君とごはん
「ただいまっ」
「おう、おかえり」
帰宅時間を告げなくとも、だいたい玄関で迎える二世にカバンを預けて靴を脱ぐ。
「晩ごはんはなぁに?」
どことなく機嫌の良さそうな気配を感じて、期待が高まる。
「今日は幽子とサシペレレが来てるんだが、話し込んじまって大したもんはできなかった」
「あら、そうなの?」
僅かに眉を下げた真吾の肩を二世が突く。
「まぁ、飯も炊けたから着替えて来いよ」
◆◇◆
着替えて向かったダイニングテーブルには、どんと土鍋が鎮座していた。
「今日はお鍋なの?」
まだ十月に入ったばかりで気が早いなぁとは思いつつ、蓋に手を伸ばすと、
「ちょうど蒸らし上がったんだ、開けてみろよ」
と、笑いながら言われて布巾を掴んで蓋を開けるととふんわりとした湯気が立ち上る。
「え、栗ご飯?!」
「残念、芋ご飯」
真吾から蓋を受け取った二世が黄色い芋の下から出汁昆布を引き出して、崩れないようにさっくりと混ぜ合わせるとほのかな出汁と旬のさつまいもの甘い香りが漂った。
「絶対、美味しいやつだ!」
「味は保証できると思うぜ」
「やった!ありがとう!」
思わずしゃもじのない方の腕に抱き着いたところで、
「こほん……っ」
と、わざとらしい咳ばらいに顔を上げると。
「悪いね、まだいたんだよ」
視線を反らして、額を掻くサシペレレと、
「ごめんなさい、ご相伴にあずかっていってもいいかしら?」
と、苦笑した幽子が立っていたので真っ赤になって二世の後ろに隠れた。
「付き合ってるのがバレてから何年経ってると思ってるんだい?」
「いつまでも仲良くていいじゃない」
呆れたように笑われてますます小さくなる真吾を強引に座らせて、
「飯にしようぜ」
と、二世が何故か得意気に笑った。
◆◇◆
四人でテーブルを囲んで手を合わせて、食事になった。
真吾も耳の端を赤くしたまま、箸を取る。
「ん、ほっくほく!」
「真吾、ごまもあるぞ」
茶碗にぱらぱら振りかけると、小瓶を幽子に手渡す。
「お出汁がしっかりしてて、お芋の甘みがひきたつわね」
「うん、ごまの香ばしさも合うよ」
「飯も味噌汁もおかわりあるからな」
言いながら自分はちゃっかりと、日本酒を傾けたので、
「僕も!」
「真吾、全員分あるから」
と、残りのぐい呑みにも注いで配る。
「辛いね!」
「ちょっと、苦手かもしれない」
舌を出した真吾と渋い顔のサシペレレをよそにくいと、飲み干した幽子が、
「上等なお酒で、甘いご飯にも合うわ」
と、空の杯を二世に差し出した。
お酒を諦めた真吾がお椀に手を伸ばす。
かぼちゃに玉ねぎ、いんげん、キャベツにトマトとベーコンまではいった具だくさんの味噌汁を口にする。
「あ、美味しいし、甘みがある?」
「本当だ!こんな味噌汁、飲んだことないよ」
「芋飯だけじゃ栄養が偏るから、冷蔵庫の野菜をみんな入れた」
「ベーコンまで入ってるけど、ちゃんと味噌汁だ」
「あら、ベーコンの出汁なのね」
空になった椀を出されて、鍋から直接におかわりをよそいながら、
「幽子からもらった白味噌が効いてるだろ?」
と、苦笑する。
「ふふ、どういたしまして」
たっぷり炊いたはずの芋ご飯なのに空になった土鍋を見て、
「余ったら握り飯にしようと思ったのに」
と、まだ飲みながら二世がボヤく。
「ごめん、食べ過ぎた……」
「うん、お腹いっぱいだよ」
「幽子は足りたか?」
「えぇ、お酒も食事も十分よ」
盃を置いた幽子がにっこりする横で、
「お芋の潰れたおにぎりに味噌を塗って焼いたのも食べたかったな」
と、真吾が呟くので、
「また、作ってやるよ」
と、言ってやんわりと肩を抱いた。
「じゃあ、また食べに来ようかな」
気づかぬ真吾に笑いを噛み殺しながらサシペレレが言うと、
「また、足りなくなるから遠慮しろよ」
と、二世が嘆息する。
「じゃあ、私はさつまいもを持参しようかしら」
「断れなくなるだろ、幽子……」
ふっと真吾の顔を覗こうとして、三人の視線がかち合って知らずに笑みが漏れた。
「悪魔くんはいいなぁ」
「ほんとうに」
「なぁ、いいだろ?」
そう言い合う三人に、我知らずに真吾だけが首を傾けた。