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前編

「マクスウェルの悪魔?」
ヨナルデの示した言葉にその場にいた一同が首を捻った。
「聞いたことがないでやんす」
「どこの圏内の悪魔だ?」
「そもそもマクスウェルって地名?」
ヨナルデの盛大なため息を受けて、苦笑気味に真吾が口を開く。
「マクスウェルはスウェーデンの学者でその悪魔っていうのは彼の考案した統計力学と熱量学における思考実験での超越的存在の事で実際の悪魔じゃないんだ」
真吾の言葉にぽかんとしたのを他所に、ヨナルデが咳ばらいをして後を続けた。
「まあ一世紀以上前に解決した問題は関係ないのだわさ」
手にした本を開いて続ける。
「北米の歓楽街のカジノを荒らしてる悪魔がそう呼ばれているのである」
ヨナルデの話ではカジノで勝てないはずの客が勝ってしまったり、負けるはずのないディーラーが負けてしまうという椿事が出来しているとのことだ。
「そうは言っても、勝つも負けるも時の運ってことでしょう?」
鳥乙女がそう言いながら首を傾げると、
「カジノでもパチンコでも店側は滅多に負けないようにできてるんでやんすよ」
と、訳知り顔のこうもり猫が大きく頷く。
「ズルとかじゃなくて仕組みがそうなってるんだ、お店とかが潰れないようにね」
サシペレレがそう言って笑うも、ヨナルデの口調は重い。
「しかし、それで潰れそうなカジノが2、3軒でてるのだわさ」
「そりゃ、偶然ってことはねえな」
真吾の隣でメフィスト二世も顎に手を当てて思案顔になる。
「まあ、それで悪魔の気配を感じて見えない学校に通報と手伝いを申し出てくれた悪魔がいたのである」
「ずいぶんと酔狂な悪魔か?人間か?」
二世が鼻で笑うとヨナルデの後ろから杖が伸びて、シルクハットの上に振り落とされた。
「酔狂でわるかったのう」
「メフィスト!」
笑顔で近付く真吾を横目に、
「くそ親父」
と、二世の悪態を無視して老が話を続けた。
「やたらとすばしっこい奴でな、儂に気づくとVIPエリアに逃げ込んで好き放題じゃ」
言いながら真吾の肩へと手を置いた。
「現地の大富豪と契……ごほん、交誼を結んでVIPエリアの招待状を手に入れたからここへ来たんじゃ」
マントの内からやたらとキラキラした封筒を2通見せた。
「儂と『義理の』息子で行くと言って用意させた」
得意気な老の横で真吾がきまり悪そうに二世を見遣る。
「真吾に気安く触んな!誰が義理の息子だ⁈」
「悪魔くんに決まっておる、そろそろ儂をパパと呼んでくれるはずじゃて」
「そんな事があるか!真吾、こっち来い!」
親子喧嘩を止めるためにヨナルデと真吾が二人の間へ割って入った。
「そういうわけで、ペアの招待状が2通あるのだわさ」
「招待客は表書きからメフィストと僕らしいけど、女性の帯同が必須かあ」
そこで鳥乙女とサシペレレが顔を見合わせて頷く。
「女性が必要でワタシが呼ばれたのね」
「幽子じゃカジノに入れないからボクに化けろってことか」
その場で宙返りをするとサシペレレがブロンドの美女に姿を変えた。
「オレはなんで呼ばれたんだよ?」
「あっしもどうして?」
そう言った二世とこうもり猫を冷たい目で見て、ヨナルデが言う。
「呼んでないのに、悪魔くんとナスカにくっついてきたんだわさ」
「そんなに入りたければ、ボーイのアルバイトも募集しておったわ」
項垂れた二人にチラシを渡すと、真吾に向き直った。
「では、明日の晩に間に合うようにタキシードを作りに行こうかの」
「え?二世のを借りれば……」
「いやいや、今後もパーティなどに必要じゃて」
「二世と作ったスーツもあるし」
「ここはパパに任せ……」
無言で二世が真吾から父親を引き剝がす。
「真吾のパートナーはオレ!」
「こういうのって男女セットじゃないと入れ……」
「サシペレレの代わりにオレが化ける!」
そう叫んだものだから視線が集中したかと思うと、皆が首を横に振った。
「いやいや、二世の旦那はそういう術は苦手でやんしょ?」
「そうよ、大人しくサシペレレに任せなさいよ!」
「でかい形で駄々を捏ねないのである」
「倅や、悋気もほどほどにせんと捨てられるぞい?」
「ボクは面白いほうの味方だよ!」
そう笑って二世の肩を叩くと、サシペレレはあっという間に部屋を後にした。
「とにかく、幽子と急いで準備をしなくっちゃ!」
そんな声が響く中、チラシを手にしたこうもり猫が話しかけた。
「あっしはバイトで参加させてくだせえ」


準備のためにと取られたホテルの一室で真吾がなんとも落ち着かない様子でソファに腰掛けていた。
大富豪から提供された何部屋もあるスィートルームの調度や雰囲気もさることながら、伴侶の姿が見えないことに不安が増す。
向かいに坐す老はと言えば優雅にお茶を飲んでいて、息子を止めてと頼めそうにはない。
そわそわしていると、肩を叩かれて思わず飛び上がった。
「ひゃいっ!」
「慌て過ぎだって」
苦笑しながらサシペレレがジャケットを差し出した。
「幽子が肩を簡易的に詰めてくれたから」
立ち上がって袖を通すとぶかぶかだった二世のそれがずいぶんしっくりとした気がする。
「じっとしてて、ついでに髪を上げるから」
平たい缶を開けると指先に油脂を取って、くせの強い髪を器用にまとめた。
「ねえ、これって二世の?」
「うん、あったから持ってきた」
「匂いで分かったけど、パンツとシャツ以外は全部が二世の借り物になっちゃったなあ」
何度上げてもくるんとなる前髪に苦戦していた、サシペレレが動きを止める。
「……悪魔くん、それは二世に言わないほうがいいよ」
「なんで?」
真吾が首を傾げていると、なぜか破壊的な音がして着替え用に使用していたベッドルームのドアの一つが開いた。
現れた二世の姿に三者三様の意味で釘付けになった。

光沢と深みのあるシルクの紫の生地のうえには金糸銀糸の刺繍で小花がふんだんに散らされている。
高めのカラーは惜しくも喉仏を隠すに至らず、ノースリーブからはがっしりした肩が除く。
襟元から胸先を飾るチャイナボタンは脆くも弾け飛びそうだ。
くるぶしまで覆うはずの裾は左右の腰近くまであるスリットからはみ出した大腿部によって捲れあがっている。

ピンヒールをどっかどかと鳴らしながら歩いてくるそれをウィッグ片手に幽子が必死に追いかける。
「二世さんん!ツノ!丸見えだから!」
「わあってる!」
怒鳴り返して真吾の隣へどっかりと腰をかけて、豪快に足を組んだ。
横目に見ると幽子の努力は顔面にも表れていた。
もともと薄くはない一直線の眉はふんわりと茶色のマスカラで整えられ、目元はドレスに合わせて赤味の強い紫で彩られている。
ふんわりしたつけまつげに頬紅やハイライトを駆使して狷介になりがちな顔の雰囲気は緩められている。
薄く大き目な唇もふっくらさせようと努力され艶のある青みピンクで塗られていた。
そこまで観察したところでやっと追いついた幽子がツノ隠し、もとい茶髪のゆるふわボブのウィッグを被せた。

「ええ、有か無でいえば無よりの無だなあ」
息を切らせた幽子の隣でぼそりと呟いて、真吾の感想やいかにと耳を澄ませた。
「君さあ」
「……」
「色が白いから、発色がいいね」
にっこりと笑った真吾の言葉に、笑いを堪えた幽子が「パレットかしら」とつぶやくものだから噴出してしまう。
「倅や、サシペレレ君にあやま……なんでもないわ」
内心でもっとがんばれ!と思いつつ、代理になって二世に恨まれたくないサシペレレ。
「何、見てんだよ」
ブスくれた声がルージュに彩られた唇から降ってきて、思わず肩を竦めた。
「ん、その……やっぱり、僕が代わろうか」
「このサイズで用意されちまってんだから、仕方ねぇだろ!」
そう言って、ダンとヒールの足が床を鳴らす。
「こら二世、スカートが捲れてるわよ」
羽を隠し真っ赤なカクテルドレスの鳥乙女がボーイ姿のこうもり猫を引き連れて現れた。
「ボーイさん」
ふふん、と笑って示すと渋々と二世の纏った紫のドレスの裾を直す。
「悪魔くん」
「うん、このカジノに現れるらしいイカサマ悪魔を捕まえよう」
二世から借りたタキシード姿の真吾が椅子から立ち上がった。
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