君とごはん
「北海道で人魚退治とはおもわなかったぜ」
両手いっぱいに抱えた焚き木を砂浜に下ろして、やれやれと腰を伸ばす。
「でもルルコシンプって、半分あざらしだから人魚っていえるのかな?」
「真吾はそういうところだけ、細かいよな」
小首を傾げた真吾の肩にもたれかかったものだから、手にした焚き木を取り落とした。
「こら、落ちたじゃないか」
「そんなもんオレの魔力で……」
「無駄遣いしないの!」
呑気な二世に真吾が噛みついたところで、
「はいはーい、痴話喧嘩はご自宅にもどってからでお願いしやす」
と、こうもり猫が割り込んだ。
「そうだわさ、仲がいいのはなによりであるが」
うんうん、とヨナルデが頷いたので、バツが悪くなった真吾が慌てて薪を拾う。
「コロポックルたちから夏野菜をもらえたわ」
樹皮で編んだ籠にトマトにナス、きゅうりにかぼちゃを乗せたナスカが戻って来た。
「上々じゃねえか」
二世が笑ったところへ、
「買い物してきたんだモン」
と、百目が走って戻ってきた。
「おつかい、ごくろうさま」
大学生になっても真吾の前では末っ子に戻った百目の手から袋を取ると二世が確認して頷く。
「これ、しっかりしてるから鍋代わりになるな」
野菜を平らな岩の上に下ろすと、こうもり猫へ放った。
「お前、サボってたんだから水を汲んで来いよ」
「目の前に海があるのに~?」
「塩っ辛くていけねえから、汲んで来いってんだよ!」
「向こうに湧き水があったぞ」
二世に怒鳴られて、ユルグに言外に促されて渋々と飛んで行ったのを見送って二世がナイフを出す。
器用に皮を向いて岩の上で野菜を切っていく。
「かぼちゃは、さすがにまな板がほしいな」
そう呟くと側で見ていたユルグが爪先でちょんちょんと突くと、かぼちゃがきれいに割れた。
「やるじゃねえか」
「あ、あたしも…!」
「鳥乙女は玉ねぎの皮をむいてくれ」
「ええ~」
むくれながらも素直に剥いている。
一方で砂浜の真吾と百目はかまどを作っていた。
そこへよたよたと籠いっぱいの水を組んだこうもり猫が戻ってきた。
「すごい、水が漏れてない」
硬い樹皮の表面を撫でているとヨナルデが、
「これなら火にかけても大丈夫だわさ」
と、言いながらうまいこと竈に設えた。
「火なら任せてくれ」
そう言うとユルグが焚き木に火をつけたので真吾と百目が蕗の茎を使って、精一杯に息を吹きかけた。
◆◇◆
二人の努力の甲斐もあって水が湯に変わったところへ、二世が切った野菜を投げ込んだ。
「これでスープでも作るの?」
「悪魔くん、あのね……っ」
「出来てからのお楽しみだって!」
真吾の問いに答えようとする百目の口を塞いで、二世が苦笑する。
「なんだかわからないけど、器と箸がないかコロボックルたちに聞いて来ようかしら」
同じように首を傾げながらナスカが立ち上がると、
「もう暗いからおれっちも」
と、こうもり猫も立ち上がった。
「目的を済ませたらさっさと帰ってくるのである」
言われて、
「お腹空いてるからわかってるわよ!」
と、返したナスカのあとをふらふらと飛んで行くのを見送った。
「野菜が煮えてきたよ」
真吾の声に二世が買い物袋から箱を取り出した。
「なんだ、甘口かよ」
「辛いのが苦手な人もいるかもだモン!」
「そりゃ、百目だろ」
黄色の箱の中身を割り入れて、さっきまで火吹きに使っていた茎でかき混ぜた。
「ちと、緩いがいいか」
「カレー?」
見ていた真吾が呟く。
「いんや、カレーうどん」
うどん玉の袋を真吾と百目にも手渡すと破いては簡易鍋へと投入していく。
「こんなに食べ切れるかしら?」
真吾に言われると、
「海から来客みたいだぜ」
と、二世が肩を叩いて示すと眉のきりりとした美しい女性たちが浅瀬から二、三人こちらを伺っていた。
「お姉さんたちも食べるんだモン?」
蕗の葉にうどんを乗せて波打ち際に寄ってくると何かをしきりに訴えるも、百目には通じずヨナルデが辞書を片手に近寄った。
「―――」
それを見守っていると、背後から声がかかる。
「おたまも借りて来たでやんす」
「あ!アイツら、また……!」
呑気なこうもり猫の後ろからルルコシンプを見て、ナスカが羽を広げたので慌てて真吾が止に入った。
「悪さをするんじゃなくて、何か言いたいことがあるみたいだよ」
「あぁ、学者と百目なら大丈夫だろう」
ユルグも様子を伺っているのでナスカも矛を収めたところへ、二人が戻ってきた。
「なんだったの?」
「わしらが追っ払ったと思ったコシンプは無事に惚れた男の憑神になれたそうで礼を言いに来たのである」
「良い神様になったんだモン」
海を見ると彼女たちは何度も頭を下げて、蕗の葉を持って沖へと向って行った。
「へぇ、そんな事もあるんだね」
「まぁ、良いように転がったんなら来た甲斐もあるってもんだぜ」
二世が言いながら器にうどんを盛っては手渡して、やっと夕食になった。
「いただきます」
言い合って箸をつける。
優しい辛味とかぼちゃなどの野菜の甘味が相まって、うどんとともに喉を滑り降りてゆく。
「あったまるね」
「夏とはいえ北海道の浜辺は冷えるのである」
「おかわりのいるやつは……」
「はい!あたし!」
二世の言葉にナスカを筆頭に皆が器を差し出したのへ、おかわりをついでいく。
◆◇◆
空になった器を海でざくざく洗うと手足がだいぶ冷えてきた。
「さて、そろそろ帰るか」
マントに付いた砂を払って二世が言うと、
「涼しいしここに泊まっていかない?」
と、東京の熱帯夜を思い出した真吾が答えた。
「そうだモン、たまにはみんなでキャンプしたいんだモン」
「却下、真吾が風邪をひいちまう」
にべも無く応じて、真吾の肩を掴む。
「あたし達は食器を返してから帰るわ」
「百目はどうするの?」
「わしとヨナルデで野営して、明日にでも家獣に迎えにきてもらうだわさ」
そう言いながら百目の腕を掴んだ。
「じゃあ、遅くなるから帰るぜ」
振り向きもせずに真吾を乗せて飛び立った姿が見えなくなって、
「ボクも悪魔くんと帰りたかったんだモン……」
と、百目が呟いた。
「馬に蹴られるぞ」
「二世じゃなくて、馬なんだモン?」
「日本にはそう言う諺があるのである」
ユルグとヨナルデが曖昧に笑った。
両手いっぱいに抱えた焚き木を砂浜に下ろして、やれやれと腰を伸ばす。
「でもルルコシンプって、半分あざらしだから人魚っていえるのかな?」
「真吾はそういうところだけ、細かいよな」
小首を傾げた真吾の肩にもたれかかったものだから、手にした焚き木を取り落とした。
「こら、落ちたじゃないか」
「そんなもんオレの魔力で……」
「無駄遣いしないの!」
呑気な二世に真吾が噛みついたところで、
「はいはーい、痴話喧嘩はご自宅にもどってからでお願いしやす」
と、こうもり猫が割り込んだ。
「そうだわさ、仲がいいのはなによりであるが」
うんうん、とヨナルデが頷いたので、バツが悪くなった真吾が慌てて薪を拾う。
「コロポックルたちから夏野菜をもらえたわ」
樹皮で編んだ籠にトマトにナス、きゅうりにかぼちゃを乗せたナスカが戻って来た。
「上々じゃねえか」
二世が笑ったところへ、
「買い物してきたんだモン」
と、百目が走って戻ってきた。
「おつかい、ごくろうさま」
大学生になっても真吾の前では末っ子に戻った百目の手から袋を取ると二世が確認して頷く。
「これ、しっかりしてるから鍋代わりになるな」
野菜を平らな岩の上に下ろすと、こうもり猫へ放った。
「お前、サボってたんだから水を汲んで来いよ」
「目の前に海があるのに~?」
「塩っ辛くていけねえから、汲んで来いってんだよ!」
「向こうに湧き水があったぞ」
二世に怒鳴られて、ユルグに言外に促されて渋々と飛んで行ったのを見送って二世がナイフを出す。
器用に皮を向いて岩の上で野菜を切っていく。
「かぼちゃは、さすがにまな板がほしいな」
そう呟くと側で見ていたユルグが爪先でちょんちょんと突くと、かぼちゃがきれいに割れた。
「やるじゃねえか」
「あ、あたしも…!」
「鳥乙女は玉ねぎの皮をむいてくれ」
「ええ~」
むくれながらも素直に剥いている。
一方で砂浜の真吾と百目はかまどを作っていた。
そこへよたよたと籠いっぱいの水を組んだこうもり猫が戻ってきた。
「すごい、水が漏れてない」
硬い樹皮の表面を撫でているとヨナルデが、
「これなら火にかけても大丈夫だわさ」
と、言いながらうまいこと竈に設えた。
「火なら任せてくれ」
そう言うとユルグが焚き木に火をつけたので真吾と百目が蕗の茎を使って、精一杯に息を吹きかけた。
◆◇◆
二人の努力の甲斐もあって水が湯に変わったところへ、二世が切った野菜を投げ込んだ。
「これでスープでも作るの?」
「悪魔くん、あのね……っ」
「出来てからのお楽しみだって!」
真吾の問いに答えようとする百目の口を塞いで、二世が苦笑する。
「なんだかわからないけど、器と箸がないかコロボックルたちに聞いて来ようかしら」
同じように首を傾げながらナスカが立ち上がると、
「もう暗いからおれっちも」
と、こうもり猫も立ち上がった。
「目的を済ませたらさっさと帰ってくるのである」
言われて、
「お腹空いてるからわかってるわよ!」
と、返したナスカのあとをふらふらと飛んで行くのを見送った。
「野菜が煮えてきたよ」
真吾の声に二世が買い物袋から箱を取り出した。
「なんだ、甘口かよ」
「辛いのが苦手な人もいるかもだモン!」
「そりゃ、百目だろ」
黄色の箱の中身を割り入れて、さっきまで火吹きに使っていた茎でかき混ぜた。
「ちと、緩いがいいか」
「カレー?」
見ていた真吾が呟く。
「いんや、カレーうどん」
うどん玉の袋を真吾と百目にも手渡すと破いては簡易鍋へと投入していく。
「こんなに食べ切れるかしら?」
真吾に言われると、
「海から来客みたいだぜ」
と、二世が肩を叩いて示すと眉のきりりとした美しい女性たちが浅瀬から二、三人こちらを伺っていた。
「お姉さんたちも食べるんだモン?」
蕗の葉にうどんを乗せて波打ち際に寄ってくると何かをしきりに訴えるも、百目には通じずヨナルデが辞書を片手に近寄った。
「―――」
それを見守っていると、背後から声がかかる。
「おたまも借りて来たでやんす」
「あ!アイツら、また……!」
呑気なこうもり猫の後ろからルルコシンプを見て、ナスカが羽を広げたので慌てて真吾が止に入った。
「悪さをするんじゃなくて、何か言いたいことがあるみたいだよ」
「あぁ、学者と百目なら大丈夫だろう」
ユルグも様子を伺っているのでナスカも矛を収めたところへ、二人が戻ってきた。
「なんだったの?」
「わしらが追っ払ったと思ったコシンプは無事に惚れた男の憑神になれたそうで礼を言いに来たのである」
「良い神様になったんだモン」
海を見ると彼女たちは何度も頭を下げて、蕗の葉を持って沖へと向って行った。
「へぇ、そんな事もあるんだね」
「まぁ、良いように転がったんなら来た甲斐もあるってもんだぜ」
二世が言いながら器にうどんを盛っては手渡して、やっと夕食になった。
「いただきます」
言い合って箸をつける。
優しい辛味とかぼちゃなどの野菜の甘味が相まって、うどんとともに喉を滑り降りてゆく。
「あったまるね」
「夏とはいえ北海道の浜辺は冷えるのである」
「おかわりのいるやつは……」
「はい!あたし!」
二世の言葉にナスカを筆頭に皆が器を差し出したのへ、おかわりをついでいく。
◆◇◆
空になった器を海でざくざく洗うと手足がだいぶ冷えてきた。
「さて、そろそろ帰るか」
マントに付いた砂を払って二世が言うと、
「涼しいしここに泊まっていかない?」
と、東京の熱帯夜を思い出した真吾が答えた。
「そうだモン、たまにはみんなでキャンプしたいんだモン」
「却下、真吾が風邪をひいちまう」
にべも無く応じて、真吾の肩を掴む。
「あたし達は食器を返してから帰るわ」
「百目はどうするの?」
「わしとヨナルデで野営して、明日にでも家獣に迎えにきてもらうだわさ」
そう言いながら百目の腕を掴んだ。
「じゃあ、遅くなるから帰るぜ」
振り向きもせずに真吾を乗せて飛び立った姿が見えなくなって、
「ボクも悪魔くんと帰りたかったんだモン……」
と、百目が呟いた。
「馬に蹴られるぞ」
「二世じゃなくて、馬なんだモン?」
「日本にはそう言う諺があるのである」
ユルグとヨナルデが曖昧に笑った。