君とごはん
「これ、どうすんのさ……?」
「どうっていってもよう、なあ?」
「僕に聞いても」
困ったような視線の先にはダイニングテーブルからはみ出さんサイズの新巻鮭。
「君が任せろって言ったんだぜ?」
「でもな、オレが欲しかったのはビール券かお米券だったんだぜ?!」
言うだけ言っても、歳末の福引で当てて苦労して持ち帰った鮭は変わらず鎮座しているわけで。
「でも、このままじゃ冷蔵庫にも入んないよ?」
「……真吾、30秒でいいから鮭を少し持ち上げてろ」
「わかった、けど重い……!」
ふらつきながらも両手で抱え上げると、素早い動きでテーブルをラップで覆う。
「も、いい……?」
「おう、下ろせ」
言われて手を離すと、どすんとテーブルが震えたところに二世がまな板と包丁を持って戻って来た。
「面倒だがさばくか!」
腕まくりをして昔風の藁を退けて、真空パックを開ける。
「内臓は取ってあんだな」
「そうしないと保存食にならないからかなぁ、でも減塩って書いてあるの」
パックに貼られた説明を読んで真吾が小首をかしげた。
「本当の塩漬けじゃなくてよかったぜ」
言いながら雑把に半身を剥いで、鮭を裏返すと同じように半身を削いだ。
「骨にたくさん身が残ってるよ?」
「これはこれで使うからいいんだよ」
負け惜しみでなくそう言って一番大きなポリ袋に折るようにして半身を押し込むと、
「これ、食い切んねえから実家へ持ってって来いよ」
「いいの?」
「毎日じゃあ飽きるし、冷蔵庫も場所塞ぎだからな」
言いながらさっきの買い物を出したエコバックにポリ袋を入れて、真吾の背中を押す。
「晩飯までには帰ってこいよ」
「うん、何か欲しいものある?」
「……缶のでいいから、甘酒を一本」
「わかったけど……」
「すぐに日が暮れるから寄り道すんなよ」
「わかってるって」
見送りもそこそこにキッチンへと戻っていく二世の背中へ舌を出した。
◆◇◆
「さて、ここからなんだよな」
残った半身を使いやすいサイズの切り身にして片っ端からジップ袋に入れて、冷蔵庫と冷凍庫へ振っていく。
それが終わるとテーブルにはあちこちに赤い身を残した大骨が残ったところで、
「脂で包丁が切れなくなるもんだな」
と、ぼやいて家にあるもののめったに出番のない出刃に持ち替えた。
「さて、こっからうまくいくか」
大きめのボウルを取り出して、ごりごりと骨をこすっては残った身を削いで入れていく。
大きな身は叩いて、小さなものはそのままとやっていくうちに小一時間もすると骨だけが残った。
鮭のミンチの入ったボウルに臭み消しの生姜と少々のにんにく、味噌、卵黄をいれてざっくりと混ぜたものに片栗粉を振り入れる。
それを冷蔵庫で馴染ませる間に残った骨やらアラと酒、昆布で土鍋に出汁を取る。
浮いてきた灰汁をざっと取って骨と昆布を除いたところへ、分けておいた卵白をかきまぜたものを流し込んで小さな不純物も絡めて捨てたところへ、
「ただいま~!母さんたち、喜んでたよ!」
と、真吾が飛び込んで来た。
「寒かったろう」
笑いながら赤くなった鼻先を摘まむと指先にひんやりとした外気を感じて、オーバーの上からぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「電車もバスも暑いくらいだったから、っと」
近付いた二世の顔を何とか避けて、手にしたバッグとすり替わる。
「手洗い・うがいが先だから」
「ちぇ、仕方ねえけどって、こりゃなんだ?」
「鮭のお礼にって、母さんの秘蔵の甘酒」
洗面所から真吾が答えた。
「そいつは勿体ねえな」
「でも、飲みたかったんじゃないの?」
オーバーを放ってキッチンに戻った真吾が、
「わあ、今日はお鍋だ!」
と、コンロを見て手を叩いた。
「まあ、仕方ねえか」
土鍋にとくとくと甘酒を注いでとろ火だった火力を強めた。
びっくりしているとそこへ味噌を溶いてから、にんじんにキャベツ、たまねぎ、長ネギを放り込んでそれがくったりしたところで冷蔵庫からボウルを取り出す。
大きめのスプーンとボウルのへりを使って器用に丸めると、鍋へどんどん入れていく。
「鮭のだんご?」
「前にテレビでやってたの、で石狩鍋」
バターを落として蓋をしてから、火を止めた。
◆◇◆
テーブルへ先回りした真吾がかいがいしくとんすいや箸を並べたところへ、熱々の鍋が中央に置かれた。
「どうかな?」
「頃合いだと思うぜ」
互いに顔を見合わせてから、蓋を持ち上げる。
途端に湯気が真吾の眼鏡を曇らせたが、溶けたバターと味噌、酒粕の香りが混ざり合って鼻腔を擽った。
「美味しそう……」
真吾がごくりと鳴らした喉を撫でて、
「味見してねえからどうだかな?」
と、余裕の笑みで返した。
互いの席に着いて、手を合わせる。
「いただきますっ」
待ちきれない真吾のためにさっと溶けたバターを混ぜてから、出されたとんすいに具をよそう。
「どうぞ」
「うん」
はふはふと熱さに耐えながら、口に頬張る姿を眺めてビールを開ける。
「飲むか?」
「ん、ん、おいしい!のむ!」
「返事くらいちゃんとしろよ」
用意してあった真吾のグラスに注ぐと空の器を置いて、両手で持って二世のグラスに縁を合わせた。
「どれ、オレも食うか」
程よく冷めたそれを口にすると、雑味のない出汁に乗った味噌とバターのこっくりとした味のあとから甘酒の自然な甘みが続く。
鮭の団子もつなぎが聞いたのかしっとりとまとまり、口の中でほろりと崩れた。
上物の鮭の旨味と柔らかな野菜を味わっていると、目の端にお玉を手にした真吾が入ってきて慌てて取り上げる。
「ぐちゃぐちゃに混ぜると、団子が崩れるだろ」
「だって、二世があんまり美味しそうに食べてるから僕ももっと食べたくなって」
空になったグラスに二杯目を注ぎながら、頬を少し膨らませた。
「言えばいいのに、よ」
おさえようもなく口の端が上がってしまう。
「まだ、鮭はたんまりあるんだから」
「だったら、ちゃんちゃん焼き食べたい!」
「はいはい、仰せのままに」
そう言って持ち上げたグラスに、新しいビールが注がれた。