君とごはん
「お腹すいた…」
「疲れた…」
リビングのローテーブルに突っ伏したサシペレレとナスカが独り言にしてはやけにおおきな声で口々に呟いた。
「うるっせえわ」
部屋の主の二世が悪態でかえすと、
「だってここから悪魔くんを抱えてブラジルまで飛んだのよ、あたしはっ!」
と、ナスカが膨れっ面になる。
「そうそう、オシュンは女神のくせに見栄っ張りでさみしがり屋だから、三人でずっと自慢話を聞かされて身も心もくたくたなんだよ」
「飲まず食わずを訴えたら、『だったらオバーのところへ行けばいい』なんてへそ曲げるし」
サシペレレもナスカも疲れてるという割には軽やかに湖の女神の文句を言う。
「でもまぁ、あれだけ話を聞いてやれば寂しさから水中に男の人を引き込むようなことはしなくなるだろ」
苦笑したもうひとりの部屋の主である真吾がお茶の入ったコップを配った。
「ありがとう、でもお腹もすいてるんだ」
「なんか食べるものないの?」
なんて、コップをさっさと空にして当然のように言うものだから、
「ねえよ!オレだってドナウの河の王に呼び出されて、宝玉探しで疲れてんだよ!」
と、怒鳴り返した。
「え、またなくしたの?」
「そうだよ!もう王冠から外れないように細工のうまいドワーフを紹介してやったさ!」
「それでこっちにはついてこなかったのね…」
「オレだってちゃんと使徒の任務はこなしてんだよ!」
腕を組んでソファで憤慨する二世の肩を真吾が撫でた。
「誰も君がサボってるとは思ってないから……」
そう宥めるように言った真吾の腹が鳴った。
「悪魔くんだってお腹すいてるんでしょ?」
「まあね…出前でもとろうか」
笑いながら腰を浮かせた真吾の肩を押し戻して、代わりに二世が立ち上がる。
「オレも留守にしてたからありあわせのものしかできねえぞ」
「いや、君も疲れてるんだから……」
「真吾は休んどけ」
それだけ言ってさっさとキッチンへ行ってしまった。
◆◇◆
「合い挽きがこれだけか……」
冷凍庫から取り出した挽肉とリビングの面子を見てひらめくと、それをレンジに突っ込んで冷蔵庫へ向き直る。
「玉ねぎ、にんじんにセロリと残ってるおくらとピーマンもいれるか」
常備の根菜に残り野菜にニンニクとしょうがを加えてまな板に並べると、
「さあて、刻むか」
片っ端から皮をむいて微塵切りにしていく。
野菜たちが姿を代え終わると深めのフライパンを熱して、油をひく。
そこへニンニクとショウガ、クミンを入れると強い香りが立ったところへ、玉ねぎ、セロリ、にんじんをいれて焦がさぬように炒める。
玉ねぎが透き通ったところでフライパンを半分開けて、解凍した挽肉を塊のままのせて表面に焼き目をつけていく。
「これだけで匂いは美味そうなんだけどな」
そこへトマト缶とワイン、コンソメひとかけを入れるとぐつぐつと煮えるところに、ミックスビーンズも入れて肉の塊を崩しながら混ぜていく。
「これがないとな」
真っ赤なチリパウダーを小瓶の半分ほど入れて、塩コショウ、ケチャップ、ソース、醤油で味を調えたのを指先にとって味見する。
「なんか、一味足りねえな……」
思案して調味料ラックからカレー粉を取って一振りしてから、残りの野菜を加えてひと煮たちさせると並べた器に盛る。
フライパンに、オリーブ油を引いてスライスしたバゲットを並べた。
きつね色になったのを一度上げてからチーズを敷いた上にバゲットを戻して、ぱりぱりになるまで焼いたのを皿に取った。
それらをスプーンとともに盆に乗せてリビングへと向かった。
◆◇◆
「おら、できたぞ」
言われてテーブルに肘をついていたナスカが退いて、空のコップを真吾が隅に避けると、二世が盆から配膳する。
「あ、チリコンカンだ!懐かしい!」
手を叩いて喜ぶ真吾をよそに残りの二人が眉を潜めた。
「これさぁ、アメリカ人の料理だよね」
「そうよ、あたしたちの好みじゃないわ」
「へ、そうなの?」
スプーンを手にした真吾が小首を傾げたのに、二世が続く。
「どこの国のでもねぇし」
「はぁ?」
「うん、僕の通ってた学校の給食そっくりメニューだから」
にぱっと笑って、差し出されたスプーンを渋々受け取った。
「食いたくなけりゃ、勝手にしろ」
それだけ言ってチーズの乗ったバゲットを二世が齧る。
「こら、一緒に食べようよ」
「へいへい」
二世が食べかけのを皿の端に置くと、
「いただきます」
と、真吾が手を合わせるのに倣う。
湯気が上るそれにスプーンを入れるとチリパウダーの辛味の奥に、野菜の甘味が隠れた優しい味に驚く。
サイズを変えて切られた野菜の食感にぷりぷりの豆たちと香味野菜の香りを纏った挽肉の旨味が混ざり合って、予想外にもスプーンがとまらない。
「パンをつけても美味しいよ」
真吾に進められてそうすると、チーズの塩気がまた格段に食を進める。
無言で食べているうちに、全ての皿が空になる。
「バゲットはねぇが、お代わりいるか?」
腰を浮かせた二世に、
「いる!」
と、三人が皿を出すのでフライパンを持ってきて分け入れた。
「これ、いるか?」
ことんとテーブルに置かれたのは残っていたチリパウダーとタバスコで。
「よくわかってるね」
サシペレレが嬉しそうに頷いて蓋を開ける。
「まぁな」
「僕はこのままで十分美味しいよ」
そう言う真吾の頭を撫でて、
「ここにヨナルデまでいなくてよかったぜ」
と、二世が嘯いた。
「疲れた…」
リビングのローテーブルに突っ伏したサシペレレとナスカが独り言にしてはやけにおおきな声で口々に呟いた。
「うるっせえわ」
部屋の主の二世が悪態でかえすと、
「だってここから悪魔くんを抱えてブラジルまで飛んだのよ、あたしはっ!」
と、ナスカが膨れっ面になる。
「そうそう、オシュンは女神のくせに見栄っ張りでさみしがり屋だから、三人でずっと自慢話を聞かされて身も心もくたくたなんだよ」
「飲まず食わずを訴えたら、『だったらオバーのところへ行けばいい』なんてへそ曲げるし」
サシペレレもナスカも疲れてるという割には軽やかに湖の女神の文句を言う。
「でもまぁ、あれだけ話を聞いてやれば寂しさから水中に男の人を引き込むようなことはしなくなるだろ」
苦笑したもうひとりの部屋の主である真吾がお茶の入ったコップを配った。
「ありがとう、でもお腹もすいてるんだ」
「なんか食べるものないの?」
なんて、コップをさっさと空にして当然のように言うものだから、
「ねえよ!オレだってドナウの河の王に呼び出されて、宝玉探しで疲れてんだよ!」
と、怒鳴り返した。
「え、またなくしたの?」
「そうだよ!もう王冠から外れないように細工のうまいドワーフを紹介してやったさ!」
「それでこっちにはついてこなかったのね…」
「オレだってちゃんと使徒の任務はこなしてんだよ!」
腕を組んでソファで憤慨する二世の肩を真吾が撫でた。
「誰も君がサボってるとは思ってないから……」
そう宥めるように言った真吾の腹が鳴った。
「悪魔くんだってお腹すいてるんでしょ?」
「まあね…出前でもとろうか」
笑いながら腰を浮かせた真吾の肩を押し戻して、代わりに二世が立ち上がる。
「オレも留守にしてたからありあわせのものしかできねえぞ」
「いや、君も疲れてるんだから……」
「真吾は休んどけ」
それだけ言ってさっさとキッチンへ行ってしまった。
◆◇◆
「合い挽きがこれだけか……」
冷凍庫から取り出した挽肉とリビングの面子を見てひらめくと、それをレンジに突っ込んで冷蔵庫へ向き直る。
「玉ねぎ、にんじんにセロリと残ってるおくらとピーマンもいれるか」
常備の根菜に残り野菜にニンニクとしょうがを加えてまな板に並べると、
「さあて、刻むか」
片っ端から皮をむいて微塵切りにしていく。
野菜たちが姿を代え終わると深めのフライパンを熱して、油をひく。
そこへニンニクとショウガ、クミンを入れると強い香りが立ったところへ、玉ねぎ、セロリ、にんじんをいれて焦がさぬように炒める。
玉ねぎが透き通ったところでフライパンを半分開けて、解凍した挽肉を塊のままのせて表面に焼き目をつけていく。
「これだけで匂いは美味そうなんだけどな」
そこへトマト缶とワイン、コンソメひとかけを入れるとぐつぐつと煮えるところに、ミックスビーンズも入れて肉の塊を崩しながら混ぜていく。
「これがないとな」
真っ赤なチリパウダーを小瓶の半分ほど入れて、塩コショウ、ケチャップ、ソース、醤油で味を調えたのを指先にとって味見する。
「なんか、一味足りねえな……」
思案して調味料ラックからカレー粉を取って一振りしてから、残りの野菜を加えてひと煮たちさせると並べた器に盛る。
フライパンに、オリーブ油を引いてスライスしたバゲットを並べた。
きつね色になったのを一度上げてからチーズを敷いた上にバゲットを戻して、ぱりぱりになるまで焼いたのを皿に取った。
それらをスプーンとともに盆に乗せてリビングへと向かった。
◆◇◆
「おら、できたぞ」
言われてテーブルに肘をついていたナスカが退いて、空のコップを真吾が隅に避けると、二世が盆から配膳する。
「あ、チリコンカンだ!懐かしい!」
手を叩いて喜ぶ真吾をよそに残りの二人が眉を潜めた。
「これさぁ、アメリカ人の料理だよね」
「そうよ、あたしたちの好みじゃないわ」
「へ、そうなの?」
スプーンを手にした真吾が小首を傾げたのに、二世が続く。
「どこの国のでもねぇし」
「はぁ?」
「うん、僕の通ってた学校の給食そっくりメニューだから」
にぱっと笑って、差し出されたスプーンを渋々受け取った。
「食いたくなけりゃ、勝手にしろ」
それだけ言ってチーズの乗ったバゲットを二世が齧る。
「こら、一緒に食べようよ」
「へいへい」
二世が食べかけのを皿の端に置くと、
「いただきます」
と、真吾が手を合わせるのに倣う。
湯気が上るそれにスプーンを入れるとチリパウダーの辛味の奥に、野菜の甘味が隠れた優しい味に驚く。
サイズを変えて切られた野菜の食感にぷりぷりの豆たちと香味野菜の香りを纏った挽肉の旨味が混ざり合って、予想外にもスプーンがとまらない。
「パンをつけても美味しいよ」
真吾に進められてそうすると、チーズの塩気がまた格段に食を進める。
無言で食べているうちに、全ての皿が空になる。
「バゲットはねぇが、お代わりいるか?」
腰を浮かせた二世に、
「いる!」
と、三人が皿を出すのでフライパンを持ってきて分け入れた。
「これ、いるか?」
ことんとテーブルに置かれたのは残っていたチリパウダーとタバスコで。
「よくわかってるね」
サシペレレが嬉しそうに頷いて蓋を開ける。
「まぁな」
「僕はこのままで十分美味しいよ」
そう言う真吾の頭を撫でて、
「ここにヨナルデまでいなくてよかったぜ」
と、二世が嘯いた。