび視界に入った彼女から、一瞬足りとも目が離せなくなった。


「親父、いい女っすね」

ビールを片手に南が近づいてくる。

「うっさいわ。お前、六代目に酌でもしてこい。」

南を顎で追い払い、再び彼女を目で追う。


砂浜で入念なストレッチをし海に入っていく。
すぐにボードの上に腹這いになり、腕で水面を撫でるように漕ぐ。器用に来る波を潜り抜けながら、あっという間に沖で波待ちをしている群の中に溶け込んでいった。

そして波が割れるたび、素人目にも分かるほど、流れるように波の上を滑っていく。

「親父、あの姉ちゃんなかなかヤリますね」

南の言葉を聞き過ごしながら、どれくらいだろうか、時間が経つのも忘れて見入っていた。


「お兄さん、入らないんですか?」

海から上がった彼女が通りすがりに、笑顔で話しかけてきた。

上半身いっぱいに入る自分の彫物を見ても躊躇なく話しかける彼女に少々面食らう。

「いや、ワシはやらへんのや。姉ちゃん、波乗り上手いなぁ。」

「え?見ててくれたんですか?」

濡れた髪をかき上げたときにほのかに香ってくるのは、普段周りにいる女達のものとは種類の違う、優しく、それでいて懐かしいものだった。

…まるで人魚姫や。

心の声に気づかれないよう、慌ててポケットをまさぐり煙草に火を点ける。

「姉ちゃん、よぅけ乗って目立っとったからなぁ」

そう言うと、彼女は瞳を輝かせて、ふふふ、と笑った。

「お兄さん、今夜は満月ですよ。」

何が楽しいのか、嬉しそうに言う。

「満月の日は大潮だから、明日の朝一は絶対に波が良いんですよ。」

「そうかいな。えらい詳しいんやなぁ。
ほんなら、今夜一緒にその満月でも見ぃへんか。」

突然の誘いに少し驚きながらも楽しそうに

「いいですよ。」

と笑う。


あ、お兄さん、ポイ捨てはダメですよ。

片目を瞑って吸い殻を拾う彼女に、もう完全に
心を奪われていた。



…たったあれだけの会話から、こないなことになってしまうとはなぁ。



夕暮れの砂浜。
もう何時間もこうして海を眺めている。
狂犬と呼ばれる男が何時間も浜辺で女を待つとは、まるで形無しだ。


「真島さ〜ん!」

手を振りながら夕焼けの赤を全身に浴びて砂浜を駆けてくる。
美しいこの女が自分のものだという事実に胸が騒ぐ。
もう何本目か分からない煙草をもみ消し、携帯灰皿に忍ばせた。

「お待たせ〜!すっごくいい波だったよ!見ててくれた?」

サーフボードを置き、興奮した様子で言う。

「もちろん見とったで。けいが1番乗っとったな」

「今日はなんだか私のところにいっぱい波が来てくれたよ。真島さんパワーかな?」

と言いながら、ポリタンクの水を頭から豪快に浴び、ためらいなくウエットスーツを脱いだ。

さらけ出された水着姿に思わず頬が緩むのを抑えつつ、周りの男たちの視線が彼女に注がれていないか気が気ではない。

「はよ着替え。」

ムスッとした顔でバスタオルを渡す。

「ありがと。ねぇ、お腹ペコペコだよ。焼肉、食べに行こうよ。」

「腹一杯食わせたるから早よ服着ぃ」

「はーい。」

「しっかし、海入っとるときはホンマに楽しそうやなぁ。なんや妬けてまうわ」

その言葉を、髪を拭きながら不思議そうな顔で聞いている。

「真島さん。」

「ああ?」

「真島さん。」

「なぁんやねん。」

「愛してる。」

まるで挨拶をするように自然な調子で。

思いがけない言葉に、たまらず細い体を抱き寄せ唇を奪っていた。
   
「真島さん…濡れちゃうよ?」

「かまへん。」



…ワシの方が数倍、お前のこと愛しとるっちゅうねん。

愛しすぎて、狂ってしまいそうや。



…touch you 2020.4.26
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