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「…と、まあ、そんなこんなで家まで送ってもらって…」
行きつけのダイニングバー。
平日だというのに、この店はいつも賑わっている。
久しぶりに会う女友達に、雨の深夜に出会った男の話を切り出した。
電話で、”今晩暇?”と聞くとすかさず、”男できた?”という返答が返ってきた。
相変わらず勘が冴えている。
「で? ヤッたの?」
ウォッカモヒートを細い喉に流し込み、あけすけに物を言う友人は、都内でカフェを2店舗展開するやり手経営者。
いろいろな意味で感覚の合う彼女とは、いつもどちらからともなく連絡を取り合い酒を酌み交わす仲だ。
「あんたね〜、もうちょっとこう、やんわりと言えないわけ?」
運ばれてきたローストビーフにたっぷりとグレービーソースをかける。なんとも食欲をそそる絵面だ。
「何言ってんのよ。結局そこでしょ。ってか、そんないい男、あんたがタダで帰すわけないし。」
さすが、よく分かってる。
私も彼女もいわゆる肉食女子。そんなところもよく似ていた。
「…そりゃあ…、まあ…。」
歯切れの悪い私を見て、
「なによ、違うの?」
と、怪訝な顔をする。
「…それがさ、そんな感じじゃないんだよね…」
そう。あの夜は、そんな感じじゃなかった。
あの後、彼は雨の中をマンションまで送ってくれた。
歩きながら、雨の匂いの続きみたいなたわいのない話をして。
10分ほどでマンションの玄関に着き、礼を言って彼を見ると、臙脂色のジャケットの右肩がびしょ濡れになっていた。
それを見て、胸の奥をギュッと掴まれたような気持ちになった。
役目を終えたかのように何のためらいもなく、それじゃあ。と去ろうとする彼に、
良かったら、お茶でもどうですか。
と、口走っていた。
お茶だって? 酒の間違いじゃないのか。
そもそも私の家にそんな気の利いたものなど置いてない。どの口がそんなことを言うのか。
我ながら口を突いて出た台詞に笑いが込み上げ、思わず吹き出してしまった。
そんな私に、彼は屈託のない笑顔で
「嬉しい申し出だけど、今日はもう遅いし、楽しみは次回にとっておくよ。」
彼の後ろ姿とともに、風貌とは似つかない爽やかな残り香だけが私の元に残った。
それからというもの…。
頭の片隅に、いつも彼の姿がある。
朝食を摂っているとき、地下鉄に揺られているとき、歯を磨いているとき、ベッドで本を読んでいるとき、こうやって大事な会議に参加しているときでさえ。
あの色っぽい横顔と屈託のない笑顔。
それに、未だに強烈に残る夏の海のように爽やかな香り。
どれも同じ男が残したものだというのに、どれもがバラバラで一向に結びつかず、それが私を一層混乱させる。
…そういえば、名前も聞かなかったな。
たまにあのコンビニに寄ってみたりもしたけど、彼の姿を見かけることはなかった。
あの雨の日の出来事は、もしかしたら幻だったのかもしれない。
そう思い始めていたころ。
「あれ? お姉さん。」
どこからともなく声をかけられる。
また頭の悪い若造がナンパでもしてきたんだろう。
無視して歩いていると、私を追い越し行く手に立ち塞がる。
「やっぱりそうだ。男前のお姉さん。」
視線を向けると、そこにはずっと探していた男が立っていた。
人というのは不思議なもので、待ち望んでいたものが突然目の前に現れたとき、どうしたらいいか分からず途方に暮れてしまう。
その時の私も、まさにそんな感じだった。
……。
立ちすくむ私に、彼はあの屈託のない顔で笑う。
「やっと会えた。」
あれは、誰が言ってた言葉だっけ。
恋愛からは何も学べない。
毎回初めて恋した時のように、同じことをただただ繰り返すだけ。
そのとおり。
これまでの経験なんて何の役にも立たない。
ずっと会いたかった。
迷いなく近づき背伸びして触れた彼の唇は、柔らかくて、温かい。
驚いた顔で見下ろす彼の瞳に私が映っている。
「参ったな。」
苦笑いをして、
「こういうのは、俺からさせてよ。」
抱きしめられ、初めて感じる体の感触。
…思ったよりも筋肉質なんだ…。
余計なことを考えている瞬間に降ってきた2度目の口づけは、私を知り尽くしているかのように遠慮のない深いものだった。
…そうだ。この後一緒にとびきり美味しいお茶を買いに行かなくちゃ。
…touch you 2020.4.19
行きつけのダイニングバー。
平日だというのに、この店はいつも賑わっている。
久しぶりに会う女友達に、雨の深夜に出会った男の話を切り出した。
電話で、”今晩暇?”と聞くとすかさず、”男できた?”という返答が返ってきた。
相変わらず勘が冴えている。
「で? ヤッたの?」
ウォッカモヒートを細い喉に流し込み、あけすけに物を言う友人は、都内でカフェを2店舗展開するやり手経営者。
いろいろな意味で感覚の合う彼女とは、いつもどちらからともなく連絡を取り合い酒を酌み交わす仲だ。
「あんたね〜、もうちょっとこう、やんわりと言えないわけ?」
運ばれてきたローストビーフにたっぷりとグレービーソースをかける。なんとも食欲をそそる絵面だ。
「何言ってんのよ。結局そこでしょ。ってか、そんないい男、あんたがタダで帰すわけないし。」
さすが、よく分かってる。
私も彼女もいわゆる肉食女子。そんなところもよく似ていた。
「…そりゃあ…、まあ…。」
歯切れの悪い私を見て、
「なによ、違うの?」
と、怪訝な顔をする。
「…それがさ、そんな感じじゃないんだよね…」
そう。あの夜は、そんな感じじゃなかった。
あの後、彼は雨の中をマンションまで送ってくれた。
歩きながら、雨の匂いの続きみたいなたわいのない話をして。
10分ほどでマンションの玄関に着き、礼を言って彼を見ると、臙脂色のジャケットの右肩がびしょ濡れになっていた。
それを見て、胸の奥をギュッと掴まれたような気持ちになった。
役目を終えたかのように何のためらいもなく、それじゃあ。と去ろうとする彼に、
良かったら、お茶でもどうですか。
と、口走っていた。
お茶だって? 酒の間違いじゃないのか。
そもそも私の家にそんな気の利いたものなど置いてない。どの口がそんなことを言うのか。
我ながら口を突いて出た台詞に笑いが込み上げ、思わず吹き出してしまった。
そんな私に、彼は屈託のない笑顔で
「嬉しい申し出だけど、今日はもう遅いし、楽しみは次回にとっておくよ。」
彼の後ろ姿とともに、風貌とは似つかない爽やかな残り香だけが私の元に残った。
それからというもの…。
頭の片隅に、いつも彼の姿がある。
朝食を摂っているとき、地下鉄に揺られているとき、歯を磨いているとき、ベッドで本を読んでいるとき、こうやって大事な会議に参加しているときでさえ。
あの色っぽい横顔と屈託のない笑顔。
それに、未だに強烈に残る夏の海のように爽やかな香り。
どれも同じ男が残したものだというのに、どれもがバラバラで一向に結びつかず、それが私を一層混乱させる。
…そういえば、名前も聞かなかったな。
たまにあのコンビニに寄ってみたりもしたけど、彼の姿を見かけることはなかった。
あの雨の日の出来事は、もしかしたら幻だったのかもしれない。
そう思い始めていたころ。
「あれ? お姉さん。」
どこからともなく声をかけられる。
また頭の悪い若造がナンパでもしてきたんだろう。
無視して歩いていると、私を追い越し行く手に立ち塞がる。
「やっぱりそうだ。男前のお姉さん。」
視線を向けると、そこにはずっと探していた男が立っていた。
人というのは不思議なもので、待ち望んでいたものが突然目の前に現れたとき、どうしたらいいか分からず途方に暮れてしまう。
その時の私も、まさにそんな感じだった。
……。
立ちすくむ私に、彼はあの屈託のない顔で笑う。
「やっと会えた。」
あれは、誰が言ってた言葉だっけ。
恋愛からは何も学べない。
毎回初めて恋した時のように、同じことをただただ繰り返すだけ。
そのとおり。
これまでの経験なんて何の役にも立たない。
ずっと会いたかった。
迷いなく近づき背伸びして触れた彼の唇は、柔らかくて、温かい。
驚いた顔で見下ろす彼の瞳に私が映っている。
「参ったな。」
苦笑いをして、
「こういうのは、俺からさせてよ。」
抱きしめられ、初めて感じる体の感触。
…思ったよりも筋肉質なんだ…。
余計なことを考えている瞬間に降ってきた2度目の口づけは、私を知り尽くしているかのように遠慮のない深いものだった。
…そうだ。この後一緒にとびきり美味しいお茶を買いに行かなくちゃ。
…touch you 2020.4.19
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