君とごはん

「ママさん、はい」
さっさと靴を脱いだ二世が手にしたカーネーションメインのブーケを迎えに出た小春に差し出した。
「まぁ、毎年ありがとう」
満面の笑みの母親に遅れて息子も、
「これも良かったら」
と、きれいにラッピングされた箱を差し出した。
「あらあら」
その場で包みを開けようとした母の肩を突いて居間へと移ると、
「やっぱり、来たわね」
と、揶揄うようにエツ子が笑っていた。
「母の日は毎年、来るだろ」
出された座布団に腰を下ろしながら、ちょっと口先を尖らせて応える。
「晩ごはん、食べて行くんでしょ」
「まぁ」
「ごちそうになります」
鷹揚に応じた真吾の横に座した二世も軽く頭を下げた。
「よかった」
「母さん、朝から張り切って用意してたんだから」
「たいしたものじゃないのよ」
ほほ、と笑いながら注いだ茶碗を押して寄越す。
「でも、二世さんも来るからお父さんも張り切ってるのよ」
「へぇ、父さんが珍しいな」
「お兄ちゃんがいまいちだから、二世さんと呑みたいみたい」
卓袱台に肘をついたまま、エツ子がニヤニヤと笑う。
「義弟くんはどうなの?」
「あの人、下戸なのよ」
「あらら」
苦笑した真吾が、
「で、ご当人と姪っ子ちゃんは?」
と、問うと途端ににんまりと笑った。
「向こうのお義母さんの母の日に行ってるから、今晩は埋れ木家だけよ」
「二世さんはうちの婿さんだから特別ね」
エツ子の言葉を受けて、小春も笑うと二世が困ったように真吾の肘を引く。
「母さんもエツ子もあんまり二世を揶揄うなよ」
「揶揄ってなんかないわよ」
そんなことを言い合っているところへ、
「母さん、七輪はどこだったかな?」
と、茂が顔を出した。
「お父さんたら、庭先に出してありますよ」
「藁は?」
「縁側にありますよ」
やれやれと小春が腰を浮かせると、
「父さん、七輪って何をする気なの?」
「いやぁ、初鰹があったからね」
「あぁ、たたきにするんだ!」
と、そわそわした茂の言葉に真吾が手を打つ。
「だったら、日本酒を買って来ようか」
「辛めで旨いのがあれば買ってきてくれよ」
「うん」
真吾が立ち上がると続こうとした二世を制す。
「君は父さんとたたきを作ってみれば?」
「あ?」
「見たことないだろうから、面白いと思うよ」
「うん?」
「じゃあ、二世くんこっちね」
わけも分からず茂に引っ張られて、縁側へ向かった。

◆◇◆

「まずは、火起こしだな」
木炭の詰まった七輪に新聞紙を入れて、火をつける。
「ほら、吹いて吹いて」
竹筒を渡されて送風口から精一杯に息を吹き込む。
「じゃあ、頼んだよ」
そう言うと、二世を置いて行ってしまう。
仕方なしに吹き続けて、あかあかと炭が灯るころ、
「おぉ、いい加減だね」
戻った茂が串に刺した新鮮な切り身を二世に渡した。
「藁は燃えるのが一瞬だから、しっかり炙ってね」
「はい?」
言うが早いか縁側から掴んだ藁を焚べると、途端に火が上がった。
「ほらほら、満遍なく炙って」
「え、うわ!」
「ほら、ひっくり返さないと!」
「え、あつっ!」
右往左往しつつなんとか四辺を炙り、炎が収まってきたところへ、
「はいはい、焼けまして?」
と、なみなみと氷水を入れた金盥を持った小春がやってきた。
「母さん、焼けたはちがうよ」
「美味しけりゃどうでもいいでしょう」
言いながらも二世の手から炙った鰹を取ると、勢いよく氷水に突っ込んで持って行ってしまった。

◆◇◆

「ただいま」
「おう」
煤で汚れた手を洗って居間へ戻ると丁度、酒屋から戻った真吾と鉢会う。
「火傷しなかった?」
どこか面白そうに聞く真吾には答えず、手にした袋を取り上げた。
「なに、買ってきたんだ?」
「よく考えたら日本酒は詳しくないから辛口のおすすめを買って来たよ」
「剣菱か、ずいぶんと辛口だな」
「試飲したけど舌が痺れたから、自分と母さんたちで飲もうと思って甘口も買ってきたよ」
「くちまん?聞いたことねぇな」
「ロ万でろまんって言うんだって」
そんなことを言う間に小春とエツ子が卓袱台に取皿やコップを並べていく。
メインは初鰹のたたきに茶碗蒸しやら酢の物、筑前煮などが並んだところに茂がやってきて少し早めの夕食となった。
「お、剣菱とはしぶいね」
コップに黄味がかったそれを注ぐと、二世のものにも同じく注いだ。
真吾と女性陣もぐい飲みに各々注いで乾杯となった。
「あ、これは母さんの味だ」
茶碗蒸しを掬いながら真吾が言うと、
「残念でした、あたしが作ったのよ」
と、頬を酒気に染めたエツ子が笑った。
「どっちにしろ、うちの味だよ」
そう言う真吾に釣られて茶碗蒸しに手を伸ばした二世が暫し固まる。
「どうしたの?」
「……なんの出汁だ?ここまで、出てきてんだよ」
「あぁ、干し椎茸の戻し汁よ」
あっさりと小春が答えをばらした。
「以前は鶏ももだったんだけど、脂っこくてね」
「胸肉だけど麹で揉んであるから柔らかいでしょう?」
「あ、ほんとだ」
「二世くん、君が炙ったたたきも食べなさいよ」
茂に進められて大皿から取ったものをにんにくと生姜とともにタレで頂く。
「お?」
今度は何もつけずに口へと放り込んだ。
「生臭くねぇし、むしろ甘みがあるような」
「父さん、藁で炙ったんだろ?」
真吾も食べながらそう言うと茂が胸を張る。
「これを食べたら、スーパーで買ったのなんて食べられないだろ」
そう言いながらコップを煽る。
「庭があるからできるんだぞ」
「はいはい、お父さんは飲み過ぎですよ」
いつの間にか席を外していた小春が飯台を持って戻ってくると、茶碗に少しずつ注いでみなに渡す。
「酢飯にしそと茗荷だけ?」
一口食べて首を傾げた二世に、
「残ったたたきをたれに漬けてのせるとてごね寿司になるんだよ」
と、笑いながら真吾がやってみせる。
滋味のある鰹が薬味と控えめな酢飯と合わさり、さっぱりと喉を通る。
「気に入った?」
「おう」
「残しても悪くなっちゃうからおかわりなさいな」
空になった茶碗を取ると、今度は多めに酢飯をついだ。

◆◇◆

「母の日だから」
なんて言って食器洗いを買って出たものの、ダメ出しをうけて妹の洗ったものを布巾で拭いては重ねる。
「エツ子だってママなんだから休んでていいんだぞ」
「お兄ちゃん、普段から家事してないでしょ?」
「ゔ……」
「もうお皿、割らないでよ」
「わかったよ……」
真吾が黙ると水道の音と食器が触れ合う音だけがマンションより広い台所に響いた。
「真吾」
「二世、父さんは?」
「布団に転がしてきた」
そう言いながらやってくると、真吾の手から布巾を取って場所を代わる。
「二世さん、あんまりお兄ちゃんを甘やかさないでよね」
「甘やかしてねえよ、適材適所ってやつさ」
「そうそう」
椅子に腰掛けて足を揺らす真吾に、
「二世さんは本当に甘いんだから」
と、投げつけてから二世を見上げて睨む。
「お兄ちゃんは一人で生きていけそうにないからって、返品しないでよね」
「返品なんてするかよ、もったいねぇな」
「よろしい」
にっこりと笑って、蛇口を閉めた。
「エツ子、僕はものじゃないんだぞ」
ため息混じりにそう言うと、二人して呆れたように真吾を眺めた。

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